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夢幻転生記  作者: 懐中時計
異世界 - 2nd life
8/9

第5話 妹と剣とお祖父様

「お祖父様、お待たせして申し訳……」

「おうおう、リリちゃんは可愛いのう可愛いのう」

「やあ、おじいちゃんのおひげ、くすぐったい!」


 目の前ではお祖父様が4歳のリリと戯れている。

 頬をリリの顔に擦りつけたり、身体を持ち上げたりして遊んでいた。


 これが敵からは“鬼神”と恐れられ、味方からは“英雄”と讃えられるお爺様の真の姿。


 俺、あそこまでやられた記憶無いんだけど。

 まあ兄さんは病弱だったし、俺は怖そうだと思って何となく避けてたし。もしかすると寂しかったのかも知れない。


「あの、お祖父様……」


 声をかけるのも(はばか)られる程に素敵な笑みでリリとスキンシップをとるお祖父様。

 ふと視線を動かすと、こちらに気付いたリリと目が合う。


「……おじーちゃん、おろしてー」

「え、リリちゃんは嫌なのかい?」

「ううん、ちがうのー」


 訝しげにしながらも、お爺様はリリの要求に従う。

 ゆっくりと地面に降ろされたリリは、こちらを向くと満面の笑みで走ってきた。


「エレンおにーさまー!」

「おおう」


 勢いよく飛び込んでくるリリ。とっさに踏ん張って小さな弾丸を優しく受け止める。

 リリは顔を上げると、また溢れんばかりの笑みを浮かべる。


 髪は紅いが、多少オレンジ色がかっている様にも見える。少し淡い紅色の髪を肩甲骨の辺りまで伸ばし、先っぽの所で幾多の髪の毛を一つに纏めている。

 こちらを見つめる瞳は蒼く、その髪と瞳の色が俺や兄と兄妹である証拠だ。


 リリシア・アトカーシャ、4歳。マルクス・アトカーシャの三人の子の末。

 皆からはリリと言う愛称で呼ばれている。


「エレンおにーさま、もうおべんきょーはおわり?」

「ああ、今日はもう終わったよ」

「ほんと! ならなら、リリといっしょにあそぼ! エレンおにーさまあそぼ!」


 その言葉にうっと声が詰まる。


 チラリと視線を横に向ける。

 そこには何か呆けた様な顔のお祖父様が突っ立っていた。


 あれか、まさか俺が居ることに気付いてなかったのか。


 ……リリには何て言ったら良いかなあ。


「えーっと、あのねリリ、実はね」

「だめなの? リリとあそんでくれないの? リリじゃだめなの……?」


 一気に表情が崩れ、リリの瞳に涙がじわりと滲む。


 どうしようどうしよう。

 期待を込めた視線をお祖父様に投げかけてみる。何とかしないとリリが泣いちゃうぞ、と言外に伝えながら。


 ぼーっと突っ立っていたお祖父様はそれを理解したのか、不満そうな顔でこちらを睨みつつも歩み寄ってくる。


「あ、あー。実はねリリちゃん、エレンはこの後おじいちゃんと一緒に稽古するんだよ。だからその、良い子にして待ってて、ね?」


 お祖父様が言いたい事を全部言ってくれたので内心ほっとする。

 でも多分それじゃリリは……。


「…………」

「り、リリちゃん?」

「……お、おじいちゃんのばかああ! おじいちゃんがエレンおにーさまとったあああ! おじいちゃんきらいきらい、大きらい!」


 叫ぶリリ、面食らうお祖父様。

 リリはそのままわんわん泣きながら屋内へ駆け込んで行った。


「あーあー」

「リリちゃん……」


 やってしまった。これで今日一日はリリは機嫌が悪いままだ。


 俺や兄が大人しかったせいで、お祖父様や父さん、母さんや使用人の人々は随分とリリに手を焼いているらしい。

 あれくらいが平均的な子どもの反応だと思うのだが、お祖父様はリリに『嫌い』と言われた事が相当ショックみたいだ。まるで何かの抜け殻みたいに生気が無い。


「……お祖父様?」

「……」

「……」

「……エレンよ」

「はい」

「今日の稽古はいつもの三倍じゃ」

「お祖父様、それは八つ当たりじゃ」

「五倍」

「……」



 泣きたい。




 ◆ ◆ ◆




「どうしたエレン! 動きが鈍っておるぞ!」

「はぁあ!」


 庭に響く木剣と木剣が打ち合う音。小気味良い音が一定のリズムで鳴り響き、かと思えば僅かにリズムから遅れて音が聞こえたり、早く聞こえたりする。


「そうじゃ! リズムを“作った”後に“崩す”! そこに出来る隙を狙え!」


 言われた通り、攻めるタイミングを微妙にずらしたり剣の軌道を僅かに逸らしたりして攻め方に様々な色を付けてみる。

 しかしお祖父様にとってそれは正に児戯であり、どんな攻め方をしても飄々として躱されるか、軽く剣先を触れさせて去なされる。


 お祖父様は完全に受けに回っている。それは勿論手加減しているからであり、こちらに合わせてくれているのも分かっている。けれど恐らく今繰り出している剣技は少なくとも6歳児のそれでは無いだろうし、そこそこに実力はあるつもりだ。


 まず年季が違うとか、そもそも身体が6歳の物だからだとか、敵う筈がないのは承知している。

 しかしそれでもこの実力差は少し悔しい。


 右から左に木剣を振り抜き腹のあたり狙うが、それは半歩後退して回避される。当然それは織り込み済みなので、体勢を整えられる前に左に振り抜いた剣先を反対に切り返す。

 しかしそれも見え見えの様で、軽く木剣の腹を叩かれて剣筋がぶれる。


「あっ」


 思わず体勢が傾いた所を、今度は少し強めに腕を斬りつけられる。


「っつ!」


 ゴッ、と嫌な音が鳴って左腕に強い鈍痛が走り、思わず剣を手から取り落とす。

 その瞬間に決着は付き、同時に今度は別の鈍痛が頭に落とされる。


「ぎゃっ」

「馬鹿もん、何があっても剣を取り落とすなと言った筈じゃ! 対峙中に剣を手から離して良いのは余程距離がある時か、味方の援護がある時のみじゃ!」

「けどお祖父様……」


 左腕は痛みで麻痺してるし、頭には治ったばかりのたんこぶが再発している。

 さっきのだって前の時よりも良い動きはしていたと思うし、決定的な隙は最後以外は作っていない。いや勿論手加減されてるからだけど。


 ぶっちゃけ、6歳児相手に大人げなさすぎると思うんだ。


 そんな事をぶつぶつ呟いていると、お祖父様は溜息を吐きながら俺の左手を取る。


「……よいかエレンよ。稽古で手を抜いては意味が無い。無論お前に合わせてはいるが、決して手を抜いている訳ではない。稽古で死ぬことはほぼ無いが、実際の戦闘ではそうも行かん。常に死が付き纏うのじゃ。だから稽古は常に真剣に、実際の戦闘に近い状態でやらねばならん。気を緩める事は許されんのじゃ」


 お祖父様は俺の左腕に回復魔法“精霊の祝福(スピリットブレス)”を掛けながらそう諭してくれる。

 ……確かに実際の戦闘は危険だろうし、お祖父様の言う事も分かる。けど、もう少し褒めてくれたって……。


「……とある国の出身者に聞いた言葉で、“一眼二足三胆四力”というものがある」


 俺はふっと顔を上げる。


「一に眼を鍛えよ。相手の思考動作を見破る眼力、洞察力を鍛えるのじゃ。エレン、お主は少々自身の力に頼りすぎる嫌いがある。まずは落ち着いて相手を観察するのじゃ」


 思い当たる節はある。力に頼るというか、行き当たりばったりな事をしている自覚はある。

 しかし対峙中に相手を観察したり出来るのか? そんな余裕があるとは思えない。


「それが難しいのは単純に経験が足りないからじゃ。これからじっくり鍛えてやるから心配せんで良いぞ」


 そう言ってニヤリと口角を上げるお祖父様。

 顔に出てたかも知れませんが心を読まないで下さい。


「二に足を見よ。『技を見ないで足を見よ』との言葉があるくらい足は重要なのじゃ。立ち位置、踏み込み方、動かし方。攻も防も、足が無くては始まらぬ。お主は踏み込みも浅く、正しく距離を取れておらぬ。だから手先のみで剣を振ることになり、その威力も軽いものになるのじゃ」


 耳が痛い。先程の打ち合いで良い動きをしていた、なんて思っていた自分が恥ずかしい。

 お祖父様はまだ左腕に回復魔法を掛け続けてくれている。そろそろ頭の方も掛けてほしいが、何となく言い辛い。


「三に胆を強く持て。詰まる所、度胸と決断力じゃな。一瞬のチャンスをものにすれば生き、逃せば死あるのみ。決めたなら迷うな。己を信じ、鋼の如き心で道を切り開け。……度胸だけならそれなりの物じゃが、まあこれも経験を積むしかないのう」


 左腕の回復が終わる。痺れは取れ、痛みも引いていた。


「四に力を蓄えよ。しかし単なる力ではなく、この力とは技術の力の事。前の三つが出来て初めて技術はその真価を発揮する。つまり、技術は最後に学ぶべき物なのじゃ。エレンはどうやら逆になってしまっているようじゃがの」


 お祖父様は徐に俺の頭に手を置く。

 頭を撫でてくれるのは嬉しいけれど、拳骨落とされた所が痛いですお祖父様。


「エレン、お主の剣技は目を見張るものがある。才能もあるだろうが、お主の熱心に学ぼうとするその姿勢こそが一番の要因なのじゃ。……お主がそこまで頑張る原動力が何なのかは知らんが、お主は聡い子だ。……きっと考えがあるのだろう?」



 俺は、お祖父様の目から視線が離せなくなっていた。

 全てを見透かすような深く透き通った蒼い瞳が、俺の心に矢を射立てる様に突き刺さる。

 それは慈しむ愛に満ちている様にも見えるし、何か悲しんでいる様にも見えた。


「お祖父様……」

「よい。ワシは、こうして孫と剣を打ち合える事が嬉しいのだ。だから、今はよい。……今は言いたくないのであろう? ならば、時期が来たら話してくれ。ワシはそれまで待とう」



 俺が何かを隠している──その事を、きっとこの人は知っていたのだろう。


 父さんは領内の政務に追われているし、母さんもリリの世話で大変そうだった。カタリナさんはずっと一緒に居る訳じゃないし、リオン兄さんも自室に籠りがちだ。


 本当に、大きな人だと思った。

 きっと一番関わる時間が多くなっていた事も関係あっただろう。しかし“鬼神”足り得る強さも、“英雄”足り得る大きさも、この人は持っていた。


 思えばこの人は、一年前に俺が『剣の稽古をして欲しい』と頼んだ時も、深く追求して来なかった。

 5歳の、しかも勉強を始めて急に忙しくなってきた時期に頼んできた俺は、きっと怪しかっただろう。子供らしくなかったに違いない。

 正直もっと時期をずらすべきだったと反省している。


 しかしこの人は待ってくれると言った。今はその事に感謝しよう。



「──さあエレン、稽古に戻ろう。先程言った事も意識してみよ」


 そう言って木剣を手に取り、再び俺の前に立つ。

 俺も木剣を握り直し、今度は少し距離を取って構える。まずは『見る』事。それを意識する為に。

 そして腰を低くして足を、腕を、顔を見た時、お祖父様は──不敵に笑っていた。


「そうそうエレンよ。今からワシも攻めるのでな────『身体強化』を使っても良いぞ?」



 その言葉に思わず目を丸くする。

 本当に、敵わないなあ。

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