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殺戮機械 La Machine Slaughter  作者: 瀬良 啓 Sera Quei
10/26

バレてる可能性があるなら、まかれる前にやるべきだと思わないか

 10


「トランクに羽根が乗っかっている白い車が、タイプRというやつか?」池部はいった。暗視装置の接眼レンズに白い車が映っていた。高倍率と車の振動のせいで手振れがひどかったが、形くらいは分かる。

「ああ」緒形は、左にハンドルを切り第二車線をしばらく直進してから第一車線に入った。近づき過ぎる気がしたので、アクセルペダルから足を離す。エンジンブレーキがかかりスピードが落ちた。

 池部は、暗視装置を膝の上に置くと訊いた。「気づいていると思うか?」

 緒形が応えた。「そう思って行動した方が、間違いが少ないはずだ」

「バレてる可能性があるなら、まかれる前にやるべきだと思わないか」

「この車なら、まかれやしない。それに、俺たちの今回の目的は、不動のヤサを突きとめることだ。そこに数を集めて襲撃する手筈になっている。俺たちだけでは危険だ。相手は特殊部隊にいた人間だぞ。もう何人も殺している。さっきも六人、あっという間だったというではないか」

「だが、いまなら、運転で手がふさがっている。こっちが有利だろ。おまけに、米軍払い下げのライフル銃があるんだぜ」というと暗視装置をグローブボックスに放り込む。シートベルトをはずと、身体を後にねじり、後部座席に置いてあったミリタリーバッグをつかみ取ると足元に置いた。ジッパーを開け、中に入っていたM16A3アサルトライフルを取り出す。これみよがしに音を立てながら弾倉をはめこみ、左側の引き金の上にあるボタン、ボルト・キャッチを押す。初弾が装填されボルトが前進した。

「お前、撃ちたいだけだろ?」

「ああ、そうだ。悪いか!」池部が露骨に不機嫌になる。「堂上め、公安だったいうだけでエリート面しやがって! 特殊部隊上がりの不動を殺してしまえば、あいつの鼻もあかせてやれるというものだ!」

 オレンジ色の街灯に映った池部の顔には、ゆがんだ笑みが浮かんでいる。抱えているライフル銃がそうさせているのだ。


 普段なら見逃していたかもしれない。複数の人間を殺したばかりで、神経が張り詰めたままだったからだ、と不動は思った。ルームミラーに映るヘッドライトのおかしな動きに気がついた。

 首都高速湾岸線、海底トンネルを抜けた直後のストレート、そいつはライトを下向きにしたまま右端の第三車線を近づいてきた。ところが、いきなりスピードを落す。ウインカーを点灯せずに中央車線に入った。しばらくすると、今度は左端に移る。

 大黒埠頭に入っても、一定の速度でついてきている。近づきも遠ざかりもしない。覆面の動きに近い。だが、覆面が朝のこの時間に活動することもないし、管轄をまたぐこともない。キンパイにしても早過ぎる──つまり、堂上が手配した追手だ。空港にいやがったんだ。まるで気づかなかった。

 振り切るしかない。この車、リミッターは切ってあるものの、他はノーマル。最高速は、二二〇km/h。遅いわけではないが、特に速いともいえない。向こうはどうだ。

 大黒JCTからトラックが合流してくるのが目に入った。不動は、避けるためにハンドルを右にきって中央の車線に移動した。

 そうだ、こいつを使えばいい。不動は、トラックを追い抜くと、左側車線にゆっくりと戻った。ルームミラー上で、追手のヘッドライトがトラックの陰に消える。いまだ! エンジンをあおって五速から四速、三速とシフトダウンすると、アクセルペダルを踏みつけた。エンジンがうなりを上げる。タコメーターの針は一瞬にしてレッドゾーン。四速にシフトアップ。それでも、高回転型のホンダ・エンジンはあっさり吹けきった。すぐに五速に入れなくてはならなかった。


 トラックの陰からタイプRを目視したとき、そのリアランプは遠かった。

「離されているぞ!」クラウンがトラックを避け中央車線に入ると、池部は叫んだ。

「分かってるよ」ちっ、気づいていたのか。トラックを陰に入ってから、スピードを上げやがったんだ。味な真似をするよ、まったく。緒形はアクセルを踏んだ。クラウンはキックダウンして加速する。だが、こいつから逃げられると思うなよ。ノーマルのままじゃない。いろいろイジっているんだ。横浜港の水路を通り過ぎた辺りで、スピードメーターは二〇〇の数字を超えたが、まだまだ余裕で加速する。距離は縮まっている。

 池部は、右手でM16の銃把を握り、用心金の輪の中に人差し指を入れた。親指はセレクターを触っている。

 緒形はひとりごちた。もうすぐ本牧JCTだ。直進するか曲るか、どっちだ。


 不動は、分岐ぎりぎりでタイプRを左へ入れた。狩場線、横浜方面に向かう。アクセルペダルは踏みっぱなしだ。ブラインドになっている右コーナーが近づく。ヒール&トーで四速にシフトダウン。ハンドルをわずかに右に切った。向きが変わる。出口を見据え、アクセルを踏み込んだ。二車線をいっぱいに使うんだ。速度を落としては駄目だ。このコーナーで引き離してやる。メーターは二〇〇を示していた。

 コーナーを抜けたようとした瞬間、不動は息を飲んだ。トレーラーと大型トラックが並走しているのが見えたのだ。ブレーキを踏む。スキール音が響く。車体が左右に振られる。ハンドル、ブレーキ、アクセル、クラッチ、シフト──すべてを使ってなんとか態勢を立て直す。汗が背中を伝う。

 八〇km/hまで速度が落ちている。これでは追いつかれる。不動は、トラックに向かってパッシングを浴びせ、クラクションを鳴らした。だが、避ける気配も、先にいく気配もない。ルームミラーに上向きのヘッドライトが映る。みるみる近づいてくる。

 くそっ! 脇のホルスターからファイブセブンを抜いた不動は、サイドウインドーを下げて腕を出し前方に向けて撃った。五発目でようやくトラックのミラーに当たる。破片がフロントウインドーに降り注ぐ。トラックのマフラーから黒煙が上がる。トラックは恐怖を理解して加速した。左のトレーラーとの間に隙間ができた。不動は、その隙間にタイプRの鼻先を強引に入れ、車体を左車線に滑り込ませた。

 背後まで迫ってきた車がルームミラーの中でオレンジ色の街灯に照らされた。クラウンだった。


「あいつ、撃ちやがった」池部は笑った。「交通ルールを守らない奴には、かなり手厳しいようだぜ」

 ついている、と緒形は思った。つまっていなければ追いつけなかった。タイプRに続いてクラウンを隙間に入れようとした瞬間、トラックが幅寄せしてきた。

「危ねぇ!」池部が叫んだ。

 緒形はブレーキペダルを踏んだ。ぎりぎり避けることができた。トレーラーは? 緒形はミラーを見た。追突されるかもしれないと一瞬思ったが、トレーラーははるか後方。危険を察知してか、とっくにスピードを落としていたのだ。緒形はほっとした。同時に、トラックに、怒りが湧いた。ふざけやがって!

 察した池部がいう。「こんな奴には、お仕置きだ。追い越せ!」

 緒形は、隙を見てクラウンを右に振ると、アクセルペダルを床まで踏みつける。あっという間にトラックの右に並ぶ。

 池部は助手席のサイドウインドを下げた。M16を構える。セレクトレバーをフルオートに入れた。「食らえ!」

 排出された薬莢がフロントウインドの内側に当たり、ダッシュボードに落ち、床を跳ね回る。トラックの前輪はバーストした。ゴムが飛び散る。ホイールが火花を上げた。

 トラックが後方に去っていく。池部は振り向き目で追った。トラックが左右に揺れ始めた。揺れはいよいよ激しくなる。右に傾いたと思ったら、横転した。火花をあげながら、道路を滑っていく。車線をまたぎ道路を塞いでからトラックは停まった。

 正面に向き直り、池部はいった。「へっ、いい気味だ。なめた真似しやがって」

「トラック・ドライバーなんて莫迦ばっかりだ。いや、莫迦だけならまだしもモラルもない。免許があれば誰でもできる仕事だ。まともな奴なんかいやしない。だから事故を起こすのさ、いまみたいに」

 池部は笑った。「元高機らしい大胆なコメントでございますな」


 奴ら、アサルトライフルを使ってやがる。ミラーを見ていた不動は思った。L96A1はバックシートだが、手元にあったとしてもこの場面で狙撃銃は使えない。この場合は、AKよりも取り回しのきく拳銃だ。不動は背中越しに狙おうと、右手をあちこちに回した。くそっ、無理だ。不動はファイブセブンをホルスターに突っ込んだ。

 ルームミラーにハイビームのライトがいっぱいに映った。奴らは、一気に距離をつめてきている。


 目の前にタイプRがいる。奴のテールとこっちのノーズの距離は五メートルを切った。

「追い越せ!」池部がサイドウインドを開けた。だが、二〇〇km/h超の風は尋常じゃない。室内に風を巻き込みクラウンの速度が落ちる。タイプRの尻が遠のいた。

 池部はウインドーを閉めた。「こりゃ、ダメだ。窓越しにやるしかない」

「前じゃないよな」

「当たり前だ。横に決まっている。並ばせろ。撃った後の対処は任せる」

「分かったよ」緒形はアクセルを踏み増しした。速度が戻り、二度びタイプRに追いつく。ハンドルを右に切り右車線から追い越しをかけようとした瞬間、タイプRが目の前に現れた。接触しそうになりブレーキをかける。車体がよじれたのが分かった。緒形は、ハンドルを左右にきりながら姿勢を元に戻していく。「畜生、前にいかせない気だ!」

「正面から撃ってやる!」いらついた池部はM16を前方に構えた。

「莫迦、やめろ! 後のことを考えろ! 前が見えなくなるんだぜ。二〇〇を超えているんだ、バランスを崩して事故るだろ! 俺は、お前なんかと心中する気はないからな!」

「だったらどうするんだ! このまま遊んでいるつもりか。対案を出せ、対案を!」

 どっかで聞いたことのある台詞だ。「後部座席にいけ!」

「なんだって?」

「後部座席にいけ、といったんだ。そこからだと左右と後、三方向から狙える。追い越してやる。ただし、左右どちらからとはいえない。反撃も覚悟しろよ」

 池部は後にM16を放ると助手席を倒し、重い身体を丸めてなんとかそれを乗り越えた。助手席を元通りにすると、シートの真ん中に座りM16のグリップを握った。「いいぞ」

 緒形はいった。「ちょっと手荒なことをするぞ」


 背中に衝撃。後頭部がヘッドレストにぶつかった。二度、三度と繰り返される。身体中から脂汗が浮いてくるのが分かった。だが、これでいい。これでいいんだ。

 連中、撃ってこない。やっぱりだ。この速度では当然だ。窓から銃を出した途端、風圧で車の速度は落ちるはずだし、その風圧のせいで至近距離でもまともに狙うことはできない。だとすれば、やることは決まってくる。冷静になれ。冷静になって、対処しろ。


 緒形はアクセルをゆるめた。タイプRを少し離してやった。ハンドルを左にゆっくり切り、クラウンを左車線に入れた。それを見ていたのだろう。タイプRが左に移動する。右に振ったら右に動く。思った通りにブロックしやがる。だが──。

 タイプRの運転席が左Cピラーの陰に入った瞬間、緒形は、同時にアクセルを床まで踏みつける。ドライバーから見てCピラーは死角だ。タイプRのそれは厚い。すなわち死角が大きい。奴の判断はコンマ数秒遅れた。横に並べてやる。「左から抜きにかかる!」

 クラウンは、タイプRに並んだ。緒形は叫んだ。「いまだ、撃て!」

 銃声とガラスが割れる音がした。池部が引き金を引いたのだ。猛烈な勢いで風が入ってくる。バックミラーを見る。タイプRが遥か後方に去っていく。緒方は首を後ろに回し風音に負けない大声で訊いた。「やったか!」

「……だ、……前だ! 前を見ろ!」轟音に混じって池部の声がかすかに聞こえた。

 目の前に、赤い光。左右に二つ。リアランプ? なぜ──?

 景色がゆっくり流れ始めた。渾身の力でブレーキペダルを踏む。ABSが作動した。ハンドルを右に切る。だが、間に合わなかった。


 ミニバンにクラウンが突っ込んでいく様子を、不動は呆然と見ていた。クラウンは斜めになったまま、ミニバンに接触。二台は左右に割れると、ビリヤードの玉のように、左へ右へ壁にぶつかっては、はじかれた。クラウンは右のガードレールに、ミニバンは左のコンクリート・ウォールにめりこむようにして停止した。

 莫迦野郎! ブレーキをかけてやったではないか、お前らを前に入れてやるために。

 不動は、アクセルをゆるめ現場に近づいていった。クラウンのはねあがったボンネットからは、蒸気が上がっている。こんなのはどうでもいい! ミニバンは──。見つけた途端、不動の目が釘付けになった。白いノア? まさか! 不動は、飛び散った破片を避け、クラウンの横をすり抜ける。

 ノアはひしゃげていた。運転席のドアが開いている。その先に人。投げ出されたのか! 不動は、タイプRを停めた。外に出て駆け寄る。あおむけに倒れているのは、羽田で見た男……。なんで、こんなところを走っていたんだ! 不動は膝をつき、耳を男の胸につけた。心臓は動いている。羽田にいたのは、かなり前だろ。運転していたのは女房だったはずだ。パーキングエリアに寄って運転を交代したのか。そういや、娘は小便が近かった。

 不動は叫んだ。「聞こえるか! 大丈夫か! おい、返事をしろ!」

 男はうめきながら、ゆっくり目を開けた。足を曲げ身体を起こし首を振った。少なくても脊髄はやられていない。

 背後から女のうめき声がした。不動は振り向いた。車の中だ。子供の声もする。二人とも生きている。

 ほっとしたのも束の間、ガソリンの匂いがたちこめていることに気づく。ノアのボンネットから炎が上がった。助けなくては! 不動は立ち上がった。ノアに脚を向けたそのとき、チノパンの裾が引っ張られる。倒れていた男がつかんでいたのだ。

「俺が……いく」男はいった。

「余計なことするな! 時間がもったいない!」 男の手を振り払おうと脚に力をこめた瞬間、何かが耳元を通り過ぎた。と同時に銃声。男は、裾から反射的に手を離した。

 不動は銃声がした方向に顔を向け、ファイブセブンを抜いた。拳銃を構える背広姿の男が見えた。不動は撃った。弾が背広の眉間を貫く。背広は垂直に落ちた。クラウンに乗っていた奴だ。くそっ、生きていたか。もうひとりいるはずだ。不動は、ファイブセブンを両手で保持しながら左に平行移動し、ノアの陰をのぞきクラウンの背後を注視した。遮蔽物は、もうつぶれたクラウンしかない。横を通り過ぎたとき、連中の生存を確かめるのを怠ったせいだ! なんて莫迦なんだ、俺は!


 不動の意識が追っ手に向いていたせいで、足元の男のことが疎かになる。男は立ち上がり脚を引きずりながらノアへ向かっていた。

「早苗! 理沙! いま、助けてやる!」男はスライドドアの取っ手に手をかけた。熱せられていたそれは、男の両手を焼いた。ぎゃ! 痛みが走る。男はジャケットを脱ぎ、取っ手に被せる。両手で握り力をこめた。ドアはびくともしない。「ウォー!」男は叫び声を上げた。身体全体で取っ手を引く。が、やはり動かない。ドアが歪んでいるのだ。

「あちゅい……」という娘の声。

「大丈夫! 大丈夫だから!」という女房。

 畜生、畜生、畜生、畜生! 一旦、手を離しドアに何度となく体当たりした。ドアのずれた感覚が肩に伝わる。今度こそ! 渾身の力をこめてドアを引いた。開いた!

「あなた!」

「パパ!」

 車内は煙が充満していた。二人は無事だったものの、娘はチャイルドシートに縛り付けられたままだ。女房は壊れたシートとシートの間に脚を挟まれ身動きがとれない。いまにも火が回りそうだ。俺がなんとかしてやる! 男は、中に入った。

「こわいよぉ、パパー!」

「先に理沙を!」

「いや、二人とも大丈夫だ! 俺がついて──」

 すべてをいい終らないうちに、爆発は起こった。熱のせいでタンクの燃料が気化、そのガスに炎が引火したのだ。


 もうひとりを見つけたが、不動はその瞬間、地面に伏せ頭を抱えた。爆風が背中の上を通り過ぎる。収まると顔を上げ肩越しに後を見た。ノアが火に包まれていた。窓という窓は割れ、枠からは炎が噴出している。男が助けにいった。もしかしたら……。だが、いくら周囲を見回しても家族の誰一人いない。額に点の付いた、やせた死体があるだけ。

 腹に強烈な不快感がこみあげてきた。不動は右手のファイブセブンを放り出し、アスファルトの地面に両手をついた。胃からこみあげてきたものを吐き出した。酸が喉に突き刺さり、鼻腔を刺激した。せきは治まらず、涙もとめどもなく流れてくる。

 不動の脳は、羽田での家族の映像をリプレイした。両手すべての爪が地面を掻いた。くそっ! なんてことだ! なんてことなんだ!

 そのとき、目の端に、走っていく丸い背中の背広姿の男が見えた。さっき見つけた男だ。不動は、ファイブセブンを拾った。


 鉄製の階段は音が響く。半分くらいまで降りたとき、上から足音がした。いうまでもなく不動のそれだ。

 池部は、怪我をほとんどしていなかった。爆発のとき飛んできたガラス片で、ほおを少し切っただけ。奇跡だった。車がスピンしたおかげで衝撃が緩和されたのかもしれない。後部座席で身体を丸めていたのもよかったのだろう。

 運転していた緒形も事故では無傷。前から横から、身体を覆うように開いたエアバッグのおかげだった。だが、不動に撃たれてあっさり死んだ。

 反撃しようがなかった。M16は、手から離れどこかにいったし、拳銃の用意もしていなかった。炎に映し出された、辺りをうかがう不動の形相にすくんでしまってもいた。

 目が合い、殺られると思ったとき、ミニバンが爆発する。不動は伏せた。俺はというとクラウンの陰で尻もちをついたまま。だが、不動の視線から解放されたおがけで動けるようになる。すぐさま立ち上がり反対車線を横切ると、そこにあった避難階段を、ぞっとするほど高い位置から転がるように降りていった。

 なんとか地上に降りると、もう野次馬が出ていた。爆発音を聞きつけたからだろう。振り返って、さっきいた場所を見る。炎が空を赤く染めていた。

 池部は街中に向かって無茶苦茶に走った。息が上がったので停まる。気づくと、アパート、マンションが連なり合う住宅街に池部はいた。十字路の真ん中に立ち、膝に手をやり周囲を見た。不動はいない。足音もしない。どうやらまいたようだ。ほっとした。

 池部は何度も深呼吸して息を整えた。何事もなかったようにして歩き出す。携帯を取り出してGPSを起動させた。ここはどこなんだ?

 携帯画面を注視していたので気づかなかった。いきなり首根っこをつかまれる。すぐに左腕を背中にきめられ、マンションの駐車場に押された。言葉を出す暇もなく、後頭部を鷲づかみにされ、コンクリートの壁に額を何度もぶつけられた。

 三発目あたりで意識が遠のき始めた。腰が砕け、壁伝いに身体が落ちていく。だが、頭を壁に押しつけられたせいで落下は止まった。

 耳元で男がささやくようにいった。「俺を殺したいのなら、俺だけ殺せ。赤の他人を巻き込むんじゃない。堂上にいっておけ」

 顔が見えないし、声も初めて聞いたのだが、不動だということは分かった。「……な、なんで、俺がここを通ると思った」

「この状態で随分のんびりしたことを訊くじゃないか、ええ? 人間ってのは、反時計回りに動きたがるものだ。お前、警察OBだろ。新人の頃、実地で習わなかったか?」

 左腕を後手にされたまま、髪の毛を力任せに引っ張られた。毛が抜けていく感触があった。痛みに耐えかね声を出そうとした瞬間、目の前が発光、直後に闇。手加減なしに壁に頭を打ち付けられた池部は意識を失った。



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