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悪役令嬢と石田三成  作者: 孔明
立志編
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第8話   執事将軍と困惑村長

 三成は調査には二三日はかかるだろうと言っていたのだが、驚くべきことにヘンリーが知らせを持ってきたのは翌日のことだった。

 愛する者がいると人間は強くなれる、という少年漫画で使い古された台詞は乙女ゲームの世界でも通用するものだったらしい。


「お嬢様! 一揆について調べてまいりました!」


「は、早かったわね。なにか分かった?」


「一揆はかなりの規模で、既に幾つもの商家が叩き壊され、食料を略奪しています。指導者はエカテリンブルク村の村長のトレヴァー・アイアンモアという男です。硬骨漢で有名な男で、他の村の人間からも慕われているだとか」


 だからこそ自らリーダーを買って出たのか、それとも他の村人からリーダーに祀り上げられてしまったのか。

 まだどちらかは分からないが、その男がリーダーであることに間違いはなさそうだ。三成がヘンリーとは別ルートで調べさせた情報でもリーダーは『トレヴァー・アイアンモア』となっていた。


「えーと一揆側の要求とはなんなのかしら?」


「細かいものは色々ありますが、一番のメインはこのままじゃ生きていけないので『税金を下げろ』でしたね」


 それを聞いたアナリーゼはぱぁと光を輝かせた。流石に公爵令嬢辞めろとか、そういう要求なら従えなかったが、これならばなんの問題もない。なにせ元々下げるつもりだったのだから。


「わ、分かったわ! 税金を下げればいいのね! じゃあ下げましょう! これにてミッションコンプリート!」


「戯け者!! 熟考せず安易に答えを出すな!!」


 だが直ぐに三成に怒鳴り声で駄目だしされた。


「え、でも三成さんだってアガレス公爵領の税金は戦時下のままで高すぎるとか言ってたし、なら要求通りに下げたらいいんじゃないの? そうすれば一揆に参加した人も一揆してる理由がなくなって万事解決じゃない」


「どうもお前は民草というものに、素朴で無辜なものだと幻想を抱いているようだ。民草とは想像よりずっとしたたかで、愚かで、強欲だ。ここであっさり折れてみろ。お前を舐め腐って、もっと大きな要求を出すのは目に見えている」


 現代人であるアナリーゼはそんなことはないと反論したい。

 しかし現代JKであるアナリーゼの倫理観と、戦国武将である三成の倫理観、この中世ファンタジー風異世界でどちらがより正しいかと言われればそれは後者だった。


「民を慈しむのも、可愛がるのも良いだろう。だが民に媚びるな、折れるな。民衆に舐められ弱いと思われた統治者の末路は惨めなものだぞ」


「で、でもできたら誰も死なない穏便な解決をしたいじゃない! ヘンリーの幼馴染だっているのよ! 絶対に、万が一にも、余計な犠牲者を出したくないの! ヘンリーの幼馴染のためにもね!!」


 チラッチラッとヘンリーの様子を伺いながら『貴方の幼馴染の命を心配してますよ』というアピールをする。


「お嬢様……そんなにも俺の幼馴染のことに心を配ってくださるだなんて……」


 感動でむせび泣いているヘンリー。アナリーゼの姑息な作戦は効果覿面だった。


「統治のことを考えれば、一揆には厳格に対処すべしというのが俺の考えだが、前の事情を鑑みれば、なるほど流血沙汰は避けるべきだろう。どうしたものか」


 頭を悩ませる三成。

 だが三成ばかりに頼っていられない。アナリーゼも自分でなにか良案がないものか考えてみる。

 一揆を鎮圧することは簡単だ。軍を派遣すればいい。アガレス領の軍が他と比べ貧弱だろうと軍は軍。鍬を担いだ農民の寄せ集めとは、装備も練度も物量も比べ物にならない。けれどそれをすれば軍隊のほうはともかく一揆側には大勢の犠牲者が出てしまう。最悪それでヘンリーの幼馴染が巻き添えで死ぬようなことがあれば、将来の死亡フラグ装填完了だ。

 かといって一揆側の要求を丸呑みするのも三成に断固として止められている。

 倒すことも、丸呑みも駄目。本当に一揆が起きるのが三か月後ならばと思わずにはいられない。そうすればアガレス家が減税政策をするのが分かって、一揆を思いとどまってくれたかもしれないというのに。


「あ、ちょっと待って。時間?」


 そこまで考えたアナリーゼに天啓のように閃いたアイディアがあった。


「ね、ねぇ。元々アガレス公爵領の正常化として税の引き下げは行う予定だったのよね? でもこの一揆の要求に従う形で、税を引き下げるのはNG。舐められちゃうと」


「えぬ、じー? ああ、近いうちに行うつもりだったが」


「ヘンリー。これは確認だけど、一揆って軍を派遣すれば簡単に鎮圧できちゃうのよね?」


「ええ。一揆としての規模は多いですが、やせ細った農民が鍬持って暴れてるようなのが大半ですから。傭兵団を頼らずとも、武装した公爵軍を派兵すれば鎮圧は容易いでしょう」


 こういうのを条件は全てクリアした、と言うのだろうか。

 アナリーゼは恐る恐る口を開く。


「じゃあその凄い武装した軍隊を見せつければ、一揆を膠着させることとかもできるかしら? 理想は睨み合いよ」


「まぁ、できるんじゃないでしょうか」


 素人考えのアイディアが本当に上手くいく保証はどこにもない。しかし何もしないよりはマシだとアナリーゼは決断した。


「よーし! なら一揆の動きをストップさせてる間に、私たちは色んな改革を実行するわよ!」


「ほう」


 初めて三成がアナリーゼのことを感心した目で見た。一方のヘンリーはまだ意味が分かっていないようなので説明する。


「話し合いで解決できれば一番だけど、私って悪役令嬢じゃない? いきなり改革するから一揆はやめてなんて言っても信用されないと思うのよ」


 ヘンリーは「そんなお嬢様が悪役令嬢だなんて!」と言うが気にせず続ける。


「けどお父様から権限を委任された私たちが、実際に改革を始めたのを知れば、口先だけじゃないって分かってくれるかもだし、流血もないまま時間が経てば、一揆をしてる側も気力が薄れてくんじゃないかしら」


「悪くはない。だが問題は軍を率いる指揮官の人選だ。功に逸った馬鹿が戦端を開いてしまえば、台無しになるぞ」


 三成の言う通りだ。今回の一揆鎮圧軍の役割は、軍の威容を見せるだけ見せて、実際には戦端を開かず一揆勢と睨み合いをすること。

 故に必要なのは名将でも猛将でも、戦端を開くなと言われたら何が起きても戦端を開かないことを徹底する、主君の命令を絶対に遵守できる愚直な人間だ。

 アナリーゼはその質問を待ってましたとばかりに微笑むと、


「何を言ってるの三成さん。ここにうってつけの人がいるじゃない。絶対に戦端を開かない、開けない、開こうとしない。そういう人が」


 アナリーゼの視線の先にいるのはヘンリーだった。


「お、お嬢様? 俺は執事ですよ?」


「執事がなによ! 今時は戦わない執事のほうが珍しい昨今、軍を率いるくらいイージーよ!」


「そ、そりゃ執事の嗜みとして戦闘はそれなりにこなせますが」


(やっぱりこなせるんだ)


 流石は乙女ゲー世界。需要をよく理解していると感心した。


「でも軍を率いたことなんて一度もないですよ、俺は!」


「アナリーゼ。本人がここまで無理だと言っているのだ。自分の無能で好きな女を殺してしまう責任に震えているのだろう。ここは別の……ただ大過なく仕事を終えることだけを望むような無気力な人間を送った方がましだ」


「……なんだって?」


 冷たい三成の言い方に、ヘンリーは怒りの眼光を向けた。だが三成はどこ吹く風だ。


「その指揮官が下手をこけば、ヘンリーの幼馴染は死ぬかもしれんが、それでお前を逆恨みするほど愚かでもなかろう。では俺の方から何人か候補を……」


「くそっ! 俺の負けん気を煽るため安い挑発しやがって!」


「?」


 キョトンとする三成を見て、アナリーゼはヘンリーを奮起させるための挑発ではなく、単なる天然だったことを確信した。


「分かった! やってやる! やってやるよ畜生! 戦端開こうとする馬鹿がいたら殺してでも止めて、亀のように閉じこもってやるよ!」


「そうか。なんで急にやる気を出したか分からないが、やるなら励めよ。孫子曰く、動かざること山の如しだ」


 方針が決まった以上、いつまでも部屋で話し合っているわけにはいかない。

 アナリーゼと三成の武器を持たぬ戦いが始まった。




 一揆が起きた地であるエカテリンブルク村は奇妙な静寂に包まれていた。

 原因は言うまでもなくエカテリンブルク村にやってきた鎮圧軍である。最初は一揆に参加した全員が玉砕を覚悟し、家族に遺言を残したりしていたのだが、待てども待てども鎮圧軍は攻撃を仕掛けてこない。それどころか村の前に陣を構えると、そこに亀のように閉じこもってしまったのだ。

 一揆側からしたらまったく意味不明の状況である。


「ねえ村長、一揆なんてもうやめてよ」


 一揆に不参加だった者を代表し村長のトレヴァーにそう言ったのは、紫色の髪をポニーテールにした小柄な少女だった。

 彼女こそヘンリー・バトラーの幼馴染で、アナリーゼの死亡フラグの切っ掛けにもなるユメリアである。女だてらに賢いと評判のユメリアは現状をよく理解していた。


「今はなぜか指揮官やってるヘンリーが踏ん張ってくれてるのか、軍隊は囲うだけで何もしてこないけど、あれがもし攻めてきたら終わりだよ」


 正論である。しかし正論が常に正しいとは限らない。

 トレヴァーはユメリアの両肩に手を置くと、穏やかな口調で言う。


「ここで一揆をやめてどうなる。あの税金のままじゃ、今年はともかく一年後には餓死者が出始めるだろう。冬だって乗り切れない。そして来年には一揆を起こす体力だって残らねえ。だから今年やるしかねえんだ」


「で、でも……」


「もう言うなユメリア、家に戻ってな。一揆は俺達が勝手にやっただけだ。お前らにゃ関係ねえ」


 断固とした口調にこれ以上の説得は無意味と悟ったユメリアが、自分の家へ帰っていく。

 その後ろ姿を見送りながらトレヴァーは、


「失敗したら失敗したらで、一揆の首謀者の俺含めた奴らが処断されて人減らしになる……そんなことまでは言えねえよな」


 トレヴァー以外の一揆参加者は、農作業において戦力外になりつつある初老の男が殆どだ。

 奪い取った食料も食べたように見せかけて、地下に分散して隠してある。これで一揆が失敗しても村は救われるだろう。

 そんな悲壮な決意をしたトレヴァーのもとに、村の男が慌てた様子で走って来た。


「そ、村長! 大変です! 今、旅人から話を聞いたら公爵領全体が大変なことになってるそうですよ!」


「くっ! 遂に動きやがったか!?」


「公爵から全権委任を受けたアナリーゼ公爵令嬢が税を引き下げたり、汚職役人を追放したり、なんか大改革をしてるんですよーーーーーーーーー!」


「!?」


 まったく想定外の事態に、トレヴァーの頭の中が真っ白になった。


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― 新着の感想 ―
アナリーゼ、最初の天啓 改めて見ると、これが思いつける時点で彼女は最初から凄かったんですねぇ
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