05 A reason to walk with you
役者は揃った。目的は最初から決まっている。ならば何が足りない? ――それは、理由。何故戦う? 何故戦わされる? 何故守る? 青年達は着実に、答えへの道を辿り始める――。
主催者の意志に唯唯諾諾と従うのは典型的なイエスマンだけでいいのであって、俺等のように端から建設的な意見を述べることもたまには重要なのである。
「こりゃ面白い」
場所は、大きな通りから一歩はずれた裏通り。そこで、三人で密談をしていた。
俺が感想を述べると、渡し主の接近禁止は軽く笑う。
「だろう? っていうか葛葉、お前いつの間に子持ちになったんだ?」
「天性の財のガキだ、俺のじゃない」
そういう事でもないらしいが、名前を呼ばれたことにイラッとしたのでついそう返してしまった。
「黒木――じゃねぇや、天性の財!? まさかお前、アイツに会ったのか!?」
「持つべき物は金持ちの友達だろ?」
接近禁止――もとい八代恭介はまさかと言って苦笑いする。
「お前から協力なんて言葉が出ると、どう考えても裏切り前提にしか見えないけどな」
俺は指をパチンと鳴らす。
「ご明察。アイツは勝手に俺の事をライバル視してたらしいが、その実、絶対的な実力差を恨んでるフシがあったらしくてな。だから、俺がアイツに出会ったら戦争確実だったわけだ」
「何だ。お前も結局アイツを殺しに掛かってたんじゃねーか、ビックリしたぜ」
「妥協のしようがない絶対的実力差に、有りもしねぇプライドを生涯傷つけられるぐらいなら、いっその事ぶち殺してやった方がアイツの溜飲が下がると思ったんでね」
だがしかし、まぁ……これも計画の一部だったのだとすれば、見事に俺は踊らされちまったというワケか。
誰に?
知るか。
「だったら、葛葉。これ以上殺さない、殺させないという事を基本倫理に据えていこうじゃないか。平和主義だよ平和主義」
「一番反してそう且つ真っ先に破りそうな俺にそれを誓わせるか」
接近禁止の能力は、まさにその反戦主義にピッタリだった。
戦いを拒否する能力――もとい、敵から戦おうという意志を奪い去る能力。
「最悪、自分が死ななきゃどうにでもなるからな」
「アホか」
見た目上戦うの戦わないのと言いながらも、互いの腹を探り合っている――つまり、まだ目標が優勝及び金に向いている時点で、そいつとは一生わかり合えないし、俺の真の目標に付き合って貰うつもりもない。金なんて取ろうと思えば銀行ぶっ壊すなり夜道を襲うなり地道に稼ぐなり、手段は無限に存在すると言っても過言ではない。
だが、今回のゲームの終焉を迎える方法は一つしかない。
不戦。多少邪魔になった奴を殺したのは矛盾とも言えなくはないが、所詮は突っかかるタイミングの問題である。
そして、あのノイズ――強烈且つ強大な力を秘めたノイズの持ち主を、出来るだけ早い内に見つけることだ。すると、八代が意見を述べる。
「多分なぁ、アレは時空系能力のノイズだと思うんだがな」
「時空系……?」
「そうそう。こいつは無分割属性律で"時"を与えられるんだけど、この能力者もまぁ少なくてな。世界中見ても両手で十分なぐらいしか居ないらしいぜ。そいつが偶々ココに現れたってのは行幸というレベルに近しいもんではある」
「そのノイズはあんなに凄まじいものなのか?」
「だってそりゃお前、通り一遍の超能力なんてのは、普遍的な律――原子論とか、物理法則――に反するレベルでしかないだろう。こいつはもっと高位の、時間という概念に割り込める能力なんだぜ? そういう法則をねじ曲げたりする為の概念が十五次元までって言われてるから、そいつらは十六次元以上の領域にまで踏み込めるんじゃないのか」
「へぇ」
正直なところ、話半分も無理だ。
意味が違うが。
「お前だって0次元の点を無限発生させて線にしてるって点じゃ似たもの同士なのに、その言いぐさは無いだろ」
このように、超能力の原因と作用域の研究は常に行われている。それを理解できるかどうかは、本人にその気持ちがあるかどうかだろうが。
「そうやって理解を放っておくから、いつまでも能力に『使われる』人間が生まれちまうんだろ? どんだけ最強と言ったって、自分の能力の限界を知らなければ、それはただの狂戦士の類でしかないんだから」
「何が斬れて、何が斬れないのかぐらいは理解してる」
ちなみに天空全殺で両断出来ないのは原子核と自分自身|(刃)ぐらいのものである。
「いいから! さっさとその能力者の名前と、今どこに居るかを教えろ!」
「名前は、巾名井樹。――このゲームの参加名は勝負師だが――この参加者の中で、お前以外に唯一、嘶く媼に対抗できた唯一の存在だ」
「嘶く媼? 知らねぇなぁ、何だそいつ」
すると、お前はどうしてそんなに無知(関心がないだけなのだが、八代はそう言った)なんだと言い出しながら、簡単に説明を始めた。
所謂『同族狩り』が好きな奴らしく、身内からも忌み嫌われた能力者、ってことらしかった。属性はマルチ――つまり何にでも変容し得る十徳ナイフみたいなものらしかった。
「たしか、同属性打ち消しってのがあったよな?」
「そうだ。ただし火と炎、水と氷のように、同じに見えて厳密には違う属性も様々あるから、見た目で判断すると痛い目に合うことが多い。アイツはそれをフルに使用できる。もちろん、時属性すら打ち消せるんだから、通り一遍の超能力者では、アイツに勝つことは不可能だ」
「それで、俺が勝てる理由と、勝負師が勝てる理由は何なんだよ?」
「お前が対抗できる理由は、お前の能力属性が『無』だからだ。そして後者の答えだが――仮定するに、あいつ自身は超能力者ではないんじゃないか」
「あ? そりゃ、どういう――」
と、その時。俺たちの会話を遮るように、目の前の光景が俺たちの視界に割り込んできた。
「よぉ、探したぜ? 天空全殺君」
右手に光る、金色の剣。自信に満ちあふれた、他者を見下すような目つき。ついでに、大きな通りから差し込んでくる日光が、さながら後光のようにちらついて、苛つく。
「歪んだ冠……か。ようやくご登場とは、随分と重役出勤な事で」
歪んだ冠、本名は弓削修基。確かどれほどかは分からないものの年上で、訓練学校を中退したと聞いている。
「いやいや。僕みたいな人間が全うに戦うのは、全然スジじゃないと思ってね。僕のような拙い剣の腕では、みんなガッカリしてしまうだろうから」
俺はその剣を、能力で真ん中から叩き割る。
「剣先向けんじゃねぇよ、殺すぞ」
「やれやれ、喧嘩っ早いとは随分品のない」
そう言うそいつの手には、さっきと全く同じ剣が、傷一つ無い形で握られている。
これこそが、歪んだ冠の真骨頂。力の象徴である金色の剣を自由自在に召喚する事が出来る。
「てめぇ……邪魔立てするなら容赦しねぇぞ」
「おおっと、怖いことを言わないでくれたまえよ。まぁこれを見て頂ければ状況は分かると思うがね?」
そこまで言われて、ようやく気付いた。
唯が側に居ない。
そしてその唯が今、歪んだ冠に首根っこを捕まえられて盾のようにされていた。
「……その反応、まさにドンピシャリだったようだね? こんな所にいる小娘だからただ者ではないだろうと思っていたが、まさか天空全殺の急所がこんな所にあったとは吃驚仰天、あまりにも率爾!」
「じゃあそのご高名な脳みそを持つであろうお前に訊くが、お前みたいなご高貴な人物が、姿も身分も見せない誰かさんの言いなりになってみすみす殺し合いをするということを、愚かだとは思わないのか?」
腕が疲れたのか面倒になったのか狂言回しのためなのか知らんが、弓削は獲物を下ろした。
「思うさ、思うね、思うとき。だがその主催者の首根っこを処刑台に持っていくのは君の役割じゃない、僕のものだ」
どうやらこいつも天性の財と同じで、自分が先頭に立たないと気が済まないタイプのようだった。往々にしてこういう奴らは自己主張の激しさの差が実に極端である。
「で? 人質を取ってまで俺に何を要求する?」
「僕に殺されろ」
「あ?」
「僕が君を殺すことに成功したという事は僕の能力こそが君のそれを上回るという実証! 勿論本来の背比べをしたら敵わないことは当然だが!? しかしその論に反論すべき要素は僕が君を殺したという絶対的証言一つで全て打ち消すことができる!」
狂っている。
いや、知っていたが、それでもやはり戸惑う狂気加減だ。俺が何もしていないはずの所で、俺のせいで人生を狂わされた人間が居るなんて、知っていてもやはり慣れるものではない。
だが、ここは――。
「分かった」
「葛葉!?」
俺の申し出に、背後から見ていた接近禁止こと八代が叫ぶ。
「それでテメェの溜飲が下がるなら好きにしろ。ただし――、唯を放せ」
その言葉に、引きつった笑いを浮かべていたに過ぎない弓削が、とうとう声を上げて笑い始めた。
「そうか。そうかそうかそうか、お前のありとあらゆるプライドと孤高且つ至高の地位と名誉、そしてお前自身の命を投げ打ってでも、このガキを助けたいのか」
だったら、と弓削はその右手を高く高く挙げる。その先、空中五メートル辺りの所に、金色の剣が一つ、剣先が下を向いたまま出現した。
「ならば試してやろうじゃないか。貴様が真の怒りに打ち震えたとき、どれほどの力を見せてくれるのかを――」
剣は一瞬だけ中空に留まり、そして重力という大いなる力に惹かれ、地面に向かって落ち始める。
その剣先が目指すのは――天性の財から託された、江曽上唯という名の少女。
『パパもママも、私の事みんなに秘密にしたから、苛められちゃったのに――』
どれほどの苦労を背負ってきたのか俺には見えないし、聞こうとも思わない。どれほど血を流して、流されたか。血痕は拭き取られ、傷は治る。時間が癒す。だが、時間で癒せるのは見た目だけ。その中にどれほどの混沌が詰まっていようとも、時間も身体もそれを治さない。
俺はそれを知っていた。だからこそ、手放す時の開放感を一瞬でこそあれ――欲したいと願う余地が生まれてしまったのだ。
後悔してるさ。だって、散々世界に絶望しておきながら、その最期がこれって――辛すぎるだろ?
「でも、人間は一人じゃない」
ハッ、と眼前の景色を再確認する。弓削もとい歪んだ冠の前に、一人の男が立ちふさがっていた。
すると彼はその右手で振ってきた剣ごと、弓削修基を殴り飛ばした。
「だから、せめて最後までとは言わないけど、手を差し伸べてあげる事もまた、人のあるべき姿だと思うよ」
その影に向かって、俺はようやくこのセリフを吐く。
「遅ぇんだよ、真打ち」
勝負師――巾名井樹が、笑顔を浮かべながらそこに立っていた。
歪んだ冠(エンペラー): (光・剣)長さ1メートル10センチほどの金色の剣を召喚する。同時に199本まで呼び出し可能で、自分中心半径10メートル以内の位置ならば向き指定可能且つ何処にでも出せるが、出した後は物理法則に則る。また剣そのものが破損しても、新たに召喚すれば復元可能。