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snow white  作者: 小山 優
後章
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第二十九章 遠い遠い因縁

 光が躍り狂った。

 夜空で、月ではない強烈な二つの光が踊り、激突し、衝撃を生む。

 魔女――MAGICAを身に纏ったハイルディ。

 天使――世界を維持するシステムの一つであるウリエル。

 二人の、「現実離れ」した物体が空で競い合っていた。

 速度は音速を優に超え、動く度に二人の外装が摩擦で発火し、それが魔力によって鎮火、抑制される。

 もう、戦闘は、意識の外で行われていた。

 二人の戦いは、空中での肉弾戦。遠距離攻撃を行う暇はどちらにもなく、それぞれの体は殴る蹴るに最も適していた。

 一瞬、拳を打ち合って距離を開けたかと思うと、その残像が現れる前に蹴りの音を鳴らした。

 戦闘速度は神経の伝達速度も凌駕しており、双方自分がどういう攻撃を出して何を防御しているのかは認識していない。勘と反射でお互いを攻撃し、自分を守る。

 相手が右足で蹴りを放ったのを思考に入れると、いつのまにか頭突きをし合って互いを牽制している。

 胸に隙ができた、と後悔した瞬間に、敵の顔面を殴り損ねたことに気付く。

 一方、戦場では大きな変化が生まれていた。

 二人がありえない速度と力でぶつかったために、摩擦と行き場を失ったエネルギーが発生し、大気の温度を急激に上昇させた。空中に陽炎が揺れる。

 温度変化の所為で、局地的な気圧の大規模な高低差が生まれ、大気が流れを乱れさせる。

 乱気流は広範囲に発生し、町を破壊する。

 通りを抜ける風が轟音を響かせ、それに当たった煉瓦や木の建物が破損していく。

 通りにあった椅子や看板が真っ先に飛ばされ、道を転げるうちに木端微塵になった。

 点在するように生えていた木が折れ、近くの民家に向かって飛び、窓を割られた住人の叫びが木霊する。

 地獄絵図、と誰かが呟いた。

 その地獄を生み出した本人達は、ヘルメットの下で、甲殻の上で笑みを浮かべる。

――楽しい。

 脳内でアドレナリンが大量に分泌され、痛みと行動が快感に変わり、速度は心地の良いものになる。

――もっと、もっと楽しいコロシアイを。

 二人には、周りの状況などは見えていない。そんなものを気にかけていては、せっかく楽しいこの「アソビ」を無駄にしてしまう。何よりそんなことをしていてはすぐに「アソビ」が終わってしまう。

 魔女の中からは、友人達の信念なんてものが消える。

 天使の中からは、好敵手の成長などというものが消える。

 そこにあったのは、ただ戦いを求める、我儘で独りよがりで子供のような独占欲だけ。なにも考えていなかった。あるのは、戦う欲望の爆発だけ。

 本能――恐ろしいことに、本能が命ずるままに手を振りかぶり、足を回す。

 気分の赴くままに二人は速度を上げていく。そして、

――――

光速を超えようとした。

 心の動きが魔力として変換され、魔力が速度となり、あってはならない速さが空で展開される。

 起こったのは四つのこと。

 光に近づいた二人が、時間についていけなくなり、世界の枠組みの外に出(タイムスリップし)始めたこと。

 膨大なエネルギーの発生で、空間がそれに耐えきれなくなり、異次元への穴(疑似ブラックホール)が開き始めたこと。

 その「穴」が、パリをも、地球をも、宇宙をも、この「世界」に存在するあらゆる概念をも消すようなものになり始めたこと。

 そして最後は、

――ぐしゃ。

その三つが事象として成立する前に、二人の胴を、黄色く光る筋の入った二本のハルバードが、それぞれ貫いたこと。

「え」

 訳がわからない。二人の口から無意識に呟きが出た。

 超文明の鎧を壊す剣があるのか。

 本気の天使に傷をつけられる何かがこの世に存在するのか。

 それを思考する間もなく、天使と魔女の武装が解除され、気を失った二人は、乗った速度のまま、パリの郊外へと別々に落ちていった。



「命中、かな」

 パリから少し東にある小高い山の上で、男が呟いた。

「あらぁ、割りかし遠くてもちゃんと当たるのねぇ」

 筋肉ムキムキのガチガチマッチョで顔だけ神様並みに美女の男が――()がその、二本のハルバードを投げた男に話しかける。

「これでも世界救った奴らの子供なんだから、舐めてると酷い目遭うよ」

 投げた男、救世主の末裔であるドワーフは、女性的な目を一度まばたきさせる。

「でも、良かったのぉ~?」

 マッチョ美女が体をくねらせた。

「一応、同じ末裔同士、仲間みたいなものでしょう?」

 先ほど、末裔が数キロ離れたこの山からハルバードを投げて刺したハイルディとウリエルに対して、ガチガチマッチョは問いてきた。

「良いの良いの。どうせあんな程度で死なないし、傷も明日には治っているだろうし」

 それでもねぇ、と、また腰をくねるガチムチに、末裔は笑い掛けた。

「私が手を引いたのに、好き勝手暴れてるあいつらが悪いんだよ。種族としての力で協力していたのはギリギリ見逃したけど、救世時代とか旧文明時代のバカみたいに強い能力はアウトライン。何より、若い子らの『時代』を邪魔してちゃね」

 ん、と末裔は両手を開く。

 金の光が輝き、無呪文で行われたのは、召喚魔法。何の制約も受けていない、自分の元に物体を超遠距離から呼び出す、上級のものだ。

 手に乗ったのは、投げたハルバードが二本。

「回収完了、っと」

 帰ろうか、横の筋肉美女に言う。

「……私抜きで楽しいことやるとか、許せないよね」


更新は一時間後!

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