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snow white  作者: 小山 優
後章
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19/37

第十七章 ゴング

 綺麗に丸い満月が浮かぶ夜空を背景に、魔女が箒に乗っていた。

 ハイルディは、パリの遥か上空を北から西へ、宛てもなく飛んでいた。

 その格好は、いつものドレスよりも大胆に体を露出させたタイトドレス。ハイヒールを履いて、アクセサリーが首や腕や耳に光る。化粧は普段より派手に、そして美しく。

 戦争における、魔女の正装だった。

 今回、ハイルディに何かの役目はない。そこまでの火力は必要とされていないのだし、そもそもルクレツィアが頼んでいることでもないから従う気もない。

 だが逆にそれは、

――何しててもいいってことだよね!

 跨がるというより、足を右側に揃え、掛けるように座った箒の上で、悪戯のような笑みを浮かべる。

 眼下には、パリの街が広がっており、その要所要所には動く守備隊が――的が見える。

――仕事は嫌いだけど、遊びは好きだからね。

 味方の邪魔をする気はないが、敵を空から射的感覚で射つ分には問題ないだろう。

 遊びをするのは戦闘が始まってからとして、どこから狙おう、と魔方陣を展開する。

 照準の役割を果たす魔方陣を、南側に向けたところで、その南側の城門が破壊され、傭兵団の先陣が突っ込んできた。戦闘には人狼のクォーターだという副団長の姿が見える。

「がんばるねー」

 その行き先、大通りの奥では、守備隊の一団が構えている。

――邪魔しちゃ悪いかな。

 どこか他人事に思って、照準を東にずらす。

 そこでは、同じように城門を壊したモンタギューの騎士団が騎馬突撃を仕掛けていた。その先にもやはり守備隊がいる。

 東と南はダメ。北と西は動きがないから、狙えるのは……。

 中央。敵の本陣だ。

 幸いにも、予備兵力が集まっており、的の数には困らない。

 じゃあ、射的を始めますか。

 箒の上に立ち上がり、喉を鳴らして呪文を謳い始める。

「『――救いなど要らない――』」

 綺麗な、だけど胸にズキズキと刺さるような伴奏が、生まれた魔方陣から鳴り出す。

「『――私が望むのは終焉――』」

 魔女の魔法の中で、数少ない自分のお気に入り。

「『――私が欲しいのは復讐――』」

 金色の、無数のエネルギーの球が、自分の背後に展開された魔方陣の周りに生まれ、鋭く暗い光を放つ。

「『――なくしましょう、あんな過去――』」

 それは、かつて絶望した魔女が宿した怨みの光。

「『――消しましょう、こんな今――』」

 一千年前の怨念が、それを八つ当たりしたいように鋭さを増す。

「『――壊しましょう? そんな未来――』」

――瞬間、負の感情が、栄華を讃える宮殿に降った。

 光は直線的に、そして無差別に敵を穿とうと落ちていく。

――何があったのかはわかる。

 落ちる怨念を見て、静かに心思う。

 一千年前。魔女となる『彼女』達は、しかしなんの力も持っていなかった。

 魔法の技術もお粗末で、護衛の強さもたかが知れている状態で、人外どもの蔓延る地獄に送り出された彼女達を何が待っていたのか。

――陵辱。

 汚され、穢され、貶された。

 彼女達を汚したのは、護衛の傭兵達だったのか。それとも人外だったのか。それはわからない。いや、人に汚されたのならなんと幸運なのか。人ならざるものに汚されれば、死をも超越した地獄を見ることとなる。

 彼女達は怨んだ。運命を、世界を、あらゆるものを。

 何も信じられなくなった彼女達は、やがて自分達で自分達を守れるように――何者にも汚されないように、体を強化していった。

 それが、魔女を、魔女たらしめた歴史だ。

「晴らしなさい、その思い」

 落下していく光の弾丸が、飛行していた敵の竜兵を貫き、迎撃の火球を散らせ、

「『王の居場所は汚させない』」

しかし、見えない壁に掻き消された。

 光は、城を球状に囲うように消されていく。

「『神聖なる王の庭に立ち入るのは誰か』」

 その呪文は、王宮の中庭から聞こえ、さほど大きくなく、しかし天まで届くように響いた。

「『誇りを汚すものを許しはしない』」

――空気振動を魔力で持続させて、広範囲に同じ音量を出してるんだ。

「『浄化を始めなければ』」

 眼下を見下ろせば、右頬にフランスの紋章の刺青をした魔法使いが中庭に立っていた。

「中々できるやつがいるじゃん」

 魔女の魔法を防ぐなんて、まだこっちが本気じゃないとしても、随分な腕前だ。

 唇を弧に吊り上げ、見下ろす相手に語りかける。

「汚してあげる、その誇り」

「『清めよう、その心』」


 馬が疾走する。

 重厚な鎧を身に纏った騎士達がパリの西街道を駆け抜け、土の道を踏み鳴らした。

 モンタギュー騎士団。その先鋒がパリを進撃していく。

 先頭にいるのは、団長であるアロルド。指揮は後方でエンリコが執り、モンタギューはルクレツィアと共に中盤を担当する。

 軽快に突撃していく騎兵の先にはしかし、

――パリ守備隊か。

 重い兜の下、アロルドは舌打ちをした。

 剣士を中心に構成された精鋭混成部隊。しかも、熟練のみで形成された部隊を率いるのは、

――十字軍の元・英雄、治安大臣アーバン・シャル・クリフォード。

 壮健な中年が、隊列を組む兵達を鼓舞するように先頭にいた。

――あれが相手なのはつらいな。

 バチカンは、十字軍には参加しなかったが、フランスとの合同演習で何度か戦ったこともある。無論、相手の力量もわかっており、自分より遥かに強いことも了解している。だが、

――勝たせてもらう。

 愛馬の手綱を握り、一層速度をあげる。

 自分の後ろに控えるのは、何年も共に戦ってきた仲間達。

「いくぜお前ら!!」

 言葉の変わりに雄叫びが返ってくる。

 自分達も弱いわけではない。騎馬と歩兵の相性は、前者に有利だ。

 背中の大剣を抜き、馬の横に構える。敵まで二十メートル。

「構えろ!」

 加速は最高に達し、

革命万歳(La Revol!)!」

 接敵した。


「ウィルの方はどう? 順調に進めてる?」

「守備隊と接敵したとの連絡が入りました」

 パリの南部。まだ城門に近いところでは、傭兵王ヴァレンシュタインが、女性事務官と話していた。

「制圧は? どこまで進んだ?」

 ヴァレンシュタインは、徒歩で制圧済みの大通りを歩き、周りを見渡す。

「六班が城門周辺と貧民街をすでに完了。七班と九班が設営準備に取りかかっています」

 城の方向には、バリケード建築を急ぐ工兵部隊が見え、城門側には搬入されてきた竜やカタパルトがあった。

「わかった。六班は下がらせて、二班と三班が制圧。六班の変わりに五班が設営」

 了解、と事務官が頷き、命令を書いた羊皮紙を転移魔法で各班に送付した。

「まだ、計画通りに進んでいるかな」

 傭兵団の筋書きでは、先遣部隊が敵を駆逐し、後続が跡地に拠点を作り、擬似的な『包囲の中』を展開する予定だ。住民に保護という恩を売ることで戦後の利権や人脈も発生させている。

 死者も出ておらず、何もかもが順調だ。

「竜兵部隊はどうなさいますか?」

「空は魔女が張ってるだろうし、待機。元気な竜だけ準備しておいて」

 予備戦力や副案も用意出来ている。だが、

「怖いねぇ」

「何が、でしょうか」

 一人言のつもりが、返事をされる。

「なんかさ、上手く行きすぎてて心配になるんだよね。どんでん返しとかトリックスターが出てくるんじゃないかって」

 まるで誰かが、こんなシナリオじゃつまらない、と脚本を変えるように。

「トリックスター、ですか」

 その言葉に悩んだ事務官を見て、そういやそんな奴がいたなと考える。この場に現れそうで、自分と因縁があり、大どんでん返しを持ってくる奴が。

「民家ぶっ壊して捕まって脱走した方がいらっしゃいましたね」

「うわ、具体的に思い出させないでよ。せっかく曖昧にしておきたかったのに。ちょっと恨――」

――ダンッ!!

 言おうとした不満は、突如響いた爆音に掻き消された。

「まさか、ね」

 爆音の正体は、砂塵を巻き上げ、クレーターを作りながら目の前に打ち込まれた攻撃。

 その方向は上、種類は光輪。それが示すのは?

『久しぶりだなぁ、傭兵王』

 魔法によって増幅された声。上を見た。

「俺は会いたくなかったんだけどね」

『ハッハー!! そんなこと言うなよ、つれねぇな!』

 数十メートル上空、そこには、満月を背に、金色の天使の輪が浮いていた。

「聖処女、ジャンヌ・ダルク……」



『もう一度、熱い熱いバトルをしようぜ!』

 頬に傷のある彼は、腕を組み、魔法で宙に浮かびながら狂喜的に笑う。

『てめぇは、俺が一番追い求め、必要としてる人間なんだよ。なんなら一生隣にいてもらいてぇ』

 それは一生戦い合うということだろうか。そんな人生はお断りだし、言葉だけ聞けば、

「なんか俺プロポーズされてるみたい」

「……ちょっと妬けますね」

 半目で横の事務官に睨まれた。気にしないでおこう。

 はあ、とため息をついて、空から目をそらす。

「……何が目的かな? 俺と戦って何かあるのかな?」

「それが目的なのではないですか?」

 わかってるそんなこと。自覚したくないだけだ。

 自由奔放、天真爛漫なジャンヌが、彼に関係のない革命なんてものに関わるはずもない。政府側についたという可能性はゼロだ。

 なら、彼が牢屋に入れられた理由。民家を壊し、催眠魔法で中断された以前の、自分との戦いが、この相対の目的だ。つまり、手段と目的が同じと言うことになる。

「こっちは仕事で忙しいってのに……」

 呟いても無駄な愚痴は心にしまっておく。

『来いよ傭兵王! 指揮なんて捨ててよぉ! 死ぬほど激しい夜遊びをしようぜぇ!』

 どうしようか。

 指揮は横の事務官に任せられるが、自分が行く利点がない。だが、戦わなければ、癇癪を起こした相手が無差別に攻撃しないとも限らない。

「……ユランの準備をお願い。指揮も俺の代わりに頼む」

 事務官はため息混じりに了承し、命令文を出していく。

「じゃあ、俺はいっちょ戦ってくるとしますか」

 両腰のレイピアを確かめ、地面に散らばっていた誰のものとも知られない大剣を拾い、脚には脚力強化の魔法を掛け、ゆっくりと走り出す。

 目指したのは何もない大通りの真ん中。そこじゃないと建物にぶつかってしまう。脚力強化をさらに強く掛け、徐々に速度を馬並みに――船以上に上げて、合わせていく。

 足には無色の魔法光が煌めき、それが残光となって夜の通りを照らしていく。

 では、何がぶつかってしまい、何に速度を合わせたのか。

 顔をあげた。

――ギィアアアァァァ!!

 鼓膜を揺らす咆哮を上げ、低空飛行をしていたのは、黒い竜。体の節々に傷があるが、成竜。その中でも体長四十メートルと巨大なものに入り、歳は戦い盛りだ。

「いくぞ、ユラン」

 その竜の名を呼び、低く飛んだその背に飛び乗る。途端に、こちらの意を、言わずともわかったように上昇していく。

 まだ、傭兵団の規模が小さく、団長自ら竜退治を請け負った時、ルーマニアで見つけたのが、この黒竜・ユランだった。

「あのときはお互い若かったな」

 問うように背を撫でると、喉で小さく鳴いて返事が返ってくる。

 三日三晩の死闘の末、お互い倒すに倒せなくなり、晴れて、ユランが人型ではない、最初の傭兵団員となった。ちなみに(めす)だ。

「標的はわかる?」

 聞くと、応答の代わりに進路変更が来た。慌てて体勢を整え、振り落とされないようにする。

 昔は何かと衝突したが、今では欠かせない相棒だ。

 ぐんぐんと高度を上げ、とうとう戦闘狂と同じ高さを旋回するまでになった。

 聖処女は唇で半円を、やはり狂っているように作る。

『let's show time.The night has only just begun.』

「天使はおうちに帰る時間だよ」



 一本と二本の剣と剣が弾き合い、火花を散らせた。

 その弾いた勢いで、二人の戦士は離れ、得物を構え直す。

「こんな大先輩と、こんなところで戦うとは思ってなかったぜ」

「こちらもだ。私もお前のような有名人と戦うとは思ってもいなかった」

 両者は、く、と声も出さずに笑う。

「フランスの父、グラスト・フェル・マルセイエズ!」

「五賢狼の子、ウィルガンド・ディシィニング!」

 叫んで、同時に二人が飛び掛かった。

 ウィルガンドの大剣から放たれる斬撃は、重く、固い。

 それを受けるグラストの双剣は軽い、が、速い。重い大剣を最低限の動きで的確に防ぐ。

 パリ南部の王城に近い大通り。そこでは傭兵団の副団長を、敵を待ち伏せていた仏軍の老雄が迎え撃っていた。

 この状況をウィルガンドに言わせれば、

――負けない、が勝てない。

 また剣を弾いて、距離を開ける。

「副団長!!」

 背後から部下たちの声が聞こえた。

「この爺さんは俺が引き受けた。お前らは後ろの戦士団の相手を頼む。指揮官は……一隊のウィミックだ」

 部下が返事をし、自分と老兵の戦闘という聖域を避けるように、道の端を通って前進していく。

 そして、己は目の前の敵へと注意を向けた。

――人間と人狼とじゃ壊滅的な筋力差があるんだが……

 救世主の生きた時代から、人狼は人よりも腕力が強い存在として生きてきた。そのせいで種族全般が乱暴者と見られてもきた。

 クォーターであるとはいえ、人よりも力の強いはずの人狼である自分が、何故人間の、それも老人に勝てないのか。

 答えは出てる。

――年季の差か。

 相手は、こちらが潜在能力として持っている力を、数十年分の経験でもって補っている。どこが一番攻撃の入りやすいところで、どうすれば攻撃を無効化できるかがわかっている。

「俺もまだまだ若いってことかね」

 自嘲的に言って、人狼の三十路少しは人間の何歳なのだろうかと考える。

「一撃が大振りすぎるのだよ。防御されるのを意識し過ぎて繊細さに欠けている」

 グラストに、諭すように宣言され、再認識する。攻撃が雑多になっているのは自明だ。しかし、

――大振りつっても、何ミリの話してんだよ!

 それに拘るのが達人なのか、それとも年柄なのか。

「忠告ありがたい。だが、敵にそんなこと言っていて良いのか?」

 大剣を構えると、グラストが、ほぉ、と馬鹿にしたような疑問の呟きを出す。

「何か困ることがあったか?」

 それに、ウィルガンドもやはり馬鹿にしたような笑みを作り、

「俺、あんたを殺しちまうぜ? そんなアドバイスくれたら」

 つまり何が言いたいかというと、

――余裕ぶっこいてんじゃねぇよ爺さん。

 心の中で罵声を浴びせた。

 しかも、相手は本来の力の欠片も出していないだろう。明らかに手応えが弱すぎる。

 その罵声を汲み取ったかどうかはわからないが、グラストは、

「――死にかけのクソジジイが挑戦するには良い余興ではないか?」

――この老いぼれジジイが!

 ウィルガンドは、舐められた怒りで口を開け、

『――uooooOOOOO!』

 満月に咆哮した。狼の遠吠えがパリに木霊する。

「狼舐めんじゃねぇよ爺!」

 ウィルガンドが怒り狂った形相で剣を構え、睨み付けると、

「来い、若僧。お前程度の咆哮なんぞ聞き飽きた」

 『クソジジイ』は嘲るように緩く構える。

「ぶっとばす……!」

「吠えてろ子犬」

 罵倒で、戦闘は再開された。


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