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snow white  作者: 小山 優
前章
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第三章 旧友と迫害と

 傭兵団を雇ってから、二ヶ月程が過ぎた。

「それでは皆さま方、この度の復国同盟会議をはじめまする」

 かなり歳を食った、白髪の老人、『学院長』ルドルフが号令をかける。

 『学院』はバチカンの研究施設だが、ルドルフがフランス人なのと、諸々の事情でかの国とフランスは関係が良好のため、復国同盟には協力的だ。

『――あの爺さん、また昨日嫁さんに浮気で怒鳴られたんだよな。あの歳でよくやれるな』

『その嫁さんも、二十だか三十歳だそうですし』

 心のなかでクライスと世話話をする。

「本日の議題ですが……」

 一度静まり、

「……」

 尚も静まる。

 やることは、ない。

 そもそも、この集まりは『水面下で地道に改革を進めていこう』という集まりだ。兵を集めるにしても、政策を練るにしても、それぞれが勝手に行えばいい。週一や月一ペースで開く会議ではないのだ。

「ああそうだ、皆にひとつ聞きたいことがあった」

 結果として、するのは世話話となる。

「傭兵の使い心地はどうだ?」

――まあそれも、仕事の延長線になるのだが。

 聞くと、何故か皆が頭を抱える。

「なんだ? 問題でもあったのか?」

皆がため息ひとつ。

「――良すぎるんだよな~」

 一人が呟くと、

「最初は難癖つけて廃案にしようとしたんだが……」

「思いの外、何でもやってくれましてね~」

「自分なんて、娘の家庭教師まで依頼しましたよ」

 それなら、と、他の者からも依頼の内容があがる。

 竜退治、盗賊対策、私兵団の演習、チェスの相手、お使い、舞台稽古、夜伽、メイドごっこ――最後の方なんだおい。

 緊急事態とはいえ、独断での決定は少々乱暴だったか、役に立っていればよかった。

 言い合っている中で、なんとなく集会はお開きになった。



「『呼ぼう。その名を』」

 クライスの呪文で、小さな魔方陣が女王の部屋に表れる。

 次いで、緑の光が立ち上り、

「『我が女王のために』」

ハトが現れた。その胸には、小さく紙切れがくくりつけてある。

「……なあ、その呪文、やめにしないか?」

 キョトンとした顔でクライスが紙切れを抜き取る。

「何故でしょうか、女王陛下――あ、リシュリュー様から謝肉祭と勉強会のご招待です」

 小さいながらも綺麗に装丁された紙切れが読み上げられる。

「なんだかこう、いちいち自分のためとか言われるとむず痒い――準備をしてくれ、明日の朝に出発したい」

 はい、と返事をしたクライスが、その旨を招待状に書き、またハトにくくりつけて呪文を解く。

 クライスが使ったのは、召喚術式と言われる魔法の、初歩的なものだ。数十秒の間、送り手と受け手の空間を繋ぎ、物品のやり取りができる。高度になればテレポートなどもできるが、アカデミーにでも行かないと設備が整っていない。

「いいじゃないですか、雑音だと思ってください」

 魔法は、呪文の口述、あるいは強力なイメージによって発動し、精神力を消費して行われる。方式としては、火や水を操るものから信仰心によって発動するものもある。

 発動式の流動展開作用だの、空間魔方陣の発生だのの専門的な知識はアカデミーやルドルフにまかせるとしよう。

「謝肉祭の方はいつも通りこなすとして、勉強会か」

「はい、専門家を招いて、政治関係の講義だそうです」

 後学のためにも行っておくか。

「クライスはどうする?」

「僕はただの従者です。政治のことには関係してはいけません」

 一緒に勉強をする、とは身分の変わった今ではあり得ないか。アカデミー卒業以来、机を並べて学んだという記憶がないな。

 もう一度してみたい、だなんて、願うことは掟破りだろうか。

「そう言えば、ヴァレンシュタインの方から連絡はあったか? 移動のこととか」

「あ、『区画改造は順調だ』そうです。人事を好き勝手できたのが良かったみたいですよ」

 首を切った役人も、有能なのは内務省が雇い直していたがな。

「あそこが『貧民街(スラム)』じゃなくなるのも近いな」

 夕方を少し越した夜空を窓から見つめ、また視線を戻す。

「寝るのは、今の仕事を終わらせてからか」

 寝間着の、綿の質素なドレスを整え、デスクに再び座る。

「謝肉祭に間に合うと良いですね」

 言われずとも、とペンを走らせる。


「失礼します」

 その仕事があらかた終わった頃、部屋を訪ねてくる者がいた。

「宮廷魔術隊のクィルドリフです。規定の書類を受け取りに参りました」

 そう名乗った男、右頬にフランスの国章の入れ墨のある男は、クィルドリフ・パラムネント。代々王宮に仕えてきた家系の魔法使いで、その力は一流を名乗るに相応しい。宮廷魔術隊の規模も、戦力として一個師団程度だ。

「すまないな、わざわざ取りに来させて」

 引き込めば、人脈的にも復国同盟の戦力強化になると思い、以前それとなく諭してみたのだが、

『例え、この国が腐敗しきっていたとしても、腐ってなくなるまで共にあるのが誠実なのではないのでしょうか』

と、堅苦しい答えが返ってきた。その後はいかに忠誠を誓うことが重要かとかを小一時間語られた。

 よく言えば愛国者、悪く言えば盲目だ。

「いえ、それが職務ですので」

 やはり堅苦しく返事がされる。

……まあ、私が元々この国の人間じゃないのもあるだろうが。

 余所者に改革されるなら、国を抱いて無理心中する方が良いと言う思考か。

 きっちりと礼をして、クィルドリフが部屋を出ていく。

「旧体制派は、いや王党派か。そいつらは総じて気難しくて困るな。腐った奴等よりかはマシだが」

「仕方ないですよ、彼らはあれで忠義深いのですから」

 羊皮紙の端に、羽ペンの先が辿り着く。

「よし、終わった」

 最後に女王のサインをして締めくくる。これで北部の灌漑事業が進み、食料生産量が増えるな。

「お疲れ様です」

 そう言って、机に熱めの紅茶がおかれる。

「ん、有り難い」

 カップを口につけると、熱すぎず温すぎない、かつ丁度良い濃さの茶が喉を走る。

「美味いな……」

「ありがとうございます。今度は新大陸系を用意しますので楽しみにしておいてください」

 フフ、と笑ってクライスが明かりを消していく。

 自分の方はベッドのシーツを整え、寝る準備をする。

 ドアの方を見れば、全ての灯りを消したクライスが、ランタンを持って部屋から出ていこうとしていた。

「どうした? 一緒に寝なくて良いのか? 昔は二人で並んでよく寝たものじゃないか」

「ご冗談を」

 からかいの言葉が難なく流される。

 おやすみなさい、と小さく響き、それに同じ言葉を返してベッドに潜り込む。

……昔は、か。

 まだ歳も一桁の頃か。あの頃は、お互いニックネームで呼び合ったりして、主従もなにもなかったな。

……今では部屋も別々、立場も違う。

 シーツから頭を出し、窓を見る。月明かりに照らされた、石の床があるだけだ。

……広い。

 少しの寂しさと、人肌恋しさを感じて、眠りのなかに落ちていった。


「――もっと安全運転はできないのか!?」

 乗った馬車が大きく揺れる。

「二度寝して遅れたのは誰だと思っているんですか!?」

 御車席からクライスの喚く声がする。

 どうやら、昨日自分は寝過ぎてしまったらしく、朝の出発をかなり妨害したらしい。

 石を踏んだらしい馬車が大きく跳ね、自分は壁で頭を打つ。

――なんとかならんのか……!

 苛立ちを感じながらも、謝肉祭の詳細が書かれた紙を見る。

 場所は神聖ローマや北のベネルクスと国境を接する、フランス北東部ムーズ地方。領主は復国同盟の一員でもあるリシュリュー。内容はただの収穫祭だ。イベントによる経済効果も狙っているのだろう。ちょうど傭兵団がそこに居る時期にやっているのも抜け目がない。

 観光用に書かれた地図には、妖精や精霊のイラストが描きこまれている。

 そう言えば、あそこは童話や伝説の舞台によくなっているな。

 あそこの近くにある王女を預けた七人のドワーフの家も、何かの寓話に登場していたし、神聖ローマ側によってみれば「ハーメルンの笛吹」、ヘンゼルとグレーテルの「お菓子の家」があるのもあの辺りか。南に下れば、魔女の街やサバトで有名な山もある。どちらも迫害されて久しいらしいが。

 魔女、と浮かんで考えを巡らせる。

 「魔女狩り」で有名な彼女達だが、神教国でないバチカンでは目立つことがなかった。学生時代に見たぐらいだ。

 逆にフランスでは、この数十年の間にかなりの数が処刑されたそうだ。もっとも前王が「処刑する暇あったら働けよ」という趣旨の言葉を各領主に言ってからはなくなったそうだが。

 何はともあれ、魔女の数は減り、残った者達は人里を離れ、隠れ住んでいる。

――効率の良い土地改良とか、なかなか使いやすい技術が魔女の秘術にあるんだよな。一度あって話がしてみたい。

 自分の頭はいつでも実利主義だ。こんなことなら学生時代にいた魔女に聞いておくんだった。そこそこ仲が良かったのだし。

 また馬車が跳ね、頭を打つ。

「何回怪我させる気だ!?」

「予定ではあと三回です」

 真面目に答えられても困る。

 憂さ晴らしに窓の外を見ると、景色は森から突き出た小高い山を写していた。

――確か近くに鉱山あったよな~。あー利権買い取って採掘したい。金でも鉄でも掘りまくりたい。

 到底無理な話を思い浮かべて、ふと山の上を見上げた。

 そこには、ローブを身に纏った、少女とおぼしき人影があった。

――こんな山奥に人が居るのか……? ああ樵か鉱夫の家族か。

 視界の中で少女が魔方陣を空中に展開した。

――おお、あんな歳で魔方陣の空中展開までできるのか。家はさぞ優秀な魔法使いか、アカデミーに行けるような富豪だろうな。

 そこまで思って、

……なんか、私、全く別のこと言ってないか?

 自分の矛盾に気づいた瞬間、

「『魔女の呼び声に風が答える』」

馬車が横転した。



 クライスの判断は早かった。

 馬車が傾くと同時に事態を把握したらしく、自分は牽制用の火球を打ち出し、また同時に馬車を壊し、中にいた私をお姫様抱っこで――女王様抱っこ?――救出した。

 馬車は森の中に消え、手綱から離れた馬が逃げ回る。

「『土よ、泥よ、山よ。まずは弾を込めろ』」

 着地と同時に、クライスの呪文が森に響く。

「『――我が女王のために、』」

 お決まりの文句で、土の塊が幾つか地面から離れ、

「『撃ち方、始め!』」

 土の弾丸が、攻撃してきた少女に向かった。距離は百メートル弱。

「『魔の法、その主は誰だ』」

 しかし、それが敵の眼前で止まる。

「『魔女の叫びに土は(ひざまず)く』」

 土の弾丸が砕け散った。

『なあクライス』

 テレパシーで話し掛ける。

『相手はどこの誰だと思う? あと降ろせ』

『さあ? 今のご時世、王族の命なんて狙う方が正義ですし、どこの誰でもあり得ますね。降ろした方が危険じゃないですか?』

 ドンパチやっている奴にお姫様抱っこされてるよりかは安全だろう。

 その旨を理解したらしく、隙を見て地面に降ろされた。

――さて、どうするか。

 茂みに隠れながら思考する。

 相手は手練れのようだが、如何せん子供。そのうち精神力が切れてクライスが勝つだろう。

 よそ行き用のドレスの下から、魔法制御用の杖を取り出す。

 待っていても良いが、時間が掛かるのは好ましくない。リシュリューの小言がうるさい。

――なら、少々手伝うか。

 こんな戦闘では、杖を使わないとろくに魔法が使えないが、まあいいだろう。

 木々の間から覗くと、丁度山から降りた少女とクライスが、拓けた所で魔法の撃ち合いをしている場面だった。

――なら、一撃離脱作戦と行こう。

 まずは、足に身体強化を掛ける。これで相手の意表をつくぐらいの速さが出せる。

 次に、杖に鎌イタチの様な、空気の対流を生み出す。致命傷は与えられないが、牽制にはなる攻撃だ。

 茂みの中、膝を土につけ、クラウチングを決める。

――出るッ!

 そして、茂みから走り、駆け、飛び出た。

 耳を横切る風が音をたて、他の音をなくす。

 目標までの距離は二十メートル。

 いける、と呟いて、尚加速する。

 気づいたらしい相手が、口を動かして呪文を唱えようとするが、

――遅いッ!

 風が、少女を通りすぎた。

 杖の先の風が相手にまとわりつき、服を刻んだ。

 顔や体のほとんどを覆っていたローブを切り裂き、現れたのは、まだ年端もいかない少女。歳は十二、三。髪は耳の下で切り揃えられ、赤毛だ。泣きぼくろが艶かしい。ローブの下は、アカデミーでよく見る短いスカートに、カッターシャツ。風がそれらをなびかせ、ヘソや下着をチラリと見せたあと、

――切り裂けィ!

細切れにした。

 魔法が少女の下着やら何やらの服を全て切り刻み、あられもない姿をさらけ出す。

 ふとクライスと目があって、半目で睨まれた。そんな目で見るな、照れる。

「……えっ?」

 呪文を言う途中で少女がつまり、顔が唖然とする。

 数瞬の硬直の間に、切られた布切れが風になびき、いずこかへ飛び去ったあと、

「――キャァァァアアアア!!??」

 全裸少女の叫びが木霊した。


「え、いや、え。キャァァァ!???」

 戸惑った少女が、疑問符多目にまた叫ぶ。

――王族護身術。

 アカデミーにいた時代、自分は護身術の授業を受けていた。その時の師曰く、

――人間、裸にしたらあとは流れで落とせるもんだ。

 間に挟むステップが他に何かあるように思えるし、他にやりようがあるだろうし、そもそも護身術のアドバイスじゃない気がするが、まあ身は護れるので心配ない。

「『木は隠す。森は隠す』」

 クライスが唱えると、葉や蔦が舞い、少女にまとわりつく。葉で裸体を隠しているのは、少女への心遣いだろう。

「『我が女王の……ために』」

 何か躊躇いがあるようだが気にしない。

「『捕らえよ、仇なすものを。女王の道に立ち塞がる者を』」

 蔦が少女を捕え、動きを封じる。「触手プレイとはまたマニアックなものを……」「誰がさせているんでしょうネー」

 あ、と少女が呻いた時には、拘束はし終わっていた。

 手足の自由を奪われた少女が地面に倒れる。

「離し、て……!」

 拘束されながらも、懸命にもがく少女。

「残念ですが、聞けない相談です」

 服装を整えたクライスが無慈悲に呟く。

「では、洗いざらい吐いてもらいましょうか。誰に命令されたのか。なんのために命令されたのか」

 クライスが笑顔で問い掛ける。

「……」

 しかし、少女は黙ったままだ。

「黙秘ですか、当たり前と言えばそうですね」

 その笑顔を少し残念そうにする。

「では、洗いざらい吐いてもらいましょう」

 繰り返した言葉に、少女がキョトンとする。

 クライスはもう一度笑顔を作って、

「――物理的に」

 少女の腹に蹴りを入れた。軽い体が小さく跳ねる。

「我が女王のために」

――もう一度。

……拷問でそれを言われると、何かしら罪悪感があるのだが。

 とはいっても、相手は暗殺者。少女というのが心に痛いが、これが普通の扱いだ。

 クライスも、十分手加減して蹴りを入れているはず……

「我が女王のために……我が女王のために……」

入れているはずだ。

「――そろそろやめてやれ。話したくても話せないだろう」

 蹴りの回数が二桁目に突入しようとした頃に止めに入る。

「……なあ、話してくれないか? 温情措置をしてやらんこともない」

 話しかけると、キッと睨まれる。

「誰にも命令されていないッ! 私からいろんなものを奪ったあんた達を痛めつけてやりたかった! それだけな――」

 のよ。

 そう続けようと口を動かした少女の腹に、クライスの蹴りが入る。

「……やめろと言っているだろう」

 無言で、しかも笑顔で足を振るクライスが怖いというか恐ろしいというか。

 まあ、子供の仕業としたら、補導して親に厳重注意ぐらいで済ませるか。裸にしたし、物理的に罰したし。

「取り敢えずはこのまま町まで連れていって、警察に引き渡すか。馬車も貸してもらわないとな」

 クライスに目配せをして、出発の用意をしようとした、その時、

「『うちの子に何してくれとんじゃ~』」

 拍子抜けするような若い女の掛け声と共に、

「『ふぁいあ~ぼ~る』!」

――火球が飛んできた。


「『さんだ~らいとにんぐ~』」

 次いで、雷の雨が。

「『建て! 防げ! 土の使命を果たせ!』」

 何がどうなった――疑問を口にする前に、クライスが土の壁を作り、攻撃を防ぐ。

 攻撃の方向、上を見ると、

「『娘を離しなさい』!」

 青紫の、扇情的なタイトドレスを着た妙齢の女が、箒に乗って浮かんでいた。

「魔女……か?」

 状況では間違いないのだが、そのわりには格好が奇抜過ぎた。

「『空の敵を落とせ! 風を邪魔する者を討て!』」

 クライスが攻撃をするが、

「『効かぬわ』!」

 娘の時同様、しかし、その遥か手前で土が破裂する。

 魔法の無効化。魔女の独自魔法か……?

 考えようとした途端、魔女が箒に乗ったまま急降下してきた。その先にいるのは……

――娘か!

 会話から察するに、魔女は少女の親らしいし、娘を取り戻すのにこちらと戦う必要はない。

 クライスと自分とでどちらが娘に近いか。

 答える前に、自分が少女に向かって走り出した。同時に杖に防御のための空気対流を生み出す。

 魔女の突撃をこれで打ち流す!

 魔女の方も、指先に魔力の塊を作り出している。

 こちらが少女の前に割り込み、空気の壁を作り、相手は魔力を長方形に、剣の形にしていく。そしてそれらが、

――キィィン!

 音を打ち鳴らせた。

 金に淡く光る魔力刀が気圧の塊が軋ませ、こちらの杖と鍔迫り合うような形になる。

「『なかなかやるじゃない』」

 そう言った魔女と目が合って、

「「え?」」

二人ともが疑問の呻きを出した。

 双方が西洋剣術式に杖と指を弾き合い、数メートルの距離を作る。

 悟ったようにどちらも武器をしまい、

「久しぶりだな、ハイルディ」

「こちらこそ、こんなところで会うとはね。ルーシー」


「まさかルーシーがいるなんて思わなかったよ~」

 箒に乗った魔女はそう言いながら、宙に浮いている。

「付け加えるなら、クラスメイトが女王様やってるなんて思わなかったな~」

 彼女の名はハイルデガルド・フォン・ヴィンゲン。アカデミー時代にいた、魔女のクラスメイトだ。

「実家はこの辺りだったか? 神聖ローマじゃなかったか?」

「うん。今は内乱がウザいからフランスに逃げてきたんだよね~。こっちは迫害もないし、楽っちゃ楽よ」

 昔馴染みと近況の確認をしていると、

「申し訳ありませんが、僕らを忘れないでもらえますか?」

脇で、拘束した少女を捕まえているクライスが半目で見てくる。

「あ、クリス君も久し振り。元気してた?」

 ハイルディの方は、気にもかけずに話を続ける。というか娘はいいのか。

「まずは、この襲撃の理由を説明してください」

 問うた先は、魔女の親子のどちらにも、だ。

 娘はハァとため息をつき、母親は頬を膨らませる。反省しているのだろうか?

「私達が襲撃したのは、」

 娘の言葉を母が受け取り、

「――なんとなく楽しそうだったからです☆」

「はぁ!?」

 母親の言葉に叫んだのは、他でもない娘だった。

「え? 私、娘がドンパチやってるな~楽しそうだな~、と思って加勢したんだけど……違うの?」

「違うわよ! 母さん、娘が心配で助けたんじゃないの!?」

 なんでそんなことを?、という顔をハイルディが傾ける。

「!……」

 娘の方は、なにか怒鳴りたそうに口をパクパクした後、あきらめた風に頭を垂れる。

「……で、結局何がしたかったんだ?」

 改めて娘に聞くと、顔を引き締め、

「……私達魔女から、住処を奪い、それ以外の人からも重税を搾取した報いを受けてほしかったの」

 他にも、と続けようとした少女を手で制す。

……予想はしていたが、痛いことを言われたな。

 魔女とはいえ、少女が自分の命を狙うような、そんな国であることが虚しい。同時に、それを改善できない自分の無力にも憤る。

「……すまない」

「!? なんで謝るの!?」

 頭を下げると、少女が驚愕の声をあげる。

「私が政治を上手く回せないから、魔女や領民に辛い思いをさせてしまった。それを謝るのは至極当然のことだろう。殺されてやることは出来ないが、私を殴って気が済むなら、好きなだけ殴ってくれ」

 そう言うと、娘はまた口をパクパクとさせた後、

「……もういい」

溜め息ひとつついて向こうを向いた。そのあと、不貞腐れたように数メートル離れた岩に座りに行った。

「ん、娘が迷惑掛けたみたいでごめんねー」

「元々はこちらの責任だ。甘んじて受けるさ」

「まあ、あの子があんなこと考えてるなんてね。魔女狩りに会う魔女なんて、偽物がほとんどだし。重税もルーシーの所為じゃないのにね。教えてあげなかった、わかってあげなかった私の責任かな」

 責任。その単語で思い出すのは傭兵王の言葉だ。

『もっと綺麗な解決方法があれば、この子達は『生まれ』なかった――その責任を取るのが、俺たち軍人の、大人の使命じゃないでしょうか』

 ああ、使命だとも。この国を立て直すっていうな。

「たしか、あいつ怪我していたよな」

 クライスに問い掛ける。

 そのためにも、まずは小さなことからコツコツと、だ。

「ええ、ルーシー……じゃない。女王陛下が服細切れにした時の浅い切り傷が少し」

……そもそもの原因が自分だとかは考えないでおこう。

 後ろめたい気持ちは蓋をして、従者と旧友をおき、少し離れたところにいる少女に近寄る。


「腕出せ、治療する」

 石の上に座り、拗ねているような少女に呼び掛ける。

「……いいわよ、このくらい自分で治せるし」

「大人がやらかした失敗ぐらい、大人に責任取らせろ」

 また少女は溜め息をついて、仕方なさそうに腕を出してくる。

 腕に張り付いた葉の服をめくると、目立たないながらも浅い傷が見えてきた。そこに呪文の要らない治癒魔法をかける。

「名前は?」

 大方の腕傷を治し、次は反対と、向きを変える。

「……ヴェロニカ。ヴェロニカ・フォン・ヴィンゲン。愛称はヴェル」

 そうか、とだけ返事をし、背中の傷に手をかける。

「……私、さ。王族が私なんかに頭下げたり、治癒魔法かけたりするなんて思わなかったのよね」

 唐突に、ヴェルが語りを始める。

「綺麗な言葉で言うなら気高い存在で、汚く言うならテングになってるブタかバカだと思ってた」

 その言葉にフッと笑う。

「政治に関われない、しかも余所者の貧乏人が、どうやって威張るんだよ」

 今まで剥がした葉を魔法で張り直し、次は足へと手を伸ばす。

「そう言えば、まだ言い足りないことがあるらしかったが、なんだ?」

 自分が先ほど制した言葉を思い出す。

「ううん、もういいから。子供っぽい言い分だってわかってるし」

 そう言ったヴェルの足に葉を張り付ける。落ちないように蔦で結んでおこうか。

「いや、言ってくれ。私は、傀儡女王や貧乏政治家であっても、この国を変えたいんだ。そのために、なんでも言ってくれ」

 足に蔦を巻き、緩めに結ぼうとして、

「……貞操と純潔を奪われたこととか……」

思いっきり蔦を締め上げた。


「キャ、ギャアアアア!?」

 足を締め付けられた少女の悲痛な叫びが木霊する。

「わ、ちょ、すまん」

 慌てて緩めるが、傷よりも濃く後が残ってしまった。

「――なになにどうしたの? 熊でも出たの?」

 声を聞きつけたハイルディとクライスが駆け寄ってくる。

「いや、なんでもない。ちょっと動揺して、な」

 顔を紅潮させたこちらと娘を見比べてから、

「――ああ、話したんだ。トモダチに濃厚な接待された話」

 ブッ、と噴き出したのは自分とヴェルだった。

「お前……もっと言葉を選んで……」

「いいじゃない誰か損する訳でもないし」

 現在進行形でお前の娘が恥掻いているぞ。

「魔女って昔から両性有具っていわれてるんだけどさ~。あ、見る?」

 自分のタイトドレスの裾をめくりかけたハイルディを三人が慌てて止める。

 ふぅ、と落ち着くように深呼吸したヴェルが、恥ずかしそうに顔を伏せながら、

「えっと、あのその……私、この地域の学校には授業料と距離の関係で通えなかったから、バチカンの女学校に行ってたんだけど……」

「ソッチ系趣味のオンナノコに押し倒されて前も後ろも『アイムカミング!』な感じでサれちゃったし、火点いちゃってシちゃったのよね~」

 行政不行き届きで遠く離れた学校を選択させた挙げ句、私の地元で見事に大人の階段を数段飛ばしで駆け上がっていったのか。

「まあ、その……。殴らなくて良いか?」

「ええ……、悲しくなるだけだし」

 ははっ、とヴェルと自分の口から空しい笑い声が出た。


「それでは、お二人ともお元気で」

 クライスが礼をして、二人が手を振る。一人は何の屈託もなく、もう片方は気まずそうに。

「子供の世話はきっちりな。……女に襲われるようなことがないように」

 心配ないよ、とハイルディが笑う――既に起こっているから心配なのだが。

「もし、フランスの学校に行きたいなら手配するが……」

「いえ、なんだかんだで今の学校も気に入っていますから。……トモダチもいますし」

 こういうのを順序を間違った恋とか、なんたら奴隷とか言うんだろうな、と他人事に思う。

 最後にそれぞれ別れの言葉を言って、帰路についた。



「なあ、謝肉祭に遅れたのは間違いないよな」

「気にせず行きましょう」


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