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孤独霊 一

「透明なひと」の番外編というかプロット時点で削った章を書き起こしたものです。五章後ぐらい。

 夏の日差しを照り返して輝く白い砂浜と、郷愁を呼び起こさせる波の音。磯の香りは湿気を含んだ風に乗って、海辺を過ぎて行く。子供のはしゃぐ声と、開放感に満ちた女性達へ値踏みするような視線を注ぐ、青年達。そして、自己主張するかのように燦々と照りつける太陽。

 全てが、不愉快だった。

「あっちー」

 タバコの煙と一緒にうんざりと吐き捨てた藤堂匡は、胡座をかいた膝に肘を乗せて、頬杖をついていた。汗ばむ肌に張り付くシャツが煩わしいようで、胸元を摘んでしきりに風を送っている。

 目と眉の間が近い精悍な顔付きだが、気だるげな佇まいの為か、どこか間が抜けて見える。目を細める彼の表情は、明白な苛立ちを示していた。長袖の薄いパーカーを肘まで捲り上げた彼は今、パラソルの下で同僚達を待っている。

 不器用にして無愛想、更に口下手という凡そ客商売とは無縁そうな藤堂はしかし、本来は質屋の店主だった。夏の海も騒がしい場所も不得手とする彼は、数ヶ月前始めた商売のせいで、こんな所で待たされている。

 パラソルの下にいても尚、貫かんとでもしているような日差しが、藤堂の目を細めさせる。次々消費される煙草の吸い殻が、レジャーシートに置かれた携帯灰皿に詰め込まれて行く。時間にすればそう経っていないが、体感的には、何時間もこうして待たされているような気がしていた。

 今すぐにでも帰りたそうな藤堂に、隣で膝を抱えた少女が苦笑いした。今時珍しい黒髪は肩の高さで切り揃えられており、少しでも動く度に、さらさらと揺れる。目尻の下がった丸い目とばら色の頬が、子供の面影を残していた。

 知恩院明は相変わらず長袖のセーラー服姿で、砂浜を走り回る子供達を羨ましそうに眺めていた。日焼けするのが嫌だと言う彼女は、他の女性陣の誘いには乗らなかったのだ。そのくせ溌剌とした少女達に羨望の眼差しを向けているから、藤堂は訝しくも思う。

「お前は良かったの?」

 問い掛けると明は藤堂を見上げて、また苦笑した。顔に似合わない、大人びた表情だ。

 彼女こそが、藤堂を浄霊屋にした、張本人だった。人類の殆どが霊感を持って生まれるようになったこのご時勢に、藤堂はそれを持たない。つまり、所長である藤堂本人は、仕事をする上で何の役にも立たないのだ。それなのに浄霊屋など営んでいるのは、事務所を貸してくれと言われたからだ。

 幽霊関係の商売ばかりが儲かる時代だから、質屋だけの稼ぎで暮らしていた頃よりは、遥かに楽にはなった。しかしそれも藤堂にとっては、複雑ではある。

「焼けたくないもん。海、しょっぱいし」

「何その理由」

 藤堂は疲れた声で突っ込んで、持参した二リットルのペットボトルから直に水を飲む。この炎天下では、ただの水道水さえ美味く感じられる。

 そもそも今日は、経営する浄霊屋の方に依頼があったから、ここへ来ているのだ。妙な噂が流れているからなんとかしてくれ、という、ありふれた内容の依頼が。妙な噂というのもまたよく聞くような話だったから、訝りはしたが、藤堂が請けた。

 何しろ今回の依頼は、この海水浴場で海の家を経営する人々からの連名で来ており、金になりそうだったのだ。どうせ自分には何も出来ないし、ついて行っても邪魔になるだけだ。行く必要もないだろうと、高を括っていた。

 それなのに、何故こんな事に。破れかぶれになって溜息を漏らしながら、根元まで吸いきった煙草を灰皿へねじ込む。

 盛りの海水浴場ほど藤堂が避け続けてきたものもないし、実際行きたくないと、珍しく強く主張した。それでも連れて来られてしまったのは、うら若き女性達だけで海水浴場に行かせるつもりかという、明の言葉に負けたからだ。断じて彼女達を遊ばせる為に来た訳ではない。

 間違いなく、仕事で来ているのだ。それなのに。

「なんでこの暑い中昼間っから来て、女共の着替え待ってなきゃなんねえんだよ……」

 藤堂の声は、今にも泣き出しそうなものだった。本来なら客の少なくなる夕方に来て、のんびりと探せばいいはずだ。どうせ霊の活動が活発化するのは夕方以降だし、昼間は単純に、暑くて仕事をする気にならない。

 それを一人が遊びたいと言い出したせいで、もう一人がすっかりその気になってしまったのだ。明は断っていたが咎めもしなかったので、一番まともな最後の一人も流されていた。基本的に、藤堂の意見は蔑ろにされる。

 保護者として藤堂を無理矢理引っ張って来た明は、彼の情けない声を聞いて、済まなそうに眉尻を下げる。反省するぐらいなら連れて来るなと、藤堂は心中毒吐く。

「いいじゃない、夏なんだから海ぐらい」

「夏も海も嫌いなんだよ俺は」

「藤堂さん冬も雪も嫌いでしょ」

 藤堂はそんな事を言っただろうかと怪訝に思ったが、図星だったので何も言い返せなかった。実際、彼は毎年夏も冬も外に出たくないとぼやいている。

「多分もうすぐ来るって……ほら藤堂さん、巨乳のお姉さんだよ」

 明が指差した先には、表面積の狭い真っ赤な水着からはみ出さんばかりの乳房を揺らしながら、波と戯れる女がいた。

 確かに見事なものだとは思うが、藤堂はまた一つ、憂鬱な溜息を吐く。そういう問題ではないのだ。

「赤の他人を指差すなよ。つうかお前、俺がそんぐらいで誤魔化されると思うなよ」

「しっかり見てるじゃない」

 冷ややかに突っ込まれ、藤堂は黙り込んだ。悲しいサガなのだ。

「あんな赤い乳牛ごときでは、藤堂さんは癒せませぬ」

 抑揚に乏しい少女の声を聞いた瞬間、藤堂はあからさまに顔をしかめた。ゴムサンダルが砂を噛む音が近付いて来るのも聞こえていたが、藤堂は微動もしない。あまりに暑くて視線を動かす事さえ億劫なのもあるが、纏わりつかれたくないからだ。

 パラソルの影に、小さな影が重なる。腰にはめた浮き輪を掴んだ小さな手と、不安定に思えるほど細い子供の足が見えたが、藤堂は顔を上げない。

 両手で浮き輪を掴んだまま、上体を傾けて藤堂の顔を覗き込んだのは、青白い顔をした少女だった。大きな目とへの字に下がった眉は、無感動に藤堂を見詰めている。小さな鼻も口も年齢の割に幼く見え、紺色のスクール水着が、更にそれを助長させていた。

 着ているのは水着だが、彼女の頭には、札が幾重にも貼り付けられたヘルメットが被せられていた。霊媒体質の彼女は、これがないと日常生活に支障を来す。

 黒江ゆなは大きな目で真っ直ぐに藤堂を見上げ、期待に満ちた眼差しを注いでいた。そんな目で見られても、藤堂は困る。

「何故に藤堂さんは、そんな暑苦しい格好をしておられるのです。夏の海ではもっと開放的になるべきです」

「開放的なのはお前の頭だよ」

 上体を傾けたままのゆなの細い首が傾げられ、尻を隠す程まで伸ばされた薄い水色の髪が、砂に着きそうになった。藤堂は慌てて腕を伸ばし、毛先を纏めて掴んで持ち上げる。

「ゆなの頭はどちらかというと、閉塞感でいっぱいです」

「中身の事だバカ」

「ゆなちゃん、暑くないの?」

 明が心配そうに聞くと、ゆなはようやく身を起こして、彼女を見下ろした。

「ノープロブレム、です。ゆなとヘルメットと藤堂さんは、常に一心同体」

「俺はヘルメットともお前とも融合する気ねえからな。つうか髪結べよ、邪魔だろ」

 だらしない姿勢で頬杖をついた藤堂は、極力ゆなを視界に入れないようにしていた。ヘルメットを被った彼女の頭は、見ているだけで暑苦しい。

「じゃあ結んでください」

 視線を逸らしていた藤堂の目の前に、黒いヘアゴムを持った手が突き出された。彼は少し悩んだ後、素直にそれを受け取る。ゆなは僅かに目を見張った。

「おやまあ珍しい、スク水効果ですか。ゆなの水着姿にくらっと来てしまいましたか」

「見てるだけで暑いんだよ」

 ゆなは浮き輪を外してシートに置き、うんざりと言い返した藤堂の、胡座をかいた膝に座った。それから藤堂を見上げて、小首を傾げる。

「何が駄目なのです。鹿倉さんが、スク水ならどんな男でもイチコロだと鼻息荒く仰るから、ゆなはわざわざ旧スクール水着を着てきたというのに」

 藤堂は中学生の水着姿に興味はない。友人である鹿倉の熊のような暑苦しい顔を思い出して、藤堂は憂鬱な溜息を吐いた。少女愛好家の気持ちは、藤堂には理解出来ない。

「イチコロなのは鹿倉だけだろ」

 膝に乗ったゆなの傷んだ髪を三つ編みしてやりながら、藤堂はぼやく。どことなく嬉しそうなゆなの顔を覗き込み、明は楽しそうに笑った。

「良かったね、ゆなちゃん」

「あい。渚さんと芹香さんは不器用なので、やってくれませんでした」

 芹香はともかく、渚は何故、料理は出来るのに髪は結べないのだろうと、藤堂は不思議に思う。彼女は料理しか出来ないようではあるが。

「ゆなちゃんだって、自分で結べないじゃない……あ、渚さん」

 藤堂は明の声につられ、顔を上げた。鍔の広い麦藁帽子を被った高屋敷渚は、ワンピースの白い水着を着ている。フリルをあしらった長めのパレオが、風を孕んで揺れた。

 きついウェーブを描いた金髪は、肩口で纏められていた。毛先を指先に絡めながら、渚は明を見て眉をひそめる。

「メイさん、暑苦しいわ」

 顔をしかめた彼女の目はつり上がり気味だが、上向きに隙間なく生えた睫毛と二重のせいか、目つきが悪いという印象はない。ほっそりとした手足の動きには品があったが、その分胸も控えめだった。藤堂は落胆して、ゆなの頭に視線を落とす。

「だって焼けたくないし」

「日焼け止めぐらいあるでしょう」

「渚さんみたいに高いの使えないもん」

 嫌味半分の台詞を無視して、渚は明の横に腰を下ろした。それからふと、身を乗り出して藤堂の膝に収まったゆなを見る。

「あら、結んで貰ったのね。良かったじゃない」

「あい。渚さんが不器用なので、藤堂さんがやってくれました」

 渚は気まずそうに顔をしかめ、視線を逸らした。明はさも愉快そうに、声を上げて笑う。

「良かったね藤堂さん、目の保養になったでしょ」

「あ? ああ……」

 気のない声で生返事して、藤堂は明の向こうに座った渚を見る。彼女は藤堂と目が合うと、僅かに頬を赤らめて顔を背けた。

「うん、まあ、可愛いね」

 曖昧な言い方だったが、渚は更に紅潮して俯いた。細い首までもが、赤く染まっている。藤堂には渚の反応がよく分からない。

 三十路のだらしない男にでも、褒められれば嬉しいのだろう。自分も、もっと若ければ素直に褒めてやれただろうかと思うが、藤堂は昔からこうだった。

「あら、何してんのあんた達」

 明達とは反対側から掛けられた癖のある高い声に顔を上げ、藤堂は目を見張る。その目は黒地の水着にプリントされた大ぶりな赤い花よりも、彫りの深い整った顔立ちよりも、頼りない布地に無理矢理押し込められたような、豊満な胸に行った。

 赤茶に染められた活発なショートカットと日に焼けた肌のせいか、彼女は年齢というものを感じさせない。反面、その肉感的な体は、大人の気だるげな色香を匂わせる。

 たわわな乳房に釘付けになった藤堂を笑い、新藤祐子は膝に手をついて彼の顔を覗き込んだ。藤堂は強調された胸の谷間に、吸い込まれるような錯覚を抱く。いっそ吸い込まれてしまいたい。

「やーねぇあんたんとこも、お子様ばっかで色気なくて。今日は何、遠足の引率?」

「誰がお子様ですって!」

「いくら祐子さんでも、その台詞は聞き捨てなりませぬ」

 声を荒らげた渚は勢い良く立ち上がったが、同じく言い返したゆなは、藤堂の膝の上から動かなかった。それでも動じない祐子に苦笑して、明は少し身を乗り出す。

「今日は仕事なんです。皆はしゃいでるけど」

「あら、そうなの? 大変ねぇ暑いのに」

 祐子が身を起こしたのでようやく彼女の顔を見上げ、藤堂は怪訝に眉根を寄せた。短いパレオが風に靡き、目の前で翻る。

「あんたは何やってんの」

 祐子は赤い唇に笑みを浮かべたまま、背後を指差した。そこでは数人の女性達が、ビーチボールで遊んでいる。

「遊びに来たのよ。たまにはね」

「友情出演ですか」

 ゆなの発言は、全員聞かなかったふりをした。藤堂は祐子の爪先から頭までを値踏みするように見た後、顔をしかめる。

「その格好って事は、ついでに男漁り? あんたもトシ考え」

 祐子の拳が、藤堂の顔面を直撃した。

「……うわ」

 藤堂が潰された蛙のような声で呻き、明が顔を引きつらせて声を漏らした。ゆなが心配そうに藤堂を見上げるが、渚は呆れている。拳が離れた瞬間、藤堂は両手で顔を押さえた。

 鼻が曲がったかと思ったが、掌に当たる感触はいつも通りだった。祐子は容赦がない。

「……そういえば、芹香さんは?」

 暫しの沈黙の後、痛みを堪える藤堂から視線を外して、明が渚に問い掛けた。渚はその声に我に返り、来た方向を見る。

「依頼主に挨拶してくると仰ってましたけど……遅いですわね」

「芹香ならさっき、そこにいたわよ」

 全員の視線が、祐子に集まった。藤堂はじんじんと痛む鼻を押さえたまま、彼女を見上げる。

「絡まれてたから、放っておいたんだけ……」

「だから仕事中だと言っているだろう!」

 聞き覚えのある怒鳴り声に驚いて、藤堂は声のした方を向いた。目的の人物の姿は見えなかったが、遠くに青年が数人屯しているのが見える。何人かの海水浴客が、遠巻きにその光景を眺めていた。大方ナンパか何かだろう。

 藤堂は見上げてくるゆなと顔を見合わせて、肩を竦めた。祐子が呆れたように溜息を吐き、ふと明を見てびくりと震える。

 恐る恐る明に視線を移すと、彼女はバットを握り締めて、鬼のような形相で青年達を睨んでいた。憧れの人の事となると我を忘れる彼女が、藤堂は恐ろしくて仕方がない。

「……藤堂君、ちょっと行ってきなさいよ。メイちゃんがバット振り回し始める前に」

 祐子が呆れた声で言うのと同時に、明が勢い良く藤堂を見上げた。藤堂は思わず身を硬くする。

「藤堂さん、行って!」

「え、俺?」

 問い返すと、明はバットを抱きしめて、ちらりと青年達を見た。

「だって怖いもん」

「お前の方が怖えよ」

 吐き捨てるように突っ込むと、渚が遠くで何事か言い合う集団を指差した。

「つべこべ言わずに、お行きなさい藤堂」

「嫌だよ直射日光浴びたくない」

「軟弱な事言ってないで、男ならがつんと一発言って来なさいよ」

 何故に女というのはこういう時ばかり団結するのだろうと、藤堂は辟易する。そもそもこの中で一番か弱いのは、藤堂だ。彼は言い合いでさえ、明に勝った事がない。そもそも口論する気さえない。

 膝の上に陣取っていたゆなが、ふうむ、と呟いた。そして大きな目で藤堂を見上げ、その手首を掴む。

「それではゆなと藤堂さんが、がつんと言ってきてやりましょう」

「何で俺もなんだよ」

「ゆなと藤堂さんは一心同体なのです」

 藤堂の手首を掴んだまま、ゆなはおもむろに立ち上がった。藤堂は慌てて腰を上げ、引っ張られるままパラソルの下から出る。助けを求めようと振り返ったが、三人はにこやかに手を振るだけだった。

 憂鬱な溜息を吐き、藤堂はゆなに引きずられるようにして、集団の方へ向かう。照りつける直射日光が、更に気力を奪って行く。頭が焼けるように熱かった。

「だって、鳳辞めたんでしょ?」

「転職しただけだと……あ」

 近付く藤堂とゆなに気付いたようで、困惑した面持ちで青年に言い返していた銀髪の女が、顔を上げた。常ならば凛々しくつり上がっている筈の眉は困り果てたように垂れ下がり、切れ長の目は縋るように藤堂を見ている。

 目が覚めるような美貌は変わらないが、彼女の表情は、少し疲れているようにも見えた。そう長く言い合いをしていた訳ではないだろうとは思うが、多勢に無勢では疲れもするだろう。

 堤芹香は、人が良い。だから強く言われると断れないし、はっきりと拒否出来ない。元々は大手幽霊退治屋の顔で、有名人だった事もあってか、彼女はよく客に絡まれている。あしらうのには慣れているようだが、押しには弱いのだ。

「さあ芹香さん、この場はゆなと藤堂さんに任せて、早く」

 ゆなの発言は、常に理解不能なのだ。藤堂は彼女の抑揚のない声に気が抜けて、げんなりと肩を落とす。それぞれよく日に焼けた、というよりは、真っ黒になった青年達も、各々首を捻っていた。

「任されてどうすんだ」

「任されましょう勝つまでは」

「何にどう勝つの」

 ゆなは藤堂の手を掴んだまま、呆然とする青年達を押しのけて芹香に近付いた。藤堂は引っ張られるがまま、輪の中へ入る。流されやすい性分なのだ。

「お前腕離せよ、痛……」

 ゆなに文句を言いかけた藤堂は、芹香を見て言葉を止める。呼吸すらも、一瞬止まった。

 コンコルドで無造作に纏められた髪束からこぼれた後れ毛が、絹糸のように煌めいている。薄手のパーカーとデニムのショートパンツから伸びる長い手足は、些か筋肉質で硬そうではあるものの、すらりとして美しい。くびれた腰も腹筋のラインがうっすらと浮いた引き締まった腹も、見惚れる程に洗練されていたが、藤堂の目はやっぱり、胸に行っていた。

 黒いホルターネックの水着から、抜けるように白い胸の谷間が覗く。胸板が薄いのか、豊かな胸を引っ張り上げているせいなのか、肩紐が鎖骨に引っ掛かって浮いている。頼りない布地では、支えきれないのではないかと不安になるほど重たそうに見えたが、張りのある乳房は歪む事もなく、丸い形を保っていた。

 藤堂は初めて彼女を見た時、胸の形が良さそうだと考えたのを、ぼんやりと思い出す。そして自分の目に狂いはなかったと、強く確信した。来て良かったと、心の底からそう思う。

「藤堂?」

 怪訝な声に我に返ると同時に、銜えたままの煙草の灰が足下に落ちた。胸に気を取られていたから全く見えていなかったが、青年達が一様に怪訝な視線を注いでいる。

「え、妹? お兄さん?」

 金髪の青年が、ゆなを指差して芹香に問いかける。藤堂はどこをどう見たら兄妹に見えるのか聞きたかったが、何も言わなかった。

「いいえ、血よりも濃い絆で結ばれております」

「ウソ、彼氏?」

 再び芹香に向けられたその問いかけに、ゆなが不機嫌そうに眉根を寄せた。藤堂は青ざめ、芹香は顔を引きつらせる。

「いいえ、どちらかというとゆなと藤堂さんが結ばれております。性て……」

 藤堂と芹香の手が、同時にゆなの口を塞いだ。しかし時既に遅し。今度は青年達が、引きつった表情で藤堂を見ている。ゆなの発言は混乱しか生まない。

 どうしていつもこうなのだろう。嘆きたくなるのを堪え、藤堂は芹香と顔を見合わせて、同時に溜息を吐く。彼女も災難だ。

 黙り込んだ青年達を置いて、二人はゆなを引きずるようにしてその場から離れる。お互いに疲れきっていた。

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