第二十四章 在る者とない者
屋根が吹き飛んだ。
ルクレツィアは、王宮、その大会議場と自室近くの屋根がそれぞれ消えるのを、パリ市街の東側、馬の上で見た。
「どうなってるんだ……!?」
記憶では、中庭の上空に巨大な光の球が出現し、それが城に命中した際に屋根が消えていた。
「ハイルディか……? 屋根だけを消す魔法? 何の需要があるんだ?」
首を傾げるが、予想してもしょうがない。
周りの状況と言えば、モンタギュー騎士団の中盤も徐々に王宮の方へと近づいてきており、道には戦闘の跡が目立つ。
敵の死体が街路の所々に散らばり、血が土に混じっている。
月は、半ば西に傾き、斜めに街を照らす。
「女王!」
その血にまみれた道の先から伝令が走ってくる。
「どうした?」
「アロルド団長から連絡です、『敵防衛隊の先頭を撃破。城の包囲に向かう。中盤は占領範囲を拡大されたし』」
わかった、と頷き、諸々の手続きを周りの団員に伝える。
「……仕事に慣れてきましたね、女王」
呟いたのは、横で同じように馬に乗っていたモンタギューだった。
「そうか?」
「はい。信じられないぐらい飲み込みが早くて助かります」
言うモンタギューも、何かしらの連絡を違う伝令から受け取る。
「後方のエンリコからですね、『ちょっと遅れてるらしいから、僕が中盤に回って、クラリス達は前線寄りをお願い』らしいです。引き継ぎは自分がやっておくので、女王は先に行ってください」
国家指導者を前線に持っていくのはどうかと思ったが、兄の方は自分から進んで行きそうな気がして、悩むのをやめた。
馬の向きを変え、街路を進む。
その途中で思う、この後どうするのかを。
――最初に城に入るのはモンタギュー騎士団か傭兵団だ。傭兵団は大丈夫だろうが、騎士団の方は少し心配だ。
何が心配なのかと言えば、
――クライスを生かしておいてくれるのか。
幼馴染みの安否だ。
戦争において反逆者を殺すのは常識。だが、今は違う。
――どうやってそれを防ぐか。
傭兵団を先に入城させる。その主旨の命令を出す。突入を遅らせる。――そのためにはどうすればいいか。
最も危惧し、曲がり間違ってもなってほしくないのは、
――自害なんてしてくれるなよ、クライス。私が行くまで待っていろ。
パリ攻防戦が始まって四時間。時刻は深夜午前三時。街では、二つの大きな動きが生まれていた。
まず、南側、東側の守備隊が中央に撤退し、それを革命軍が追うという動き。
追う側と追われる側では、後者が絶対的に遅いはずの撤退戦において、しかし守備隊は完全に追手をまいていた。それが熟練の成せる技であり、意地だった。
彼らが撤退した理由は、戦況にはない。
もう、南側と東側では、やることがなくなったのだ。
モンタギュー騎士団にも、傭兵団にも十分に己達の技を伝えた。故に、次は同胞に。
すなわち、もう一つの動きとは、中央に撤退した守備隊が北と西に向かう流れ。
次代のフランスを守るであろう若者達を鍛えに行ったのだ。
城門が内側から破砕された。
北や西の門から雪崩を打って出てきたのは、フランス国軍の戦士団。皆が年配、熟練の勇士だった。
対する革命軍は、殆ど予備兵力としての機能しか持たない義勇兵。年齢は二十代を中心に、十代までいる。
革命軍は、数で圧倒しているも、練度の差は歴然だった。
門を壊した自分達を見て強張る若造を見た老兵達は、意地悪く教育的な笑みを浮かべ、
「行くぜガキ供!!」
突撃した。
ある者は槍を手に、剣を手に、魔法の呪文を口ずさみながら走っていく。そして――
「オッラァァアアア!!!」
接触。先陣を切っていった巨漢の剣士が、大剣の腹で新兵を打ち、何人かが宙を舞う。
「腰が入ってねぇぞクソガキ!」
嬉しそうな怒号が飛ぶ。
若者の方も、ただ蹂躙されていてはいけない、と剣を振りかぶり、槍を引き、呪文を唱えようとする。
「おせぇぞバカ野郎!」
だがそれは、攻撃として成立する前に、手練れ達によって防がれた。
剣を握った者は腹に蹴りを入れられ、槍は柄の部分で手を突かれ、呪文は砂煙やノイズで妨害される。
「攻撃を、攻撃しようとして用意するな! 準備は呼吸だ! 攻撃は結果として残せ!」
座学。口で伝える。そして、
「よく見てろよガキ!」
実技。体で覚える――その身で受けて。
老兵は、初動で走り込んだと同時に剣を引き、切り込む体勢を取り、若造に腹で打撃を入れた後、そのままの勢いで周りの何人かに回し蹴りや拳を入れた。
「止まって呪文を唱えるな。避けながら、動いて相手を翻弄しながらやれ!」
魔法使いの教授が叫び、
「槍を引くのではなく、体を前に押し出すんだ」
槍使いの指南が飛ぶ。
老人達のアドバイスを聞いた新兵達は、負けてたまるかと己の得物を振るう。
それを防御した教官達は少しの笑みを浮かべ、
「腰が入ってねぇぞ! それに、振りがでけぇ!」
「呪文は小刻みに。脳内イメージで補完しろ!」
「連続で槍を入れるんだ。敵に行動の隙を与えるな」
その指導のレベルを引き上げる。
やや速度や威力の上がった生徒の動きに合わせるように教師陣は戦闘を速くする。
剣が弾き出す音楽は音符の密度を濃くする。呪文は紡ぐ言葉に思いを乗せる。槍は風を切るように踊った。
「敵の動きを見やがれ!! 相手の力を利用しろ!」
「正直に正面から魔法を放つな。ひねくれろ!」
「柄を忘れるな、防御を学べ」
――訓練の終わりが近づく。
授業は、かいつまんで進みながら、だが要点をしっかりを抑える。
教師達の体に、少しずつではあるが生徒の刃が届き始める。
そしてついに――
「ガァッ!?」
名もしらぬ少年の剣が老兵の胸を貫いた。
やがて老雄達は、
「――カハッ……!!」
よくやった、上出来だ、と血を吐いて笑い、地に倒れ伏していく。
それは、パリの北や西の至るところで繰り広げられた悲劇的な卒業式であり、老いぼれの「俺達を忘れるなよ」という我が儘だった。
そしてここに、「フランス」は次の時代へと引き継がれたこととなった。




