プロローグ
二人の子供が、黒服の大人の中に埋もれている。
線香の紫煙を掻き乱しながら動き回る大人たちの中で、二人はいかにも頼りなく見えた。
少女は小学校に入ったかどうか、少年のほうはそれよりも二、三歳年下のようだ。
父親の姿を探して心細げに泣く少年を気に留める大人はいない。突然舞い込んだ訃報に、彼らは皆、大童だったのだ。
少女だけが、懸命に声を掛けていた。
理由の解らない──あるいはぼんやりと解っていても認めたくない──不安に押し潰されて泣きじゃくる少年を、少女は精一杯抱き締める。
「あーちゃん、泣きたかったら、泣いてもいいんだよ。泣くとね、涙と一緒に、悲しいことも心の中から流し出してくれるの。でもね、涙が止まったら強くならなきゃだめだよ。男の子は、女の子を護れなくちゃね」
舌足らずな口調で、言う。
この葬式で初めて会った少女。
だが、その温もりも、その声も、何故か懐かしいものだった。
少年には、彼女の言葉の半分も理解できなかったが、それでも、それは深く胸に刻み込まれる。
「うん……うん、ぼく、強くなる。絶対、強くなってやる。強くなって、護る」
誰を、あるいは何を、とは口に出さなかったけれど、その相手は、彼の心の中ではしっかりとした形を取っていた。
今、この時、彼を抱き締めていてくれるこの少女。心細さで潰されそうな彼を優しい温もりで包んでいてくれる、この少女。
少年が護るべきはこの少女しかいない。
不思議なほどの確かさで、その誓いは成された。
そして、彼は、この約束を決して違えることはなかったのだ。