ちょとしたモラルをとっぱらえば、いくらでも金儲けなんかできる
20
午後二時過ぎ。幕張を飛び立ったAW139は、岩手県遠野市と釜石市を隔てる峠に開設されたスキー場──災害派遣の自衛隊や取材に訪れる報道関係者がヘリポートとして使っている──の広々とした駐車場にランディングした。そこには、近田の大学時代の知り合いだという、毎朝新聞社盛岡総局報道局次長が待っていた。
総勢一〇名の一行は、彼に用意してもらった車二台、ランドクルーザーとハイエースに分乗、国道283号線を東へ向った。ランドクルーザーには、山村、鈴森、不動。ハイエースには、新倉と静内、そして特殊犯の一個小隊が乗り込んだ。
一時間ほど走ったところ、ランドクルーザー──ハンドルを握っているのは鈴森だ──は、釜石駅を過ぎ左折、国道45号線に入った。ここから北へ向かえば、二時間程度で目的地に着く。岩手県沿岸部のほぼ中央に位置する陸中町、そこにあるマリン・リゾート陸中が目的地だ。
川にかかる橋を越えた途端、景色は一変した。商店街だった場所が大津波を被り、廃墟とされていたのだ。どの店も一階部分はほとんど破壊され、建物には赤いスプレーで○や×が書かれていた。だが、市街地はまだマシな方で、街からはずれると、瓦礫が積み上げられた場所だらけ。臭いも酷い。冬だというのに、窓を閉め切っているのに、車内に入り込んでくるのだ。死臭が混ざっているかもしれない。
「半年たっているのに、これか」鈴森がいった。「ありきたりの感想だが、かなり酷い」
「だが、瓦礫の山が、宝の山に見える奴もいる」助手席の山村が応えた。「ちょとしたモラルをとっぱらえば、いくらでも金儲けなんかできる。俺だってお前だって……」山村はそこでやめた。
鈴森は察した。ルーム・ミラーを見た。後部座席で窓の外をぼんやり眺めている不動の姿が映っていた。話を聞いていなかったらしい。
45号線を北上し、午後四時を過ぎると辺りは薄暗くなってきた。すれ違う車のほとんどはヘッドライトを点灯していた。風が強くなり、雪が積もり始めている。道路は白く染まり、車が通ってできた黒ぐろとした轍が四本、くっきりと見えている。
鈴森はひとりごちた。いまはまだ濡れているが、そのうち凍り始めるはずだ。三陸沿岸には、風雪・波浪注意報が発令されている。真冬並の寒波を伴う爆弾低気圧が北日本を襲うという。普段、雪の少ない三陸沿岸でも、朝までに、二〇センチ以上の積雪が予想されている。
気づいたらすっかり暗くなっていた。時間は、すでに午後五時を回っていた。
坂を下り橋を越えたら、支柱のひん曲がった信号機がヘッドライトに照らされた。点灯も点滅もしてはおらず、てっぺんの信号機そのものに海藻なようなものが絡みついていた。何メートルもの津波が襲ったという印だ。ここからは、海は遥か遠くにしか見えない。川を伝わって襲来したのだろう。
平坦な道が終わると、つづら折りの上り坂。その途中にポール看板があった。
〝ようこそ陸中町へ。マリン・リゾート陸中まで五〇〇メートル〟
鈴森は、トリップメーターのスティックを押し、表示を0.0kmにした。
0.5km。〝マリン・リゾート陸中 T字路すぐ右〟と書かれた立て看板が見えててきた。その先にはT字路。T字路の奥にはアーチ門があり、アーチには〝Welcome! マリン・リゾート陸中〟というありきたりのコピーが書かれた、薄っぺらな金属板が掲げられている。入り口にはオレンジと黒のゼブラ模様のバリケードが、二脚ぞんざいに置かれ、〝関係者以外立ち入り禁止〟の札が立てかけられていた。
「ちょっといったところで停めてくれ」後部座席にいた不動がいった。
鈴森の部下、大友がハザードを出し、ランドクルーザーを左脇に駐車させる。
不動がドアを開けた。冷気が入ってきた。車から降り不動は無言でドアを閉めた。左右を確認すると道路を渡り、歩道柵を乗り越え森の中に入る。冬季迷彩の防寒着を着た不動の姿はすぐに見えなくなった。
「いかにも戦争屋だな」運転席から不動の姿を目で追っていた鈴森がいった。「にしても、それらしいオーラが出ている」
ランドクルーザーのすぐ後にハイエースが停まった。サイドのスライドドアが開き、やはり冬季迷彩の小柄な男が出てきた。不動のリプレイのごとく、新倉も林の中に消えた。こいつも、不動同様、戦闘服に着せられている感がない。最後に出てきた静内もそうだった。左右を見て車の有無を確認すると、やはり森の中の闇へ向かう。
山村はいった。「さて、残りはこの先にある道の駅で待機だ。鈴森、いってくれ」
「了解」鈴森がランドクルーザーを発進させると、真後ろにいたハイエースが続いた。
鈴森が訊いた。「いまさらいうのもなんだが、よくここだと断言できたな」
「まあな。警察庁の人間の割には仕事ができる奴がいたからな」
その西条とやらが探り当てたのが、マリン・リゾート陸中。レポートはヘリの中で読んだ。
太平洋に突き出した半島を丸ごと、敷地面積一〇〇ヘクタール超、東京ドーム約二〇個分を切り開いてつくった多目的リゾート施設。野球場やサッカー場、テニスコートなどのスポーツ施設、観覧車を備えた遊園地があった。本当は、ゴルフ場もつくる予定だったが、自然環境団体からの圧力で断念。一転、要望を受け入れ一部、原生林を残した。森林浴や野鳥鑑賞もできる森としている。
半島の突端には、ここの売り、七階建てのホテルが岬の突端にそびえている。オーシャンビューが自慢だった。ホテルから崖下へ延びる遊歩道を降りると、隠れ家的なマリーナや人工海浜にいくこともできたらしい。
ただ、すでに廃墟の様相だ。
バブル時代、国の口車に乗って、町が税金を無駄に使い無計画につくったハコモノ。莫迦としかいいようがない。そんもの駄目になるに決まっている。人口がもともと少なく、都会からの交通の便の悪い、こんなところに人が集まるはずもない。瞬く間に大赤字だ。総合保養地域整備法、いわゆるリゾート法の下でなら、赤字を補填しながらやっていけたらしいのだが、制度そのものの廃止が論議されはじめると、運営団体はやっかいばらいとして、陸中町に丸ごと譲渡。町はしぶしぶ受け取った。地元民の雇用を守るためだ。しかし、結局、多額の赤字を抱えたまま、三年ほど前につぶれている。
東日本大震災の後、買い取ったのが、恵比寿で焼き殺された河嶋が代表をしているベンチャー企業だ。復興の象徴としてホテルを再開するという話だったが、具体的には進展していない。町の金で、津波で破壊されたマリーナを修復しただけだ。自らが所有するプレジャーボートを二隻係留している。
河嶋といえば、家族を監禁するという不動の陽動に付き合わされたわけだが、こいつは不動の女房と妹の死に直接関わった第一当事者であり、帝都の一員だったとなれば、街中で頭を燃される残忍な殺され方も、復讐とすればあり、か。
鈴森はいった。「西条という奴は、よく気づいたな」
「帝都でもっとも羽振りのいい奴をマークすることにしたんだとさ」
「案外、単純だ」
「だが、金の流れを把握しなければ、羽振りのいい人間を特定できない。見た目だけでは分からないだろ?」
「地道な捜査というか、分析をしていたのだったよな。そういう作業って、キャリアは得意だ」
結果、河島が震災で焼け太ったこと。ガレキだらけの土地を安く買い漁った上で「復興のため政府直轄事業として行なう新エネルギー戦略に参加しないか」と喧伝して歩き、高値で転売したことを突き止めた。もちろん、政府そのものに新エネルギー戦略などない。完全な詐欺だ。
「まあな。いずれ西条は、背後にいる輩に気づいた。ただし、特定には至らなかった。だから〝謎の組織〟などといっていたわけだ。一方、桂は、河嶋を不動のターゲットのひとつとしか見ていなかったから、深く調べることはしていない。帝都も同様だ」
「よって、桂のリストに、帝都および河嶋個人が持つ物件は含まれていなかった」
「そういうこと。それら物件は、堂上の持ち物といってもよかったのにな。桂の嫁はマルサだったから気づいていたかもしれないが……」
「そのために誘拐したのか!」
「その可能性は高い」
「なんてことだ」消される、データも本人も。鈴森は悪寒がした。最初から実力行使するしかなかったのだ。
山村はいった。「そこで、マリン・リゾート陸中だが、ここは突端でも標高五〇メートルある半島にのっかっている。津波の被害はマリーナだけ。河島はそれを買い取り、マリーナを修復している」
「何かある、といっているようなものだ」
「そりゃあ、あるだろ。レポートには、マリーナの修復が麻薬や武器のせどりのためだと書かれていた」
「だが、確率は三分の一だ。同じような物件、つまり河島が買った物件の中で、港が生きていて建物が津波の被害がないものは、ここを含めて三件。他の二件は、唐桑町と石巻市にある。震災のせいで左前になった水産加工会社の工場と、漁業組合の倉庫だ。売り先を探した気配はない。ここだと断言できるのか?」
「簡単だよ。桂の道案内をしている人間が東北道を北上していたんだが、さっき岩手に入ったというメールがきた」
隣にいて気づかなかった。震災の光景に目を奪われていたからか。
「宮城にある唐桑と石巻ではない。もっとも、最初からここしか考えられなかったけどな。土地も広い、林もある。野戦に適している場所なんだよ、ここは。スペツナズにうってつけだろ」
「しかし、まったく勝てる気がしない。本音をいえば、俺は怖い」
「そんなことはない。先にここに着いたじゃないか。〝先んずれば人を制す〟さ。〝先手必勝〟ともいうだろ?」
「まあ、そうだな」大した慰めにはならないが。
「鈴森。お前、音声解析通り正直なのはいいが、部下には弱っちい本音を見せるなよ」
「分かったよ」
分かってるよ、じゃないんだな、と山村は思った。
不動は、林の中を岬に向かった。その先に目的地がある。雪はまださほど積もっておらず、下草の上を歩くことに面倒は感じない。
道は通じているのだが、当然、堂々と乗り込むわけにはいかない。俺たちの目的は、連中より先行してホテル内に忍び込み、罠を仕掛けることにある。莫迦正直に人質交換なんぞやってられない。堂上を破滅させなければ、意味がない。
目の前が開ける。太平洋に向かって突き出ている岬に、朽ち果てるままに放っておかれているさまざまな人工物が、モノトーンの景色の中に沈んでいる。
不動は、左手に持っていた、黒の長方体のケースを地面に置いた。背中のディパックも降ろし、中から双眼鏡を取り出しのぞく。
背後から枯れ草のこすれる音がした。双眼鏡から顔を上げ振り向く。新倉だった。左手に持っている、不動が持っていたケースより一回り大きいそれを下ろした。「戦争ごっこするには、実に、おあつらえ向きな場所だ」
「そうだな」とだけいうと、隣でうつ伏せになった新倉に双眼鏡を手渡す。
新倉は、双眼鏡を受け取りのぞいた。「ホテル、一箇所だけ灯りがついている。住み込みの管理人か。大層なものを置いているらしいから、いても不思議はないが──。いますぐ殺ろう、なんていいだすなよ」
「分かってるよ。俺たちの存在がばれてしまっては、先行した意味がない」
かすかにエンジン音がした。不動と新倉は木々の中に身を後退させた。雪が積もった駐車場に白い車が停まる。ニッサンGT‐R。時速三〇〇は出るし、四駆だから雪道でも平気だ。停車がスムーズだったところを見ると、スタッドレス・タイヤを履いている。外交官ナンバーも付いている。特徴的な丸いテールランプの灯りが消えると、左右のドアから二人の男が出てきた。新倉に渡した双眼鏡の代わりに覗いていた、YUKONの第二世代暗視スコープ──少しでも明かりがあれば、一五〇〇メートル先まで見ることができる。ただしモノクロだ──の画面の中で、二人の頭が白くとんでいる。金髪だからだ。
「くそっ、スペツナズだ!」新倉が呆れたようにいった。「早過ぎないか。童貞の筆おろしじゃあるまいし」
「スペツナズだからだよ。普通さ」不動は自分にいい聞かせた。野戦は予定内だ。でなければ、白のスーツなど着ない。何とかなる。新倉も、静内も野戦の経験はある。
金髪の一人がGT‐Rのトランクを開け、不動が持ってきたものと類似したハードケースを両手で取り出した。丁寧な扱いをしている。中に入っているのは狙撃システム一式だ。
「パスファインダー兼スナイパーねえ。すっかりご同業だな」とは新倉の感想だ。俺も同じ意見ではある。
ホテルの裏からショットガンを持った男が現れた。だが、途端に崩れ落ちる。手の空いているもう一人に、拳銃で撃たれたのだ。
直後、風に紛れて銃声が聞こえてきた。撃った男は、撃たれた男のショットガンを拾い上げ、男の襟首をつかむとホテルの裏に引きずり込んだ。ケースを持った男が続いた。
「一人、手間が省けた」と新倉。「最初から殺す気だったんだな」
「いちいち作戦内容を伝えるのも面倒だろ。第一、理解できないさ」
「莫迦に限ってごねるというのもあるからな」
「そういうこと。さて、そろそろ行動開始といくか」不動は意を決したようにいった。何とかなるじゃなくて、何とかしなくてはな。「お前だったら、どこに陣取る?」
「南西の丘、展望台だ。標高はホテルより高い。敷地を一望できる。四阿もあるし、多少なりとも吹雪を避けることができる。南端にある観覧車も悪くはないが、見通しがいいだけで逃げ場がない」
「向こうも、そう考えるはずだ」不動は暗視スコープを新倉に渡すと立ち上がり、傍らのディパックを持ち上げ背負った。「ちょっと、出掛けてくる」不動は林の中に消えた。
林を抜け、笹が密生している東向きの法面を滑り降り、遊歩道に立った。跡がばっちりついている。雪に覆われていたせいで気づかず、法面に沿って掘られた側溝に足をとられかけたことも分かる。だが、雪が一時間もしないうちに隠してくれるだろう。
遊歩道を登り、丘の頂上に着いた。四阿に歩みよる。屋根の下の地面は乾いていた。丸太を縦半分に切断してつくったテーブルと、丸太のベンチが四脚あった。
ディパックを地面に置き、手袋をはずす。中から羊羹のような形をしたセムテックスを取り出しナイフで半分に切り、一方をディバックに戻す。もう一方は厚紙を剥いで──剥いだそれはジッパー付のポケットに入れた──両手でこねた。
幼児向け油粘土のように柔らかくなったところで、不動は、テーブルの下に仰向けに潜った。丸太と丸太の間のくぼみにセムテックスを押し付ける。だが、粘着力が足りない。ディパックをかき回しガムテープとタッカーを取り出す。テープでセムテックスが落ちないよう留め、さらにテープの端に針を打ち固定させた。信管をディパックのサイドポケットから出し、セムテックスの中に押し込んだ。伸びているコードをペン型の遠隔起爆受信装置につなぐと、それも同様にする。
テーブルの下から出て、立ち上がろうとしたとき、ホテルから出てくる二つの人影が目に入った。反射的に、地面に伏せる。顔を上げると、二人が真っ直ぐこちらに向かってくるのが見えた。着いた早々、偵察か。行動が早い。これでは足跡は残ったままだ。俺がいたことがばれる。セムテックスも見つかるだろう。
ちっ、無駄にするのもなんだ。不動は、セムテックスを回収することにし仰向けになった。そのとき、思った。回収することはないではないか。ジャケットの右ポケットからハンディトーキーを抜き取る。送話スイッチにガムテープを巻きつけ送話状態のままにし、セムテックスの隣にガムテープで固定すると、展望台を後にした。
戻るなり新倉がいった。「盗聴するつもりらしいが、ばれるぞ」
「分かっている。気づかない訳がない、連中が本当にスペツナズなら」
物音が背後からした。不動と新倉は身体を反転させ、拳銃を抜いた。
「おい、俺だ」冬季迷彩の男が両手を挙げて林の中から現れた。静内だった。「すまん、遅くなった」
「やっとご登場だな」新倉がファイブセブンにセーフティをかけ太腿のホルスターに戻しながらいった。「びびって逃げたのかと思ったぞ」
「もしくは殺されたか」不動もファイブセブンを同様にした。
「嫌味をいうな」というと、静内は不動の隣で地面にうつぶせになった。
不動が訊いた。「車がきたのは見たか?」
「だから遅くなった。奴ら、何度か止まって辺りを見ていたようだ。斥候か?」
「そうだ。おかげで予定が狂った」
あのロシア女、何がSALUTEだ。「で、どうするんだ?」
「しばらくは様子見さ」と新倉。「それまで体力温存に努めてくれ。眠ってもいいぞ。起こしてやる」
「このクソ雪の中で?」
「薄っぺらなジャケットで、羽田の吹きさらしの中で突入訓練するよりはマシなはずだ。極寒のロシアでつくられただけあって、支給された防寒具はインナーからアウターまで優秀だぞ。もちろん防水仕様。その辺で朝まで寝ていても、風邪なんぞ引かないよ」
「それは、お前みたいに神経が図太い奴の話だろ。普通はこんなところで眠れやしない、目を覚ますのが前提ならな」
防寒具を着込みニット・キャップを被っていた男二人が遊歩道を登っていく。だが、途中で脚を止める。俺の足跡を見つけたのだ。二人は拳銃を懐から出し、周囲を見回した。
足跡は、ラインが二本。靴底の型は同じ。ただし、つま先が反対方向、上と下を向いている。往復した証拠が残っている。二本のラインは、法面から続き、遊歩道の先、展望台に延びている。さあ、どっちに向かう。法面か、展望台か。
二人は、展望台を目指し遊歩道を登っていった。
そりゃそうだよな。待ち伏せが分かっていて飛び込む奴は、プロにはいない。
「お前が聴いた方がいいな」
静内からイヤホンを渡される。ハンディトーキーに接続されていたそれを左耳の穴にねじ込んだ。会話が聞こえてきた。ロシア語だった。
「──やっと展望台に到着ときたもんだ」一人がいった。「足跡は、いうまでもなく、例のフランス語の定冠詞をつけた〝ラ・マシヌ〟のものだよな」
もう一人が応える。「もしくは、その仲間の誰か。こんな日に、こんなとこにくる奴は、普通はいないよ」
「どうして、俺たちを先行できたんだろう?」
「そんなことは、どうでもいいじゃないか。連中はここにいる。考えなくてはならないのは、連中にどうやって対処するか、だ。おお、やっぱりあった」
「何やっている?」
「セムテックスさ。テーブルの下に貼りつけてあった」
「爆発させないだろうなあ」
「やるなら、とっくにやっている。俺たちは見られている。いずれ本隊が来る前にドンパチを始めてはまずいだろ」はずすのは、やめておいた方がいいか、とつぶやくと続ける。「しかし、考えることは同じだな。ここを抑えれば、有利に戦いを進められることに気づいている。その上、こっちも同じ考えをするという前提に立ち、トラップを仕掛けるなんて──。ははん。ハンディトーキーは見せ掛けだ。裏に本命の起爆装置を隠してある」
「ダブルトラップかよ。油断ならんなあ」
ふー、と男の息を吐く音が聴こえた。テーブルの下から出たのだろう。
「モスクワからの情報によると、CBPが絡んでいるらしい。その精鋭部隊が動く可能性があるとのことだった」
「ザスローンが、か? おいおい、いくらなんでも考え過ぎじゃないのか」
「CBPは、俺たちの正体をつかんでいる。その精鋭といったら、ザスローンだ。ただ、時間的な猶予はある。二四時間以内で世界のどこにでも展開できるというのが連中の売りだが、CBPにいる金に目がくらんで組織に入ったスツーカチから、連絡はない。つまり、連中が動く前に決着をつけさえすればいい。ましてや極東だ。時間は十分にある」
「しかし、簡単に済むという話だったのに、やっぱりそうでもなかった。報酬の額が高過ぎて怪しいと思ったが、案の定だ」
相手の男は、話題をがらりと変えた。「ところで、お前、南オセチア紛争に参加していたよな。どこにいた?」
「海軍がポチ港に侵攻するというので、後方攪乱をやっていたが、どうかしたか?」
「レ・ラ・イントレピッド社とラ・マシヌの噂、聞かなかったか?」
「いや。港の制圧を見届けてすぐに帰国したから、分からない。いたのか」
「ああ。アブハジア軍に雇われ、コドリ渓谷で作戦に参加していた」
「それで、噂って?」
「渓谷に逃げ込んだグルジア軍を、レ・ラ・イントレピッドの狙撃小隊だけで駆逐したそうだ。一〇〇〇人のほとんどを四人で仕留めたとさ、しかも一日で」
「いくらなんでも、一〇〇〇人はないんじゃないか」
「まあ、ただの噂だ。ただ、アブハジア軍の支援要請を受けて渓谷にいったのだが、そのときはもう戦闘が終わっていて、グルジア兵の死体がゴロゴロ転がっていたのは事実だ。中に、頭を吹っ飛ばされた死体があって、それらは階級章がついていた。指揮官クラスを殺って部隊の混乱を誘い、バラバラになったところをアブハジア軍が襲う、という図式だったと思う」
「なるほど。考えているな」
「西アフリカではもっとだぞ。ダイヤモンド鉱山の警備に、PMCがついていたんだが、たびたび反政府組織の少年兵に襲われていた。麻薬で恐れ知らず。死んでも、いくらでも取り替えがきく」
「さらって補充するからなあ。一方、迎え撃つ側からすれば、特に先進国の出身者は、子供を撃つことにためらいがある。AKをぶっ放しながら近づいてくるのに、なかなか引き金が引けない」
「そこで、レ・ラ・イントレピッドにお鉢が回ってきた。ラ・マシヌは、少年兵とそれを使っている反政府組織をあっさり撃退した」
「機械のように殺しまくったか、子供を。サイコ野郎なのか」
「いや、ちょっと違う。口の悪いアメリカ人傭兵からは〝ミスター・ボミット〟と呼ばれていたそうだ。戦闘が終わった途端、吐くんだと。本質的には人殺しが嫌いらしい」
「へぇ。だが、戦闘中はそうではない?」
「ああ。遠距離から消音装置付きの大口径の対物狙撃銃を使って、ヘッドショット、正しく機械的に行っている。しかも、焼夷弾を使って。少女でもAKを持っていれば、お構いなし。先頭から順番に頭が爆発し燃え上がった。もちろん、考えがあってのことだ」
「そのやり方なら殺す人間が少なくて済むな。眼の前で、突然、仲間の頭がボンボン燃えれば──燃えるというのがポイントか──ビビって後退りするに決まっている」
「その通り。三日ばかり続けたら、近づかなくなったとさ。鉱山に悪魔がいるという噂がたったからだ。アニミズムだらけの未開の地では、悪魔の力は絶大だ。少年兵を使っている大人が焼夷弾を理解していても、少年兵にそれを理解させることなんかできない。その結果、大方の少年兵は逃亡。戦力が激減した反政府組織は、政府軍によって撃滅された」
「極めて戦略的だ。技術も高い。子供というのは、大人と違って、的が小さいし動きも予測しづらい。それをヘッドショットするんだから。ただの機械ではなく、AI搭載型の日本製〝精密機械〟だ。なるほど、素晴らしい」
「ほめてどうする」
「なめるよりはいいだろ。敵をなめて死ななくてもいいのに死んだ奴は、数知れない。ラ・マシヌ以外についてはどうなんだ?」
「SATとかいう日本の警察系特殊部隊で、同期だった二人は、特に要注意だ。内一人は狙撃手。ラ・マシヌ以上のスコアを持っている。もう一人は、コマンドーだ」




