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殺戮機械 La Machine Slaughter  作者: 瀬良 啓 Sera Quei
4/26

まだ一時間ちょっとしかたっていない

 4


 不動は、左手首に巻いてあるGショックに目をやった。21:42。恵比寿を出たのが二〇時過ぎだから、まだ一時間ちょっとしかたっていない。

 海老名の市街地にあるウィークリーマンションに不動はいた。四日前から借りている。ビジネスホテルでもよかったのだが、それだと勝手に夜中に出歩くと目立ってしまう。フロント係が、妙な気をきかせて、通報するとも限らないからだ。

 マンションでは食事を摂った。といっても、とても何か食いたい気分ではなく、糖が欠乏すれば頭が回らなくなると思ったに過ぎず、コンビニで買ったチョコレートバーを、やはりそこで買ったミネラルウォーターで胃に流し込んだだけ。

 随分と時間がある。結構、きつい。だが、分かっていたことだ。何度もシミュレーションしたのだから。計画段階では、余裕はあればあるほどいいと思ったが、どうやら違っていたようだ。くそっ! イラつく。考える時間は少ない方がいい。

 FMVノートを開き、ワンセグ・チューナーをスロットに差し込み、ニュース番組にチャンネルを合わせる。

 広尾の立てこもりが報道されていた。恵比寿がその次、ラジオと同じ並びである。人体発火現象とされ、評論家がプラズマがどうたらこうたらと、もっともらしいことをいっていた。もちろん、広尾と恵比寿、二件の関連性は、ほのめかされてさえいない。俺の名前もあがっていない。分かっていないのか、隠しているのか……まあ、どっちでもいい。

 グーグルとヤフーをチェックすることにした。自分の名前を検索にかけてみる。思った通り、恵比寿、広尾の件ではなしだ。だが、過去に関する俺は、嫁や妹ともに、いまだにずらりとある。途端に不快になり、人差し指の爪が白くなるまで電源スイッチを押した。空気が抜けるような間抜けな音をさせ、FMVの画面は落ちた。


 佐々木との打ち合わせが、終わった。佐々木はホワイトボードの写真を回収し、出入り口にもっとも近い末席に座った。

 北野はひとりごちた。確かに込み入っている。ただ不動を確保すればいいってものじゃないのだ。しかも、主導権のない頼まれ仕事。いまいち、やる気が起きない。だが、山村のおっさんは、案外、乗り気だ。

 山村が佐々木に訊ねた。「いつくるんだ、お客さんたちは」

「そろそろだと思いますよ」佐々木はいった。ヒールの音が聞こえてくる。佐々木は左手首の時計を見た。「二二時一〇分前。やっぱりちゃんとしていますね」

 ヒールの音がドアの前でとまる。「失礼するわよ」との声。肩まであるストレートの髪をかきあげ入ってきたのは恵比寿署長の近田小枝子だった。シルエットのはっきりした紺のスーツをまとい、黒のコートを左腕にかけている。

 相変わらずでかい。全然、小枝ではないではないか、と北野は思った。タワーだ。顔は小さく首が長い。細身で骨太なものだから、見た目以上にでかく感じる。整った顔なのに、威圧感のある眼光をしていては近づけない。

 近田は北野の背後を通り抜け隣に座った。隣の椅子の背もたれにコートをかける。「なんで、私がここに来なければならないのかしら? あんたたちがウチの署に来るのが普通でしょ? こんなところ、来たくもないわ」

「普通じゃないからだろ」

「ふん」近田は鼻で笑った。「警察庁の人間の指定でしょ? 所轄にいくのは面倒だ。自分のオフィスに下々の者は入れたくない、そんなところかしらね。偉そうに!」

「今日は、特に機嫌が悪いな。生理か?」

「いまは、そんな冗談に付き合いたい気分ではないわ。署はバタバタなのよ。あんたたちがこっちに出張ってきた事案が解決したと思った途端、人は燃えるは、立てこもりはあるわで。詳細を訊こうとしたら、こっちで教えるですって? 一体、どういうことなのよ!」

 ドアがノックされ開いた。「すまん、遅くなったな」そういいながら入ってきたのは、紺のスリーピースを着た銀行員風の男だった。

「西条、西条眞次じゃないの!」近田が驚いた声をあげた。

「久しぶりだな、近田」西条は薄ら笑いを浮かべながら、山村の後を回り隣に座る。

「なんで、二課の腐れ管理官がここにいるのよ!」

「いつの話をしているんだ? 俺は、とっくに警察庁に戻っている。いまは、刑事局組織犯罪対策部企画分析課長さ」

「肩書きを並べるところが厭味ったらしいわね。どうせ──」

「──ところで、近田さん」佐々木は近田の言葉を露骨に遮った。「どこまで聞いていますか?」

 近田は佐々木をにらみつけてから言葉を発した。「広尾の立てこもりは狂言だったということ。恵比寿で人が燃えたのは、狙撃で焼夷徹甲弾なる特殊な弾を使ったというところまでは聞いている」で、報告が終わると、やっぱりだった。「狙撃の件は、組織犯罪対策部企画分析課長なる肩書きのお人が目の前にいるのだから、どうせマルBかなんかの抗争でしょうけど!」厭味が口をついて出る。

「お前、頭の回転が悪くなったな。全然、違う」と西条。「署長の肩書きに満足しているからそうなるんだ」

 なんでここで暴言吐くかなあ、と北野は思った。

 近田は立ち上がった。「ふざけるな!」

「やめとけ、近田!」山村は西条に視線を向けた。「西条さんとやら、あんたも挑発するな。面倒な事案なんだろ? 罵り合っていては解決するものも解決しない」

 近田は憮然として席についた。

 佐々木からさっき受けたばかりの講義によると、捜査二課で、近田と西条はライバルだったという。だが、見る限りライバルというより、エナミーだ。

 二人は、かつて二課のツートップといわれていたとか。近田は〝二課の鬼女〟との異名を持つほどの切れ者で、官公庁がらみの贈収賄事件を主に担当、特捜をしのぐヒットを飛ばしていた。一方の西条は、企業の経済犯罪に精通、力を発揮していた。だが、その後、近田は二課を離れる。副署長という肩書はつくものの、二三区の外側にある小規模署ばかり回される。警察庁に戻った西条とは正反対、体のいい左遷である。近田が二課を追い出された理由は定かではないが、自身は西条にはめられたと考えているらしい。ところが、近田はつい一年前、自力で都心に帰ってきた、〝副〟の肩書きをはがして。

 人に歴史あり、ってか。だが、それを聞いたからといって好感度がアップすることはないなあ。基本的に嫌な女なのだ。

「面倒だから前置きなしにいきますよ」佐々木は飽きれ顔を見せながらいった。「狙撃とマンション立てこもりを起こしたマル被は、同一人物でした。また、撃たれたマル害は、立てこもりがあったマンションの所有者。マル害とマル被、両方とも、近田さん、あなたもよく知っている人物です」

「誰?」近田は驚いた顔をして訊いた。

「マル被は──不動 真です」

「不動 真って……」近田は驚いた顔をした。「それ、八年前の事件が絡んでるの?」

 佐々木は頷いた。さっきホワイトボードから回収した写真の一枚をファイルから取り出すと近田に渡す。

 奪うように取った近田は写真を見るなりいった。「やっぱり、真ちゃんだわ……」

「〝真ちゃん〟か」西条が訊いた。「不動は、お前の友達の旦那だったよな」

 近田は、西条の言葉を無視して続けた。「ということはマル害は、伊藤弘樹? 稲城春男? 河島比呂志? 寺岡祐一? 南出孝之? 上野敦志は、とっくに自殺してるから違うのは分かるけど。五人のうちの一人よね?」

「河島比呂志です。ですが、殺された時点では〝井川比呂志〟を名乗っていた」

 西条が付け足す。「表向き経営コンサルト、だが、帝都聨合の会計責任者でマネーロンダリングにも関与している〝井川〟のことは、過去に遡って調べている。河島比呂志だったことは判明していた。そして、思い出したんだ。当時、河嶋らが起こした事件のこと、身内が殺された不動のこと、そして、お前が不動と関わりがあることを」

 本部二課の前には近田は万世橋署の捜査二課にいた。後に不動姓となる八神美咲と近田は、正真正銘、最高のコンビだったという。主に新興企業に関する詐欺や乗っ取りといった経済事案を担当。多くの実績をあげた。実績を評価され、近田は本部の捜査二課に異動。美咲は、万世橋署捜査二課の主任に抜擢された。近田と美咲は、それ以降も定期的に会い、プライベートの付き合いを続けていたらしい。

 美咲が不動と知り合ったのは、管内で起きた詐欺にからむ殺人事件で捜査本部が立ち上がったときだ。機捜も駆り出され、その中に不動がいた。事件が解決した後、二人は付き合い始め、一年後には結婚。そして、美咲は妊娠。

「前の日、子供ができたお祝いをしてあげたのよ。祥子ちゃんも一緒だった。なのに、次の日……あんなことになるなんて……」近田はいきなり顔を上げ笑い出した。だが、目は笑っていなかった。「ざまあみろだわ! あんな奴ら、全員、殺されてしまえばいいんだわ!」

 無理矢理搾り出したような笑いがおさまるのを見計らって佐々木がいった。「多分、そうなると思いますよ」

「どういうこと?」

「近田、あんたに同意だ」西条はあっさりいった。「殺されたところで、誰も困らないし、世間は許してくれるさ。大体にして、俺としては、不動の確保に興味はない」

「どういうことよ?」近田がイラついたように同じ質問をする。

「まあ、聞け」と西条。「俺のところには河嶋をマークしていた、組対三課の人間が目の当たりにして連絡を寄こした。しまった、と思ったね。俺たちのことが知られ口封じされたと考えたよ。そしたら今度は、不動が、河嶋を殺したという情報が入ってきたではないか。復讐だと確信した。同時に不動は全員を殺すに違いないと思った。まあ、単純な推理だ。そう考えたのは俺ばかりではないだろう。で、残りのガキどもはどこにいる? この辺りまでは単なる興味だったのだが──パソコンでちょこちょこ調べてみたら、ガキどものシャバに出てからの所在が不明になっていた。揃いも揃って、保護観察期間が過ぎた直後だぜ。で、連中がどこへいくというのだ。元いた帝都しかないだろう」

「それが? あんたの説明は、前置きが長いのよ。昔からだわ」近田は露骨にため息をついた。「何をしようというの?」

「とりあえずは何も。不動は元特殊部隊員だ。そいつが本気になれば、素人のガキなんか簡単に殺すことができる」

「あんたの目的は、帝都ってこと?」

「結論を過ぎるのは昔からだな。半グレと称される犯罪組織、その中でも最大勢力をほこる帝都聨合を破滅させることができれば、それはそれでいいんだ。不動は、神が遣わした破壊の天使ウリエルみたいなものだ。利用しない手はない。不動のおかげで、帝都は動揺するはずだ。なんらかの行動を起こすに決まっている」

「凶器準備集合罪とかで確保しようというの? 私らが出張らなくても、組対三課にやらせればいいじゃない」

「できればそうしているさ」

「どういうこと?」

「一緒に帝都に当っている組対三課に、Sがいる」

「え?」

「帝都のガサ入れをする度、空振りに終わるんだ。十分に調査しているのに……五回だ。計五回、失敗した。情報がもれている。おかげで俺の首が涼しくなってきた。組対はもう信用できない」

「なるほど。でも、まだちょっと分からないんだけど。警察庁のあんたが本気になって取り組む事案かしら。たかが、半グレでしょ?」

「だから、結論を急ぐなって」西条は首を左右に振った。「たかが半グレとお前はいったが、いい大人がガキのSになると思うか? 帝都のバックには、謎の組織がいる。ガキにしてはシノギがでかいんだ。オレオレ詐欺や闇金、イベントサークルだけじゃない。ロシアマフィアとの関係も取り沙汰されているんだ。河島はマネーロンダリングをしていたが、マフィアのそれを請け負っていた可能性もある。できれば、その組織を解明しパクりたいと思っているんだ」

「素晴らしい! あんたとは、口も利きたくもなかったけど、やることやっている点については評価してあげる。何より面白そうだわ。手伝ってあげる」

 どうあっても上から目線なんだな、と北野は思った。

「そりゃどうも」西条は応え、山村にも訊いた。「あんたはどうだ?」

「断る理由はないね。だが、捜一が露骨に協力してはまずいだろ」

「もちろんだ。公には、不動確保のための要撃捜査ということにしてもらいたい」

「ところで──」近田が訊いた。「ひとつ気になることがあるんだけど。〝謎の組織〟っって、戦隊ヒーローものを観て育ったでしょ、あんた」

 北野は腹の中でため息をついた。上げて落す。性格悪いな、この女。

「悪いか!」西条は遂にキレた。「文句があるなら、そういえ。お前のくだらない厭味は、もう聞き飽きた!」

「あらそう」というと近田はゲラゲラと笑い出した。今度は、本当におかしいらしい。

 一方の西条は鼻を鳴らし、不機嫌な顔を隠さなかった。

「西条さんとやら」山村が訊いた。「〝謎の組織〟を探り出し壊滅させるのはいいが、具体的にはどういう方法でやる? Sの存在を考えると、あまりおおっぴらに動けないし、関わる人間も厳選しなくてはならない」

「そうよ」近田が語を継いだ。「ここにだって、Sがいるかもしれないのよ。私たちは信用できるの?」

「それは大丈夫だろう。例え出世が絶たれても、天下り先が腐るほどあって、普通以上に将来を保障されているキャリアが、おかしな犯罪組織に首を突っ込むとは考えられん。特に、近田、お前、スカウトされたとして、組織に入るか?」

「どれだけお金を積まれても嫌。莫迦といると吐き気がするのよ、私」

「それに、やっと二三区に戻ってきたばかりだし、頭から〝副〟なるわずらわしい漢字もとれたばかりだしな」

 近田がむっとしたのを見て、西条は薄ら笑いを浮かべた。厭味を返すことができて嬉しかったのだろう。

 西条は山村に視線を移した。「捜一の場合は、組織側に利用価値がない。組織に属する人間の場合、殺そうが、殺されようが、即組対担当になるからだ。捜査一課に出番はない。使い途がなければ、金を使う意味もなく、最初からスカウトもされない」

「使い途はあると思うぞ」山村が応えた。「いまは、思いつかないが」

「あんたに思いつかなければ、組織に思いつく訳がない」西条は、ニヤリとした。今度の笑いは、お前のことは調べているぞ、という意味だ。

 西条は続けた。「ま、思いついたとしてもだ、ここから先、情報漏洩があれば、ここにいる誰かがSということになる。というわけで、まずはS捜しだ」

「分かったわ。捜査本部は恵比寿署に設置されるわけだから、そこで組対の人間を監視すればいいわけね。ウチの人間と組対の人間がペアを組んで捜査するから、おかしな動きがあれば、逐一、報告させることにする」

「それは、ちょっと露骨過ぎないか? 向こうにこっちの動きがばれるだろ」

「ばれたっていいじゃない、それが抑止力になれば」

「真理だな」山村が同意した。「こっちの動きを知った上で動けば、それは本物だ」

「部下に『ここだけの話』としていっておくわ」

「いいんじゃないか。『ここだけの話』ってのは、尾ひれがついて伝わるからな。そうこうしているうちに不動が暴れ回れば、帝都はあたふたし出すし、謎の組織も動き出さざるを得ないだろう。どうだ、西条?」

 呼び捨てになっているし。しかも、違和感がない。

「分かった。それでいこう」

 西条も普通に応えている。いつの間にか人を操っているのが、山村のおっさんだ。操られている方も気づいていない。

「あんたの部下、警察庁刑事局組織犯罪対策部にいる人間は大丈夫?」

「対策は講じているよ。こっちには外回りの捜査員はいないから、さほど難しいことじゃない」

 山村はうなずいた。「帝都や謎の組織に対するSについては分かった。しかし、不動の協力者についてはどう対応する?」

「協力者?」近田は驚いた顔をした。「真ちゃんの単独じゃないの? だって、彼は特殊部隊出身よ。素人相手に協力者は必要ないでしょ?」

「単独だとは思えないね。恵比寿の犯行現場に駆けつけた、静内と新倉。近田、そして俺。この四人は、少なからず不動にかかわりがある。ただの偶然というには、ちょっとでき過ぎていると思わないか」

「四人の中に協力者がいるというの?」

「分からないな。他の誰かもしれないし、俺の思い違いかもしれない。だが、偶然というのはどうにも信用できん」

「さすが、元スパイキャッチャーだ。なんでも疑うんだな」

 西条はほめたつもりでいったかのかもしれないが、もちろん山村のおっさんは、そう受けとめるわけもなく、露骨に不機嫌な顔をした。

 西条は慌てて続けた。「いや、莫迦にしていったわけじゃない」

 ふん、と山村は鼻をならした。「協力者についてはどうするんだ。放っておくのか?」

「正直なところ、考えていなかった」

「だったら、放っておくか?」

「いや。あんたは、どう考えているんだ」

「帝都のSより質が悪いと俺は思うね。正義を貫いているつもりになっているはずで、なんでも正当化したがるに決まっている。そういう手合には腹が立つ。辺りが見えないものだから、突発的な訳の分からないことをして、周りに迷惑をかけるんだ。例えば、あんただ」山村は攻勢をかけた。「あんたのやろうとしていることは、俺たちを巻き込んだ違法捜査だ。その自覚はあるんだろうな」

「もちろん、ある」と西条は即答したが、どうだか。おっさんに指摘されるまで気づかなかったんじゃないのか。

 近田が追い討ちをかける。「責任は、西条、あんたがすべてとるんでしょ?」

「……当たり前だ」

「一瞬、言葉に詰まったわね。全然、信用できない!」

「やめとけ、近田」山村は、背広の内ポケットに手を入れ出した。シルバーのICレコーダーが握られていた。「録音しておいた。責任の所在は、明確にさせておかないとな」

 西条は言葉が出てこなかった。心なしか顔から血の気が引いている。

「そう不安になりなさんな」山村は、皮肉な笑みを浮かべながらいった。「近田、お前、この事案から降りるか?」

「降りるわけないじゃない! ガキどもが帝都に戻ったということは、八年前の件が、単なる本能に基づくセックス犯罪ではないということだわ。きっと人身売買にも関わっていたのよ。そんな連中、許しておけない!」

「だ、そうだ。当然、俺も、降りない」

「助かる」西条は、ほっとした表情を見せた。

「あんたには、MI6の有名な上司を参考にしてほしいところだな。すなわち、命令だけ出し、後は、暴走しようが何しようが、現場の人間が好き放題にやるのを黙って眺めていろ。そうすれば、結果はついてくる。責任を取る必要もなくなる」といってレコーダーを振った。

 西条の目はレコーダーの動きにつられた。そして、いった。「分かった」

「よし。では、協力者については俺に任せてくれ。いいな」

「どうするつもりだ?」

「一人ひとり『お前、協力者じゃないのか』といって回る。万が一、名乗りをあげたら、一緒にやらないか、と声をかけるのさ」


 会議が終わると、西条は不安げな表情のまま出ていった。一方、近田は満足気だった。廊下を闊歩するヒールの音が軽やかに聞こえた。

 二人の足音が消えると山村はいった。「さて、どういう印象を持った? 北さん、お前、ほとんどしゃべらず観察していたんだから、分かるだろ?」

「それが、どうも……。ただ、近田さんには、喜怒哀楽が激しい感じがしました。一緒に仕事をした際の、冷徹なイメージがないってのが、おかしいかな、と。協力者の可能性は否定できません」仕事をしたのは、先週のことだ。強盗に見せかけた親族殺人、事件は解決したのだが、報告書がまだできていない。それには触れるなよ、と北野は祈った。

「私も、そう思います」と佐々木。「知り合いが無残に殺された事実を思い出したことによって、感情が高ぶったとする解釈はできると思いますが、演技じゃないともいいきれません。不動の行動はあまりにも計画的だし、集まった人間には偶然が重なり過ぎている。どう考えても、絵を描いた人間がいますね」

「近田さんでしょうか?」と北野。

「さあな。まあ、そのうち分かるだろう」山村はテーブルの上に置いてあるICレコーダーをつまみあげた。「とりあえず、こいつで本当のことをいっているかどうか、音声解析してもらうか。佐々木、お前のいた大学に誰かいないか? さすがにここの人間に頼むわけにはいかない。研究している人間が一人ぐらいいてもおかしくないだろ」

「ですね。知り合いの伝で探してみます」

 随分、簡単にいう。さすが赤門は違いますな。「しかし、私たち三人も、解析されるわけでしょう? レコーダーの存在が気になっていたんで、動揺があるかもしれません。ちょっと自信がないんですけど」

「私もです」と佐々木。

「心配するな、俺もだから」山村のおっさんは笑みを見せた。「いずれ、思いっ切り違法捜査だろ、この事案。解決しても、しなくても、監察の手は入る。そのときに備えて、完璧な逃げ道を用意しておかなくてはならない。こっちは、西条の命令に従っただけだということを見せておかないとな」



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