第四章 女王
ハイルディ逹魔女の母子に会ってから、二週間ほどが過ぎた日のことだった。冬の影がそこかしこに見え、暮らす者の体から熱を奪っていくような、そんな日の夜、場所は自分の部屋だった。
「ボルドーの農耕開拓計画があまり進んでないな。王族領とはいえ、遅れすぎだろう」
「現地監督のリシュリュー夫人から言い訳が届いています――鉄鉱石掘ってたら日が暮れてた」
良しとしといてやろう。
報告書の束を自分の机の引き出しに押し込み、欠伸を一度してからペンを置く。
「ヴァレンシュタインから問題は何か上がっているか?」
「年度変わりの引き継ぎで問題があったらしく、前の担当者を呼んで欲しいそうです」
「クィルドルフに言って手配してやれ、あいつなら官僚にも詳しいだろう」
急な行政刷新は混乱や紛失を招く、か。傭兵王には悪いが、こちらの教訓にさせてもらおう。
「そろそろ寝るかな。明日は何か予定があったか?」
「いえ、特には。議会もありませんし、ゆっくりとお休みになられてはどうでしょうか」
スケジュール管理もクライスにまかせてあるが、難なくこなしてくれる。
「そうだな、久し振りに休むか」
いい執事をもって助かる、と言うか、いい幼馴染みがいてくれて助かると言うか。
「おやすみ」
それぞれ明かりを消し、寝る挨拶をすると、
「おやすみなさいませ」
裏のない笑顔がクライスから来て、ねむりについた。
それに気づいたのは、真夜中ごろ。半月に照らされたベランダに雪がちらつき始めた時だった。
廊下を、這うように歩く足音。
本来なら聞こえないような音だが、暗殺者対策に取り入れた、バチカンの探知系王族魔法が廊下に展開されているため、その音をこちらに伝えてくれる。
数は、三人。武器は……短槍? どこかの私兵団か?
槍は、王族師団や各領主が一般兵装として採用するほど汎用性が高い。逆に、暗殺などの室内戦闘では普通つかわれない。理由は策謀家にまかせるとして、
……どこの手勢だ?
軍需大臣の権限はかなり削った後だし、悪徳豪商の摘発もしたし……。多すぎて予想は無理だ。
――まあ、相手がなんであれ、
布団のなかで杖を握る。
――捕まえて吐かせればいいだけだ!
直後、ドアが開けられるというよりは蹴り飛ばされ、三人の敵が入ってきた。
それと同時に、こちらはベッドの上に立ち上がり、無呪文で布団を三つに断った後、
「『結べ、王の眠りを妨げる者を捕らえよ』」
その布切れが三人に巻き付き、拘束する。
もがいて逃げようとした敵に、
「『頭が高い』!」
だめ押しで魔法の足払いをかけた。敵の鎧がガチャガチャと金属音をたてて床に落ちる。その鎧は白く、肩にはどこかで見たような黄色の紋章が付いていて、
「王族師団!?」
それは、他でもない、フランス王軍の鎧だった。しかし、それがわかると同時に、
「『捕らえよ、仇なすものを』」
どこからか飛んできた草の蔦が、こちらの体を縛り上げた。
――この呪文は!?
今度は自分がもがく番になる。だめ押しのように蔦が締まり、
「『我が女王のために』」
第一部…というか盛大なプロローグ終了
これより本格的に話が始まっていきます。
テンポ悪いな俺…




