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ライン軍挽歌  作者: せりもも
デルマ

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15/15

うわさ

 ライプチヒの会戦から半年後、ロシアとプロイセン軍の前にパリは陥落し、ナポレオンはエルバ島へ封じられた。


 翌年。


 かつての皇帝は島を脱し、民衆や兵士らの大歓声の中、首都へ返り咲いた。



「知っているか?」


 皇帝帰還を祝う戦勝会に集まった将校達が噂をしている。

 帝政派の彼らは、ブルボン家の帰還で居場所のない思いをしてきたが、今こそ息を吹き返した気分だった。


「デルマ将軍の話を聞いたぞ」



 懐かしい名前を聞いて、トリンカーノは立ちどまった。


 デルマの秘書官だった彼は、ロシア軍が侵攻してきた際も、撤退する軍にはついていかず、デルマのそばに居残った。

 上官とともにロシア軍の捕虜になり、彼が亡くなるまで、側に付き添った。



「ライプチヒで死んだデルマ将軍の病室へ、ベルナドットが訪ねてきたことがあったらしいぞ」


「ベルナドット?」


「スウェーデンの王太子様よ」


「ああ、皇帝陛下に嫌われてスウェーデンへ行ったあの人ね。将軍時代、戦争では負け続きだったそうじゃないか。でも、皇帝の元カノと結婚した《《功績》》に免じて、彼の失敗は全て不問に付されたっていうぞ」


「そのベルナドットだ。スウェーデンから公使が来て、彼は王家の相続人に推挽された。皇帝陛下は快く、これを許されたそうだ」


「それなのにベルナドットは、大恩ある皇帝を裏切ったんだよな。ライプチヒでの敗北は、やつがフランス軍の弱点を同盟軍に漏らした結果だ」


「その通り。ベルナドットの裏切りが、我が国の敗北を導いたのだ。売国奴め! デルマ将軍は、ライプチヒで大怪我を負い、ロシアの捕虜になってしまった」


「勇敢な我が国の将軍の病室に、よくもまあ、忘恩、売国奴のスウェーデン王太子風情が来れたものだな!」


「確かな筋から聞いた話では、元戦友のよしみで王太子はデルマ将軍に、スウェーデン軍に来てくれって頼みに来たらしい」


「なにしろ、我が国の将軍は優秀だからな!」



「おうさ。けれど、デルマ将軍は、どこまでも高潔だった。


『しかしベルナドットよ、革命の腹心として生まれ、フランスと皇帝の恩恵に浴してきたお前に、私に対してそのような不名誉を言い立てる権利があろうか。行け、裏切り者、私の苦しみを侮辱するな、正直に死なせてくれ』


デルマ将軍はこう言い終わるなり、ばたんと倒れて死んだそうだ」



「へえ。大した将軍だ」


「それに比べて、スウェーデンの王太子の卑劣なこと! いろいろやらかして皇帝の重荷だったくせに、その皇帝を裏切って、同盟軍につくだけのことはあるな!」



「裏切り者と言えば、ライプチヒの少し前に、モローも死んだな」



 トリンカーノの耳が蠢いた。


 かつて彼が仕えたデルマは、長くモローの下にいた。


 穏やかな性格のモローは、直情的なデルマにとって、理想の上官だった。



「モロー! ああ、俺はかつて、あの将軍の支持者だったんだよ」


 帝政派の将校らの噂は続く。


「俺だってそうだ。ホーエンリンデンでオーストリアの大軍を破ったのはモローだからな。あれは、マレンゴに匹敵する……いや、マレンゴ以上の勝利だった」


「皇帝だって、モローの功績は認めておられた。だから、ご自分を爆殺しようとした大罪を許し、国外追放に留めたんだ」


「それなのに、裏切るなんて。なんだってモローは、ロシア軍なんかに入っちまったんだろう」



 亡くなる直前にデルマは、かつての上官(モロー)がロシア軍に入り、戦死したことを知らされた。


 モローは間違った場所にいたのだと、身も世もあらぬほどに嘆いていたデルマを、トリンカーノは、昨日のように覚えている。



「嫁が悪いんだよ。モローの妻は、ジョゼフィーヌ(ナポレオンの妻)と同じく植民地育ち(クレオール)で、ジョゼフィーヌと張り合ってばかりいたろ。その時も、新大陸なんぞで燻ってはいられないって、モローを焚きつけたらしいぞ。性悪な嫁を貰った悲劇だな」


 下品な声で一同は笑った。


「そういえば去年、レイニエ将軍も死んだっけな。デルマ将軍が死んだ4ヶ月後だ」


「レイニエ将軍は、クレベール将軍とドゼ将軍の死を見比べたんだろうよ。皇帝の駒となってマレンゴで死んだドゼ将軍は、アルプスの山のてっぺんに立派な墓を造って貰えたが、皇帝の意に反して撤退を主張し、エジプトで死んだクレベール将軍の死骸は、本土上陸を許してさえもらえなかったからな」


「皇帝は絶対だ。皇帝に逆らうなんて、ありえない!」


「まったくだ」



 デルマの最期の日々を共に過ごしたトリンカーノには、無責任で残酷な噂であることがよくわかった。


 けれど彼は、口を出すことはしなかった。


 デルマとベルナドットとの間の友情を、レイニエのぶっきらぼうな思いやりを、汚したくなかった。


 足音を忍ばせ、トリンカーノはその場を立ち去った。





 為政者の私物となり、数多の戦闘で疲れ果てた軍には、かつての若さも理想もなかった。


 3ヶ月後、諸外国に屈し、皇帝ナポレオンは、2度目の退位を強いられた。







fin.





お読み頂き、ありがとうございました。


主な参考文献をあげておきます。煩雑になるので、モローとデルマの評伝のみに留めます


John PHILIPPART "Memoirs, &c. of General Moreau"


Lemaire, Henri "Vie impartiale du général Moreau,"


Johannès Plantadis "Antoine-Guillaume Delmas, premier général d'avant-garde de la République (1768-1813)"



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