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殺戮機械 La Machine Slaughter  作者: 瀬良 啓 Sera Quei
12/26

うんざりだ。莫迦は莫迦を呼ぶのか

 12


「どうなっているんだ、堂上」電話の主、一宮昭次郎は、相変わらず上から目線だ。

 うんざりだ。莫迦は莫迦を呼ぶのか。くそガキの安部は、勝手に俺の知らないところで金儲け。緒形とくそデブの池部には、不動のヤサを突き止めろ、といっていたのに、勝手に、手を出し返り討ち。

 池部が生かされているのは、逆にこっちのヤサを突き止めるためだ。携帯は通信記録やアドレスのデータがすっかりコピーされ、その上、発する電波を追跡されているに決まっている。

 くそジジイの一宮も、勝手に、無関係な巡査を使って不動を監視させた。おかげで巡査は不動に見つかり病院送りにされる。結局、巡査を始末しなければならなくなった。生かしておけば、巡査は神奈川県警の本部長である一宮の命令で動いたことを話したに違いない。県警にいる細胞どころか、芋づる式に警視庁のそれまで破滅させられたにかもしれないのだ。しかも、偉そうに電話してきやがって。立場をまだ分かっていない。

「どうしましょうかねえ」堂上は応えた。

「なんとかしろ! 警視庁の人間が出張ってきているんだぞ。俺が、万が一確保ということになれば、お前だって危ないではないか」

 誰がその種を蒔いたんだ?「座間の件を処理してあげたじゃないですか。当面は大丈夫ですよ。いいですか、こっちが不動を始末するまで、動かないでください。でないと、金どころか命の保証もしかねます。巡査みたくなりますよ」

「脅す気か?」

「そうです」堂上はあっさりいってやることにした。「でも、すべて暴露して自ら進んで檻に入ってもいいですよ」

「どういう意味だ……」

「さあ、その位はご自分でお考えください。そうそう、ご家族のことをくれぐれも忘れないでくださいね」


 一宮からの電話を切った途端かかってきたのは国際電話だった。「久しぶりだな、タヴァリッシ・セイイチ・ドノウエ。さっきは電話に出られなくて済まなかったな。ところで、東京はなにやらきな臭いらしいじゃないか。お前が関わっているのか?」

「情報が早いな、タヴァリッシ・ミハエル・ニコライエヴィチ・アガヤンツ」

「麻布の大使館で国家公務員していたころから付き合いのある、スツーカチのおかげさ。どこにいるかは訊くなよ」

「分かっているよ」

「話というのは、子飼いの帝都を襲っている殺し屋のことか? 子供相手とはいえ、なかなかやるじゃないか。当然、対抗措置を講じるんだろ?」

「だから、お前に電話をしている」

「最新のAK100シリーズなんか、かなりいい。元はAK74だけどな。慣れていない素人さんにもオススメだ。イズマッシュ社の正規品だが、大幅値引きを受け付けている。いまなら弾薬もサービスするぞ」

「商売するにしてもセコいぞ、ミーシャ。素人の、帝都のガキどもなんか、どうでもいい」暴対法・暴対条例でがんじがらめのマルB駆逐の道具としたが、そのマルBをある程度整理できたいま、金を産まない莫迦は邪魔なだけ。裏仕事をするにしても、これからは大卒ぐらいの頭がないと駄目だ。「よって安い武器もいらん。お前には、もっと金儲けさせてやる。極めて優秀な傭兵、一個小隊を手配してくれ」

「極めて優秀な? つまり、スペツナズ・クラスってことか。費用対効果を考えればどうかなあ。値がはるぜ」

「お前、聞いていないのか?」しかも、察しが悪い。

「何をだ?」

「ガキどもを殺しまくっている奴の正体だよ」

「誰だ? マルBに襲われているんじゃないのか?」

 何いってんだ、こいつ。警察庁か警視庁、大使館、それともマルBか分からんが、もったいぶるほどの情報源を持っているわけじゃなさそうだ。「フェイクの上陸作戦のときにいた狙撃手だよ。その後、外事課の手先になって、いろいろあった奴さ」

「不動か? まさか、裏にいるのは──」

「ああ、桂だ」

「桂! くそっ、冗談じゃねえぞ!」ミハエルは声を張り上げた。「奴のせいで、俺は東京にも、GRUにもいられなくなったんだ!」ミハエルは、東京のモスクワ大使館に職員として派遣された非合法工作員だった。自衛隊に細胞組織をつくりあげコントロールしていたが、桂に根こそぎ刈られてしまい確保される寸前までいく。なんとか東京を脱出したものの、結局、責任をとらされた。おかげでGRUを放逐されている。「だとすると、一個小隊では不十分だ!」

「つまない商売気を見せるな。一個小隊でいい、極めて優秀な傭兵なら。そうでなければ、一〇〇個大隊でもごめんこうむる。俺は、金に糸目はつけないといったが、そいつは優秀な奴だけに限ってのことだ。上陸作戦のときに使ったような素人傭兵だったら、一コペイカだって出さないからな」桂や不動がドンパチやっている間に、半島の裏から大量のブツを陸揚げするシナリオでは、傭兵は殺されることが前提だったので安い連中で十分だったが──しかも、全員死んだので前金だけで済んだ──今回は確実に始末しなくてはならない。

「やはり、無理してでも、桂や不動を殺しておけばよかったか」

「それはない。当時の俺は、いまほどの影響力は持ち合わせていなかった。不動と桂の二人、いや、どちらか一人でも殺されたりしたら、当然、桂が関わっていた事案がすべて調べられていたはずだ。日本の警察は、身内が殺されたら半端ないからな。課をあげての捜査となったら、そこそこの地位にあるモグラでは止められなかったさ。俺がやばかったんだよ」

 特殊部隊から機捜に異動した不動を、当時、外事課にいた桂はスカウト。パートタイムの捜査員ということで、個人的に、俺に関する事案に引き入れた。同じ部署の人間ではなく、非合法であっても不動を入れたのは、外事課を含む公安にこっちの息がかかった人間がいたことを桂が察していたからだ。

 危なかった。不動は戦闘のプロだったが、捜査のプロではないことが幸いした。張り込みに気づいたのだ。一度は、本人を始末しようかとも考えたものの、奴を殺すだけのスキルを持った人間がこちらにはいなかった。桂も暗殺リストにあったのだが、外事課のエースだけにやばい。きっちり捜査される。だからこそ不動の妹を狙った、警告の意味もこめて。ところが、ガキどもときたら……。

 その後、なんとか桂を外事課から追い出すことには成功した。不動のこととか、国税にいる女房に情報を流しているんではないかとか、スタンドプレーが過ぎるとか、協調性がないとか、ありとあらゆる理由をつけて。

 一方、不動は警察を辞め、日本から離れた。すっかり安心しきっていた。ところが、いまさら現れるとはしつこい奴らだ。

「ミーシャ、お前もあぶりだされていたはずだ。そうなったとき、GRUから追い出されたお前を、誰が守るというんだ? 日本の警察に引き渡すことはしないまでも、FSBがお前をシベリア平原の果てまで追跡したかもしれないんだぜ。そうする理由は、あるよな? ソ連の時代からKGBと軍は仲が悪かった。軍の武器を敵国に横流ししているお前は格好の的だ。確保されたら、お前はどうなっていた?」

「……想像したくもない」

「分かればいい。お前だって桂を始末したいはずだ。だが、用心棒、不動の能力は侮れない。しかも、いまさら動き出したとなると、準備は入念に行われているとみるべきだ。だからこそ、なんとしても超一流を調達しなければならない。分かったか?」

「分かった」

「用意にどの位の時間がかかる?」

「最低、一二時間はくれ。まとめて送ると、チェーカーの網に引っかかる。もちろん、最終的には指定された場所に集結させる」

「十分だ」不動は俺を最後にとっておくはずだ。とっとと俺を殺せばいいものを、それをしていないというところに付け入る隙がある。「装備はこちらで用意する。携帯兵器については対空火器から拳銃まで、ほぼなんでもある。主として米軍仕様だ。おっと、お前から買って在庫になっている、古臭いAKや地雷もあった。構わないよな?」

「嫌味をいうな。日本では〝弘法は筆を選ばず〟というではないか。動作確認ができていれば、問題ないはずだ。お前、在日米軍にも根をはっていたのか?」

「海兵隊の下っ端なんか、ドラッグのためなら〝黄色い猿〟に対してもいいなりだ。上得意以上だよ。それに、スター・アンド・ストライプの旗を背負っている、我がトモダチのアンクル・サムは、年がら年中、どこかで戦争している。よって武器の在庫管理なんて砂糖に蜂蜜をぶっかけた以上に甘い。莫迦しかいない海兵隊は特にそうだ」

「ボール・フ・ザコーネ、ボリス・イワニセヴィチ・ゼニコフ、元GRUゲネラル・ポルコブニックに気に入られるだけある。さすがだよ、堂上」

「別に普通だろ。莫迦を絵に描いた、マフィアやらマルBやらと、俺たちは違う。ちゃんとした教育を受けたプロだ」

「もしかして、そのスキルを利用して金儲けをたくらんでいるのか? ゲネラル・ポルコヴニックと組んで? 違うか?」

「さすがは、元GRUマヨル、ミハエル・ニコライエヴィチ・アガヤンツ。察しがいい。どうだ、一口乗るか? ゲネラル・ポルコヴニックに引き合わせてやるぞ」

「そりゃあ、乗るに決まっているさ。くそったれ武器商人なんて、いつまでもやってられるか!」


 ミハエルとの打ち合わせが終わったと思ったら、今度は携帯が鳴り始める。ディスプレイには「安倍謙一」とある。

 ちっ、思考を妨げやがって。とことん邪魔臭い奴。どうせ処理しなくてはならないんだ、傭兵どもに腕試しと称して殺してもらおうか。死体は、福島の原発近くの海に沈めてしまえ。上手くすりゃ、ン一〇〇年、いやン一〇〇〇年先まで見つかりはしない。

 いや、違う! 堂上は、笑い出した。実に、いいことを思いついた。


 目黒通りにある二四時間営業のファミレスに山村はいた。そこに、恵比寿署で所轄と組対三課との打ち合わせを終えた西条と近田が別べつに現れる。恵比寿から一駅離れた目黒で打ち合わせすることにしたのは、捜査に関わっている他の人間に会うという危険を避けたかったからだ。捜査に関係のない捜一の人間が、捜査本部の人間と会っているところ目撃されれば、余計な詮索をされてしまう。Sに伝われば、極めてまずい。

「帝都の構成員が殺された一連の事案は、元警察官・不動による復讐である」山村の向かいの席に座った西条はいった。「とにもかくにも不動を捜し出せ、と命じておいたのだが……これでよかったか?」

「ああ。あちこちの監視カメラに不動が写っているんだ。隠し立てすれば、おかしなことになる。マスコミはどうした?」

「もちろん、口止めさ。いまのところ不動についての言及はないがな。監視カメラの映像を公開したらただでおかん、とはいっておいた。ただ、記者クラブ以外の人間については制御できないぞ」

「手は佐々木が打っている。マスコミ対策に動いている。いくら情報統制しても、いずれ警察関係者筋からもれるに決まっているからだそうだ」

「てっきり佐々木も来ると思っていたのに、いないのはそういう理由ね」近田が店内を見回しながらいった。

「八年前の件をこれでもかと誇張させたお涙頂戴記事を、知り合いの週刊誌記者に書かせるつもりだとさ」

「なるほど、考えている。世論をこちらの味方に付けることができるわ」

「世論ではなく、大衆な」と山村はいった。「大衆をコントロールするには、浪花節さ。いまの世の中、復讐が認められるのはエンタメの中だけなんだが、そういうものを求めている莫迦は多い」

「しかし、恵比寿、麻布、吉祥寺、羽田……全部、真ちゃんの仕業なんて。特殊部隊の人間は、半端ないわ。大勢殺されてザマアミロだわ」

 こいつは……。山村は、テーブルの上にあるベルを押した。「さて、飯にしよう。水だけで粘っていては店に迷惑だ」


「実は、調べさせてもらったよ」注文したピザをとっとと食べ終わり、コーヒーをすすりながら西条が山村に対しおもむろにいった。「といっても、パソコンをほんの少し操作しただけだが」

「なんの話だ?」山村は不機嫌そうに応えた。

「あんたはノンキャリアであっても実績からすれば、とっくに上に上がっていてもおかしくない。公安と刑事、どっちも第一線を経験しているのも、かなりのアドバンテージだ。なのに、選考を断っている。どういう理由なんだ? そもそも、偏差値でいったら七〇超の難関私大を出ている。Ⅰ種試験にだって受かっている」

「そんなことか。案外、分かってないな。いや、分かっていっているのか」山村は、ケチャップどっさりのスパゲッティ・ナポリタンが半分残った皿を、目の前から横にどけるといった。「私大卒じゃ駄目なんだよ、キャリアは。お前らに使われるだけだと、OB訪問したときにもいわれたし。そもそも採用されなかったからな。ちなみにOBは、俺が初任科講習受けているときに、民間に移った。いまさら国家公務員になっても一緒だ。給料は下がるし、地方に飛ばされるしで、あまりメリットを感じない。好きなところにいっていいといわれれば、喜んで南の島の管理職におさまるがな。結局、現場から離れれば、ノンキャリアはキャリアに従属しなければならない。俺はゴメンだね」

「確かにな。それに、あんたの捜査員としてのスキルを生かせないのは、組織としてデメリットの方が大きいか」

「買いかぶってくれて、ありがとうよ。ま、どうでもいいじゃないか、他人のことなんて。しかし、お前ら、卒業して何年になる? いまだに学歴を自慢しやがって」

「あら、いいじゃない」近田が、カップに浸ったティーバッグを上下させながら応えた。「他人より優位に立てる材料があれば、私はなんだって使うわよ。特に学歴は死ぬまで使えるわ。もちろん日本国内に限ったことだけどね。外国じゃ、自慢しないわよ。もちろん、同窓生に対しても。首席じゃなかったしね。次席でもなかった。ちょうど真ん中辺りってところ。赤門がらみの集まりにいったら、借りてきた猫みたいに大人しいもんよ」

 なんなんだ、そのムカつく選民思想はよ。「そういや、殺された連中からいろいろ見つかったんだってな」

「ええ。思った以上に成果があったわ。マネーロンダリングだの、闇金だの、脱法ドラックだの、次から次へと帝都の悪行の証拠が見つかっている。稲城春男が見つかったことは、聞いてる?」

「そうなのか?」

「組対三課が脇坂雄太名義のマンションを見つけ──六本木の高級マンションよ──張り込んでいたところ、ついさっき、本人が戻ってきたのを確認したとの連絡が入った。逮捕状請求を出したわ。ネームロンダリングしているから、公文書偽造が成立する。届き次第、確保する」

「面白いじゃないか。まあ、反対はしない。任意同行でしょっぴいてもいいはずだよな。あえて時間をかけ、逮捕状が出る前に不動が復讐を遂げることを期待しているだろ?」

「まあね。でも、心情的な面だけじゃないのよ。稲城をしょっぴいて署に連れてくるでしょ。それで、真ちゃんが諦めると思う? 羽田では六人、あっという間だった。署で殺されれば、洒落にならないわよ。ドンパチする可能性だって否定できないんだから。そうなったら、私は終わり。せっかく都心に戻ってきたのに、冗談じゃないわ。だったら、真ちゃんに外で殺させた方がマシ」

 酷え女だ。「〝目には目を、歯には歯を〟には〝しかし報復せず許すならば、それは自分の罪の償いとなる〟という続きもあるんだが」

「知らないわ。それがどうした、という感じよね」近田は続けた。「ねぇ。あんた、自分だけ助かろうと思ってる?」

「なんでだ。これでも俺は、和を尊ぶんだぜ」

「あんたに、一番、似合わない言葉だわ。ところで、出したら」

 山村はニヤリとした。テーブルの下からICレコーダーを出し、テーブルの上に置いた。「まあ、当然か。二度目だしな。この程度のこと分からない奴とは一緒に仕事をしたくない。俺たち全員、不動の協力者ということでいいのか?」山村は、自分の言葉を収めてからスイッチをオフにすると、近田に放り投げた。

 近田はレコーダーをキャッチしバッグにしまった。「語弊があるけど、概ね間違いではないわね。共闘しましょうか。ところで──ICレコーダーのもう一つは、あんたが持っていていいわよ」

「ばれたか」山村は苦笑いし、内ポケットに手を入れスイッチを切るフリをした。近田は気づいたかもしれない。だが、指摘はなかった。「いいぜ、共闘しよう」

「だが──」西条は二人のやりとりを横目で見ながらいった。「──今回限りな」

「いうまでもないわ。私は、警察庁所属だからといって偉そうにしている奴も、すかした元エースも大嫌い」

「では、共闘成立」山村は宣言した。「それじゃあ、具体的に話を進めていくか」

「なんで、あんたが仕切るのよ」

「そんなもん早い者勝ちだ」というと続ける。「西条、お前のところ、Sの調べは済んだか? 帝都だけじゃなく、不動側もだが」

「一〇〇パーセントとまではいかないが、それに近い値でSはいない」

「回りくどいいい方をしやがる。つまり、いないってことでいいのか?」

「そうだ。こっちに外回りはいない。オペレーターと事務屋で五人だけ。だからこそ組対と合同捜査になったわけだが──。全員のパソコンを全員の目の前で、相互チェックさせた。捜査資料はもちろん、その他のファイルすべてについて一つひとつ確認していったが、情報流出の痕跡は発見できなかった」

「嫌われるわよ」

「とっくに嫌われているよ。お前の方はどうなんだ、近田?」

「『ここだけの話』作戦続行中。いまのところ動きはない。ウチの人間と組対三課を組ませているけど、報告は上がってきていない。もちろん、ウチの捜査員についても、監視は怠っていない。ただ、不十分ね。疑ったらキリがないんだけど、二課や生安、警備にまで手が回らない。あんたのところはどうなの、山村」

「特殊犯の鈴森をリクルートした」

「それは、不動の協力者? あんた、協力者を仲間にするみたいなこといってたけど」

「いや。不動のそれではない。俺たちにも頭数が必要だと思ってな」

「勝手なことやってるのね。まあ、いいわ。で、信用できるの」

「もちろん。お前らよりは」山村は、近田が文句をいい出す前に訊いた。「他に、なんらかの成果はないか」

 西条が応えた。「不動について、興味深い事実を見つけた。不動は事件後、警察を辞めたんだが、問題はそれからだ。一周忌を済ませた直後、フランスに渡っている」

「一周忌というと、まだ結審していない。気になる。なんで、フランスなんだ?」

「再就職だよ。レ・ラ・イントレピッド社に入社している」

「L’ aile intrépide〝大胆不敵な翼〟ねぇ。危険な匂いがプンプンするわね」

「その予想は正しい。実は、日本人のフランス外人部隊OBが設立した、民間軍事会社だ。不動は、年に一度、帰国し確定申告していた。申告に記載されていた勤め先を調べて分かった」

「復讐の手段である自らの腕を磨くためだろうな。そして立派な傭兵になったか」

「ちょっと違う。不動は単なる傭兵ではない。共同経営者のひとり、かつ狙撃教官として迎え入れられていた」

「不動のどこに、そんなコネがあったんだ?」

「レ・ラ・イントレピッド社の代表──電話で不動のことを聞きたいといったら、不動を誘った張本人の代表に代わった──がいうことには、特殊部隊は自衛隊と合同演習を定期的に行っている。そこで知り合ったそうだ。自衛官だった代表は、その後、フランス外人部隊に入った。退官後、一時、帰国。会社を設立しようと思っていたところ、不動のことを小耳にはさんだ。警察を辞めぶらぶらしているのは精神衛生上よくない、というわけで共同経営者に誘ったそうだ」

「なんだか、でき過ぎた話だ」

「俺もそう思う。代表とやらの話ぶりは、雄弁過ぎてどうにも胡散臭さかったしな。それで不動だが、つい一か月前、その会社を辞めている」

「一か月前? 間違いなく一か月前か」

「俺が聞き違える訳ないだろ。入国審査を確かめたら間違いなかった」

「なるほど」と山村。銃や車の手配、マルタイに関する情報収集、これらを一人で、しかもたった一か月ではこなせない。二四時間もたたずに、広域にわたってあれほどスムーズに始末して歩くことなんかも不可能だ。不動の協力者は、複数。しかも、ただの協力者じゃない。かなりのスキルを備えチームで動いている。それは、まるで──。

「どうしたの」と近田。「何か考え事?」

「ああ。こっちのことだ」山村は続けた。「で、これからどうするんだ?」

 西条がいった。「不動の協力者も気になるところだが、戦力を分散させるわけにいかない。帝都に絞り込んでいこうと思うのだが、どうだろう?」

「同意だわ。奴ら自分の手で負えないとなると、〝謎の組織〟に助けを求めるに決まっている。そこが狙い目ってことでしょ。まだ一人、稲城が残っているし、マンションも突きとめている。当面、監視していればいい。帝都は接触を図るはずだわ」

「ついでに不動も現れるに違いない」と西条。「現れたとして、どうする?」

「いままでの犯行見ていて、確保できると思う? あんた、帝都に絞り込むと自分でいったじゃない。ほっといていいんじゃないの。目的は〝謎の組織〟の壊滅だし」


 しかし、落ち着かない、六本木は。

 朝、外苑東通りに駐車している日産スカイラインの助手席で、組対三課特殊暴力犯排除係係長の桜木和政は思った。夜は夜で、ガキどもがギャーギャー騒ぎ、朝は朝で、連中の親戚であるかのようなカラスがゴミ箱をあさりカーカーいっている。この街には、こ洒落た連中が多い。着ている服も高そうだ。だが、中身はどうだか分からない。年がら年中、朝から晩まで下品で薄汚い新宿や池袋、上野の方がまだマシだ。

「稲城春男でしたっけ? 糞ガキがこんなところにある莫迦でかいマンションに住んで、世の中間違っていると思いませんか?」運転席にいた赤峰克哉がいった。

「うらやましいと思うなら、向こう側にいけばいいだろ。俺は止めないぜ。逆に、確実に、お前をしょっぴけて点数を稼げるというものだ」

「勘弁してくださいよ。去年まで一緒に仕事してた仲じゃないですか」

「だが、いまは違う。お前は、糞女がいる所轄の人間だ」会議で偉そうにしやがって。それとなんだ、あの警察庁の西条とかいう奴、生意気だ。確かに、ガサ入れに何度も失敗しているが、俺たちだけのせいじゃねぇだろ。三課長なんか、一言の発言も許されなかった、かわいそうに。「俺を見張っているんだろ、お前? そういう噂だぜ」

「まさか。確かに、そういう指示を受けてはいましたが」

 指示があったのかよ!「お前と組ませ、俺を安心させておいて、引っ掛けるつもりじゃないのか。この車のどこかに、盗聴器を仕掛けているんじゃないのか」

「あっ、そっかあ。考えられますね」赤峰は、白じらしく驚いてみせた。「組対って、帝都に対するガサ入れが何度も空振りしていますもんね。帝都のSがいると疑われて当然といえば当然ですけど、私は、桜木さんはそうじゃないと信じていますから……なんてね」

 この野郎! 桜木は苦にがしく思った。「所轄だって信用できんだろ」

「大丈夫ですって、少なくとも一課は。帝都にメリットないですから。しかし、所轄って組対ほど面白くないんですよねえ。組対に戻してもらえます?」

 そのとき、五〇メートル先、三〇階建ての高級マンションの地下駐車場から平べったい白い車が現れた。稲城の白のランボルギーニ・ムルシエラゴだった。

「やっぱり出てきた」赤峰がいった。「案の定、逃げるつもりだ」

 桜木は、ランボルギーニを注視していた。ランボルギーニは何事もなく通りに出た。なんだよ、不動の奴、まだ来ていなかったのか。「さて、狙撃がなかったところで、尾行といこうか。逮捕状はまだ出てないし、任意同行も禁じられているしな。しかし、糞うるせぇ上に、派手な格好してやがる。べったりしていて、先がとがっている。おまけに色が白。まるでイカだ。一夜干しのイカって、ちょうどあんな感じだろ? いくらするんだ?」

 赤峰はスカイラインのキーをひねりエンジンをかけた。「この車が、優に一〇台は買えますね」

 一夜干しは左折し外苑東通りを南西に向かう。スカイラインは追った。朝が早いものだから、道はすいている。すぐに追いついた。

「なんか腹立つなぁ。ガキのくせに高い車に乗りやがって。ぶつけてやれ」

「やめた方がいいと思いますよ。マルBよりえげつない半グレですけど、扱いはあくまでも一般人ですから」

 突然、一夜干しのテールが遠ざかる。信号の先を左折し裏道に入った。

「ふざけやがって!」赤峰はアクセルを踏みつけ追った。

「見失うなよ。捕まえるのは駄目だけど、見失うのも駄目なんだからな」

「分かってます!」

 ナビを見ていた桜木が叫んだ。「奴は、首都高に乗るつもりだ。道に沿っていけば、飯倉料金所に出る。乗られたら追いつけないぞ! そのT字路。右だ!」

 一夜干しが左右にふられながら、何とか曲がったのが見えた。下手くそ。お前にスーパーカーは、百万年年早い。赤峰はサイドブレーキを引いた。リアタイヤが流れる。スカイラインはコーナーの出口に鼻先を向けた。

 サイドブレーキを戻したとき、一夜干しの尻が目に入った。停まっている。一夜干しの先にゴミ収集車。一夜干しはクラクションを鳴らすも、ゴミ収集車はハザードを点灯させ聞こえないフリをして作業中だ。道にはセンターラインがなく、幅は二台がやっとすれ違うことができる程度。しかも、収集車は真ん中に寄って停まっている。車幅が半端ない一夜干しではすり抜けできない。しめた!

 赤峰は、スカイラインを一夜干しの真後につけた。桜木はすでに助手席にいなかった。

「警察だ! 出ろ!」桜木は警察手帳をかざしながら、ドアに何度も蹴りを入れた。ドアは見事にへこんでいく。

 あの車のドアの開け方が分からないんだ、桜木さん。俺もだけど。赤峰は、ハンドルに両肘とアゴをのせ、ほくそ笑んだ。しかし、公務執行妨害のいい訳が立つとはいえ、二千万を余裕で超える車によくやるよ。貧乏人のひがみ、全開だな。

 一夜干しのドアが上に跳ね上がる。桜木は中をのぞきこんだ。写真の男と違う! 稲城ではない。「お前、誰だ!」

「さあな」無精ひげをはやした、にやけたガキがいった。「それより、この車の傷、どうしてくれ──」

 いい終わらないうちに桜木の拳が飛んだ。腹立ち紛れに、上から体重をかけ顔を中心に何度も殴りつける。シートベルトのおかげ自由がきかないガキは、抵抗も防御もできない。遂には、身体の半分を外に出しぐったりした。

 黒っぽい服を着ているせいか、まるでイカの腹から飛び出したワタのようだ、と赤峰は思った。赤峰は車から降り、薄く笑いながら桜木がいるところへ歩いていった。逃亡できないと分かれば、車で待機する必要もない。「桜木さん、ちょっと、やり過ぎでは──」

 桜木が振り向く。「本部に連絡! こいつ稲城ではない! 奴は逃げやがった!」

 え? 一瞬戸惑ったものの察した赤峰は無線があるスカイラインに戻った。

 桜木の携帯が鳴った。ディスプレイの番号を確かめる。帝都のヤサのひとつにはりつかせている部下のひとりだった。いやな予感がした。「どうした? 何があった」

「帝都が動き出しました! 私のところだけではありません。それぞれ、どこかに向かっているようです。朝っぱらから出入りでしょうか?」

「知るか! 尾行けろ! 行き先が分かったら連絡を寄こせ!」というと返事も聞かずに電話を切った。

 くそっ! ガキどもめ。生意気な真似をしやがって! それにしても、Sだ。また、やられたじゃねぇか!



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