第十二章 魔女
魔女の血筋を辿れば紀元前一万年頃の、あったと言われる超古代文明の頃まで調べられるが、直接の祖先はローマ帝国時代の修道女達まで遡る。
元々彼女達は、神教の敬虔な信徒で、同時に宣教師でもあった。
彼女達が派遣されたのは、今のフランス・神聖ローマといった北ヨーロッパの地域だ。
しかし、時は一千年前の紀元前。その地域は未開で、異族どころかサイクロプスやオルガと言った魔物が住んでいた時代。
そんなところに一人で、しかも婦女子が行くとなれば、貞操どころか命が危ない。
彼女達を守るため、護衛を付けたり、彼女達自信に特殊訓練を受けさせるよう、教会が支援を行った。
代が変わるごとに奥地へ、より未開の地へと進んでいった彼女達は、自分達の体を構造的に改造していき、強化していった。その結果、常人よりも高い魔力量と、解明不可能な魔術を得ることとなる。
「で、力の増大を恐れた教会に破門され、今で言うプロテスタントになったのよね~」
フランス北部、カレー地方。その空で、箒に乗ったハイルディが呟く。
「その後は、一千年掛けて教えを変化させていき――魔改造していき、本来の神教とは全く別のものになっちゃいました、と」
それが、魔女達が「異端」として迫害されてきた大きな理由だ。
――もっとも、正体バレたり、常人に捕まる程度の奴が魔女な訳ないけどね。
魔女の処刑は、九割冤罪一割不成功と言ったところだろう。たかが首切りや火炙りで死ぬほど魔女は柔くない。親戚から聞いた話では、首切られて昼寝から覚めたとか、火炙りで暖をとったとか言う話も聞く。
「千年の知識を舐めるなー、って話だよね」
うーん、と箒の上で伸びをして、眼下を見渡す。
大衆。武器を持った烏合の衆が、勇気の名の下に闘う。
響き渡る音は、逞しい雄叫びと、焼かれ貫かれ苦しむ断末魔。
「――だいせんそー」
火球が飛び、人が爆ぜる。瞬く間に命が消し飛び、汚く臓物を撒き散らす。
そこでは、復国同盟に参加する民兵師団――革命軍と、政府側領主の地方軍に王立第八師団を混ぜた政府軍との戦闘が行われていた。
戦闘の形は、丘の上に陣築した政府側に対して革命軍側が包囲攻撃する形だ。
パッと見た感想を言えば、
「攻めが稚拙で守りが天才、ね」
革命軍の騎士が勇猛果敢に敵陣へ真っ向勝負を挑み、派手に焼かれて息絶える。
防柵の中に引きこもる痩せた公僕魔法使いは、短く詠唱し、か細い火の玉で敵兵を焼き殺す。
戦力はほぼ同等、しかし損害は雲泥の差であった。
片や、正義と自由を胸に突撃玉砕するバカ。もう片方は己の守るものに疑問を抱きながらも堅実に定石に乗っとり対処する正規兵。どちらが有利かは素人目にも明らかだった。
――まあ、所詮農民上がり、良くて野良傭兵の革命軍が、十字軍を生き残った国軍に敵うはずもないか。「正義」や「自由」が何かの加護をくれるわけでもない。
もっとも、自分が魔女の秘術を使っていれば、損害が出るどころかゾンビを生み出して増強するぐらいのことができるのだが、主にやる気がでないという理由でしていない。
そもそも自分はこんなこと、見るのも参加するのも嫌なのだ。革命だかなんだか知らないが、勝手に喚いて死んでこい。
――クリス君に頼まれなかったら、全部まとめて消し飛ばすんだけどね。
クライスが頼み、それがルクレツィアのためとあらば、手伝わない訳にはいかない。そうじゃなければ、どうして自分を差別してきた者達を守るだろうか!
溜め息を一つつき、よっこらせと言いながら箒の上にたつ。そろそろ歳だろうか――まだ二十四だ。まだまだ大丈夫。
「久し振りに真面目な呪文唱えるから、失敗しないといいけど」
喉をならし、詠唱の準備をする。
本来の魔女は、シスターや宣教師と言った聖職者であり、使う魔法は神教の魔法、つまり宗教魔法となる。ルクレツィアに放った炎や雷は本職ではない。(と言っても、元々の魔力が大きいため、てきとうなイメージと雑な呪文でかなりの威力が出せる)
聖職者や信仰者が祈り口ずさむ呪文――それすなわち、
「『――ああ迷える子羊たちよ、汝は何処に向かうのか――』」
讃美歌。
神を讃える歌が、神に捧ぐ詩が、軽やかに空中へと展開される。
「『――その動く足を導くのは誰だろうか。その掴むべきもののない手が探すのは誰だろうか――』」
紡いだ言葉が、金に光る文字となって宙に浮き、飛んでいる自分の周りに円を作って回り出す。
「『――私はその導き手となろうではないか。ああ迷える子らよ。さあ子羊たちよ。私が清めて差し上げよう――』」
文字はやがて五亡星の大きな魔方陣となり、空へと広がって行く。
エネルギーの光が魔方陣にまとわりつき、増大する――万人を消し去るほどに。
「『――天よりの光に、その身を捧げよ――』」
――瞬間、光の円柱が出現した。
その下は、丘に陣取っていた政府軍の集団がいた場所に下ろされ、上は天上に届かんばかりに高く伸びている。
宗教魔法『救済』。
数十秒して、その柱が消え去ると、陣があったはずの丘には、円筒状の巨大な穴が開いているだけだった。
「『――祝福されし迷い子に救済があらんことを――』」
死による、現世からの、不幸からの「救済」。
元々は、貧困に喘いでいた村に立ち寄った魔女が、餓死するしかない住民達に対して行った魔法らしい。
――苦しむぐらいなら、いっそ殺してやった方がいい。
魔法を掛けられた住民は、幸せそうに涙を流しながら消滅したという。
それを後の魔女が手を加えていき、軍隊を消し去るほどに改良させていった。
――なにがしたかったのだろうか。
最初に使った魔女は、こんな風に使われて嬉しいのだろうか。改造した魔女達は、それが完全な人殺しの道具にされて楽しいのだろうか。まして「死による救済」だなんてふざけた名目で。
「『――amen――』」
狂っている。魔女も、人も、私も。
虐殺の終わった戦場に、戦士達の歓声が木霊していた。




