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殺戮機械 La Machine Slaughter  作者: 瀬良 啓 Sera Quei
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河島比呂志が殺されました!


〝俺が誰かも想像つくよな!〟

 携帯の向こうから聞こえてきた言葉が、安住和磨こと〝南出孝之〟の頭の中でこだましていた。俺にいった言葉ではない。だが……

 新宿通り。孝之は、ダークブルーのBMW X5のハンドルを握っていた。両手にはびっしょりと汗をかいていた。代わる代わる片手ずつ、何度も太ももに押し付けぬぐったが、後から後から染み出てくる。酒のせいかもしれない。

──新宿歌舞伎町のホストクラブで、なじみのキャバ嬢を相手に接客中だった。もよおした、といい手洗いに立った。もちろん、もよおしたのではない。真の目的は、外のワゴン車で待機している仲間に連絡するためだった。

携帯の電源を入れる。突然、着信音がした。表示を見ると〝ユーイチ〟とある。孝之は電話に出た。「よお、元気か? まだ、座間でハケンの世話をしているのか?」

「何度も電話したんですよ! 留守電にも入れてあった!」

「ああ、悪ィ。仕事中は電源を切っておくからなあ。ところで、なんの用だ? 急ぎなのか? だったら後にしてくれ。俺もいろいろ……」

「大事な話です!」祐一は切羽詰っていた。「いいですか、よく聞いてください。河島比呂志が殺されました!」

血の気がひいた。「マジ?」と訊くのがやっとだった。酔いが急速に醒めていく。

「恵比寿で人が燃えた、という事件は知ってますか?」

「テレビで観た。それが比呂志なのか?」

「その通りです! さっき、ニュースで名前が出ました! それに、あいつの乗っているポルシェが映っていたんです。ナンバープレートにはモザイクがかかっていたけど、あの下品な赤のGT3はあいつのしか知らない。電話にも出ない!」

「なんで、燃えたんだ」

「知りませんよ! ですが、超常現象なんかじゃありません。殺されたんですよ! 奴だ。絶対に奴だ! それしか考えられない!」

「分かんねぇよ、奴って誰だよ!」

電話の向こうから、スキール音が聞こえたかと思うと、男の怒鳴り声がした。

〝俺が誰かも想像つくよな!〟〝俺が何をしようとしているのかも!〟

直後、パンという音が一度。

え?「祐一、どうした!」「どうなっている?」「何があった?」何度も問いかけたが、返事はない。さっきのは銃声? 殺された? 冗談だろ、おい?

比呂志が殺され、祐一が殺された。ということは、俺たちに共通の恨みを持っている人間の仕業……。思い出した! 死んだ女二人の身内、確か不動なんとか、奴しかいない。ということは、俺も狙われている──

四谷三丁目交差点を右折、外苑東通りを南に向かう。四車線の道路は開けてきた。追い越し車線をトロトロ走っていた、前方のマークⅡにクラクションを鳴らす。ジジイ、邪魔だ! 枯葉マークをつけたマークⅡは、あわてて左に寄った。アクセルを踏みこもうとした。だが、思いとどまる。パンダ柄のクラウンが、左手にある四谷警察署から鼻を出したのが見えたからだ。パンダ柄の横を通り過ぎた。ルームミラーで見ていると、パンダ柄は車道に出てから、すぐに右にウインカーを出して曲がった。ほっとした。こっちは酒を飲んでいるんだ、捕まったら面倒なことになる。

信濃町駅を過ぎたあたりか。もうアクセルを踏んでも大丈夫だ。エンジンが唸り、スピードがぐんぐん上がっていく。パッシングとクラクションを浴びせ、次々現れる前の車をけちらした。

なんでいまさら。何年も前のことじゃないか! しかも普通のことだ。女を車に押し込む。犯す。帝都聨合の先輩がオーナーの戸建てタイプのラブホテル、その一番奥の棟に連れていき、さらに輪姦す。様子をビデオに撮り、放り出す際「サツにたれこんだら、どうなるか分かっているな」と脅す。だが、ビデオは脅しに使うだけではない。いうまでもなく、たれこみのあるなしに関係なくすべて業者に売りさばいた。一千万円は稼いだだろう。顔をモザイク処理してしまえば──もちろん、女の顔は、一切、処理していない──気づかれないし、気づかれなかった。

あのとき、さすがに妊婦をはねたのはまずかったとは思う。だが、それを見て泣き叫ぶJCに勃起したのも事実だ。手を出すなといわれていたが、輪姦すのは仕方がないではないか。条件反射みたいなものだ。その後、いつものホテルのいつもの部屋に連れ込み、仲間を呼んだ。

だが、傷物にしたことでバイヤーが激怒している、と先輩から伝えられる。非処女でもいいという買い手が見つかるまで手を出すな、と釘を刺された。以来、それなりに三食与え、優しくしてやったのに、あのJCときたら! 厭味ったらしく自殺しやがった。風呂に入れてくれ、というものだから、その通りしてやったのに。バスルームにあった鏡を割り、風呂の中でその破片で手首を切りやがった! むかついたので、その死体の穴という穴を、みんなで精子まみれにしから捨ててやった。

真っ裸だし、手足と顔もつぶしておいたから、身元など割れないはずだった。それまで、一度も捕まったことがなかったから、精子からDNAを調べられても平気だった。だが、やはり、ドラム缶にコンクリート詰めして海に捨てるべきだったかもしれない。林の中に放り投げ、土をかけるだけでは、甘かった。次の日、大雨が降り、死体に被せておいた土が流され──後で現場検証に連れていかれたとき、県道からまるで近いことにはびっくりだったが──あっさり発見された。

 それでも、大丈夫だと高をくくっていた。だが、間違いだった。あのJC、俺たちのことを書いたメモを腹に入れていやがった! まったくの誤算。おかげで捕まってしまったではないか! 畜生!

 こうなったら警察に洗いざらい話してやろう、拉致を依頼した人間のせいにして少しでも罪を免れようと思っていたところ、逃亡していた上野敦志が自殺した。だが、敦志は自殺するような奴じゃない。しかも、マンションから飛び降りるなんて、できっこない。敦志は極度の高所恐怖症だったのだ。誰かに殺されたのだ。

 あれも不動の仕業だったのか?

 主犯は敦志のせいにして、自分はサブリーダーという立場にし、罪を軽くしようとしたのに、結局、無期懲役で七年も塀の中にいた。冗談じゃねぇぜ。そして半年前、やっと娑婆に戻って、名前を変えて、自由を満喫していたところで、今度は、もうとっくに死んでいる二人の女の身内に、復讐されようとしている。ふざけるな!

 俺は殺されたりはしない! 大体、理不尽だろうが。罪は償っているんだぜ。日本は法治国家だ。しかも、不動とやらは、警察官だったはずだ。それが、自己中な訳の分からない理由で、人を殺していいのか!

 左コーナーでタイヤが滑り、X5は反対車線に飛び出した。オーバースピードだったからだ。対向車と接触しそうになるが、孝之はハンドルを左右に切りなんとか回避した。顔から汗が噴出してきた。

 くそっ、落ち着け! 孝之は、深呼吸を繰り返した。あせる必要なんかない。まだ、あいつは東京には戻ってきていない。座間にいるんだぜ。大丈夫だ。落ち着け! マンションに戻る時間は十分ある。そこで金や金目のものをかき集めたら、高飛びだ。日本から脱出してしまえば、あいつは追ってこれない。笑える。ざまあみろ! 

 孝之は、タイヤをきしませ麻布にあるマンションの地下駐車場に入れた。X5を駐車スペースに置くと急いで車から降りた。エレベーターに駆け寄り、そのボタンを押した。だが、なかなか箱がこない。早くしろ! たたきつけるようにボタンを何度も押す。ようやくエレベーターが下りてきた。ドアが開き乗り込むと、左手人差し指で〝8〟を、右手人差し指では〝閉〟ボタンを乱打した。

 八階に到着した。エレベーターを降り走って自分の部屋に向かう。部屋のドアの鍵穴に鍵を突っ込んだ。ノブを回しドアを開けた。中に入りドアを閉じ灯りをつけた。

 「な、なんだ、これは!」

 目に入ってきたのは、玄関に散らばった写真。何枚か拾い上げて見た。血の気がひいた。あのJCじゃないか! こっちは轢き殺した妊婦だ! 三人が写っている写真もあった。左にJC、右に妊婦。そして、真ん中に男、こいつが不動なのか! 見たことないぞ。裁判にも出てこなかっただろうが。こんな知らない男に、なぜ、殺されなければいけない! 畜生、ふざけやがって! 孝之は、立ち上がると手に持っていた写真を腹立ちまぎれに握りつぶし、床に向かって叩きつけた。写真を滅茶苦茶に蹴散らした。

 不動がどうやって入ったのか。なぜ、入ったのか。そこまで頭が回らなかった。怒りで見境がつかなくなっていたからだ。玄関の先、居間に通じる廊下に、白い紙袋が無造作に置いてあることにも、意識は向かわない。袋から伸びているコード。その先に直結している、廊下を横切って床から一〇センチ上に、たるみなく張られたピアノ線に対しても同様だった。

 足首に何かが引っかかったことに、孝之は気づいた。キン、というかすかな金属音が耳に届いた。

 えっ?

 閃光、轟音、衝撃──。

 紙袋で偽装していた指向性対人地雷のワイヤートラップにひっかかり、爆発によって玄関ドアにたたきつけられた孝之は、一瞬のうちに、ただの肉の塊になっていた。

 孝之に、まぶしいと思う時間はなかった。鼓膜が破れたことも脳は認識しなかった。頭から足先まで、体中に無数の鉄球を浴びせられても、痛みすら感じていない。もちろん、死んだことにも気づかなかった。

 硝煙まみれの中、不動が用意した写真が散り散りに舞っていた。


 不動は、港北PA上りにいた。座間に用意していた別の車、白のホンダ・インテグラ・タイプRに乗り換え、東名高速に乗っていた。

 カメラケースから、FMVラップトップを出した。麻布のマンションで爆発があったことを、グーグル・ニュースは速報で告げていた。爆発に巻き込まれ一人が死亡。警察は、事件・事故の両面から捜査をしているという。それ以上の詳しい情報はまだ出ていない、殺された人間のことも、部屋の状況も。

 二人の写真をトラップに使ったのは、間違いだった。そのときは、いいアイデアだと思ったものの、糞ガキの血や糞尿、その他さまざまな体液、肉片やなんやらで汚れることに、後で気づいた。気づいたときは、もう後戻りできなかった。二人を冒涜している。自分の莫迦さ加減が嫌になる。

 そのとき、パソコンの地図上で点滅していた光点が動き出した。朝まで吉祥寺の女のマンションにいるはずだったが、どこからか連絡がいったのだろう、動きだしやがった。

 不動は、傍らの携帯電話をとった。カメラケースからもう一つの携帯電話を出し、電源を入れた。光点は、交差点で止まった。一つ目の携帯電話で電話を掛ける。呼び出し音三回で相手は出た。「誰だ、お前?」

 車内に入りこんでくる排気音がうるさい。何が〝ミュージック〟だ。ただの騒音じゃないか。「〝伊藤弘樹〟か?」

 「誰だ、お前!」弘樹は激昂した。「なぜ、俺の、昔の名前を知っている!」

 どっかで聞いたことのある台詞だ。「一人か?」

 「だったら、何だというんだ。お前は誰だ!」

一人だな。悪態が聞こえてくる携帯電話を耳から遠ざけながら、不動は、もう一つの携帯電話に入っているアドレスから〝イトウ〟をディスプレイに表示させた。「不動 真というんだ。覚えているか?」

 「き、貴様……」

 不動は発信ボタンを押した。悪態が爆発音に紛れた後、携帯電話はツーツーいいだした。


 「堂上さん、大変です! 助けてください! 不動です。不動が現れたんです!」電話をかけてきた男は切羽詰っていた。

 「久しぶりじゃないか、安倍。四人、殺されたんだって? 残っているのは、あと一人なんだろ?」堂上は、平然と応えた。

 「え? 知っているんですか?」

 「当たり前だ。莫迦にしてるのか?」

 「いえ、決してそんなことは」

 「まあ、いい。半グレには、礼儀も仁義もへったくれもないからな。で? どうしてほしいんだ?」

 「助けてほしいんです!」

 「無理だな。特殊部隊の人間を殺すなんて、俺たちにだって厳しい」

 「特殊部隊?」

 「ああ、そうだ。お前らなら、SATといった方が通じるか」

 「え? 不動は、SATだったんですか? 初耳ですよ!」

 「いってなかったからな。とっとと逃げた方がいいぜ。生き残っている最後の一人に、そう伝えておくんだな」

 「そういうわけには、いきませんよ! 空の上なんですから! 早朝、羽田に到着します。不動は、そこに待ち伏せしているに違いないんだ!」

 「だったら、ほっとけ。お前だって、不動のターゲットにされているかもしれないんだぜ、帝都聨合の立派な総長さんなんだから。不動がそいつを相手にしている間、遠くに逃げておけよ」

 「そ、そんな。稲城を見殺しになんかできませんよ!」

 「最後の一人は稲城か」堂上は分かっていてとぼけた。「だったらしょうがないよな。だが、さっきもいったように不動を殺すことなんかできない」

 「だ、だったらどうすれば……」

 「武器だけは融通してやる。あとは自分で考えろ。俺は、一切、関知しない」

 「そ、そんな……」

 「どうすればいいか、教えてほしいか、ええ?」

 「はい!」

 「高くつくぜ。それでもいいか?」

 「もちろんです!」

 「だったら、特別に教えてやろう。羽田は警備が厳しい。不動は、恵比寿でやったように遠くから狙ってくるに違いない。そこでだ──稲城を拾ったら、すぐ逃げろ。それだけだ」


 一年前から借りている板橋のマンションの一室に戻っていた不動は、FMVのフラップを閉じた。服を脱ぎ捨て、Tシャツとトランクスだけになると、ベッドの上にあお向けに倒れこむ。

 情報統制はなされているようだ。OBであっても、警察の不祥事には変わりない。予想した通りだ。

 次だ。昨日から今日にかけては、一気に進めることができたが、これからは連中も警戒して対策をとってくるだろう。だが、流れはできている。準備はとっくに済ましてある。後は、淡々と殺すだけだ。

 寺岡の驚いた顔。額に穴があいた映像が、唐突に頭に浮んだ。吐き気がこみあげてきた。脂汗が額に浮かぶ。上半身を起こし何度も深呼吸を繰り返す。しばらくして、やっと落ち着かせることができた。ゲロを吐くまではいたらなかったことに、ほっとする。まるで発作だ。危険がないとなると、突然、出てきやがる。

 立ち上がって、ルームライトを消すと再びベッドへ。目覚ましはセットしたよな……。布団の中に潜り込んだ途端、不動は眠りに落ちた。


不動の眠りは浅く、現実をトレースした夢はあまりにも鮮やかだった。

全身を包帯で巻かれた美咲は、俺を見据えていった。

「──お腹の子は死んだわ。罪を憎んで人を憎まずなんて、私は絶対にいわない! あなた、お願いだから、奴らを殺して! 絶対に殺すと、約束して! でないと、私、うかばれない──」

祥子の、メモ用紙に書かれた、字がにじみ、しわくちゃになった遺書を俺は読んでいた。


〝ごめんね、お兄ちゃん。

私、これ以上は、駄目みたい。

美咲おネエちゃんは大丈夫だったかなあ?

お腹の赤ちゃんは無事だよね?

祥子は、みんなと会えて幸せだったよ。

でも、もう会えない。

本当に、ごめんね。

さようなら。

祥子〟

  


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