レイニエの軽口4
遠いエジプトとイタリアで、クレベールとドゼが同日同時刻に死んだという事実は、いつだってデルマを震撼させた。
一人はナパルトの過去を贖って死に、もう一人は、ボナパルトの未来を救って死んだ。
クレベールとドゼは、ボナパルトの代わりに死んだのだと、デルマは信じている。
彼は続けた。
「クレベールはともかく、ドゼは間違った場所で間違った死を遂げたと、俺は思っている。彼はボナパルトを救うべきではなかったし、マレンゴの失敗は、ボナパルトが自分でなんとかすべきだった」
マレンゴの勝利こそが、ボナパルトを独裁への道へ導いた。
イタリアで、第一執政となったばかりのボナパルトの軍がオーストリア軍に敗北していれば、勝利の栄冠は、半年後にドイツで白星を挙げたモローのものだったろう。
清廉なモローが政権を握ったとは考えにくいが、議員たちにより、ボナパルトの政府よりはマシな政府ができていたはずだ。
少なくとも、独裁者は誕生しなかった。
「ドゼは君の戦友だったんだろ? ボナパルトのヘマを救ってドゼは死んだ。それなのに君は、ボナパルトに忠誠を誓っている。悔しくはないのか、レイニエ」
デルマが問い詰める。
レイニエの目が赤く充血した。
「皇帝の下にくだった方がよいというのは、ドゼの考えなんだ」
「なんだって?」
「あいつの副官だったサヴァリとラップが皇帝に取り立てられたのは知ってるだろ? サヴァリなんか、かつて同じ軍にいた君を逮捕しに来たくらいだ。彼らは皇帝に対して過剰なくらい忠実だが、それはマレンゴで死ぬ前に、ドゼが言い含めたからだ。ボナパルトに逆らってはいけない。彼に忠誠を誓え、と」
初めて聞く話だった。デルマは呆気にとられた。
「ドゼの親友だったサン=シルも、表立っては皇帝には逆らわず、元帥にまで昇格された。ドゼの腰巾着だったダヴーは、最年少で元帥に指名された。俺自身は、軍規を破って決闘した罪でパリから所払いされたが、君と違って、すぐに軍に復帰を許され、貴族の身分まで与えられた。みんな、ドゼのおかげなんだよ。皇帝を守って死ぬことで、やつは俺たちを、皇帝の傘の下に送り込んだんだ」
「君は……君はそれで満足なのか?」
デルマの声が震えた。
戦友の死を利用するなんて。
死んだ友への、とんでもない冒涜に思えた。
「なら、俺たち元ライン軍将校が、全員、ボナパルトに疎まれたら、ライン軍の兵士どもはどうなる? デルマ、君にもわかると思うが、一度戦場に立った者は、なかなか普通の市民生活を送ることができない。人を殺しているからだ。それも、何人も、何十人も。そんな人間が、穏やかで退屈な生活になど戻れるものか! 軍こそが、彼らの生きる場所だ。彼らは、軍に留まらざるをえない。だがそれには、軍の実力者と渡りをつけてやる者が必要だ。本来ならそれは、ドゼの役割りだった。そもそもやつは、クレベールを擁護する為に、一足先にエジプトから帰国したのだ。クレベールは、ボナパルトの意志に背いて、エジプト撤退を決めたからな」
軍を置き去りにエジプトから帰国するにあたり、ボナパルトはドゼに、同じ年の11月になったら帰国するよう、書き置いていた。
しかし、クレベールがドゼを自分の大使に任命してトルコとの講和を結ばせた為、彼の帰国は遅れた。
イギリスに海を封鎖され、さらに、上陸早々にアブキール沖で船団を破壊された遠征軍には、帰国の方法がなかった。
おまけに、待てど暮らせど、本国からの指示も補給も全く届かない。
遠征軍の新総司令官クレベールは、イギリスの代将に仲立ちを頼み、トルコと講和して、スルタンに帰国の船を出してもらおうと目論んだ。
そこへ、ボナパルトによるクーデターの情報が届いた。
祖国の実権は、ボナパルトが握ったという。
ボナパルトは軍のエジプト残留を望んでいた。
撤退は、だから、ボナパルトの意志に逆らう行為だ。新しく祖国の実権を握った独裁者の意に反する。
クレベールは軍の撤退に先駆けてドゼを帰国させ、自分とボナパルトとの和解を取り持ってくれるよう、期待した。
同じライン方面軍の同志として。
それがドゼの一足早い帰国の真相であり、彼がマレンゴの戦いに間に合った理由でもある。
「けれどドゼは、マレンゴで死んでしまった。そこから先は、やつに代わって俺たちが、兵士どもを守らなくちゃならない。その為の渡りを、ドゼはつけてくれたんだ。ボナパルトの傘下に入るとは、そういうことだよ」
「なんてことだ!」
デルマは頭を抱えた。
「俺は、祖国を守る為には、今現在、武器を握っているボナパルトに忠誠を誓わねばならないと思い、ライプチヒの会戦に臨んだ。それと同じことを、ドゼは、君たちは、ずっと実行して来たのか」
「まあ、権力者の下に入れば、おこぼれにも預かれるしな」
下品な笑みをレイニエは浮かべたが、それはわざとだということが、デルマにはよくわかった。
レイニエは、元ライン軍の将校らは、決して、不当な富を懐に入れたりはしない。
そうやって高潔を貫いたまま、彼らは国を守り、同胞の為に戦ってきた。
「マルソー、ボーピュイ。革命の名のもとに、大勢の若者達が血を流した。ミルー、ラトゥールヌリエ。エジプトでもたくさんの将校や兵士たちが、栄光を信じて死んでいった。そして、クレベールとドゼの死。彼らの死を無駄にはできない。祖国にはまだ、大勢の元ライン軍の兵士がいる。彼らを守ってやらなくちゃならない。俺が皇帝に仕えるとは、つまりそういうことだ」
唐突にレイニエは言葉を切った。じっとデルマを見つめる。
「すまなかった。つい熱弁を振るっちまった。君は大怪我をしているというのに」
「いいや。久しぶりで清明な気分だよ」
なにかがすとんと腹に落ちた気がする。ボナパルトの負けは近いとデルマは思う。
だがそれが即座に祖国の没落とはならないであろうことも、彼にはわかっていた。
なぜならボナパルトと祖国は、全く別のものだから。
恐らく敵対している国々も、そこのところは理解してくれるだろう。
デルマ
◇
数日後、容態が急変し、デルマは亡くなった。
45歳だった。
4ヶ月後。捕虜交換で帰国を果たしてすぐにレイニエも没した。
過酷な環境の捕虜収容所で、体力を使い果たしてしまったといわれている。
デルマ
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