ピシュグリュとの出会い2
総司令官室のドアが、ばんと開けられた。
顔面蒼白のモローが立っていた。
「ピシュグリュ将軍。今日を限りに、俺は軍を辞職します」
モローの父が処刑された話は、すでに総司令官の耳に入っていた。
事務弁護士だったモローの父は、実直な人間だった。革命後も、彼は亡命貴族の財産を守り続けた。それが政府に密告され、処刑されたのだ。
「辞職とは、どういうことだか知っているか?」
ピシュグリュが尋ねた。
「全部辞めることです」
白い頬が、真っ赤に染まった。激しい怒りの波動が伝わってくる。
「父さんは俺に、レンヌの大学で法律を学ばせてくれた。俺を、弁護士にしたかったのだ。それなのに俺は、父さんの期待を裏切って軍に入った。国の為に戦うことこそが正義だと信じたからだ! 俺は父さんにとって、いい息子じゃなかった。俺みたいな息子を持った報いが、このザマだ!」
「モロー、落ち着け」
何かに憑かれたかのように言い募る部下を、ピシュグリュは宥めようとした。しかし彼の言葉はモローには届かない。
「俺は父さんに逆らって軍に入ったけど、勇敢に戦ってさえいれば、いつかはきっと孝行できると信じていた。だからわが身を顧みずに戦い続けた。それなのに!」
「モロー、」
「父さんは殺された。革命政府に首を斬られた。もうやってられない。俺は軍とフランスを辞める!」
「そうか。なら、軍もフランスも、全部辞めるがいい」
モローの言葉尻をピシュグリュは捕らえた。
「だが、君は見たろう? 敵は亡命貴族たちを盾にした。盾にして、使い捨てた。我々の同胞をだ。それが、君のニューポール包囲戦の実態だ。君は、同じ国の民である彼らを死なせたくなかった。違うか?」
モローの書いた報告書を、ピシュグリュは振りかざした。
「君の父上は、最後まで彼らの財産……権利を守った。その息子である君は、軍を辞めるというのだな? 軍を去ったら、もはや君の手には、同胞を掬い上げる何の手段も残らないんだぞ?」
次第にモローの顔から血の気が引いていった。蒼白な顔の中で青い目だけが熾火のようにくすぶっている。
なおもピシュグリュは続けた。
「亡命貴族も民衆も、ドイツの民も、北の低地地方の人々も、みんな同胞だ。たくさんの仲間たちのために、君は戦い続けて来たのではなかったか」
「けれど……俺は……」
打ちしおれたモローを前に、ピシュグリュは語調を和らげた。
「悪いのは誰か考えてみろ。だが、今、決めることはない。いつか君は、父上の仇を取ることができる。軍に残ってさえいれば!」
はっと青い顔が上げられた。その顔に向かって、ピシュグリュは頷いて見せた。
「俺は、お前の辞任は受け容れない。友人として懇願する。前に踏み出す前に、どうかもう一度、熟考してくれ。明朝もう一度、出頭しろ。それまではこの件について、誰にも何も話してはいけない」
ピシュグリュから持ち掛けられた友情が、モローにとってかけがえのないものとなった瞬間だった。
モローは軍に留まった。彼はピシュグリュを補佐し、フランス軍は冬のオランダで、信じられない勝利を納めた。凍り付いた北海で、フランスの騎兵がオランダ艦隊を捕獲したのだ。
その後ピシュグリュは、北方軍、ライン軍と異動命令が出るたびに、自分の後任として必ず、モローを推挙した。
最終的にピシュグリュは政界へ転じ、モローはライン・モーゼル軍の総司令官になった。
モロー




