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04 Only I am Yui

巾名井樹が街中で戦いを繰り広げている一方で、天空全殺は真相を追い求める為の協力者になってくれそうな、一人の旧友の元に向かう。その時、彼の元に唯と名乗る女の子が現れて……?

 主体的に物事を考えることすらも面倒だったし、考え方も偏屈だと言われて育ってきた。

 例えば、ナイフによる殺傷事件があったとする。如何なる理由があろうとも最終的に糾弾されるべきは加害者であるのは間違いないが、俺はきっとこう言うだろう。

 ナイフ作った奴も悪い。

 ってな。

 そこにナイフがあったからそれで人を殺した? 馬鹿馬鹿しい。人を殺す手段なんて数多、無限、不確定、未知数。最悪道具を用いなくたって殺せるのに。そこにたまたまナイフがあったから殺しちまったんだろう、そいつは? 「たまたまあったナイフで人を殺した」んじゃなくて、「たまたま人を殺したかった所にナイフがあった」んだろ。

 大体の奴はそう言うことを言うと俺の事を怒る。何が何だかよく分かんないけど、怒る。屁理屈だと言う奴も居たっけな。屁理屈ってのは"お前"だけに意味の通らない理屈って事だろう? だったらそんなお前と話をすること自体が論理の破綻だ、と言って勝手に話を終わらせたこともある。

 小学生の頃は単なる尖った暴論で済んだが、それが中学ぐらいになると完全に「イケナイ」事になり、高校――もとい能力訓練学校に通うまでは完全に『閉じられた人間』みたいな暮らし方をしていた。

 ツボ。蓋のされた壺のような何か。言ってて、笑いがこみ上げてくる。

 ちなみに、訓練学校はほぼ毎日サボタージュを繰り返していたにも関わらず、主席級の成績で卒業。だが在学中、俺を完全に理解しようとする奴なんざ一人も居やしなかった。能力の強さ、鋭敏さを褒めていれば特に問題ないと考えていたんだろう。

 だが、その中で分かったこともある。成績上位ってのは下の奴が居てこそ成り立つものだ、って事だ。

 それに引き替え、このレイジー・ゲームとかいう下らないゲームは殺し合いで上下を決める。決着したその時、生き残ってるのは俺だけって事になる。そんなつまらない話があってたまるかよ。

 だから、俺はこのゲームをぶっ壊すことに決めた。その為にのこの能力――天空全殺(キリングハザード)――はとても便利だった。

 思わなくても殺せる。直感的に、且つ短絡的に――(ころ)せる。

 頭の中に擬似三次元空間を想像しよう。例えば、十階建てのビル。ただしその材質はコンクリートでも鋼鉄でもなく『豆腐』で、ピンと張った糸で上から押すと、簡単にそれは切れてしまう。それが、全て現実になる能力――、それが天空全札の正体なのかもしれない。

 俺はそれを、全部直感で行う。深く考えれば考えるだけ、切れ味も切れる厚さも弱くなるから。

「お前、誰だよ」

 子供が嫌いだとは思っていなかったが、自分の考えたとおりにならないという点ではきっと俺はこいつ等を気に入ることはないだろう。そう思った。

「私、唯。江曽上唯(えそがみゆい)

「子供がこんな時間に親同伴無しでこんなとこほっつき歩いてんじゃねぇよ。死にてーのか、それとも殺されてぇのか?」

「お母さん、居ない……」

 チッ、と舌打ちをする。さっきから通りの方で戦いが起きてるらしい事は分かったが、誰と誰がやり合っているまでかは分からなかった。だからこちらはこちらで、協力してくれそうな存在の所を歩き回るしかないようだった。

「ガキ。ここで大人しく待ってろ、他の大人が来ても絶対についてくな、連れて行かれそうになったら叫べ。もし勝手に移動したり、俺の後に着いてきたりしたら殺す」

 本当に残念なことに、子供の脳髄を散らして喜ぶような趣味はない。その内趣味に入れられるかどうか本気で審議しようか。(コイツ)の現れ方が、それほど憎たらしいタイミングだったのだ。

「――黒木、居るか?」

 そう叫びながら階段を駆け上がる度に、全身にゆるりと疲労感が溜まっていく。三階ぐらいまでは余裕だったが、最上階である八階ぐらいまで着く頃には、すっかり肩で息をしてしまっていた。

「よぉ、久しいな。マラソンでもして来たか?」

「違う。てめぇ――何かこのビルに仕掛けてやがるな、黒木弧剛(くろきこごう)

 黒木弧剛――もとい、天性の財(ライオネル)。コイツは訓練学校時代に俺の事を勝手に親友だと謳っていたらしいが、俺はコイツをそう思ったことなど一度も無かった。要するにコイツは俺の名前を使って勝手に虎の威を借る狐の様に振る舞っていただけなのだ。俺の名前を出せば大概のチンピラどもは恐れを成して逃げるであろうことが明白だったからな。

 そんな風に知恵が回るだけでなく、実際に財力もある。某有名財閥の御曹司で、卒業と同時に会社に入社、現在副社長の一歩手前まで上り詰めているとか何とか。

「さぁて、どうだろうな? とりあえず、座れよ」

 進められるがまま、その場に似つかわしくないほどに豪奢な椅子に腰掛ける。

「お前が参加してる時点で、俺の所に来るだろうと予想はしていた。――だが、こうしてのこのこやって来るとは思わなかったがな。――来い」

 そのクソ野郎はそう言うと、指をパチンと鳴らした。その音に合わせてやって来た人の姿に――俺は一瞬目を丸くする。

「へぇ。――やっぱりあんたの差し金かよ」

 江曽上唯。こいつがここに居るという事は――所謂キャッチの役割を果たしてたんだろうな。

 ゲームに参加している能力者に出会ったら、泣きつくなり何なりして、ビルの中に入るように仕向ければいい。あとはのこのことやって来た奴を袋だたきにするだけ。

牙毒(エナージェンシー)――、それがコイツの能力だ。じわじわと対象から体力を奪い取り、行動力を落とす。そして、今のお前みたいな状態になったら――」

 その瞬間、顎に強烈な衝撃が走った。俺は椅子ごと吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

「こんな感じで、なぶり殺しにしてやるんだ」

 手の骨を鳴らしながらそう言うクズ野郎に対し、俺は切れた口の周りを舐めながら立ち上がる。

「もし俺が、すれ違いざまに(コイツ)をぶっ殺しちまうような快楽殺人犯(マッドネス)だったら、どうしてたんだ?」

「代わりは何人も居るさ」

 そう言うと、彼は背後のドアを蹴り開けた。そしてその中の光景を目にして――俺は言葉を失う。

「こいつ等は全部俺の能力で作り上げた産物さ。一体作るのに六千万円ぐらい掛かったがな」

 子供。子供子供子供。そいつらがまるで朝礼で話を聞いているときのように、その場に整列して座っていた。表情はどれも寝ているかのよう。

「お前、見下げたぜ。ただのロリコン野郎だとは思わなかった」

「大人を油断させるには子供という姿は貴重なのでな。性癖ではなく戦略と呼んで貰おうか」

 天性の財(ライオネル)の真骨頂、それは自分の望んだモノを、対価さえ払えばすぐに現実のものとしてしまう能力。

 俺は昔から『通販』と呼んでバカにしていたが。

「つまりは、お前を殺せばこいつ等も全員消えて、この世に無駄にガキが蔓延ることも無くなるわけだ」

「そうだ。そしてココにはお前と江曽上唯だけが残ることになる」

「江曽上だけ、だと? コイツはお前が作ったんじゃないのか?」

「こいつは原型、雛形、種――といった役回りだよ。俺の家で経営している孤児院で、一人だけ浮いてる存在を引き取ってやっただけだ」

 江曽上唯は、無表情のまま空を見つめている。

「分かったよ。そんなまがい物もろとも、俺が切り刻んで――」

 瞬間、屋上に衝撃が走った。だが、パラパラと埃が舞うだけで、ビルの破壊には至らない。

 どういう事だ、と一瞬焦る。俺の前を両断するように線を思い描いたはずなのに――線がビルの中に入ってこられないだと? ――そんな事あってたまるか、もう一度だ。

 だが――。今度は屋上にモノを落とした程度の、軽い音しか聞こえてこなかった。

「どうした!? せっかくの天空全殺とやらも、集中できなければただの音響装置か!?」

 その声が聞こえるか聞こえないかの速さで、腹部に彼の拳が入る。鍛え上げられた筋肉を用いて放つ一撃は、その体躯以上の重みがあるように思えた。

 刹那とも言える間があってから、今度は脳天に衝撃。全身が震えるような感覚と共に、俺は立っていられず、地面に膝を付く。

「ハハハ、よくやったぞ牙毒使い! 俺は今こそ、目の上のこぶだった天空全殺を、この手で超えることが出来るんだからなァ!」

 顔面に拳が飛んできて、目の前に火花が散る間隔を初めて知った。俺は正座の状態から上半身を後ろに倒す形になり、そこに黒木が馬乗りになった。

「俺はてめぇの事が大嫌いだったんだよ! 何もしないでチヤホヤされやがって、何もしないのに成績上位をキープしやがって! そういう天賦の才に甘えて、努力しないで悠々としている野郎が、反吐が出るほどにな!」

 倒れたときに俺の目線が偶然、俺の後ろに立っていた唯と合った。黒木の途方もない叫びを耳に受けながら、俺は彼女からの、声として発せられないメッセージを見る。

 ご、

 め、

 ん、

 な、

 さ、

 い。

 ……。

 彼女は泣きもしない。この歳にして、感情があるのかどうかも分からない。そういう口の形をしただけで、本当は何を言っているかなんて知りもしない。

 だけど。

「死ねや、最強――」

 飛んでくる最後の一撃と、薄れゆく意識の中で、俺は一つの"線"を見いだす。

 それは、手で持つには明らかに短い糸。距離を測るにも不便、縫い付けにも使えそうにない。

 だが、確実に『斬れる』。頭の中に空間を思い描けるような暇も労力もないが、目の前の何かを守るためなら、これで十分だ。

「ぎっ……ぐああっ!」

 黒木の叫び声が、悲鳴に変わった。顔を上げると、俺に乗って居た黒木の右腕が切り落とされていた。

 俺は反転して彼の鳩尾に拳を叩き込み、身体ごと倒れたのを見計らって立ち上がった。

天空全殺(キリングハザード)単閃(アイン)。まさか、こんな所で役に立つとは思わなんだ」

「貴様……! その状態でも技が使えるというのか!」

 実際、もう体力を奪われている気配はなかった。さっき黒木の腕を切り落としたのが、彼女にとってショックだったか、それとも――。

「努力しない奴が嫌い? 笑わせんな。人間ってのは身近にライバル見つけて切磋琢磨して自分を高みへ導いてくってのがスジらしいが、てめぇのソレは単なる驕りだ」

「な、何を……!」

「俺だって好きであの位置に居たんじゃねぇって事だよ。分かるか? 人間には努力じゃ超えられないラインってのがあって、そこに妥協して折り合いつけて、競争相手を見つけてくんだろうが。お前の周りに、お前程度の能力者が居ないなんて本気で思ってたのか? そうやって他の奴らを見下してるからこそ、てめぇに能力者としての成長は無いんだよ」

「ふざけやがって! 俺がお前に追いつけないとでも!? 分かった、分かったよ! だったら本気で殺してやる!」

 そう言って、アイツはさっき自らの手で開いた奥の子供部屋に走ろうとする。その行く手を、轟音と衝撃が阻んだ。あっという間に、その子供部屋はビルから切り離され、十数メートル下の地面に叩きつけられ、粉々になる。

「分かるか? これが差だよ。一度の寝首掻き程度じゃ覆すことの出来ない、な」

 黒木はその場にへたり込んでしまう。

「分かった、よぉく分かった! だったら和解だ、和解しよう! 金ならいくらでも払う、どれぐらい欲しいんだ!? 俺等で、この腐ったゲームを終わらせる努力をしようじゃないか、なぁ!」

「ゲームじゃねぇ」

 すぱっ、と黒木の両足を膝から切り落とす。

「殺し合いは、ゲームなんかじゃねえよ。そんなお前と、一生わかり合えるはずもねぇ。だったら、さっさとこの殺し合いを済まして、一歩先へと進まして貰うぜ」

「ぎっ――」

「吼えるな」

 その喉元を切り裂く。

 だがこのままだと、現場が血の雨になりかねない。

 だから、全てを元素から切り裂く。

「刀にして九十二億三千万本の刃、それを二乗」

 その数の刃が、互いに干渉することなく、黒木弧剛の死体を切り刻む。

「人に仇なしても、空に仇なすんじゃねぇ。人として生きるなら、な」



 ☆



 現場には、何も残らなかった。

 死体すらも。そして、あの作られた子供達も、消え失せていた。

 恐らくは、黒木の言葉は本当だったのだろう。

「さて。ガキ、どうする? また孤児院とやらに戻るか?」

 前言撤回。

 現場に残ったのは、幾ばくかの黒木のへそくりらしきものと、彼女――江曽上唯の衣服だった。まるで囚人服みたいに色の無く薄汚れた印象のそれと比べたら、とても華やかで可愛らしかった――と、他人は言うのだろうか。俺は疎いので、知らん。

「……いや。あそこ、みんな優しくなかった。きらい」

「そうかい。じゃあどうする? この世界、ガキが一人で生き抜くには相当の苦労が要るぞ」

「お兄ちゃんについていく」

「……あぁ?」

「お兄ちゃんに、めいわく掛けたから。おわびに、ごほうし、頑張ります」

「てめぇ、何処で覚えた言葉だ、それ……?」

「孤児院。あと、黒木さんも言ってた」

 あの一家はメイド作るために擬似源氏物語でもやってんのか。

「あそこは一家揃って馬鹿ばっかりか……」

「ねぇ、お兄ちゃん」

「なんだ、ガキ」

「お名前、きいてない」

「名前? そんなん、別に言わなくたって」

「お兄ちゃんだけお兄ちゃんで、お兄ちゃんが私のこと唯って呼ぶのずるい。パパもママも、私の事みんなに秘密にしたから、苛められちゃったのに――」

 ……。

 俺はビルもとい瓦礫の山を後にしながら、言う。

葛葉至(くずのはいたる)。二度と言わねえぞ」

「……よろしくね、至お兄ちゃん」

「名前で呼ぶな。俺は自分の名前が大嫌いなんだよ」

 何だこの状況。まぁ少なくとも、薬にこそなれ毒になる事は無いだろう。

 少なくとも、黒木(アイツ)からコイツを奪い取った責任ぐらいは果たさなければなるまい。

 さっさとこの殺し合いの真意にたどり着いて、そいつをぶっ殺してやる。それが、唯一アイツを弔ってやれる方法なのだから。

牙毒(エナージェンシー):(水・毒) 対象の体力を徐々に奪う。

天性の財(ライオネル):(土・金) 対価を払うことで、可能である限り使用者の望みを叶える。ここにある『対価』は金銭だけに限らず、相応の価値のある物であれば何でもよい。

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