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snow white  作者: 小山 優
前章
10/37

第九章 それぞれの序章

 バチカンのフランス侵攻に関する方針は、「漁夫の利を拾う」だ。

 情報によると、フランス南部では、混乱で暴動が起こっているらしい。また、神聖ローマでもフランス国境付近で戦闘が発生する見込みだ。

 よって、侵攻部隊を三つに分けることとなった。

 一つは、南部のバチカン=フランス国境から、暴動の隙をつくルート。担当はバチカン王立軍。

 二つ目が、スイスの国境沿いに進み、「逆」アルプス越えをして攻めるルート。担当はモンタギュー山岳魔法師団。

 そして三つ目が、友邦ハプスブルグの領土を通り、仇敵神聖ローマを少し殴ったあとにフランス東部を攻めるルート。担当は、

「ルクレツィア女王! あと数分で神聖ローマ国境です!」

自分が随行する、モンタギュー魔法騎士団親衛隊だ。

 ローマからヴェローナまでは予定より早い二日で着いたが、領主のモンタギューが迅速に用意をしてくれたお陰で当日に出発できた。そこからまた三日かけてハプスブルグ、神聖ローマを通り、フランスへと侵入する。今日はその二日目だ。まずはハプスブルグ=神聖ローマ国境に野営し、明日の宣戦を待って攻め入る。

「全隊、止まれ!」

 騎士団の団長の言葉で、先頭の伝令が青の信号光を杖から発し、それに従って部隊が止まる。

「設営、開始!」



「女王、気分は如何ですか?」

 自分用に建てられた、質素だがしっかりしているテントで、騎士団の長が話しかけてきた。

「馬に揺られ過ぎて腰が痛いぐらいだな。他には特にない」

 冗談で言ったつもりが、相手が湿布を用意しようとしたのを慌てて止める。

「……すまないな。こちらの私事に付き合わせたみたいで」

「いいんですよ。友好国の手助けをするのは当然ですし、国境警備もしやすくなりますし」

 ヴェローナはバチカンの北部一帯、四か国との国境を守る地域だ。そこを治める領邦の者なら、少しでも攻められる可能性が減らせるのなら嬉しいのだろう。

 テントの中に、線の細い事務官らしき男が入ってくる。

「アロルド、副団長のエンリコが呼んでるぞ」

「わかった」

 アロルドと呼ばれた団長が、事務官の脇を通って外に出ていく。

「女王陛下、不便があればなんでも言ってください。自分はクラリス・フェル・モンタギュー。騎士団の事務役です」

 性がモンタギューということは、領主の親類か何かだろうか。

「こちらの方が迷惑を掛けてるぐらいだ。気にしないでくれ」

 迷惑、と聞いてモンタギューが渋い顔をする。

「どうした?」

「いえ、うちの騎士団に面倒臭く思っているやつが入るかどうか……」

 仕事熱心なのか、と思いかけて、

「全員、戦闘狂なんですよね」

――案外戦バカは至るところにいるらしい。



 目の前には筋肉を剥き出しにした体格の大きい男がいた。

「久し振りねぇ、クライスちゃん」

 目の前には小綺麗に化粧をした、綺麗で女性的な顔立ちがあった。

 以上二つの特徴は同一人物に向けられている。

 クライスは、白雪姫を預けたドワーフの家で、入ると同時に三人の筋肉男に囲まれた。

――後ろを取られないようにしないとなあ。

 欧州ドワーフ達は総じて巨体で、女性でも筋骨隆々であることが多い。しかも好色家なため、『行為』は自然激しくなるそうだ。

――しかも、目の前の人たちは男しか興味ないから、すごい怖いんだよなあ……。

 自分は人間の中でも童顔の部類に入るので、いつ後ろに回られやしないかと気を張っている。

「こちらこそ、お久し振りです」

 自分の「ナニ(・・)」かを守る攻防に入る前に、用件を言わなければならない。

「白雪姫はどちらに?」

「ラセッタちゃんなら、仲間と一緒にお花畑よぉ」

 なら、話を聞かれる心配はない。

「本日はお願いを、いえ、警告をしにきました」

 さりげなく、巨漢の包囲網から抜け出し、近くの椅子に座る。

「なにかしらぁ?」

 中央に立った、喋り好きらしい女顔が体をくねらせる。怖い。

「数日後、フランスで大規模な戦闘が起こります」

 リシュリューやペセタ達、復国同盟のメンバーが各地で決起する予定だ。話に聞くと、バチカンでも何かしらの動きがあるらしい。

「あらぁ、最近は物騒になったものねぇ。あっちでもこっちでも戦事よぉ、ねぇ?」

 女顔が右の、紳士のような風貌なのに上半身裸な筋肉巨漢に問うと、うぬと威厳深い声が返る。受け、と頭のどこかで判断した。

「その時に、戦乱でここを襲撃する暴徒や、火事場泥棒を狙う盗賊がやってくるかもしれません」

 ここは神聖ローマ領とはいえ、いまは国境も在ってないようなものだ。いつ軍隊に襲われるかもわからない。

「その時に、白雪姫を守って頂きたいのです」

「あらぁ、どうしようかしらねぇ」

 女顔が腰をくねらせて悩む。怖い。

「盗賊なんかはともかく、軍隊なんか来ちゃわからないしねぇ。あなた戦える?」

 今度は左の優男顔マッチョに聞くと、ヤるだけヤるさ、とハイテンションに叫ぶ。攻めだな。

「でもねぇ、それで殺されたら元の子もないしねぇ」

 どうしようかしらぁ、と悩む様子がなおのこと怖い。

 この申し出を受けてもらわないと、ラセッタをこちらが保護しなければいけないことになり、結果王女が戦いに巻き込まれる可能性が上がる。それはルーシーが望まないことだ。

「どうしましょうかねぇ」

 どうか受けてくれ。デきることならなんでもする。どうせ何日かで死ぬ命だ。

「――悩ませるのはそこらへんにしてあげなよ」

 ふと、家の奥から声がした。

 二階へと続く階段を見ると、ドワーフにしては小さい体躯の、女性のような顔立ちの男がいた。

「私らなら軍隊程度なんか軽く倒せるぐらい慣れてるんだ。相手がやきもきする姿見て悶えてるんじゃない」

 バレちゃったわぁ、と女顔が腰をくねらせる。恐ろしい。

「フランスの兄ちゃん、ラセッタは私らが守ってやるから安心して」

 奥のドワーフが口を開けて笑う。受け、と思いかけて、紳士顔の表情が紅潮しているのを見つける。攻めか。

「それでは僕はこの辺で失礼します」

 背後に気を付けながら家を出ようとして、

「おっと兄ちゃん。出てくんなら、裏口から行ってほしいな。台所の裏だ」

 なぜ、と首をかしげていると、

「おい、正面に一個中隊だ。二階から見たが、セめる気満々だぜ」

 奥のドワーフが、立て掛けてあった彼のものらしい、身の丈の倍はある大剣を取りながら女顔に言う。

「わかったわぁ。外出中の連中にも伝えるわねぇ」

 女顔が指示すると、紳士が転移魔法の一種を使い、仲間に言伝てを送る。

「あの……いったいなにが起こっているんでしょうか?」

「言ったろ、そういうのは慣れてるって。たまにいるんだよ、私らと戦いに来る領主がさ」

 ほら邪魔邪魔、と追いたてられ、裏口から外に出される。

「ラセッタなら心配いらねぇ。ちゃんと守ってやるから、もう帰りな」

 快活に笑う顔を見て安心し、つないであった馬に飛び乗る。

 開けっ放しになった裏口から覗いた、誰とも知らぬ筋肉質の背中が一言。

「おいしそう」

――ドワーフは人肉を好まない、とだけ思い出した。


 兵士達は身構えていた。

 彼らが対峙しているのは、一軒の小屋。童話にでも出てきそうな可愛らしい小屋だ。

 彼らは、そこに住んでいるといわれる化け物ドワーフを退治するために派遣された。罪状は青年暴行罪。訳がわからない。

 訳がわからないなりにも、彼らは死を恐れない騎士。主人のために戦う戦士だ。なんとしてでも化け物を倒そうという気概があった。

――ただし、それは小屋の中から上半身裸体で筋肉ムキムキなのに太い足にスカート履いて顔が絶世の美女の男だか女だかわからない生物が出てくるまでだった。いや、女かと思っちゃダメだろう普通。

 兵士達が硬直するなか、その生物が一言。

「――おいしそう」

 最初に逃げ崩れたのは最前衛の盾兵だった。死が怖くなくても他のナニかが怖い。

 そうなると、体型を組み、陣形をあてにしていた部隊は崩壊を始める。

 中衛に配置されていた長槍兵は、前衛が乱れるなか、槍を突きだして化け物に突進する。が、

「ぬるいな、小童」

 家から飛び出してきた、紳士面の生物が作った防御魔法に止められた。

 顔と体で違いがありすぎる奴よかマシ、と槍を押し込み、時間を稼ぐ。なんの時間かと言えば、

「『異端を討て』」

呪文の詠唱時間である。

「『邪教を燃やせ』」

 数人の魔法使いが共同で作った炎塊が、大きさを増す。

「『その火は神の子らのために』」

 放たれた。

 同時に、他の魔法使い達が作った氷が、溶解液が、空気の槍が、ドワーフに殺到する。

「効かないね」

 ハルバードが一閃。

 次に現れたのは細身の男。一瞬人間の女だと思うが、異族の証である長い耳と、男性装束でなんとか判断できる。

 その男が振るった、刀身に黄色い光の筋が通っているハルバードで、魔法の全てが掻き消された。

「私らをただのドワーフだとは思わないで欲しいな」

 男の手から出たのは、金色の魔法光。それが示すのは、

「救世主の末裔!?」

 かつて世界を救った救世主達。彼らが使った魔法は、金色に光り輝き、見る者の心を救った。ゆえに、金色は彼らの血縁である証。

 男はハルバードに金と黄の光を灯し、縦に振り上げた。

「神の子らのために? ならそれは私らのものだ」

 振り下ろす――

「その言葉の重みを知りな」

――瞬間、地上からその兵士達が消えた。


「さて、あの子達はどうなるのかねぇ」

 細身のドワーフ――救世主の末裔は、ハルバードにもたれかかりながら呟いた。

「あらぁ、若い子が心配なのぁ? 妬いちゃうじゃない」

 美女マッチョが、肩に、目星をつけていたらしい少年兵を担ぎながらため息をつく。夜は大変だろうなあ。

「んー? 世界を救った人間の子孫として、歴史が動くのを見るのは楽しいからねえ。それより、クライス君は中々可愛い顔してたけど、押し倒したりしなかったの?」

 ハルバードを、転移魔法の応用で生み出した四次元空間に収納しながら問いかける。

「私でも、恋い焦がれる相手を持ってるオトコのコを汚すような真似はしないわよ。男と女、男と男、女と女。どんな愛でも純愛が実るのは楽しいもの」

 じゃあその肩の奴はどうなるんだ、と聞くと、戦利品は別、という回答が返ってきた。だったら、ここでこいつぶっ飛ばしたら、夜は好き勝手にイイコトができるのかな。

「何はともあれ、私らが手伝うのはここまでだよ。ラセッタは守る、だけどそれ以上のことはしない」

 末裔は空を仰ぎ、太陽を見つめる。

「時代を動かすのは君たちだよ、少年少女」



 クライスによるクーデター発生から五日。そしてバチカンと復国同盟の兵員が動き出して三日が流れた。

 二日前にはバチカンからフランスと神聖ローマ両国に正式な宣戦布告が発せられ、同時に各方面からの侵攻が始まった。バチカンの騎士団を黙って通したハプスブルグに対しては神聖ローマから抗議の声明が飛んだが、さして効果をあげていない。

 また、フランス国内ではバチカンの宣戦とほぼ同時に、商工会長ハルクフに雇われた『傭兵王』ヴレンシュタインの傭兵団を筆頭に、各地のレジスタンスが立ち上がり、フランスは内と外の両方に敵を抱えることになった。

 このことにより、神聖ローマはまだしも、フランスが崩壊するのは時間の問題となった。

 残る懸案事項は、何が消え、何が生まれ、何が残るか。

 世界はそれぞれの思惑に動き出していた。


やっとこさ、起承転結の承の部分。


登場人物の紹介も粗方終わった、やったね!(逆にまだあるという罠)

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