03 Magic-killer
魔術師の笑みが、勝負師を地獄の縁へ突き落とす。持っているカードに、起死回生の一手は潜むのか。
事態はまさに、青天の霹靂だった。晴れた空に白き雷が一閃。直撃したら間違いなく丸焦げじゃ済まない。
「不思議だろう、不思議だろう! 魔術とは斯くあるものだ!」
魔術師――? 悪魔とか天使とかそういう存在は、超能力者の存在証明が成り立った時点で完全な偶像として全世界的に否定されたはずだ。今、この世界に主体的活動を行いうる宗教というものは存在せず、全てが形骸化しているのだから。
「嘘。魔法は異能の力を研究する中で、偶々言葉が見つからなかったために言い換えられてきただけ。基本原理は全て一緒、違うところなど何もない」
そのセリフ、世紀末みたいに荒廃した場所ならもっとサマになったのだろうが、残念ながらここは人の行き交う街中だ。
そう自分にツッコミを入れている途中で、ようやく今起こった事態のおかしな点に気付く。
「ほう? お前はもしや、異能狩りのヴェルクローネか」
こんな街中でそんなド派手な演出をされても困る。僕は彼女の手を引いて、できるだけ遠くに逃げようとする。
遠く? 遠くとは、いったいどこだろう。そして、さっきの疑問を解決する為の数個の選択肢を熟考する。
「だからどうだと言うの? 正々堂々と相手をしたらどうなの、魔術師?」
眼前に氷の刃が突き立った。僕は踵を返し、信号を渡る。
狭いところに行けばまず雷で打ち落とされてしまう。もう一歩広い通りまで、走ってみるか……?
「(それが正しいとすれば――もしかして)」
その瞬間、僕の行く手を、五メートルはありそうな巨大な炎の壁が塞いだ。突然の事態に、僕は止まりきれずに転んでしまう。
「どうだ、怖いか、青年!? 私はそうやって恐怖に怯える人間の顔が大好きだ!」
周りの人間が、一瞬だけ僕の事を怪訝そうな目で見、そして薄情にも通り過ぎていく。だが――この光景は、チャンスだ。
「この変態野郎が――ふざけやがって」
僕は痛む足を何とか立たせながら、周りの状況を克明に頭に刻み込んでいた。
周りの人はどう動いている? ――僕を避けて動いている。
目の前の火の壁の感触は? ――とても熱い。汗が出そうになる。触れることは出来そうに無いが、火傷をしてしまうことは一目瞭然。
ならば――周りの人はこの炎の壁をどうしている? ――それが、答えだ。
「よく聞こえないわねぇ、能力者ァ!」
今度は、バスほどの大きさの氷の塊が現れたかと思うと、一気に地面に落ちてきた。
僕はすんでの所で避けると、側にあった百貨店の入り口に飛び込んだ。
ふぅ、と一息ついてから外を見る。火の壁も氷の塊も消えていた。そして、ここには攻撃が飛んでこない。それを確認してから、僕はヴェルの方を向いて、話をする。
「ヴェル。王のカードを使わせてくれ。そして――、これから僕の言う策を聞いてくれ」
その瞬間、頭の中で硝子が割れるような感触が爆ぜる。それは、白き終焉のもたらす二次的効力である、思考能力の急激な活性化が起こった証だった。
「残念だけど――、僕はここで負けるわけにはいかないんだ」
僕は青い空を睨み、決意を新たにする。
「殺されに来たか、それとも起死回生の一策でも投じに来たか……いずれにせよ、私の負けは無いと見ていいわね。こちらに気付かれる前に、私が移動してしまえばいいだけの話なのだから」
「――後者が正しいとしたら、君は一体どうする?」
「!?」
恐らく相手は僕から絶対視認できないような位置に居ると踏み、この界隈で僕がこれまで移動してきた箇所を一望できるであろう場所を探す――その程度の作業だった。
「馬鹿な、絶対安全だと思っていたのに――」
その女性は僕より頭一つ小さい――、まるで高校生みたいな見た目の女の子だった。
「まぁこんなコンクリートジャングルなら、一発でこのビルを当てられる可能性は低め。他のビルの屋上にターゲットの姿を見かけたら、こっそり移動すればいいんだろうしね」
まるでタチの悪い隠れんぼだ。そう思った。
「切り返しが早いじゃない……。何? 頭ン中にスパコンでも詰め込んでるの? あと、異能狩りのヴェルクローネはどうしたの?」
「君――このゲームについて、どこまで知ってるの? 他の参加者は何人? どんな能力を持ってるか、知ってたりしない?」
「どうだか? 力尽くで聞いてみたらいいじゃない」
この表情は――ここまでされても尚、彼女には勝てるという自信があると言う事か。なら、ちょっと本気を出して――。
王の能力、白き終焉は体感で数秒だけ時刻を停止し、その後の攻撃に強力な冷気を纏わせるという非常に便利な能力である。
だが今それを発動させた瞬間、先ほどの硝子が弾けるような感触が脳内で二度響き渡った。
「へぇ、やっぱりね。かなり珍しい能力を持ってるじゃない」
じわり、と冷や汗が首筋を伝う。端から見れば両者ともピクリとも動いていないので非常に地味だが、巧妙な心理戦が繰り広げられているという事で何とか脳内を補完して頂きたい。
「何だ……あんた、今何をした!?」
「別に? 所謂異能力殺しの内の一つを発動させただけだよ。――六分割属性律と、無分割属性律って知ってる?」
聞いたことのない単語だった。
「あら、その顔は本当に知らないって顔ね。――六分割ってのは、異能力の力を大まかに分割した分類方法の事よ。風水火土光闇、超能力はこの六つのどれかに必ず当てはまるってのよ。昔の人はバカね。それで、数十年前に考え出されたのが、無分割――つまり、その能力を表す属性をビシッと書けるようになったわけ。さしずめあんたのそれは水・時とかでしょうね」
それと――と言って、彼女はフェンスに身体を預ける。
「超能力の特性についてはご存じだと思うけど――同系統の能力をぶつけ合うと、互いに相殺し合って消えちゃうのよ。火なら火、時なら時でね。そして私の属性は千差万別、所謂マルチ。だから、並大抵の思考しか持たない超能力者では、絶対に私を倒せない。お分かり?」
ちょっと予定外の結果にはなったけど――これなら、大丈夫。行ける。
「分かったよ。――君の負けだ」
そう言って僕が彼女に対して拳銃を構えるのとほぼ同時に、真っ赤な火の玉が僕の全身に降り注いだ。
彼女は言葉もなく、ただ呆れたような表情をしている。
「まぁ、待てよ――」
だからその襟を引っ掴んで、引き寄せてやった。
「!?」
さすがの彼女にも、動揺の色が伺えた。
「功を急ごうとするとし損じるって習わなかったかい?」
僕は無傷。あれだけの火の玉を前進で受け止めておきながら、火傷すら負っていない。
「あなた――、何者なの?」
「僕? 僕は――まがい物だよ」
雲一つ無い空に銃声が一発、響き渡った。
†
「いやぁ、機転の利くというか。あそこまでよくあんな短時間で考えつくもんだな」
感服したとばかりにそう言う神術の名探偵に、天性の財が問う。
「あれはどうやったんだ? そもそも、魔術師なんて居るのか?」
「ありゃ、嘶く媼さ。つまり舌先三寸の言いくるめ上手って事かな。それを媼の物言いに合わせて、見事に字面を形成してるわけ」
「じゃあ、魔術師は存在しない、という事か?」
「さぁて、ね。ただ、アイツの能力はあの勝負師だけにはとんでもなく相性が悪い、って事は確かだな」
神術の名探偵は全てを語ろうとはしなかった。
「(アイツは能力主体――あのヴェルクローネという女――とのリンクを切ることで、自分を一般人と同じ状態にしたんだろう。嘶く媼の能力が効く相手が俺たち超能力者のみなのは、言うまでもない事だからな。しかし、その能力推理と彼女本人の居る場所をほぼ同時刻に探し当てるとは――なかなかの頭の回転だ)」
「おい、何処行くんだ、探偵? もう既にアイツを貶める計画は始まってるんだぞ?」
白いスーツに、無数の金銀宝石をちりばめた装飾品の数々。それとは対称的な体格と、黒い肌、筋肉質な節々。いかにも金持ち風情の大男こそ、天性の財。
「あぁ。だからこそ、傍観させて貰うよ。成功を祈ってな」
探偵は全てを知っているからこそ、大手を振ってこの場を去る。
「(この男も、きっと――)」
嘶く媼(マジシャン):(闇・マルチ) あらゆる属性の能力攻撃を扱える。自動反射(オートリフレクション)を用い、同属性の超能力を打ち消す事も出来る。ただし無属性は打ち消し不可