第0-1話 “彼”
異世界転生モノです。
最初はただのこの世での過去話。
説明口調の文章になってしまったので、第0.5話まで読み飛ばしても大丈夫です。
彼は普通だった。どこにでも居るような、極々普通の大学生だった。
ただ、一つの事を除けば。
彼には、親が居なかった。
正確には、『居なくなってしまった』。
彼の実の両親は、彼が3歳の頃に死んだ。殺されたのだ。
とある真夏の草木も眠る頃、彼の家に強盗が押し入った。あまりの蒸し暑さの為に、その日は窓に鍵を掛けず網戸にして寝ていたのだ。
犯人は眠っていた彼の両親を殺し、家の金品を奪って逃げた。
彼はその時、幸運にも母親すぐ横で薄い毛布にくるまっていた。
人を殺した事で興奮状態にあった犯人は、小さな彼を見つける事が出来ずに見逃してしまっていたらしい。
朝、目を覚ました彼は目の前の状況が理解出来なかった。
血を流して動かない両親。引き出しが全てひっくり返され、嵐が通った後の様に散らかりきった部屋。
彼は何も理解出来なかった。目前の状況が理解出来ない彼は、隣人に助けを求めた。
わずか3歳であった彼はその時、隣人にこう言ったそうだ。
「何があったの?」と。
無論隣人には彼が何を言っているのか理解出来ず、しかし明らかに普通ではない彼の様子を見た隣人は、彼に導かれるままに彼の家に入った。
そして部屋の惨状を見た隣人は愕然とし、すぐさま警察へと通報した。
たった一夜で彼を取り巻く環境は、一気に姿を変えた。
犯人はすぐに逮捕された。ギャンブルにハマり、借金をしてしまったのが犯行理由だった。
そんな身勝手な理由で両親を亡くした彼は頼る当ても無く、孤児院へと引き取られて行った。
と言うのも、生前の彼の両親は親戚との付き合いが薄く、それに加えて親戚達が『被害者である両親のすぐ近くで寝ていた筈なのに、何故か一人だけ殺されずに生き残った彼』を気味悪がったせいである。
孤児院での生活は、お世辞にも良かったと言えるモノでは無かった。
食事などは他の子たちと同じ物を出されたが、孤児院の大人はあからさまに彼を避けていた。
クリスマスに他の子が好きな玩具を貰っていたのに対して、彼に与えられたのは100円程度のお菓子だけだった。
孤児院の大人たちも、彼を気味悪がっていた。
当然、腫れ物を扱う様に彼と接する大人達と一緒に居たいと彼が思う筈も無く、高校を卒業すると同時に彼は孤児院を出た。
彼はその日の為にコツコツとバイトをしてお金を貯めていた。
大学も入学試験で優秀な成績を残した為、特待生制度を使う事が出来た。
彼は必死でどん底から這い上がり、これから順調に人生を謳歌していく、筈だった。