ももんがの毛
ぱちんぱちん。
小さな柏手が響く。
「かみさまかみさま、ぼくにかみのけをください」
柔らかな光が世界をてらす冬の早朝、声にきがついて光とともに雲のすき間から見下ろしてみると、ちょうど手のひらを広げたくらいの大きさのモモンガが目をつぶって、なむなむと呟いていた。
モモンガはそろそろと目を開けて、きょろきょろと周りを見て落胆し、またぱちんぱちんと手を叩いた。
「かみさまかみさま、ぼくにかみのけをください」
そしてまた、なむなむと呟いている。
わしの祠は放置されて久しい。もちろんモモンガが参りに来ること自体も初めてだが、その珍しいお客はなにやら必死で、面白かった。
『これ、お主。なぜ髪の毛がほしい』
モモンガは、ひゃあ、といってころりと後ろに倒れた。
『大事ないか』
「は、はい。だいじょうぶです。あの、かみのけがほしいのです」
モモンガは自らの頭を指し示す。頭のてっぺんの毛はすでになく、頭のあぶらがかたまって、なんだかきらきらと光を反射している。
『そなた、雄であろう? 雄はモモンガの雄というのは毛がなくなるものだから、致し方あるまい?』
モモンガは頭をぺちぺち叩きながら言う。
「そうなのですが、わたしはもてないのです。ほかのおすとなにかにおいでもちがうのでしょうか。もてないなら、かみのけをもとにもどしてほしいのです」
そう言って、そのモモンガはフンフンと頭のあぶらを引っ張りはじめた。わしにはせっかくのうぶ毛を自分で抜いているようにしか見えぬ。
その様子はなにやらやぼったく、もてないだろうな、と思わせた。
『それならば、もてるようにしてほしいとか、別に願うべきことがあるのではないか』
モモンガはその小さな首を傾げた。
「あなたはかみさまではないのですか? かみさまでないとかみははやせないですよね」
うん?
まあ、暇な神でもなければわざわざモモンガの頭に毛をはやそうとはしないだろうよ。
モモンガはまたつるりとした頭のてっぺんをぺちぺち叩きながら、はあーと白いため息をついた。
なんだか小馬鹿にされているような、奇妙な気分になった。
『神といえば、神である』
「それなら、かみのけをはやしてもらえないでしょうか」
ごそごそと頬袋から小さななにかの実を出す。
モモンガは今度はひげをひっぱりながら、上を向いたりきょろきょろと見回しながら呟く。
「おれいです。とてもおいしいです」
なにかものすごく得意そうな表情なのにべとついた実を持つ手はぷるぷるしていて、またきょろきょろと辺りを回し、スンスンと実のにおいを嗅いで、残念そうに顔から離す。
ずいぶん未練がありそうだ。
正直、いらぬ。
だがわしのところに願掛けをするものなど久しいな。たわむれに、目の前のモモンガの設定を少し変更する。遺伝子というところで、顔立ちとか毛の量が決まるのだ。
『実はいらぬが、そなたの願いは叶えよう。3日もすれば毛は生えてくるはずだ』
「ほんとうですか、ありがとうございます」
礼を言う前に実が口の中に収められたものだから、その礼はもごもごと曇って聞こえた。
「あっでも、かみさまのはなしをきいたときに、おれいをするようにききました。どうしましょう」
礼と言われてもな。その小さな手にできるものも思い浮かばぬ。
『そもそもわしには欲しいものなどないし、そなたにできることもないだろう?』
なぜか、その言葉は俄然モモンガのやる気に火をつけたようだ。
小さな目にメラメラと闘志が燃え上がった。
「そこまでいわれると、ももんがのプライドにかかわります」
おお、難しい言葉を知っておるものだな。
妙に感心した。しかし、そもそもわしに欲しいものなどない。
『物を積めば願いが叶うと思われるのも不本意だ。不要なものを持ち込まれても迷惑である。用が済んだなら去るがよい』
「そうですか、たしかにかみさまですものね」
モモンガはそう言いながら、ひどく残念そうにとぼとぼと立ち去った。
その背にはなにやら哀愁すら漂っている。
願いはかなえたのに、解せぬ。
そんなことをすっかり忘れていた10日ほど後、またぱちんぱちんと音がした。
すっきりと澄み渡った早朝、見下ろすと、いつのまにやらうっすらと雪がつもっていた。その中で小さな足跡をつけながら、あのモモンガがきょろきょろとまわりを見渡し、相変わらずその頭はきらきらと光を反射する。
「かみさまかみさま。おれいにきました。すこしけがはえました」
よく見ると、たしかに少しだけ毛は増えているようだった。
ただ、思ったより少ないな。
見るともなく見ていると、小さな手で何か栗色のものを差し出した。
「かみさまですから、かみがいいとおもって、おれいにもってきました。はやしていただいた毛です」
わしは神様ではあっても髪の毛様ではないのだが。
……願った毛を自分で抜いてどうする。
けれどその表情はひどく満足そうでもあった。
成長した雄のモモンガの頭頂の毛が抜けるのは世界の決まりである。
これはこれでうまくおさまったのかもしれない。
見るとモモンガは満面の笑みで、その頭のてっぺんはキランと眩しく輝いた。
まぁ、良き哉、良き哉。
それからそのモモンガの寿命がつきるまで、祠には定期的に栗色の毛がささげられた。




