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(上)



 熱く乾いた道なりを土煙上げつつ進むのは、大きな大きな荷車小屋。

 ハタハタと高くなびいて目立つのは、色鮮やかな織布達やら布団やら。それらがかかるてっぺんの傍、一際目立つ『飴』の文字。屋号の旗をなびかせてギィギィ軋む音を立て、

 がんらがんらがんら

 荷車小屋が目指すのは次なる商売ができる村。


「ほう、ようやく見えてきた」

 日よけの被り傘をすっと上げ、目を細めたのは伸びたひょろりと白い兎の男。

「やあ、ほんとだ見えてきた」

 そっくりな声を上げたのは、隣で引いてる双子の兎。

 ゆるりと着崩す服装は袖の長さも合わなければ女物の巻布も混ぜ、とにかく風変わりで目を引くもの。

「さて。売れるといいがねェ『シラたま』」

「そうだね。ちったあ稼いどかないと、新しい布団が買えないねェ『ハクぼく』」

 名を呼び合いながら着いた先は、のんびり小さな村だった。

 赤や橙の花がそこらかしこに咲き乱れ、熱い日差しにも耐えられるよう、歩く者は皆つばある被り物をしていた。どこからかモ~ォと鳴くのが聞こえたのは農耕用の動物か。

「こいつぁ、いまいち期待できない」

 煙管取り出しシラ玉が火を点けすくゆらすその横で、

「まあ、路銀程度は大丈夫だろう。子どももそこそこいるようだ」

 ハク墨もふうっと煙を吐き、遠くの民家をちらりと見る。

 粗末ながらも明るい色味衣の兎の子達が、鬼ごっこでもしてるのか群れになって駆けていた。

「ちょうど良いな。始めるか」

 煙管片手に双子の兎は商い準備をし始めた。


 荷車の手前に赤布を引き、色布を貼った木箱の中にざらりざらりとあけていくのは、色とりどりのべっこう飴。木枠に空いた穴に刺すのはちょっとお高い棒付き飴。それらを幾つも並べていき、賑やかな店が仕上がると、手持ち引き木に掛けた布袋の一つから、細布に繋げた鈴を出す。

 それを両の足首に付けると、

「♪飴屋ぁ~、飴ぇ~」

 と双子は声を揃えて歌いだす。

 荷車引き引き歩き出すと、ちりりんちりりん鈴が鳴る。

 音につられて子達が見ると、『飴』と書かれた旗をなびかせ、何とも奇妙な動く小屋がこちらに向かってやってきた。

「『あめ』だって!」

「食べたい!」

 甘い匂いと呼び声に、つられて子達が飛んでくる。

「はいはいお代は先払い。いろんな味のべっこう飴だ。

 そこいらの菓子より断然美味い、飴屋の飴をご堪能あれ」

 口上と共にとん、と足を地に打ち、りんりんりんと鳴らす飴屋達の後ろには、つやつや輝くべっこう飴。

「うわあ」

「ほしいな」

「おっちゃん、いくらだ?」

「呼ぶんなら『兄サン』と呼びな、そいつぁ一つ三ゼンだ。そっちは三つで五ゼンだよ」

「ちょっと高いな」

「どうしよう」

「おやおや、迷うんなら誰か一人買ってみな。そらもう美味くて仰天するぜ」

「おい、お前買えよ」

「金持ってねぇ」

「金なら家から持ってきな。父さんも母さんもいないなら、ちょいと探してくすねてきな。飴屋があるのは今だけだ。数日したら行っちまうよ。

 ♪飴屋ァ~、飴ェ~」

 慌てて数人の子兎達がぱっと家に向かって駆けだした。

「オレこづかい持ってる」

「あたしも」

 残った子達はわっと飴屋の店先に群がった。

「ねえ、黄色いこれは何の味?」

「ハイハイ、それは橘だよ」

「すげぇ、これって虫の形だ」

「そうさね、男の子に人気だよ。羽がなんとも綺麗だろう」

 やがて、戻ってきた子ども達も加わって、やいのやいのと騒ぐ中、少し離れた所からポツンと見ている子どもがいた。なんとも薄汚い煮しめのような格好に汚れた顔に切れ込みの入った耳をしている。

「お前さん、金はあるかい?」

 シラ玉が呼びかけると、相手は首を横に振った。

「そんなら飴は売れないねェ。あっちへ行きな、用は無い」

 しっしと手を振るその顔はうんざりしていて情もない。汚い子兎はうなだれつつも、前足を咥えて眺めていた。



 そうして飴屋がやってきて、数日が過ぎた頃。

「そろそろかねェ」

「そろそろだねェ」

 膨らんだ布袋から小屋の中の貯金箱にちゃりんちゃりんと小銭を落とし、満足そうに双子は呟く。

 充分に飴が売れたなら、長居はせずに次へと移る。客に『もうあと少し買いたかった』と思わせておけば、再び訪れた時に買ってくれる。

「さて、明日の商いを最後にし、次の村へと移るかねェ」

 ゴゥンゴゥンと熱を出すボイラーの調子を確認し、風呂の準備を始めるハク墨にシラ玉がのんびりと声をかける。

「なァハク墨、あの子ども、とうとう最後まで買わなかったな」

「そうだなァ」

 どの子を指すか確認もせずハク墨ものんびり相槌をうつ。

「まァ、おおかた親がいないか貧しすぎるんだろう。飴玉一つ買えやしないのは、村に数人はいるもんだ」

 最後の金をちゃりんと落とし、シラ玉は煙管を逆さにすると、とん、と中身を外に出す。

「気にしてるたァ、珍かだな」

「いんや別に」

 煙草を詰め替え答える声も、特に揺れなどしなかった。



 最終日はいつもより少しばかり盛況だった。いつもちらちらと見ているだけの大人兎達も買いに来る。

「さァさァ、これを逃したら二度とないよ! 一つ食べたら天にも登る、そんな心地になる飴だよ」

「お代はこちらへ先払い、さァ買った買った」

 ぱんぱんと前足を叩き、ちりりんと威勢良く鈴が鳴る。

「おくれ」

「おくれよ」

 と騒ぐ中、にゅっと伸びたのは汚れた前足。ついでにツンと据えた匂いも混じってくる。

「うわっ」

 客達が思わず引いた中、ぐっと前足を伸ばして金を見せたのは例の汚い子兎だった。

「おやお客さん、買ってくれるのかい?」

 こくりと頷くその手にあるのは、たった一枚の屑銭。

「悪いがね、それじゃあ飴玉一つも買えやしない。もっと金を持ってきな」

 淡々と告げたハク墨の言葉に項垂れて子兎は去りかけた。

「ちょいと待ちな、ちょうどいい」

 そこへシラ玉が声を掛ける。

「出来損ないの屑飴なら、見合う分だけ分けてやろう。どうせ売り物にゃあならないからね」

「ああ、そんならいいか」

 頷きハク墨は手を出した。

「ほら、金を出しな。先払いだよ」

 おずおずと渡した子兎の金は、泥に汚れて汚かった。

「毎度アリ。ちょいと待ちな」

 ハク墨が屑飴を取りに奥に入ったその直後。


「お前、こんな所で油を売ってたのか!」

 目を真っ赤にした大柄な兎が怒鳴りながら肩をいからせ近付いてきた。

 びくん、と子兎は跳ね上がると、ぴょんと飛んで逃げようとする。そのギザ耳を掴んで引き上げると、大柄兎は子兎を地面に叩きつけるようにして折檻した。

「こいつめ! こいつめ! 思い知ったか! 馬鹿者が!」

 子兎がぐったりと力を失っても、尚折檻を止めようとしない男の口から、ツー……ッと涎が流れて垂れた。 

「ちょいとばかし、やりすぎじゃァないか」

 スッと割り込んできた白い兎に、大柄兎は目を剥いて「何だテメエは!」と喚き立てた。そんな凄みをものともせず、シラ玉は煙管片手に飄々と答える。

「いやいや、この子はお客でねェ。今から飴を渡すのさ。

 あんたはどうだい? 飴、買うかい?」

「ぁあ!? 買うかぁそんなもん!」

 叫んだ兎の顔面向けて、ふうっと煙が吹きつけられる。

「――そんならアンタに用はないね。客じゃないならさっさと行きな」

「馬鹿にしやがってえ!」

 掴みかかった大柄兎に、荷車の奥から出てきたハク墨が上から熱い湯をかける。

「ぎゃああああああっ」

 ざあっとかかった熱湯に転げ回って熱がる男に、

「臭い身体が綺麗になったろ?」

 と澄まし顔でハク墨は言う。

「ぅおおおおおッ!」

 怒りのあまり唸りながら起き上がったその頭に、ハク墨はさらに上からごいん! と湯入りの大桶を落とす。

「…………ッ」

 きゅうっと伸びて倒れた男を眺め、双子の飴屋は顔を見合わし、いそいそと閉店の準備を始めた。

「さァさ。これで飴屋は終いだよ。また来年も来るからね」

「おっちゃん達、かっこよかったよー」

「おっちゃん達、すげーなあ」

「「『兄サン達』と言いなさい」」


 かくして、移動の飴屋はこれにて閉店。

 次の地目指してがんらがんらと、持ち手木ひきひき目指すのだった――。


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