第十四章 諦めの行きつく先
――革命万歳。
剣を取り、立ち上がった民衆、あるいは兵士たちは口々にそう叫ぶ。
困窮した自分達に、救済の手を差し伸べなかった者たちを倒す。新しい政府を作ろう、と。
――我が女王のために。
いつしか、革命軍は、国を追われた女王を旗印として集まっていく。
腐敗した議会を打ち倒し、女王による治世を望む。
革命は、ある者の計画とは逆の方向に、そしてある者の思惑通りに動きつつあった。
首都パリの宮殿、その大会議場。フランスの政治の中心であるはずのそこは、ある意味で当然のように閑散としていた。
七人の大臣が、女王派という濡れ衣を着せられて逮捕され、復国同盟に参加する五人は、同盟が国に宣戦したことにより議会を離れた。残る八人の大臣も、五人が国外に逃亡した。
結局、緊急事態を解決するために集まったのは五人。軍需大臣、宗教大臣、治安大臣、そして、宮廷魔術師のクィルドリフと、『革命王』クライス・イルスタント。
「――クライス王」
上座に座ったクライスに、クィルドリフが語り掛ける。
「カレーの第八師団は魔女ハイルデガルドと、リシュリュー旗下の地方軍に全滅。ストラスブールの守備隊と南東方面軍はモンタギュー騎士団を相手に壊走。ブザンソンの砦は傭兵王に落とされました。スイス国境ではバチカンの特殊部隊が発見され、沿岸部のほとんどは民兵に抑えられました」
淡々と、述べるように、この国の終わりが知らされる。
「では、王。問いましょう」
無表情なクィルドリフの顔が、皮肉のように少し微笑む。
「次は何をなさるつもりですか?」
それに、クライスは同じく微笑みでもって返す。
「……現存の師団をすべて解体。有志の精鋭のみで守備隊を編成。それ以外は解雇だ、どこへとなり行かせてやれ」
――この場にいた者は半ばあきらめ、そして全て気付いていた。
この王には、この国を残そうと言う気持ちはない、と。
正しくは、このままの状態で残そうとは思っていない。この国の腐った部分を抱いて、汚名と共に地獄に沈もうとしていた。
「では、そのように手配します。地方軍の方は?」
「采配は各部署に一任。そうだな、『好きにしろ』とでも言ってやれ」
この王を前にして、この場にいた者は何を思うのか。
この国と共に死ぬ。
「では、仰せの通りに」
――ある者は国に殉することを決めた。
クィルドリフは笑顔の下で思考を巡らせる。
――如何に滅ぶか。
このフランス共和国が滅ぶのは、もう変えられない。今の兵力では、できても首都の機能を維持するのが限界だろう。それも数ヶ月が限度だ。沿岸部は無政府状態で、内陸部はバチカンや復国同盟の支配下になるだろう。そんなところを、アイルランド帝国や、海賊国家のスカンディナビィア、新大陸の亜人種に攻められれば、それこそ『フランス』はなくなってしまう。
なら、この王都で玉砕し、華々しい死に花を咲かせてやれば、国のため、民のため、そして何より自分の誇りのためになる。
宮廷魔術師の者も、自分と共に来るものを選び、それ以外は野に下らせた。国軍も、王の命令が下れば同じことになるだろう。
――やっと死ねる。
自分はこれまで、国のために命を懸けるということが出来なかった。正しくは、そのチャンスに恵まれなかった。
父は十字軍で国家のために散り、祖父は百年戦争で散った――なのに、自分だけがこの期に及んでのうのうと生きていて良いのか、そんなわけがない。
国に殉死する。
なんと響きの良い言葉か。
狂信と言われても良い。盲信と貶されても構わない。それが自分の生きる意味なのだ。
「――大臣方は如何なさりますか?」
そして、少女のような笑顔で、円卓を振り返った。
――狂信者めが。
軍需大臣は心の中で舌打ちをし、蔑んだ視線を宮廷魔術師に向けた。
――国のために死んで何になる? 金にも何にもならん。
横目で宗教大臣と治安大臣を見る。
前者は怯えきり、如何にして逃げ出そうかと考えている――もう遅い。情報大臣はこちらが知らせるよりも先に逃げ出しおったわ。
後者の方は、諦めたような表情の中に、何かを決心した眼光が見える。こいつは『狂信者』か、それとも――?
治安大臣の経歴を思い出す。十字軍として戦い、戦友をなくし、中央で出世しても、庶民出であるために治安省の実権を握れず、副大臣に良いように扱われていた。
つまり、いわゆる『元英雄』という奴か。そして、その決意は、「国のために死ぬ」ではなく「死に場所を見つけた」のか。
どいつもこいつも馬鹿ばかり――なら自分は?
周りから悪徳と言われているのはわかっている。だが、自分には理解できなかったのだ、誰かのために何かをするということが。
人を助けて何か見返りが来るのか? 必死に福祉を整えてやっても、公務員の給料が高いと愚痴を漏らすのだ。そんな奴等を助けて何になる?
何にもならない。福祉を整えても給料が高くて不満なら、給料が高いだけの方が自分に得だ。
ならどうする? 国などという下らないものを守るために死ぬのか? それとも生きてしまった亡者のように死に場所を探すのか?
否。全くもって否。
最大限の利益を。最高の得を。強欲なまでに求める。清々しいまでに渇望する。
自分は自分のために自分で戦う。生き残り、利を貪るために。
それで死ぬなら本望。信念を貫き通して夢果てるのだ、これ以上誉れ高いことはない。革命で命を落とす。実に良い響きじゃないか。
唇が弧を描いた。
革命万歳!
暫くした後、クライスは、女王の部屋で一人佇んでいた。
会議は終わり、大臣やクィルドリフはそれぞれの仕事へと向かった。
――自分は何をするのか。
学生時代の師曰く、「王様は黙って立って最終決定だけやってりゃいい」そうだ。もしそうなら、ルクレツィアは少々働きすぎだろう。
石造りの部屋。寝具や机すら処分した冷たい部屋で、窓の外を見る。
遠くには、戦火で燃えるどこかの街があり、城下町はどこか閑散としている。貧民街には不穏な空気が漂っているようだ。
雲は未来を暗示するように不機嫌で、どこからか雷の音も聞こえる。
パリは悲愴に包まれていた。
――もうすぐ僕は殺される。
どこか遠いところで、領主の首を落とした民衆の雄叫びが聞こえる。
――そうなったら、彼女は一体どんな顔をするだろう。
裏切者、と罵って、死体を蹴りあげるだろうか。それとも、恨みも忘れて死体を抱き締めながら泣いてくれるだろうか。
だが、たしかなことは、自分は彼女と二度と生きて顔を合わせることはないということだ。
それでも良い、彼女が生きているなら。
今頃、彼女はどこにいるのだろう。
脱獄は確認した。そうしてもらうために、強引にジャンヌ・ダルクを隣の牢に入れ、藁の下に杖を忍ばせた。壁と天井を吹き飛ばすとは思わなかったが。
距離で近いベネルクスか。海を渡ってイングランドか。永世中立のスイスか。故郷のバチカンに帰って、兄に復讐の支援を頼んだのか。
どこかで紅茶でも飲んで、ああ命が助かったと安堵していてくれればそれで良い。
軍勢の動きから見て、バチカンが濃厚だが、いずれにせよ今危ないフランスにはいないだろう。
――彼女はどんな政治をしてくれるのだろうか。
革命の後、荒れるフランスをどう纏めるのか。
共和制、王政、連邦。彼女はどんな未来を描くのだろうか。どの未来を選んだとしても、前途多難、先行きの見えない不安定で困難なものになるだろう。
だけど神様、
「どうかその先に祝福を――」
雲が少し晴れ、空から降りた太陽の柱が東の大地に建つ。
「――僕のお姫さまのために」




