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あなたの子を産みたかっただけなのに。

作者: 熊猫ぱんだ
掲載日:2026/05/10

 スマホが震えたのは、深夜二時だった。

 画面に表示された名前を見て、私は一瞬だけ躊躇した。


『瑠奈』


 夫のスマホに、女の名前。

 それだけなら、まだ偶然だと思えたかもしれない。

 でも。


『今日も会えて嬉しかった』

『次はいつ泊まれる?』

『赤ちゃん、絶対幸せにしようね』


 ロック画面に表示された通知は、偶然では済まなかった。


 私──佐倉萌は、その場で手が震えた。


 三年付き合って結婚した夫の颯斗は、優しくて、仕事もできて、周囲から羨ましがられるような男だった。

 少なくとも、私はそう信じていた。


「……なに、これ」


 隣で眠る颯斗は、呑気に寝息を立てている。

 私は震える指でスマホを開いた。

 ロック番号は、私の誕生日。


 皮肉だった。


 中には、数え切れないほどのメッセージ。

 ホテル。

 愛してる。

 会いたい。

 キスしたい。

 子どもの名前どうする?


 そして最後に。

『ちゃんと離婚してくれるよね?』


 頭が真っ白になった。

 呼吸がうまくできない。

 胃の奥がぐちゃぐちゃにかき混ぜられるみたいだった。


「颯斗」


 揺さぶると、夫は眠そうに目を開けた。


「……なに?」

「これ、なに?」


 スマホを突きつける。

 一瞬で、颯斗の顔色が変わった。


「あー……見たんだ」

「見たんだ、じゃないよね?」

「落ち着けって」

「落ち着けるわけないでしょ!」


 叫んだ瞬間、涙が溢れた。

 颯斗は面倒そうにため息をつく。


「遊びだよ」

「遊びで妊娠させるの?」

「……は?」

「赤ちゃんって書いてある」


 颯斗は数秒黙ったあと、舌打ちした。

「あいつ、勝手に言ってるだけ」

「嘘」

「マジで」


 でも、私は知っていた。

 颯斗は昔から女癖が悪かった。

 付き合っていた頃も、何度か怪しいことはあった。

 それでも結婚したのは、私だけは違うと思いたかったから。


 自分だけは特別だと、信じたかった。


「離婚する?」

 私が聞くと、颯斗は即答した。

「するわけないだろ」

「じゃあ、その女は?」

「適当に別れる」


 あまりにも軽かった。

 人の人生を、なんだと思ってるんだろう。

 その時、またスマホが震えた。


『ねえ、病院どうする?』

 私はそのメッセージを見つめた。

 颯斗は慌ててスマホを奪い取る。


「返して」

「……妊娠、本当なんだ」

「だから違うって!」

「DNA検査すれば?」


 その瞬間。

 颯斗の表情が固まった。

 答えだった。


 私は静かに笑った。

「最低」

「萌、聞けって」

「聞きたくない」


 涙が止まらなかった。

 でも、それ以上に悔しかった。


 私は仕事を辞めて、子どもも我慢して、颯斗を支えてきた。

 なのに。

 夫は別の女を妊娠させていた。


 数日後。

 私はその女──瑠奈に会った。


 23歳。

 細くて、ふわふわした可愛い子だった。

 喫茶店で向かい合うと、瑠奈は震えながら頭を下げた。


「すみません……」

「妊娠、してるの?」

 瑠奈は小さく頷いた。

「颯斗さん、離婚するって……」


 私は笑ってしまった。

 あの男、本当に同じことを言ってる。


「しないよ」

「え……?」

「離婚する気なんか、最初からない」


 瑠奈の顔が真っ白になる。

「でも……愛してるって……」

「全員に言ってるよ」


 沈黙。

 そして、瑠奈はぽろぽろ泣き始めた。

「私、どうしたら……」


 知らない。

 そう思った。

 でも同時に、この子も被害者なんだと理解してしまった。


 颯斗は、こういう女を壊してきたんだ。


 期待させて。

 依存させて。

 捨てる。


 その後、颯斗は案の定、瑠奈を切り捨てた。


『勝手に産めば?』

『俺、認知しないから』


 LINEを見せられた時、瑠奈は壊れたみたいに泣いていた。


 そして一週間後。

 彼女はマンションから飛び降りた。


 ニュースアプリに表示された速報を見た瞬間、私は吐いた。


 亡くなった。

 23歳。

 妊娠中。


 遺書には、颯斗の名前が書かれていた。


『愛してるって言ったのに』


 その一文が、ネットに拡散された。

 終わった。

 颯斗の人生が。


 会社には不倫と妊娠トラブルが知れ渡り、左遷。

 義両親は土下座。

 慰謝料請求。

 SNSでは特定。

 友人も離れた。


 毎日酒を飲んで、壁を殴って、叫んで。

 それでも、一度壊した命は戻らない。


「なんで俺ばっか責められるんだよ!」

 ある夜、颯斗は泣きながら叫んだ。

「あんたがやったことだろ!」

 私は冷たく答えた。


「あんたのせいで2人の命が無くなった」


 颯斗は黙った。

 目の下には濃い隈。

 かつて自信満々だった男は、もういない。


「離婚届、置いとくね」

「……萌」

「さよなら」


 私は最後まで、振り返らなかった。


 三ヶ月後。

 私は小さなカフェで働き始めた。

 窓際の席でコーヒーを飲みながら、ふとスマホを見る。


 ニュース記事。

『元会社員の男性、自宅で死亡』


 酒。

 睡眠薬。

 孤独死。


 名前を見ることはなかった。

 見る必要もなかった。


 私は静かにスマホを閉じる。

 そして、春の光が差し込む窓の外を見た。


 もう、涙は出なかった。

ここまで読んでくださってありがとうございました!

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