第十九章 伝えたい
「どうした? モンタギュー。そわそわして」
女王の自分が、騎士団の事務官に問いかけた。
攻撃が始まって一時間。所々で火の手も上がり始めたパリの西側城門近くで、自分とモンタギューが話していた。
自分達、二人に与えられた役目は、南側を担当するヴァレンシュタインと同じく、地域の制圧だ。女王であり、革命の旗印となった自分であれば、民衆も違和感なく迎え入れ、スムーズに制圧が進んでいく。南部がヴァレンシュタインなのは、貧民街がそこにあるからだ。
気付いたのは、貧乏揺すり。己とともに、それぞれ馬に乗っているモンタギューが、鞍に足を引っ掻け、カクカクと動かしていた。
「……すいません。中盤を受け持つのは好かないもので」
好かない?
戦いにおける中盤は、戦闘を行う前線と、作戦を決める本陣を繋ぐ部分であり、状況に応じて前線の意向を本陣に伝え、作戦の微調整も行う。やっていて退屈するようなものではない。
苦手なのか、と思うが、先程までの働きぶりから違うと判断できる。モンタギューの事務技能は玄人と言っても差し支えはない。
前線で戦う『戦闘狂』共とも違う。「モンタギュー」の姓は、ヴェローナ領主の親類を表す。そんな人間が死地になどいけるものか。この戦場に出ているだけで異常なのに。
「じゃあ、本陣で総指揮を執りたかったのか」
それもあるのですが、と前置きをしたモンタギューが、状況報告を部下から受け取り、二三指示をした後でこちらに向き直る。
「自分は、歴史に立ち会いたいんですよ」
少し恥ずかしそうに、モンタギューは軽武装の頭を掻く。
「たかが一領主の遠戚が体験する経験なんて、量が知れています。たけど、俺はその中で、歴史の動く瞬間を見て、そこに名を残したいんですよ」
モンタギューの目が、どこか遠い場所に向かう。
「――男が一生掛けてやるには、良い夢じゃないですかね」
わかる、と呟く。自分が世界の一部であることを認識できるのはなんと気持ちの良いことか。
だから、とモンタギューは続けて、
「こんな、気付いたら事務作業ばっかで、いつの間にか何もかも終わっているような部署にはいたくないんですよ」
言い分に吹き出した。なんて子供のような、だが夢溢れる我が儘か。
ふ、と笑みをモンタギューにやり、
「嫌いじゃないな。その理由」
それに返すように、相手も笑みを作った。
「――よし、じゃあ、宮殿突入時は持ち場を離れるのを許可する。存分に、一つの国がなくなるところを見てこい」
モンタギューは一瞬驚いた後、
「ありがとうございます」
穏やかな笑顔を浮かべた。
アロルドは、何かがおかしいと気づいていた。
治安大臣アーバンと戦っているのは変わらない。槍を武器にした歩兵の彼と、こちらが馬で接近・攻防・離脱を繰り返している。他の仲間たちも、敵歩兵部隊に騎兵突撃と離脱という機動攻撃を行っている。
そう、変わらないのだ。
相性はこちらに歩があるが、力量では相手が一つも二つも上。数で見ればこちらが絶望的に不利だ。
よって、騎兵の突撃による、いわば奇襲的な一撃を加え、指揮系統を寸断し、後続のバチカン王立軍が簡単に攻略できるようにする予定だった。
その奇襲が成功しなければ自分達に勝ち目はなく、騎士団はかなりの被害を受け、王立軍と治安大臣の部隊との泥沼の二回戦が開始されただろう。
結果から見て、突撃は失敗した。先頭を走る自分が、同じく守備隊の先頭にいたアーバンと打ち合い、勢いが削がれ、成功の隙間も見えなかったために途中で引き返した。
そこで停滞するだけでは士気に影響するため、何度か同じ攻撃を繰り返したのだが――
「一隊整列!」
号令で、一部の騎士達が馬を一列に並べる。その数二十。
「構え!」
その上で長剣を構え、前傾姿勢になった後、
「突撃!」
馬を走らせた。
ドドド、と蹄が地を揺らし、敵へと肉薄する。だが、
――厚い。
しっかりと構えた敵の剣士達は、隊列を乱すことなく、ある者は接近した馬の顔を蹴って、ある者は馬上からの攻撃を軽く避け、突進を失敗させる。
これ以上は無意味だ、と撤退の命令をだし、騎士達が下がってくる。
「損害報告!」
「負傷、二! 死亡ゼロ!」
――またか。
「負傷は下がらせろ。予備員と交代!」
片腕を押さえた団員が悔しそうに下がっていく。
――……死人が出ない。
突撃回数は二桁に届き、負傷者も多い。だが、死人は一人としていない。
いや、でなければでないでいい。だが、これまでの、神聖ローマや国境守備隊との戦闘でも、少なからず死傷者が出ていた。どんな有利な戦闘でも、死者がいないというのはありえない。
だが、この自分達に恐ろしく不都合な状況において、誰一人としてヴァルハラ行きの切符をもらった者はいない。敵は勿論、味方もだ。
その理由が、自分の作戦ではなく、相手方にあるのは明白で、
――何企んでやがる!?
アーバンは、寡黙に槍を構え、さあ来いとでも言うようにこちらを見る。
――まさか……。
その背後の戦士団も、何かを試すように眼光を鋭くする。
「……俺たちを、訓練している……?」
「本気を出せよクソジジイ!」
「……」
より強い打撃が、グラストの双剣を打った。
ウィルガンドが放ったのは、技巧のへったくれもない一撃。ただ惰性に任せて力を掛けるだけかけ、単純な押し込みの一撃。体重移動も関節の捻りも無茶苦茶で、常であれば何の威力もなく、達人に対しては簡単に防がれてしまう攻撃。
だが、その攻撃は、これまでの何倍も重く、速いものだった。
――この狼……。
グラストは思考する。
――なんと無茶苦茶な力であるか。
来る衝撃を弾いて受け流す。
自分が、経験で会得したものを潜在能力で補う。
――羨ましいな。
その力があれば、己の教え子たちは失われたかったかのか。
そして同時に、惜しいと思う。
――この力を制御できる技能があれば、この狼はどれほどの強さになるのか。
落ち着いた状態では、十分に己の力を制御できるのであろうが、半狂乱とも言える今の様子では、こちらを一撃で倒せるような力も、全くと言って良いほど効果を発揮しない。
――惜しい、実に惜しい。
それと同時に思うのは、
――鍛え上げてやりたい!
かつて沸き上がっていた、教育者としての欲望がふつふつと戻ってくる。
ウィルガンドは、一度バックステップで後ろに下がった後、剣を下に振りかぶり、突進と同時にアッパーを決める。
――そうじゃない! 今は突きだろう! 威力よりも速さだ!
迫る斬撃を、双剣で捉え、左にいなす。相手はそのまま前のめりになる。
――体勢を崩すな! 隙だらけだ!
が、狼は、その状態で強引に体を捻り、振り上げた剣を横殴りに打ち付けようとする。
――臨機応変な対応もできるじゃないか。倒そうとする根性も良い。だが――!
「脇腹が開きすぎだ!!」
すぐ目の前の、相手の腹に、右膝蹴りを叩き入れた。
人狼は口から、ぎ、と悲鳴を僅かに漏らした後、蹴られた衝撃で横飛ぶ。土の上を何度か転げた後、商店の壁に背中をぶつけて止まる。あとで店主に謝らなければいけない――自分が生きていれば。
「あらゆる攻撃をする、されることを予想しろ! たかが蹴りぐらい勘で避けろ! それで良く生きてこられたな!」
罵声を飛ばすのが心地よい。まるで、大昔の日々に戻ったようだ。
――戦いが始まる前、戦友たちや、生き残っていた教え子たちと交わした約束がある。
『俺達の技を、次の世代に残そう』
治安大臣となったかつての教え子からの提案で、普段寡黙な奴にしては珍しかった。
了承は即断。頷いたのは皆だった。
自分や戦友の老雄はもとより、教え子の中にはすでに教える側となった者もいる。それらが、己の技術を残したがらないわけがない。エゴイズムでバイオレンスだが、教育的だった。
――相手がフランスの者でないのが残念だが、受け継がせて不満はない。
なにより、
――こやつを鍛練するのは実に面白い!
「ジジイが……」
頭を振って、視界を安定させながら立ち上がったウィルガンドは、こちらを睨み付け、また剣を構え直す。
「意気がるんじゃねぇ!」
叫ばれて、そう言えば自分の子供にもそんなことを言われたな、と思い出す。「老害は早く引退しろ」だったか。
「なら、倒してみんか? 子犬」
――奴も、戦死して久しいがな。
次は明日更新




