約束の一本
敗北の痛みが、再会の光になる
小学校の剣道大会決勝。
体育館に響く竹刀の音と気合が、僕の心を高ぶらせていた。
幼い手で握る竹刀に、全てを懸けた一戦。
だが、審判の旗は相手に二本あがり、僅差の判定負け。
準優勝の重みが、胸にずしりと響いた。
悔しさで視界が滲む中、優勝した相手の両親の声が耳を刺した。
「俺たちが審判じゃなかったら、お前負けてたぞ!」
その言葉は、敗北の傷を容赦なく抉り、僕の心を深く沈めた。
会場を去る気力もなく、ただ立ち尽くした。
その時、見ず知らずの高校生がそっと肩に手を置いた。
「今のは君が勝ちだった。審判の目なんかに負けるな。僕がこれから優勝して、その勝利を君に捧げるよ。」
その真っ直ぐな瞳と力強い言葉に、凍りついていた心がわずかに溶けた。
彼に導かれ、僕は会場に残った。
彼の試合は圧巻だった。
鋭い竹刀の冴え、堂々とした気合。
約束通り、彼は高校生の部で見事に優勝を掴み取った。
歓声の中、僕に向けた笑顔は、今も鮮明に焼きついている。
なのに、なぜか名前を聞くのを忘れた。
その後悔は、時間が経つほどに心の片隅で重みを増した。
成人し、地元の剣道連盟に加入した。
そこは、熱い仲間と厳しい稽古に満ちていた。
特に鍋山さんというライバルとの出会いは、僕を強くした。
互いに竹刀を交え、汗と笑顔を重ね、時には夜遅くまで技を磨き合った。
ある日、連盟発足20周年記念誌が配られた。
半ば強引に買わされた冊子を、鍋山さんと並んでめくった。
ページをめくる手が止まる。
あの苦い大会の記録が目に飛び込んできた。
準優勝の欄に刻まれた僕の名前。
その隣、高校生の部優勝者の欄に、指を這わせた。
心がざわついた。
あの人の名前が、ここにあるはずだ。
隣で同じ冊子を見ていた鍋山さんが、静かに言った。
「大上君、君もこの地元で剣道やってたんだな。」
心臓が跳ねた。
僕たちは同じページを見ている。
指の先で、彼の名前をなぞる。
鍋山さん。
あの日の高校生は、彼だったのだ。
彼は何も言わない。
ただ穏やかに微笑んだ。
その笑顔は、あの日の約束を静かに果たしていた。
胸の奥で、熱いものが込み上げた。
「あの時、あなたの言葉に救われた。ありがとう。」
その言葉は、喉の奥で詰まったままだった。
だが、彼の静かな眼差しが、すべてを物語っていた。
あの勝利は、今も僕の中で輝き続けている。
剣道を続ける理由を、鍋山さんはあの時、確かにくれたのだ――
読んで頂き有り難う御座います。




