ピシュグリュとの出会い1
革命戦争が始まったのは、ボナパルトが齎した勝利の5年前だ。
学生でありながらレンヌで民兵軍を組織していたモローは、義勇軍の中佐に抜擢され、やがて北方軍に配属された。
2年の経験を積んだ後、彼は、フランドル(現フランスの北部。ベルギーとの間。当時の激戦地帯)の右翼を率い、ライン軍と連携して戦った。
そこへピシュグリュが、総司令官として赴任してきた。ピシュグリュは、直前までライン軍の総司令官だった男だ。
モローはネーデルラント(オランダ)へ呼ばれ、ピシュグリュの下へつけられた。
「君のことはよく知っている」
手を差しだし、ピシュグリュは言った。新しい総司令官は、モローより2歳年上だ。
「ステフェンスウェル(*1)や、ニールウィンデン(*2)での働きは素晴らしかった。俺のライン軍が北を気にせずドイツに集中できたのは、まさしく君の活躍のお陰だ」
経験豊富な将軍から手放しでほめられ、モローの顔が紅潮した。
「ところで君は、ここへ来る前に准将(*3)に昇進したろ? あれは、俺が推薦したのだ」
「え? あ、ありがとうございます?」
何の衒いもなく好意を示され、モローは何といっていいかわからない。
ピシュグリュは、いたずらが成功した子どものように得意満面だった。
「北方軍に来るのも、君が一緒でなきゃいやだって言ってやった。つまり、今、君がここにいるのは、そういうわけなんだ」
「光栄です、総司令官殿。俺は、貴方と一緒に戦います!」
ほぼ脊髄でモローは応えた。
「よく言ってくれた!」
立ち上がり、ぽん、とピシュグリュはモローの背中を叩いた。
「それでこそ俺のモローだ」
ピシュグリュ
その年の夏、モローは、懸案だったニューポール(*4)を陥落させた。
この町は、昨年、ヴァンダン(*5)が奪取に失敗している。
ヘッセン大公に守備を任せ、ヨーク公の軍が離れた隙を狙って、フランス軍はこの地を包囲した。
しかし、すぐさまヨーク公は取って返し、あろうことか彼が援軍に行ったザクセン=コーフブルク公軍まで連れて帰ってきた。フランス軍は包囲を諦め、撤退せざるを得なかった。
今年は、その雪辱戦だった。
ヨーク公のイギリス軍は既に引き上げており、ニューポールを守備していたのはドイツの守備隊だけだった。それと、フランスから亡命してきた元貴族たち。
フランス軍(革命軍)の砲撃の前に、守備隊はあっけなく崩れ去った。
革命を否定し、王族に従い国を出た貴族たちは、コンデ大公(ブルボン家の王族。亡命貴族軍のリーダー)の元に亡命貴族軍を結成、諸外国と結んで革命軍に対して捨て身の戦いを挑んでいた。
彼らを見逃すことはできない。
亡命貴族たちは砦の外へ連れ出され、溝の脇に立たされて処刑された。
革命政府は、イギリスに味方した兵士らを捕虜にすることを禁じ、須らく処刑を命じていた。しかし、モローは、ニューポール守備に残ったドイツ兵らを処刑しなかった。
「中央政府の意向に従わないのは、まずいのでは?」
背後の人影を気にしつつ、砲兵隊長のエブレ(*6)が囁いた。軍では、中央から派遣されてきた議員が目を光らせている。
「構うものか」
モローは動じなかった。
本当は、亡命貴族たちも助けてやりたかった。
しかし、処刑を目前にしてもなお、国王陛下万歳、などと叫んでいる元貴族たちを助けることは、やはりできなかった。
自分たちは命をかけて、共和国を守っている。王党派と共和派、主義の違いはいかんともしがたかった。
司令部に帰ったモローを、過酷な知らせが待っていた。
父がギロチンにかけられた。
※既訳が見つからないもので読み方に自信のない固有名詞は、原綴を記します。また、人名は全名を記します。
*1 ステフェンスウェルStephenswerth
*2 ニールウィンデンNeerwinden
*3 准将 général de brigade、旅団長ともいう
*4 ニューポールNieuport、北海沿いの要塞都市
*5 ヴァンダンDominique René Vandamme
*6エブレJean-Baptiste Éblé




