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ライン軍挽歌  作者: せりもも
デルマ

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10/15

スウェーデンの王太子2

モローの死について

https://serimomoplus.blog.fc2.com/blog-entry-101.html



 ブリュメールのクーデターで政権を握ると、ボナパルトはローマ教皇と和解し、その記念として1802年、テ・デウム(聖歌のひとつ)の式典が行われた。


 革命は宗教を否定した。それを復活させようというのだから、共和主義者たち、ことに軍の怒りは大きかった。


 式典は波乱含みだった。


 招待されたにも関わらず将校達の席は用意されておらず、怒った彼らは、司祭席を奪って着席した。


 また、モローの妻の席がなく、憤慨する彼女に、ボナパルトの母レティシアが自分の席を譲るという一幕もあった。


 ちなみに、モロー自身は式典を欠席している。



 ようやく式典が終わると、レセプションが行われた。


 旧ライン軍の将校らは、固まって談笑を始めた。


 そこへ、当時第一執政を名乗っていたボナパルトがやってきた。


「式典はどうだったかね」

ワインを片手に、さり気なく尋ねる。

 

 将校らは、ぴたりと会話を止めた。刺すような目線が向けられる。


 戦友達が静まり返る中、デルマは言い放った。


「ええ、素晴らしいです。全てが完璧だ。欠けていたのは、今、あなたが復元したばかりの宗教、それを破壊するために殺された100万人のフランス人だけですね」



 これがボナパルトの直接的な恨みを買い、その後デルマは、妻の実家のあるポラントリュイ(スイス)に閉じ込められた。


 10年近くの無為徒食の後、彼は、再び軍に召喚された。前年のロシア遠征の失敗で、熟練の指揮官が大量に不足したからだ。


 そして、ライプチヒで重傷を負った。



 デルマはため息をついた。


「大勢の戦友が国を守る為に死んだ。その死を無駄にはできない。やつらが大切にしてきたものを、俺は守り抜かねばならない」


 「モローが死んだ」

ぼそりと、ベルナドットがつぶやいた。


「なんだって!?」


 怪我人の体が跳ねた。


 ライン・モーゼル軍にいた頃、モローは、デルマの上官だった。


 デルマは、モローこそがボナパルトに代わって軍を掌握すべきだと考えていた。


「モローは、ロシア皇帝の下に入ったのだ。ドレスデンで両足切断の重傷を負い、手当も空しく、2ヶ月前にプラハで死んだ」


「あのモローが、憂国の士だった清廉潔白な男が、こともあろうにロシア軍にいたとは!」


デルマが嘆く。


「モローは、スペインから新大陸(アメリカ)に亡命していたが、実力を見込んだロシア皇帝が、フィラデルフィアの要人を介して助力を要請した。まさしく全ヨーロッパを救う為に、彼はこの大陸へと帰ってきた。そしてオーストリア皇帝の歓迎を受けた後、ロシア軍に入った」


「ああ、モローは間違ったところにいた! 彼は決して、祖国と戦うべきではなかった!」


 自身の傷の痛みも忘れて悔しがる戦友に、スウェーデンの王太子(ベルナドット)はほろ苦い笑みを浮かべた。


「君ならそう言うと思った。誰よりも軍を愛するなら。俺は、戦闘が始まる前に少しの間だが、モローと話す機会があった。彼は、ピシュグリュが死んだから、祖国を捨てたのだと言っていた」


はたしてデルマは信じなかった。


「嘘だろう? ピシュグリュは祖国を裏切った。ライン軍での戦いの間、俺達を裏切って王党派と通じていた。一方でモローは、熱烈な共和主義者だった」



「戦争の初めから、モローとピシュグリュはずっと一緒だった。最後まで2人は、戦友だったのだ」


「ピシュグリュのせいで、モローは、ボナパルトに嵌められたんだぞ」



ベルナドットは、静かに首を横に振った。



アレクサンドル一世(ロシア皇帝)オーストリアの宰相(メッテルニヒ)に対し、モローは助言をした」


 ゆっくりと、ひとつひとつ読み上げるように、ベルナドットは口にする。


・ナポレオン自らが率いる軍とは直接対決しない。


・万が一にも戦わざるをえない場合は、数で圧倒する。


・元帥たちを個別撃破する。


「モローの助言は、期せずして、俺がロシア皇帝に提言したのと同じ内容だった。ボナパルトはもう、おしまいだよ、デルマ。やつの帝国は終わるのだ。否、《《我々の祖国が巻き添えを食う前に、終わらせねばならない》》」



 頭を抱え込んでいたデルマが顔を上げた。


「ベルナドット。君も祖国へ剣を向けるのか?」


「いいや。この後、オランダへ向かう。スウェーデンは第二の祖国だが、俺は決して、フランスへ軍を向けることはしない」


 深いため息が、デルマの口から洩れた。力尽きたように、彼の体は沈んでいった。



「……何か言ったか?」


 ため息に音声が混じったのを聞きつけ、ベルナドットが戦友の上に身を屈めた。


「君は、いつもと変わらないガスコン(フランス南西部ガスコーニュ地方の人)だと言ったんだ」



「俺は、永遠に君のガスコンだよ」


応じるベルナドットの声が震えた。


「なあ、デルマ。スウェーデンに来いよ。北国が寒くて嫌なら、同盟軍に入るがいい。昔みたいに、また隣り合って戦おう」



 答えは早かった。


「最初に言った。ナポレオンに難があっても、フランスに罪はない。俺は常に同胞に奉仕する。革命の精神を奉じて死んでいった、多くの戦友達の為に」



「そう言うと思った」


ベルナドットの目は潤んでいた。


「だが、俺だって君の友人で、君も俺の友人であることに変わりはない。俺の心は決して君を離れることはない。そのことを忘れないでくれ」





 夜遅く友の元を離れたベルナドットを、デルマの秘書官トリンカーノが見送りに出た。


 トリンカーノは、味方の軍が去っていった後もデルマの傍らに残り、共にロシア軍の捕虜となった側近だ。


 先を歩いていたスウェーデン王太子が振り返った。


 その目には、友の前では零すことを耐えていた涙が、今にも溢れそうに盛り上がっている。


「彼は、ちゃんと世話を受けているか? 治療は完璧だろうか。薬は処方されているか? 食べ物や清潔な布など、全部揃っているだろうか?」


王太子の声は鼻声でしわがれていた。


「はい。この状況下で、能うるかぎりの手当ては受けておられます」


 秘書官は答えると、ベルナドットは、胸の隠しから財布を取り出し、懇願した。


「どうかこれを。彼の為に何の不足もないように」


秘書官は両手を後ろに回した。


「いいえ。スウェーデンの王太子殿下からは、何一つ受け取ってはいけないと、デルマ将軍からきつく申しつかっておりますから」


 いかにも潔癖なデルマらしかった。


 後から後ろ指をさされない為の配慮でもある。


 自分だけではなく、他国の王太子となったベルナドットが謗られることのないように。


 たまらず、ベルナドットは嗚咽を漏らした。








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