スウェーデンの王太子1
1797年、モローによってボナパルトのイタリア軍へ送られたデルマは、16年後、ライプチヒの戦いで右腰に砲撃を受け、重傷を負った。
動けなくなった彼は、ロシア軍の捕虜となった。
深夜。夜陰に乗じて、一人の将校が訪れた。スウェーデン軍の軍服に身を包んでいる。
「デルマ……」
ベッドに横たわる青白い顔を見て、将校は身を震わせた。
「なんと。スウェーデンの王太子殿のお出ましとは。だが、ご覧の通りのありさまだ。何のもてなしもできそうにない」
かさついた唇から漏れた声に、皮肉の響きはなかった。ただ純粋に、デルマは驚いていた。
大怪我を負った彼を訪ねて来たのは、かつての戦友ベルナドットだった。
今から3年前、ベルナドットは、スウェーデンの王位継承者に選出されている。
ライプチヒの戦いでは、あらゆる周辺国と同様に、スウェーデンもまた、フランスに敵対していた。
スウェーデンの王太子は嘆いた。
「デルマ、君がライプチヒにいたなんて! なぜ軍に戻ってきたんだ? ボナパルトの軍なんかに! 君は、あの皇帝が嫌いではなかったか」
薄っすらとデルマは笑った。
「ああ、大嫌いだ。イタリア軍に援軍に出された最初から。だがそれは、君も同じだろう?」
二人はともに、97年にボナパルトのイタリア軍へ援軍に出された軍の指揮官だった。(冒頭「1797和平」参照)
デルマはライン(・モーゼル軍)で、ベルナドットはサンブル=エ=ムーズ軍で。
それまで2人は、お互い、隣り合って戦っていた。
戦闘が一段落し、兵士たちが入り混じるようになると、元からイタリア軍にいた兵士達と、ライン方面軍から援軍にきた兵士たちの対立が際立つようになった。
ボナパルトは、デルマとベルナドットの兵士たちより、元から自分の下にいたイタリア軍の兵士を優遇した。
もっと言うと、《《えこひいき》》した。
この件に関し、ベルナドットは正式に、ボナパルトに抗議している。
かつての戦友に、会話を続ける元気が残っていることを見て取り、ベルナドットは些か、愁眉を開いた。
「姑息な手段を使って、兵士達の忠誠心を煽ろうというやり方が気に入らなかったのだ。君は、デルマ、麾下の兵士に厳しすぎると、ボナパルトから叱責を受けたな」
「当然のことをしたまでだ」
憤然とデルマが答える。
「あいつらは、住民の農場を襲って、豚を盗んできたんだぞ」
「兵士たちは、ボナパルトの軍に馴染んだんだろうよ。略奪は、やつらの十八番だからな」
「だが、俺たちライン方面軍は、それを許さなかった。決して」
今は敵味方に分かれてしまった二人の戦友は、しっかりと目を見合わせた。
「君が、スウェーデンの王太子になったと聞いた時は驚いた」
ぼそりとデルマが言う。
「スウェーデン政府から要請されたのだ」
言葉少なにベルナドットが答える。
1807年、フランスとロシアの間で、テルジットの和約が結ばれた。これによりロシアには、スウェーデンを大陸封鎖に従わせる責務が生じた。
フランス軍として出兵したベルナドットは、スウェーデンに対し、寛容に振舞った。
敗戦国スウェーデンは、反フランスを主張する王を変え、親フランスの立場を取るようになる。
ところで、スウェーデンの新王は年老いており、ふさわしい王位継承者がいなかった。
王太子を選出する際、白羽の矢が立ったのが、かつてスウェーデンに対して寛大だったベルナドットだ。
ベルナドットにとって、スウェーデンが特別だったわけではない。どこにいても彼は、軍に規律を守らせ、捕虜や住民を守った。
ライン方面軍のやり方だったからだ。
結果としてそれが、彼をスウェーデンの為政者へと導いた。
ベルナドットが敵に回ってしまったことを、デルマは憤懣やるかたなく思っていた。怒りを、彼はナポレオンにぶつけた。
「君をスウェーデンに送り出す時、あのくそ野郎は、何か言ったか」
「皇帝は、快く俺を送り出してくれたよ。彼は、俺が離れていくことを喜んでいた」
デルマは憤死寸前だった。大きく息を吸い、傷の痛みに呻く。それでも彼の語気は鋭かった。
「それは、あいつが君の能力を認めうとしなかったからだ! アウエルシュタットもヴァグラムも、あいつは君を不当に貶めた。戦闘の不首尾の責任を、君になすりつけたのだ」
「デルマ……」
「不透明な命令を矢継ぎ早に繰り返し、軍がうまく動けないと、誰かに責任を押し付け、叱責する。配下の者の支持と賞賛を得る為に。それが、あいつのやり方だ。君はやつの、スケープゴートだったのだ」
「ありがとう、デルマ」
ぼそりとベルナドットはつぶやいた。
「そんな風に、俺を見ていてくれて。君はスイスにいたはずなのに」
ベルナドットについて
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