フリュクティドールのクーデター1
イタリア軍へ援軍に送ったデルマ、ベルナドットが困難な要衝を抑え、ボナパルトが勝利を飾ったことにより、ヨーロッパに束の間の平和が訪れた。(「1797和平」参照)
ようやく硝煙の晴れたストラスブールの総司令官室に、モローは、信頼する3人の将校を呼んだ。
レイニエ、サン=シル、ドゼ。
若くはあるが、実力のあるライン・モーゼル軍の将校達だ。モローは彼らを文句なしに信頼していた。
「ちょっとこれを見て欲しい」
3人の前に、モローは紙の束を置いた。
貴族出身で、士官学校でラテン語の代わりに実用的なドイツ語を叩きこまれたドゼが、真っ先に紙片を取り上げる。
みるみるその顔が青ざめた。
「なんと。これは、前総司令官殿から、亡命貴族軍のコンデ大公への手紙じゃないですか!」
「こっちは、ピシュグリュとオーストリア軍との往復書簡だぞ?」
参謀のレイニエの手から、まるで熱い物にでも触れたかのように紙片が滑り落ちる。
「ピシュグリュの裏切りの証拠だな、これらは」
落ち着いた声でサン=シルが指摘した。
「春の戦闘で、ライン河を渡河した時に、クランジャン*将軍(亡命貴族軍の将軍。コンデ大公の配下)の有蓋馬車を捕まえた。手紙は、その時に押収した」
モローが説明すると、3人の将軍は色めき立った。
「戦闘の途中で、ピシュグリュ将軍がライン・モーゼル軍の総司令官を辞めて議員になった時には驚いたけど、そして、彼が王党派だって聞いた時には腰が抜けそうになったけど……」
ドゼが言うのに、レイニエが頷く。
「前の我らが総司令官殿は、今じゃ、五百人会(下院)の議長だもんな」
「こちらの作戦が漏れているんじゃないかと思うことが、何度かあった。やっぱりピシュグリュ将軍は、ライン・モーゼル軍の総司令官時代から、オーストリア軍や亡命貴族軍と通じていたんだな」
「わざわざ山を通って進軍した時の話だろ。あれはドゼ、君が、兄さんや弟さんとぶつかるのを回避しようとしたんじゃなかったか? いずれにしろ、平地に敵はいなかったがな。つまり、君の見込み違いだったわけだ」
サン=シルがドゼに、遠慮のない瞳を向ける。
元貴族であるドゼの兄弟、親戚たちは、王族に従って国を出、亡命貴族軍に入った。革命軍将校として祖国に残ったのは、ドゼだけだ。
ドゼは常に、自分の親族と殺し合う危険に怯えていた。
サン=シルの意地悪い指摘に、ドゼは大きく目を見開いた。
「違う! 違うよ。俺はそんなことしてない」
「そうさ。ドゼは軍を裏切るようなことはしない」
レイニエが助太刀する。あまり真剣な声ではない。サン=シルが本気で糾弾しているわけではないことを知っているのだ。
案の定、サン=シルは肩を竦めた。
「からかってみただけだ。ドゼを悪く言ったら、兵士どもに殺されるからな」
「彼らの君への信頼も、大変なものだぞ……」
ドゼの肺腑から力のない声が漏れる。
ドゼとサン=シルは、ライン・モーゼル軍がまだライン軍だった頃からの親友同士だ。前衛で素早い攻撃をしかけるドゼと、背後でそれを援護するサン=シルは、息の合ったコンビだった。
「で、これ、どうするんです?」
コントはこれまでとばかり、レイニエがモローに問う。
「それを諸君に相談したかったんだ」
モローは、信頼する3人の部下の顔を眺め渡す。
「俺は何も聞きませんでした」
素早くサン=シルが立ち上がった。
「何も聞かないし、何も見てない。それじゃ」
言い終わるなり、部屋を出て行く。
「あ、俺も……」
レイニエが言い、慌ててドゼも立ち上がる。
「待ってくれ」
慌ててモローは2人を引き止めた。
「君らも知っているだろう? ピシュグリュ将軍は、俺の上官だ。決して裏切ることができない恩人でもある。この書類の件は、中央政府に報告しなければいけないだろうか」
「クランジャンから押収した書類の件を、派遣議員は知ってますか?」
長い沈黙の後、ドゼが尋ねた。
「いや、知らない。君ら以外には知らせていない」
「馬車を捕らえた兵士たちは?」
「彼らは書類の入ったトランクを見ただけだ。中に何が入っていたかなんて、想像もつかないだろう」
「俺達には決められません」
再びの沈黙の後で、今度はレイニエが言った。
「これは、モロー総司令官とピシュグリュ将軍の問題だと思います。総司令官殿ご自身が決めるべきですよ」
正論だった。
モローは頭を抱えた。
*General Klingin
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