天才俺飯を食う!!!
「トイレでお茶を飲むとかありえないと思うんだけど」
今は例によって食事時、両親も例によっていない。俺は優真に八之上さんの父親がベンチャー、便所で茶をしばいていたことを話していた。飯時に便所の話?俺も優真も大便の話をしながらでも普通にカレーを食べられるタイプの人間だよ。だってありえないだろ、う○ことカレーを一緒にするなんて。
「知らなかったのか?世の中には友達がいなくて、それでも一人で食べているところも見られたくない、そして便所で飯を食う方々もいるんだぞ。謝れ。世界中の便所飯をしているボッチの方々に」
「謝ったところでその人たちに聞こえるわけでもないのに?」
「……それもそうだな」
ぶっちゃけ俺もどうでもいい。便所飯なんてしたことないし。
「で、ベンチャーって?」
「うんと、私も詳しくは知らないけど。たしか、新しい技術で急成長する新規事業、だったかな?」
「ようは、新しい会社?」
「それで良いと思うよ。普通の人は使わなくても問題ないし、専門用語だと思うから」
「てことはだ。八之上さんは社長レージョーってことか」
「令嬢ね。まぁ、別に親が社長をやってるからお嬢様、ってことは無いんだろうけど、下地としては十分なのかな」
「スゲーな、美人で頭良くてお嬢様。マジで別次元の人に思えてくるな」
「かもね」
今日は優真が冷たい、話を振ってもそっけなく返す。いつもの笑顔にもわずかに陰りがある。がそれはまだ不機嫌というほどのものでは無い、優真が不機嫌になった時はやばい。何がやばいって?とりあえず俺がダッシュで地球の裏側どころか、太陽系から裸足で逃げ出すぐらいにやべぇ。昔、一度本気で怒らせた時は泣きそうになった。
「でもよ、八之上さんとようやく話せたんだぜ。すごいだろ」
「何がすごいのかよく分からないよ」
本当にそっけない。いつも通りのピンクのジャージに身を包んだ優真は黙々と飯を食ってる。
このそっけなさは朝から始まっていた。
「お兄ちゃん朝だよ、起きて」
朝の俺の目覚めは小学生のころから変わらない。寝起きが悪い俺は毎朝優真に起こされている。そして起きたら味噌汁の匂いが二階まで漂ってきていることに気付く。両親は優真が中学に上がったころぐらいからより一層に仕事に打ち込むようになった。二人揃って朝七時には家を出る。その時間に家を出て、俺たち子供の飯の準備まで出来るのか?夜十時帰宅が常になりつつあるというのに?その答えは出来ないの一択だ。そのため、最近では朝飯まで優真が作っている。母親の手料理?ここ二か月ぐらい食ってねぇよ。
「おはよ、優真」
「おはようお兄ちゃん」
そう言って、優真は卵を二個使った目玉焼きが載った皿を二枚持ってきた。俺は目の前に置かれた目玉焼きに鼻孔を膨らませた。お前も何か手伝いしたらどうだって?知らなかったのか、手伝わないことが真の手伝いであると誰かが言ってたんだぜ。
ちなみに目玉焼きだがお前たちはどうやって食う?優真は邪道にも醤油一択だ、正直信じられない、何故醤油なんかで食べる。俺?俺はその日の優真の気分だよ、何もせずに束ねていなかったらソース、一本束ねていたらマヨネーズ、二本ならケチャップ、三本なら醤油、それ以外は塩で食う。今日の優真はバレッタでかき上げて留めた髪型だった。塩を取る。
醤油は邪道なのか?邪道だよ何言ってんの?俺は目玉焼きに醤油をかけたくない派なんだよ。どうでもいいこと聞くなよ。
そして、優真はマヨネーズを取った。
醤油一択じゃねぇのって?悪いあれは嘘だ。時々他のやつを使う時がある。どんな時に使うか?流れで分かれよ、機嫌が下降気味の時だよ。
俺は静かに席を引き、臨界体制に入った。
これが優真が朝からそっけなかったと思う理由だ。不十分?十二分だよ。マヨネーズを取るところなんて半年前に俺が風呂を覗いちまった時以来だ。わざとじゃねーよ、勘ぐるなよ。
「お兄ちゃん」
「な、なに?」
どもってねーよ、びっくりしただけだ。
「お兄ちゃんは八之上さんをどうしたいの?」
「どうしたいって?」
訳の分からない優真の質問に問い返した。
「私の独り言、静かにしてて」
優真は静かに呟いた。うつむき加減の顔には陰が差している。
俺は黙った。ビビったんとちゃうからな。ウチビビってへんから!
「八之上さん、今からが辛いよ。今日の社長の娘ってことで、それに拍車がかかると思う。それでも八之上さんを助けたいの?三年前みたいに辛い目に合うかもしれないよ」
俺は三年前を聞いて姿勢を正した。その話題はは俺にとっても優真にとっても無かったことにしたはずのものだからだ。
「今回はあの時とは状況が違う。まだ、見ていないフリが出来る。八之上さんは助けを求めてくるよ。ううん、もう求めているかもしれない。それでも八之上さんを助けたいの」
俺はいよいよ持って話について行けなくなった。八之上さんを助ける?彼女は助けなんて必要としていない、よしんば必要になってそれを俺が見捨てたとしよう。だから何だ?俺が助けなくても彼女の周りには常に人があふれている、お盆期間の新幹線よりもあふれている。誰かが助けるに決まっている。
今日の八之上さんを思い返す。彼女という太陽の周りには常に誰かがいた。その中心で八之上さんは笑っていた。間宮藍子と同じように輝きを放ちながら。助けなど求めているようには見えなかった。俺には助けを求めている声など聞こえはしなかった。
「ごちそうさま、私もう寝るから。洗い物は置いといてくれていいよ」
優真は飯を食い終るとそそくさと立ち上がりリビングを後にした。いつかの時と同じように一つの言葉を残して。
「時間はお兄ちゃんの決断を待たないよ。おやすみなさい」
俺は食いかけの飯をそのままに、しばらく呆然とした。