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ライン軍挽歌  作者: せりもも
モロー

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6/15

地獄の仕掛け事件1


 2年後(1799年11月)。


 エジプトに遠征軍を置き去りにして帰国したボナパルトは、ブリュメールのクーデターを起こした。


 ためらう軍に決起をせまり、政府を倒したそれは、紛うことなき軍事クーデターだった。


 政府を牛耳っていたのは、総裁バラス。 


 失業中のボナパルトを自分の副官に取り立て、イタリア遠征の栄光に導いてくれた、いわば恩人だ。


 政治家と軍人という違いはあるが、モローにとってのピシュグリュのような立ち位置にいる。


 だが、ここでもモローと違い、ボナパルトは容赦しなかった。


 軍の力を以って総裁政府を倒し、権力を掌握した。


挿絵(By みてみん)



 ボナパルトによるブリュメールのクーデターは、しかし、なかなか理解されなかった。


 人々は、彼の野心を見誤っていた。


 ロシアに亡命中のルイ18世(プロファンス伯)に至っては、ボナパルトがブルボン王家の為に、総裁政府を打倒してくれたと喜んだくらいだった。


 もちろん違う。


 ボナパルトの執政政府は、新政府に叛意を抱く元貴族らを厳しく取り締まった。


 その筆頭が王党派だ。


 ヴァンデは鎮圧されていたが、ノルマンディーには未だ王党派の残党が残っていた。


 政府は、王党派反乱軍のリーダー達を、和平をちらつかせて呼び寄せた。


 仲間の安全を約束されて交渉の場についた蜂起軍のリーダー達は、その場で捕らえられ、処刑された。



 そうした中、第一執政ボナパルトの乗った馬車を狙った爆殺未遂事件が起こった。


挿絵(By みてみん)


 随員が何名か死んだが、第一執政と家族、主だった将校らは全員無事だった。


 事件の主犯はフクロウ党(シュアヌリ)(農村地帯に出没する反政府ゲリラ組織)の領袖ジョルジュ・カドゥーダルで、爆弾事件後、彼はイギリスへ亡命した。



 ボナパルトは国の頂点に立った。


 だが、パリの新参者ボナパルトは、複雑な人間関係に通じていない。誰が王党派かわからない。自分を害そうとしている隠れ王党派がいても、見抜くことができないのだ。


 頼りになるのは軍だが、第一執政として国の頂点に立ったにも関わらず、軍の信頼の大部は、モローの手にあった。


 人々は、北の低地地方からドイツにかけてのモローの活躍を、忘れていなかった。


 温厚で、共和主義の理想を失わないモローは、ボナパルトよりはるかに人望があった。



 ボナパルトはモローの取り込みに躍起になった。



 ボナパルトはモローに銃を贈った。


 ……「あなたのすべての勝利を刻んでおきたかったのですが、この銃には、十分な余地がありませんでした」


 第一執政が剣や拳銃を送るのは、相手の栄誉を讃える為と見做されていた。これらは後のレジオン・ドヌール勲章へと受け繋がれていく。


 立派な銃を受け取りはしたが、モローは冷笑を浮かべただけだった。



 ボナパルトはまた、モローと共通の話題を探るべく、エジプト遠征の話を持ち出した。


「エジプトには何人かあなたの幕僚たちがいました。彼らはきわめて優秀な将校でした」


 言うまでもなく、ドゼとレイニエのことだ。また、隣り合ったサンブル=エ=ムーズ軍のクレベールも含まれていたろう。


 モローは冷ややかな目で、6つ年下の第一執政を見つめた。


「ライン方面軍の将校は、誰一人として貴方とともに帰国を許されませんでしたがね」


 ブリュメールのクーデターの為に、ボナパルトは軍に内緒で密かに帰国した。


 彼が連れ帰った将校たちは、トゥーロンやイタリア時代からの気に入りの部下ばかりだった。


 ライン方面軍の気質として、将校達は自分たちのやりたいように戦闘を指揮してきた。


 彼らの失敗は、上官が引き受けた。そうやって、ライン軍の将軍たちは育てられた。


 したがって、彼らは率直に意見を述べた。たとえ上官の意に染まぬことであろうとも、正しいと信ずれば、ためらうことなく口にした。


 それが、ボナパルトには許せなかったらしい。昇進や贈り物で懐柔された、イタリアからの部下達は、ボナパルトへの批判など、一切口にしなかった。


 ライン河方面から遠征に参加した将軍達は、悉く熱砂の砂漠に置き去りにされた。



 気まずそうにボナパルトはモローから離れて行った。


 ボナパルトが送ったいかなる贈り物にも甘言にも、モローは決して靡かなかった。



 ある日の夕刻、モローが家に帰ると、かつての上官が自分の家の居間で読書をしていた。


「やあ、モロー。久しぶりだな」


本から目を上げ、ピシュグリュは笑った。


「あなたは……」


モローは絶句した。



 ギアナからイギリスへ渡ったピシュグリュは、イギリスで、ブルボンの王族やフクロウ党のカドゥーダルに接触、合流した。


 王党派の貴族らと共に、彼はひそかにフランスへ舞い戻ってきた。



 この陰謀において、ピシュグリュの役割りは、軍の掌握だった。


 彼はかつての部下、ボナパルトをも凌ぐ軍の実力者モローを取り込みに来たのだ。



 「ピシュグリュ将軍、あなたには、この国にいる権利はありません」


ようやくのことでモローは言ったが、ピシュグリュは怯まなかった。


「だから来たんだよ。俺も年を取った。そろそろ帰国したいと思っている。その為の手助けをしてもらえないだろうか」


「ありえない。貴方は本来なら懲役中の身なんですよ?」


「そうだな。しかし、あのままギアナにいたら、遠からず俺は、死んでいただろうよ」


 暑い土地の過酷な気候は、モローもよく知っていた。


「もし恩赦を受けたいのなら、ボナパルトに多少の口をきくことができます」


「ボナパルトに会いに行きたければ、自分から行くよ。彼は、ブーリエンヌの地方士官学校時代の後輩なんだ。俺はあいつの数学の勉強を見てやっていた」


 そしてピシュグリュは、凄みのある笑みを浮かべた。


「もっとも俺が訪ねる時は、やつを殺しに行く時だがな」


 ぶるっとモローは肩を震わせた。何も聞かなかったように、彼はさっきの話を続けた。


「いずれ政府と和解するおつもりなら、当座はドイツにでも身を隠していることです」


「その時が来たら、よろしく頼む」



「将軍」


 昔の呼び名でモローは読んだ。彼はボナパルトが嫌いだったが、彼の死を望んではいない。


「もし私に役に立つことあれば、喜んでお会いしたでしょう。けれど、私は貴方の役にたちそうにない。これ以上、貴方をお迎えしたくありません」


「まあそう言うな。よく考えておいてくれ。また来る」


 そう言い残し、かつての上官は立ち去っていった。







ブリュメールのクーデターについて

https://serimomoplus.blog.fc2.com/blog-entry-142.html


ルイ18世の誤解について

https://serimomoplus.blog.fc2.com/blog-entry-396.html

(下半分が当該記事です)


ボナパルト爆殺未遂事件について

https://serimomoplus.blog.fc2.com/blog-entry-98.html

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