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snow white  作者: 小山 優
前章
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第八章 クライス=イルスタント

 時間は二ヶ月ほど前に戻り、場所は貧民街へと移る。

「――クーデターを起こす?」

 そこにいたのは、ヴァレンシュタインやウィルガンド、側近の女性事務官といった傭兵団の者達と、

「はい。女王を、ルーシーを王座から降ろすために」

クライス・イルスタントだった。

「それはなに? 自分が王座につこうとか、それに俺らを手伝わせようって話かな?」

「十中八九そうですね」

 ヴァレンシュタインは冷たい顔でため息をつく。

「俺らとしては、ここで君を捕まえて政府に引き渡した方が遥かに特なんだけど?」

 ヴァレンシュタインの言葉に、数名の者が武器を構えた。

「いえ、僕に王座につくという野心はありませんし、傭兵団に利益のある話です」

「というと?」

 傭兵王の指示で武器がおろされる。

「再び王を倒し、革命を起こしてほしいのです」



「どういうことなのかな?」

 魔女の親子と女王の主従が出会った日。少し離れたところでルクレツィアがヴェルに回復魔法を掛ける中、ハイルディがクライスの言葉に疑問を投げ掛けた。

「僕がクーデターを起こし、ルーシーを王座から引き落とせば、ルーシーが圧政の責任者として処刑されることはないでしょう。議会の大臣達を皆さんが捕えて財産を没収すれば、傭兵団やあなたに謝礼金を払うこともできるでしょう」

 箒に乗ったまま、その穂先を弄んでいたハイルディは、ため息をついた後、クライスの方を見据える。

「つまり、クリス君はルーシーに生きて欲しいんだ」

「はい。端的にまとめるなら、僕がクーデターでルーシーを逃がした後、もう一度皆さんに革命をしてもらい、政治を変えていくという流れです」

 革命をする側は、王族を追い出した復讐という大義名分を得ることもでき、ルクレツィアという民衆団結の象徴を得ることもできる。クライスの導き出した最高の解決法だった。

「――でも、それにはひとつ問題があるよね」

 はてなんだろう、とクライスが首をかしげる。

「そこにはクリス君の居場所がない」

「構いません」

 キッパリと言われた言葉に即答する。

「主人のために死ぬことができればそれで――」

「――クライス・イルスタントじゃなくて、クリス君に聞いてるんだけど?」

 苛立ちを隠そうとしないハイルディが、目を細くしながら問いかける。

「家の関係とか、主従の契りとか関係なく、クリス君はそれでいいの? ルーシーと一緒に生きるんじゃなくて、ルーシーのためだけに死んでいいの? 自分は幸せにならなくてもいいの?」

「良いわけがないじゃないですか」

 この人は何を言っているのだろうか、とクライスは心の隅で思う。

「僕がルーシーと別れたいと思うわけがありません」

「ならどうして? 他に方法がないわけでもないでしょ? 王女の白雪ちゃんを身代わりにすれば解決するし、なんにも考えずに逃避行っていうのもありじゃない」

 他にも、野に下って自ら革命を起こしたり、いきなり大臣を殺したり、といった手もある。

「――だけど、それじゃダメなんです」

 正しくは、

「それじゃルーシーは納得してくれないんです」

 ルーシーは、ルールに乗っ取って、皆が幸せになる道を選ぶ。自分の代わりに誰かを生け贄にしたり、自分だけが幸せになる方法をとらない。なら、こちらも同じことをするのみ。

 皆が幸せに。誰も不幸を生まないように――自分の幸福は微塵も考えないくせに。

 寂しかったらもっとねだれよ、「一緒にいたい」って言ってくれよ。

「――恋愛下手」

 ハイルディは一言だけそう言って、箒から降りる。

「わかっています、僕の気持ちは歪んでいますから」

 残された者の気持ちなんて考えてやらない。だって相手がこっちにやろうとしているんだ、僕がやって何が悪い。精々僕を恨んで幸せに長生きしろ。

「あんただけじゃないわよ、バカ」

 その後、ヴェルの悲鳴が聞こえて、話し合いはなし崩しになった。



 時間は元に戻り、城の地下、秘密部屋に復国同盟のメンバーが集まっていた。

 はりつめた、どことなく虚無感の漂う空気が場を包む。

「それでは皆様方、今回の復国同盟会議を始めまする」

 ルドルフの声で皆が顔をあげる。

「本日の議題ですが……」

 一度静まり、

「……成功と言えるでしょうな」

 声を発する者がいた。

 議題はもちろん、クライスが起こしたクーデターについて。それ以外に何を話すというのか。

「女王陛下は国外に逃亡。豚共の何人かは女王派と称して投獄済み。申し分ないですな」

 かねてより武力強行派だった法務大臣フィリップが笑いながらそう言うが、どことなく元気がない。

「しかし、それでも問題は山積みですぞ」

「ええ、市民の混乱、国軍の反対、経済縮小。お陰でうちの金庫すっからかんなんですけどね!」

 学院長ルドルフの言葉に、ハルクフ商工会長が返す。

「それでも我々がやるべきこと、しなければいけないことは着実にこなしていっている」

 ペセタ財務大臣が総括し、

「ですな、クライス殿」

軍教官のグラストが問い掛けた。

「こんな我が儘に付き合わせて申し訳ありません、皆様」

 円卓の一箇所に座ったクライスは深く頭を下げる。

 クライスがこの計画を復国同盟に提案したのは半年ほど前。皆が、女王が死ぬことで革命が成功する、ということに納得していなかった。と言っても、それは同情ではない。

 ルクレツィアは穏健派。無論、政治改革で済むならそれで結構。しかし、それでは時間が掛かりすぎる。一世紀、あるいはそれ以上。百年後の幸福のために今の人間に我慢してくれ、と言えるものか。少々強引でも、すぐに変えなければならない。

 だから、クライスの提案に乗った。

 彼ら彼女らは、王ではなくとも、人間としても政治家としても成熟した大人。まだ二十代のルクレツィアよりも冷静に、現実的に人を救う者。

 理想を求める。それが女王の甘さであり、未熟な優しさだった。

「夢と未来は若い奴等にまかせるとして、ジジイババアの我々は汚い今を掃除しませんとな」

 夫に「ババア」と言われたリシュリュー夫人が「まだ私三十代!」と言って立ち上がるが、そういうのが問題じゃないと宥められる。

「それでは皆様、作戦の最終段階に入りましょう」

 クライスが全員を見渡し、それに答えるように老雄達が、

「「「fuck you(ぶっころすぞてめぇ)」」」


「……」

 クライスは笑顔を崩さない。

「では、皆様。現王に暴言を吐いた罪で全員王宮からクビ。王族師団も解散、商工会は破門ということで」

 その笑顔に合わせるように全員が笑い、

「誠に遺憾ですな」

「王軍も路頭に迷うのが必至でしょうぞ」

「商工会で傭兵団を雇うかもね」

「領地に戻って近衛隊の用意をしますか」

「王族師団の者を集めてみましょうかな」

「それぞれで反乱を起こしそうな不当な通達だ」

「私も到底受け入れられないね~。泣いて武装決起しちゃうかも」

 棒読みで呟き、みなが秘密部屋から出ていく。

「――ありがとうございます」

 クライスが背中に投げた言葉に返す、呟きは、

「我が女王のために」


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