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殺戮機械 La Machine Slaughter  作者: 瀬良 啓 Sera Quei
21/26

連中、不動と同じ戦場にいたらしい

 21


 最大級の賛辞だ! しかし、と山村は思った。不動はいいとして、新倉と静内のことも知っている。こっちの情報はだだ漏れか。俺のことも伝わっているかもしれないな。どんないわれようされるか、聞いてみたい気もする。

 二人の声は徐々に遠ざかり、ハンディトーキーのスピーカーから漏れるのは、遂には風音だけになった。

「いまのはロシア語か?」鈴森が訊いてきた。「お前、外事課ではロシア担当だったらしいな。言葉分かるんだろ? いまのはスペツナズじゃないのか? どんな話をしていたんだ?」

「不動のことだ」山村は最後の質問にだけ答えた、しかも大幅にはしょって。「連中、不動と同じ戦場にいたらしい。不動は、侮れない、とさ。つまり、安易に攻めてこないとみていい。力押しでないのであれば、なんとかなる」

 道の駅りくちゅうの駐車場の半分は、工事関係車両で埋まっていた。復興のために作業員がやってきているのだ。彼らは、近くにある飯場でいまは休んでいるのだろう。車は雪に埋もれている。山村は、道路から見えない場所に、二台を紛れこませた。雪が積もっていなくては、目立つと思ったからだ。吹雪が幸いし、駐車場に入るときにつけた轍はすぐに消えた。いまは、二台ともエンジンを切り息をひそめている。

「しかし、いつの間に来たんだ」鈴森はいった。「せっかくヘリをチャーターしたのに待ち伏せできなかったなんて」

 それがどうしたいうのだ。愚痴ばかりではなく、もう少し、臨機応変に考えてくれないものか。「いまのは斥候だ。本隊が到着するのはまだ先だ。それまで仮眠でもしてればいい。戦術については不動らに任せてあるではないか。俺たちは、彼らに沿って動けばいいだけだ」

 地鳴りとともに細かい縦揺れを感じた。直後、身体が左右に揺さぶられる。だが、311のときに比べれば──耐震構造になっているとはいえ、本部の揺れはひどかった。崩れるかと思ったほどだった──どうということはない。緊急地震速報も鳴らない。

 山村が手を伸ばし、カーオーディオのスイッチを入れる。

 〝──震源地は三陸沖。各地の震度は次の通りです──〟陸中町は、震度三だと発表された。〝──津波の恐れがあります。海には、決して近づかないでください〟

「震度三でも津波がくるのか」と鈴森。

 今度は、心配性が出てきたようだ。「ここが三でも、沖が六とか七だったら、くるんじゃないのか。それに、地球の反対側から海を渡ってやってきたチリ地震津波のときは、ここいらに地震の揺れは一切なかったと思うぜ」山村は、ふと思いついたことを口にした。「緊急地震速報は、解除しておいた方がいいな。311規模まではいかないが、でかい余震がまだまだくるという話だ。作戦中、あんなものが鳴ったら、格好の的だ」


 堂上の内ポケットから、死んだSPから拝借してきた携帯電話の呼び出し音が鳴った。

「池部の奴、冬道に慣れていない」案の定、桂だった。「サービスエリアで立ち往生だ。案内人がこの体たらくだと、どうしようもない。さて、どうすればいい、堂上?」

 強がりやがって。不動を先行して送り込んだことはつかんでいるんだぞ、桂。「とぼけなくていい。とっとと来い。もう場所は、分かっているんだから。何時になる? とっとと取引しようじゃないか」

「時間はちょっと読めないなあ。二刀流の剣豪を気取るつもりはないが、天候が天候だけに遅れると思う。まあ、なんとか、今日のうちには着くだろうけど」

 堂上は、訊いておきたかった。「どうして、場所が分かった」

「お前のすぐ近くに、こっちのSがいるからじゃないのか。粛清したらどうだ? スペツナズの中にいるかもしれないぞ」

 確かに、目的地を伝えたのは、パスファインダーを出す関係上、いまのところスペツナズだけだ。他の人間には宮古方面としかいっていない。「適当なことをぬかしやがって」

「だったら、アガヤンツだ。SVRに取り込まれていたアガヤンツが、Sをチームに加えていたと考えてみるのはどうだ?」

「下手なウソをいうな」この野郎、舐めやがって。

「ピンポン。下手なウソだ」桂はあっさり認めた。「実は、どうってことない。お前や帝都およびその取り巻きの物件を消去法していっただけだからな」

「手間をかけさせたな」

「強がるなよ、堂上。分からないのか? 西条だよ、お前が家族の写真で脅しをかけた。河島とお前の結びつきを、西条は理解していた。お前と、俺や不動との過去を知らない西条は、いわば第三者。だから俯瞰的に見ることができたんだ。殺しそびれたな」

「まあ、認めてやるよ」くそっ、まるで意識が向かわなかった。

 桂は続けた。「ところで、あれから少し考えてみたんだが、お互い〝猫に小判〟〝豚に真珠〟だ。お前に、俺の嫁と娘は必要ない。俺には、必要以上の金は必要ない」

「必要以上の金?」

「スイスの金は勘弁してやる、といってるんだ。だから、黙って二人を返せ!」

「生殺与奪権が、俺にあることを忘れているぞ」

「脅しても駄目さ。冷静になって考えてみたんだ。俺の嫁と娘を殺せば、スイスの金が犯罪で不法に得た金であることを証明し、返還請求してやる。俺の機嫌を損ねてみろ。すぐに手続に入ってやる。ゼニコフから少なからず借りているだろ、お前? スイスの金は返すために必要じゃないのか。返せなくなったら、ゼニコフがどんな行動をとるか、想像できないはずはない。ロシアマフィアが日本の警察ほど甘くないことは、あんたが一番知っているはずだ。俺はもう、いいなりにはならない!」

「挑発するなよ、桂」

「またぞろ家族を殺すとでも? 年寄りじみた酔っ払いのような堂々巡りはやめとけ。莫迦だということがばれる。お前は俺に二人を返す。俺はお前のスイスの金には手をつけないし、ケイマンの分も返してやる。逃げる敵には、金の橋を造ってやるよ。開き直って無茶されても迷惑だからな。礼はいらないぞ」桂は、耳障りな笑い声をたてた。「そうだ、忘れてた。刑事二人は──二人の上司がここにいないからいうが──俺としては、好きにしていいと思っている。じゃあな。後で会おう。フェアな取引をしようじゃないか」桂は、堂上の返事を聞かずに電話を切った。

 堂上はひとりごちた。フェアな取引なんか、最初からする気ないだろ、お前も俺も。

「桂から、ですか?」盛岡駅で拾った佐々木が、助手席のヘッドレストの横から顔を出し訊いた。

「ああ。遅れるそうだ」堂上は内ポケットに携帯電話を収めた。

「揺さぶりをかけてきたということですね。しかし、人質を押さえているこっちの優位は動かない。もっとも、向こうが人質を見捨てるつもりなら別ですが」

「桂に限ってそれはない」

 会話にあまり意味はない。揺さぶりというのはちょっと違う。桂は、断りを入れにきただけだ。まあ、好きにしていいぜ。


 電話を切るタイミングを急ぎ過ぎたかもしれない。だが、堂上は理解できたはずだ。冷静さを失わなかったのが、証左だ。

 桂は、Xトレイルのハンドルに額をつけ、大きくため息をついた。心臓の鼓動がヘビメタのドラムのようにドコドコ鳴っている。大体にして、俺が得意とするのは後方での作戦立案であって、前線でマル対と対峙することではない。

 別の携帯が鳴った。桜木からだった。

「うまくいったか?」

「まあ、とりあえずは……」

「だったら、始めて問題ないな」

「ああ。手柄にしてくれ」

「ちなみに、尾行している人間はいない。安心しろ」

「助かったよ。ありがとう」

 前沢サービスエリアの駐車場、雪が降りしきる中、池部はアウディA6のノーマル・タイヤを、スタッドレス・タイヤに交換している最中だった。

 運転席側の前タイヤを交換し終わり、ジャッキを抜こうとしたとき、五人の女たちが出現、池部を囲み銃を構えた。近田が俺のバックアップにと手配した女たちだ。

 両手を挙げ立ち上がった池部だったが、女であることで小莫迦にした態度を見せたのは間違いだった。前に進み出てきたひとりの女に、銃床で顔面を殴られる。顔を抑え姿勢を低くしたところ、今度は下半身を蹴り上げられた。

 池部は、雪の上にはいつくばった。意識がなくなるまで、女たちに蹴られ続けた。桜木と赤峰は、それを唖然としながら眺めていた。


 ベンツやらBMWやら五台のドイツ製セダンが連なって道の駅の横を通過した。少し離れて、ワンボックスカー、ホーミーが続く。

 さらに後方には、二台の古臭いスポーツカー、シルビアとAE86レビン。爆音を発しながら、ホーミーを煽っていた。その二台は、いきなり左折し、道の駅の駐車場に入ってタイヤを滑らせながら停止した。下品な笑い声を発し、五人の若造が降りてきた。

 山村は暗視装置を取り出し、二台のナンバーを見た。二台とも〝足立〟。五人は、それぞれ自販機で缶飲料やペットボトルのそれを買うと、小汚い車に乗り込み、糞うるさい排気音とともに、尻を振りながら発進、駐車場から出ていった。

「ボランティアでは、ないよな」と鈴森。

「そうだな」

 鈴森は、ため息とも深呼吸ともつかない大きな息をした。「となると、いよいよか」

「だな」

 外は、吹雪は一層酷く、風音も半端じゃない。ラジオでは地震関連のニュースから気象情報に移っていた。太平洋沿岸出ていた風雪・波浪の各注意報が、それぞれ暴風雪・波浪警報に変わった。


 堂上! 雪の中に伏せ、暗視装置のファインダーを覗いていた不動は、声を出して叫びそうになった。あの面、反吐が出る!

 五台のセダンがやってきた。四台は、ホテルの建物から突き出した玄関の屋根の外に、一列に並んだ。それぞれの車から次々に人が降りてくる。

 最後の一台は、屋根の中に入って停まる。周囲より一回りでかいメルセデスだった。スーツ姿の一人がメルセデスの後部ドアを開けた。現れたのは毛皮のコートを着た堂上だ。

 偉そうじゃないか、ええ! 堂上の周囲に、雪で滑り足元がおぼつかない中、スーツ姿の男どもが集まってきた。堂上は、そいつらに指示を出すと、正面玄関から三人の男を従えホテルへ入っていく。そこには佐々木も含まれていた。

 糞ったれ、堂上! お前は、すべての元凶だ。今日、ここで、お前を、殺す!

「あまり熱くなるなよ」不動の殺気を察したのか、左隣にいた新倉がいった。

「分かってるよ」不動はぞんざいに返事をした。

 右隣の静内が訊く。「人質はどこだ?」

 新倉が応える。「最後尾を見ろ。かわいそうに」

 見ると、パジャマ姿の北野が、背中を丸め両腕を身体に巻きつけて立っていた。拘束はされていないものの、北野には逃げる気などまるでなさそうだ。横には拳銃を持ったスーツ姿の男がいる。

 BMWの後部を回り矢木が現れ、着ていたコートを北野の背中にかけてやった。

「気が利く女だ」静内が感心したようにいった。

 それだけではない、と不動は思った。履いているパンプスは、東京でさらわれたわけだから、冬用のはずはなく、ソールは真っ平のはず。なのに、滑る気配を見せない。二人をこづく足元がおぼつかないスーツたちとは、偉い違いだ。北野も、歩くたび、滑って転びそうになっているが、履いているのがスリッパでは仕方がない。

 矢木たちがホテルに入ると、ホーミーがやってきた。そいつはメルセデスの後につけた。

 サイドのスライドドアが開く。三人の男たちが談笑しながら出てきた。三人とも彫りが深い、コーカソイドだ。GRUスペツナズに所属していたといわれる傭兵たち。笑みを見せながらも、周囲への警戒は怠っていない。ファインダーの中では頭が白くとんでいる、金髪のリーダーらしき男が、近寄ってきた二人のスーツ姿の男と会話をかわす。直後、スペツナズの三人は、スーツの二人を置いてホテルへ消えた。

 スーツのひとりがホーミーの中をのぞき手招きすると、中肉中背の女とその女より頭半分、背が低い少女が寄り添い降りてきた。桂の女房と娘だ。

 無事だ。とりあえずはよかった。ホテルのロビーへ向かう二人の足取りに、奇妙な点はない。酷い目には遭わされていないらしい。

 爆音が聞こえてきた。古臭い二台のうち、シルビアが後輪を滑らせ、雪の積もっている駐車スペースに入った。途端にスタックしてしまう。タイヤは空転、エンジン回転数は上がり、爆音はますますひどくなった。

 ホーミーの後に駐車した86から、三人のガキが降りてきた。シルビアの様を見て、大げさに腹を抱える。一人がしゃがんで雪球をつくると、シルビアに駆け寄りフロントガラスにぶつける。シルビアから二人が降りてきて、五匹のガキによる雪合戦が始まった。

 突然、ガキどもの動きが止まった。全員が一斉に同じ方向を見る。連中の視線の先には、さっきスペツナズと人質が出てきたホーミーがあった。

 スキンヘッドの若造が出てきて何事か叫んだ。ニット帽を被った男の両脇に両手を入れ、車から降ろそうとしている。ガキどもの動揺が、見てとれた。ニット帽の首はまったく据わっていない。死んでいるのは明らかだ。もちろん、スペツナズに殺されたのだろう。

 見せしめか、従わせるための。暴力をひけらかす奴は、自分以上に暴力を振るう人間に弱いからな。ざまあみろ。

「退がれ!」新倉が小さく叫んだ。「急げ、林の中だ!」

 不動と静内はすぐに反応した。新倉の後に続いて林に入る。新倉が立ち木を背にしゃがんだ。不動と静内も、別の木を選んで同様にした。

「どうしたんだ」静内が小声で訊いた。

「スナイパーだ。ホテルの屋上に出てきた。位置がばれる。向こうだって、暗視装置を持っているはずだからな」

「この吹雪の中、よく見えたな」

「出てきそうなところを見張っていただけだ。だが、見逃すところだった」

「屋上のどこにいるか、分かるか?」と不動。

「もう分からないな。さっきは、暖かいところから出たばかりで、服の表面に熱がまだ残っていたので見えた。だが、冷え切っては、もう捕捉できない。それに、身体の熱が外にもれることのない分厚いギリースーツを着込んで寝っころがっていれば、すぐに身体の上に雪が積る。足元にいても気づかない」

 早々にスナイパーを配置させたところをみると、スペツナズはすぐにでも行動を起こすかもしれない。俺たちの存在は知られているのだから。

「桂は、まだ時間がかかるのか?」静内が不安げに訊いた。

「ああ」

「一旦、退くか?」

「いや、退いてしまえば、奴らの好き放題だ。むしろ、乱戦に持ち込み、こう着状態をつくりたい。スペツナズを釘付けにできれば、その隙に、特殊犯がホテルに突入、人質を救出することは可能だ。人質という憂いをなくせば、後は堂上を殺すことに専念できる」

「問題は、やはりスナイパーだな」と新倉。「スペツナズのそれは、そんじゃそこらの手錬ではないだろ。狙われた時点で、終わりだ。当然、排除しなければならない。任せてもらっていいか?」

「もちろんだ。タイミングは任せる。四阿にいくのか?」

「ああ。セムテックスの起爆送信装置をくれ。お前が殺されたら、奪われ爆破されだろうから、危なくてしょうがない」

「お前なあ、それ、いう必要あるのかよ。相変わらずひと言多い」不動はディバックから取り出し、新倉に放り投げてやった。

「回収して、有効な使い道を考えてやるよ」新倉はキャッチしたそれを胸ポケットに入れると、狙撃銃の入ったケースをつかんだ。新倉は中腰で、そのまま林の中の闇に消えた。


「山村、聴こえているか?」ハンディトーキーから聞こえてきたのは不動の声だった。

「聴こえている」

「人質は確認できた。桂の女房と娘、矢木と北野、四人全員無事」

 よかった。近頃の誘拐は、身代金を要求するそれであっても、マル害が無事であることが少ない。女が三人いることも心配の種だった。「マル対の構成は分かるか」

「総勢三〇人。内訳はスペツナズが五人。帝都のガキと思われるのが六人。他一七人。おそらく堂上に取り込まれた警察OBだろう。そして、堂上と佐々木だ」

「スペツナズは、お前らに任せていいんだよな」

「ああ。ところで、俺たちは、すでにスナイパーに狙われている。実質、交戦状態だ」

「なんだって!」

「俺たちがドンパチを始めたら突入し、人質を救出しろ。突入のタイミングは任せる」

「桂を待たないのか」

「攻撃されたら、待たないし、待てない。桂には状況を説明し、納得させた。この際、役割分担を確認にしておこうじゃないか。俺たちの役割は、堂上を殺すこと。お前たちの役割は、人質を救出すること。互いの役割には干渉するな。この辺りでは、てんでばらばらに行動するのが、生き残るコツらしいからな。いいな?」

 〝津波てんでんこ〟とかいう、いい伝えのことだ。津波がきたら、他人に構わず、それぞれ逃げろ。自分の命は自分で守れ。皆がそうした行動をとれば、皆、助かる。

 だが、本音は──「死んだ奴のことは知ったことではない。そう思わないことには、やってられるか!」だ。知り合いの多くが犠牲になった場合に生じる、助けられたはずだという思い、自分だけが助かったという罪悪感、サバイバーズ・ギルトを防ぐ深謀遠慮も、〝津波てんでんこ〟にはこめられているのだという。

 山村はいった。「了解した」

「今後、できる限りこっちからの連絡はSMSでする。音を出したくないからだ。お前の携帯は、いつ作られたものだ?」

「心配無用だ。やることはやってるよ」

「そりゃそうか。お前だもんな。訊くまでもなかった。では、交信を終わる。以上だ」

 鈴森が訊いた。「佐々木って、管理官の佐々木か?」

「そうだ。信じられないとかいうなよ」

「殺すのか?」

「いや、逆だ。絶対に生かせ。事情を知っているだけに、後始末に必要なんだ」


 ホテル二階、かび臭い会議室に集まったのは、堂上と佐々木、そして白地の迷彩服に着替えた四人の元スペツナズの傭兵だった。全部で五人だったが、一人はホテルの屋上に陣取っている。

 テーブルには、A全サイズのマリン・リゾート陸中の平面図が広げられ、全員が囲んだ。

「少佐、状況を報告してくれ」堂上がロシア語で命じた。ここにいる人間以外に話の内容を聞かれたくなかったからだ。

 少佐と呼ばれた金髪のアナトーリーは、パスファインダーをした銀髪の副官に命じた。「ヴァシーリー、報告してくれ」

「では」というとヴァシーリーは地図の北西にある四阿を指した。「ここ、セムテックスが仕掛けられています。スナイパーが配置されると読んでのことでしょう。しかも、セムテックスには、起爆信号受信装置の他、ハンディトーキーがはりつけられていました」

「意味が分からない。IEDというわけじゃないだろ? ダブルトラップ? 俺たちが起爆装置をはずすなんて、面倒なことをするとでも考えているのだろうか。あの〝ラ・マシヌ〟が?」

「偵察に出た我われの会話を盗聴するためです。ハンディトーキーが、露骨に分かりやすくガムテープでとめられていまして、通話状態のままでした」

 アナトーリーはニヤリとした。「分かりやすく? 試されていたのか。何か話したのか」

「ええ。〝ラ・マシヌ〟すなわち不動本人の過去を少しばかり」

「『お前のことを俺たちは知っているぞ』といいたかったわけだ。負けず嫌いだな、ヴァシーリー」アナトーリーは笑みをみせた。「向こうもこっちも、先に現場につき、待ち伏せしようという戦略は、吹っ飛んでしまった。こうなってくると、腹の探り合いだ」

「〝ラ・マシヌ〟なんていうのか、不動は」と堂上。「昨日までは、不動のことなんて思い出しもしなかったのに、警察を辞めてから先、とんでもない経歴がくっついていて、なおかつ、通り名まであるなんてなア。驚きを通り過ぎて、笑ってしまうぞ。しかも、不動がいたというレ・ラ・イントレピッド社ってなんだ? 狙撃専門のPMC? 客を選ぶ? 老舗日本料理屋じゃあるまいし。そして、不動はそこの頑固一徹、叩き上げの料理長か、ええ?」堂上は真顔で訊ねた。「実際、あんたの評価はどうなんだ?」

「普通の精鋭、といったところですか」

「よく分からんのだが」

「能力はある一定のレベルを超えたら、あまり関係ありません。戦闘は、基本一対一で行われませんから。オペレーションによって得手不得手もありますし。例えば、同じアメリカの特殊部隊でも、グリーベレーとシールズに優劣つけることができないのと同様です。グリーンベレーに海に潜れといってもうまくいかないですし、シールズは敵地に潜ることなんかできません。要は、使う側の人間がそれを理解しているか、していないか、ということにつきます」

「不動はどうなんだ?」

「狙撃手としては超一流に近い。加えて、戦略・戦術についてもレベルが高い。特徴は、必要以上の殺しはしないこと。ただし理由さえ明確ならば、とことん無慈悲に振る舞う」

「対処できそうか?」

「もちろんです」アナトーリーは笑みを見せるとヴァシーリーに向かっていった。「状況の確認。レオは配置についているんだったよな?」

「ええ。ホテルの屋上です。ラ・マシヌのチームを目視しています。ラ・マシヌを含め三人を目視。ただ、レオに気づいた途端、森の中にに引っ込みました」

「気づかれたか。まあ、仕方がないな」アナトーリーは、佐々木に視線を向けると、訊いた。「バックアップがいるのでしたよね」

「ええ。警視庁本部にいるSによると、特殊犯も出張っているらしいですが、対応力もなく大したことありませんよ」

「それは?」

「警視庁刑事部の特殊部隊のひとつです。軍隊を相手にすることは想定されていません。武装も拳銃のみに限定されています」

「ここにいる我われ以外の人間でも対処できそうですか?」

「いくらなんでも……」

「だったら甘くみない方がいい。不動たちを殲滅した後、我われが対処します。ただ、予定通りにいかない場合もある。対峙するとなったら、防御に徹してください。我われが駆けつけるまで、ひたすら派手に撃ちまくること。伝えておいてください。いいですね?」

「了解です」

「ひとつ質問があるんですが」アナトーリーは堂上に向かっていった。「なぜ、不動たちに先行されたか、分かります? 事前にこの場所を知っていたのは、あなたと私の部隊以外にいない」

 一瞬、自分に向けた視線を佐々木は見逃さなかった。佐々木が苦笑いした。「どうも、誰からも信用されていないみたいですね。まあ、いいですけど」

 堂上がいった。「俺も疑っていたが、佐々木ではないぞ。さっき、人質の嫁の旦那から直接聞かされたよ。西条という組対の人間の仕業だ。そいつが探り当てたそうだ。西条が俺の周囲を探っていたことに気づいた俺は、それをやめさせるために脅しをかけた。西条は脅しに屈し、捜査から降りることは降りた。しかし、よもや残業しているとは思わなかったよ。始末することも考えたが、そうすることよって生じるデメリットを考えたら、ちょっとな。ま、俺のミスってことだ。悪かったな」

「いえ」この男、自分の非に対しては謝るんだな、とアナトーリーは思った。だが、額面通りに受け取らない方が無難だ。「ですが、よかったんじゃないですか。ものは考えようです。こんな糞吹雪の中、待たされるよりはいいと思いませんか?」

 作戦を全員で共有すると、アナトーリーは立ち上がった。「では、行動に移ろうか」

「了解です」「分かりました」「サー、イエッサー」と好き勝手返事をすると、隊員たちは立ち上がり部屋の外へ出ていった。

 最後に出ていこうとしたアナトーリーは、思い出したように振り向き佐々木に訊いた。「ところで、人質はどこです?」

「地下室にいますが」

「そこは、まずいですね。階段を上がれば、すぐに一階だ。一階であれば、きっかけさえあれば、どこからでも簡単に、外に逃げられる。例えば、見張りを色仕掛けで油断させてもいい。ですので、最上階に移した方がいいですよ」


 フェイスマスク越しの静内の声はくぐもっていた。「ホテルの玄関から二人、出てきた。堂々としたもんだ。まったく警戒していない。直立して歩いていやがる」

 不動は応えた。「こっちが攻撃してこないと思い込んでいるんだ」

「二人ともボストンバックを持っているな。なんでだ?」

「何らかの意図があるんだろ? まあ、黙って見ていよう」

 ボストンバックを肩にかけた二人は、左右に分かれた。そして、頃合を見計らって、それぞれボストンバックのジッパーを開けると、中身を取り出しばら撒き出した。ぞっとした。

 静内がいった。「何だ、あれ? 羽根がついているな」

「バタフライ地雷だ」くそっ。この雪なら簡単に潜ってしまう。姿を見せていても、吹きすさぶ雪が覆い隠してしまう。しかし、空中散布型の地雷を手でまくなんてこと、普通するか?

「どうするんだ、不動」静内が不安げに訊いた。

「見せ付けるようにやってやがる」不動は問いかけには応えず、いった。

「どういうことだ?」

「よく見ろ。二人とも、道にそって歩いてはいるが、道には撒いていないだろ」

「それが?」

「あんなもの見せられたら、あえて地雷原を突っ切りはしない。見せ付けた方が行動を制限できる。地雷を踏んで爆発するはいいが、その後、そこにはすでに地雷はないのだから、後続は突破できる。それより進路を限定、誘導し、スナイパーに任せた方がより確実に殲滅できる」

「いわれてみれば……。で、結局、どうするんだよ」静内はうめいた。

「新倉は察している。スナイパーを始末してもらうしかないだろ。そうでないと俺たちは動けない。ポジションは新倉の方が有利だ。四阿には屋根があって、寒さに対する負担も軽い。新倉ならやってくれるに決まっている」

「ここにきて、他人任せの希望的観測か」

「怖いのか?」

「ああ……」

「心配するな、俺もだから」

 不動の目に、ホテルの最上階の灯りがつくのが映った。

「お、おい」と静内。

 角部屋に人影が現れる。黒のアサルトスーツを着た二人が部屋の中を物色していた。その後、男一人と女三人を招き入れる。アサルトスーツの二人は、部屋から出ていった。

「人質だな」不動はあっさりいった。「気にしなくていい。救出は、俺たちの役割ではない」


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