地獄の仕掛け事件2
ピシュグリュについて
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数日後、モローが事務所に行くと、事務員から、来客が待っていると告げられた。
ピシュグリュだった。
モローの顔を見るなり、彼はまくしたてた。
「モロー、君は、王家の不幸について考えたことがあるか? ルイ16世と王妃アントワネットはギロチンにかけられ、幼い王子は行方不明だ。たぶん、いや、間違いなく死んでいるだろう。王族や貴族は外国に亡命を余儀なくされ、不当に財産を奪われて困窮している。こうしたことに対し、君はどう思うか」
「それが時代の流れというものです。我々が血を流して得た共和制を覆すつもりはない」
「共和制? ボナパルトの独裁ではないか。今ややつは終身世襲の第一執政となり、近く戴冠までしようとしているんだぞ」
「私は、祖国の良識を信じます。議会と、それを底から支える民衆の力を」
ピシュグリュは鼻を鳴らした。
「共和国は誤った方向へ舵を切った。独裁は疑心暗鬼を生み、善良で志のある人が、大量に裁かれるだろう。恐怖政治時代のように。また多くの犠牲者が生まれるぞ。君の父君のように、罪なくして殺されていくのだ」
「父のことを覚えておられたんですか……」
モローは絶句した。
事務弁護士であったモローの父は、亡命貴族の財産を守り、為にギロチンにかけられた。
「当たり前だ。亡くなられた父君の無念を、君は晴らしたいのではなかったか」
「あの時……」
ゆっくりと当時を思い出すようにモローは言った。
「あの時あなたは、悪いのは誰か考えろとおっしゃいました。それからずっと考え続けてきました。行き過ぎた革命の咎がどこにあるのか、私にはわからない。けれど、革命に殉じた戦友たちの為に、そして、今でも戦友たちが国を守っている以上、私にはこの国を裏切ることはできない」
「それはどうかな」
ピシュグリュは言った。
「それはどうだろうか」
「フリュクティドールのクーデターで貴方を裏切ったことは申し訳なかったと思っています」
思い切ってモローは言った。
彼は、7年前にスパイから得たピシュグリュの裏切りの証拠を中央政府に送ったことに、ずっと後悔を感じていた。(フリュクティドールのクーデター2 参照)
祖国の為といえば聞こえはいいが、自分はかつての上官、恩人でもある戦友を裏切ったのではないか。
「フリュクティドール?」
思ってもいなかった言葉を聞いたとでも言わんばかりにピシュグリュは首を傾げた。
「ああ、俺がオージュローに逮捕された、バラスのクーデターか。いいよ。気にしてない。そもそも君の告発は、クーデターに間に合わなかったわけだし」
モローの胸に深い安堵が広がった。彼を密告したことを、自分がどれだけ負い目に感じていたか、改めて痛感した。
モローにとってピシュグリュは、未だに大事な人だった。それを思い知った。
だか、昔と今では、お互いの背負うべきものが違ってしまった。
「ピシュグリュ将軍」
改まった声で彼は呼びかけた。
「あの時、私の告発が遅れたせいで、私だけでなく、二人の信頼する部下までもが、一時的にせよ軍を追われました。いずれも優秀な部下達でした。彼らはボナパルトの下に走り、私は永久に彼らを失った」
「ドゼとレイニエのことだな。ドゼは死んだな。惜しい奴を亡くした」
血を吐くような無念は、モローも同じだった。
部下を手放してしまったという意味で、モローの方がピシュグリュよりもさらに慚愧の念が強い。
「お願いです、ピシュグリュ将軍。もう私の元を訪れないで下さい。貴方との友情は終わりにしたいと思います。私は部下を、部下であり大事な戦友でもあるやつらを、二度と失いたくないんだ」
「その戦友の中に、俺は入っていないのか」
寂しそうな目でピシュグリュはモローを見やった。
「今回の戦いは、俺の最後の戦いになるだろう。だから、君に共に戦って貰いたい。昔と同じように、俺の片腕であって欲しい」
「平和になった今、私は人が死ぬのを見たくありません。もし将来、再び戦うとしたら、相手はただ、独裁者に対してだけです」
決然とモローは言い放った。
◇
間もなくモローは逮捕された。
フランスに上陸した瞬間からピシュグリュにはスパイがつけられており、ピシュグリュがモローに会いに行ったことは、2回とも、スパイは把握していた。
モローの逮捕から1週間後に、ピシュグリュも逮捕された。
ピシュグリュは、牢の中で死体となって発見された。




