第71話 悪役令嬢と石田三成
バエル王国西方最大の貴族であるウァレフォル公爵家は、逸早く王都を脱出したヴェロニカによりいつでも全軍が出撃可能な体制となっていた。もし王家にヴェロニカの半分の果断さでもあれば、今頃革命軍は王都北方の要塞を越える事が出来ずにいたことだろう。
そしてそんなウァレフォル家に来客があった。ヴィクトリスの最側近であったメイドのテレーゼである。
「そう、ヴィクトリス殿下が亡くなられたの。それにマルグリットまで後を追って、ね」
「私は、お止めすることが、できませんでした」
悔しさを絞り出すようにテレーゼが言った。
「ヴェロニカ様。勝手な願いなのは重々承知しております。ですが、どうか、私に殿下の仇を……ユージーン・バエルを討つ機会をお与え下さい」
「気持ちは分かるがよぉ。難しいだろそりゃ。ユージーン殿下は妾腹とはいえ立派な王族だぜ」
話を聞いていたバジルが頭を掻きながら懸念を言う。
例えヴィクトリスの死の原因を作ったとはいえ、ユージーン・バエルはこの国の第一王子だ。しかも王の直系が他に未成年の女子(しかも評判が宜しくない)のエミリーしかいない現状、一番次の王になる正当性のある人物である。これを大っぴらに殺害することは、躊躇われる事であった。下手すれば謀反人である。
だがこれに待ったをかけたのはウァレフォル家に仕える軍師のウルリッヒ・シェパードだった。
「別に白昼堂々殺すわけではありません。やりようはあるでしょう。例えば一先ずユージーン殿下を王として担ぎ、ヴェロニカ様にバエル王国を統一していただき、しかる後に禅譲を迫るだとか」
「で、禅譲させた後は『病死』して貰うってことね」
ウァレフォル家の女将軍であるアウグステ・リヒテンシュタインが言うと、シェパードはにやりと笑い頷いた。元王国軍人であった彼だが、軍縮で強引に予備役に放り込まれて以来、王家への忠誠心は欠片も残っていなかった。
「ええ、あくまで策の一つですがね。それに黒紙の決起から始まる王族の醜態は、もはやバエル王家に王家たる器量がないことの何にも勝る証明。煙は上へ昇り、水は下に流れるもの。これは自然の摂理です。相応しくない王族が地に落ち、相応しいヴェロニカ様こそが飛翔される。これぞ正しい在り様でしょう。どうかご決断を、ヴェロニカ様」
「失礼ながらシェパード様。地に落ちた王族とは、ヴィクトリス殿下を含めてのことでしょうか? でしたら保護を求めてきておいて無礼なことは承知ですが、貴方に命を懸けた決闘を挑まねばなりません」
「失礼。もちろんヴィクトリス殿下以外の、先王の遺風を欠片も継いでいない盆暗共のことですよ」
テレーゼの尋常ではない怒気に、シェパードは慌てて弁明した。頭脳労働専門のシェパードは(元軍人でありながら)戦闘力は低い。ヴィクトリスの側に仕えていた万能メイドのテレーゼと決闘なんてしたら二秒で敗北するだろう。
「経済力なら三成ってヴェロニカ様ご執着の男のせいで、盛り返してきたアガレスにやや分があるけど、軍事力ならうちはアガレスを超えて、貴族家で一等賞よ。動乱に乗り出す準備はいつでもできているわ」
「友好国であるベリアル王国と隣接しているのも、上手く使えばこれ以上ないカードです」
「……ベリアル王国、ね」
アウグステとシェパードの発言を受けてヴェロニカが頭を抱える。ヴェロニカにとってベリアル王国――――というよりその王太女であるディアーヌは頭痛の種の一つだった。
「ディアってば王太女って立場のせいで、馬鹿な王政府も蔑ろにしないでしっかり『保護』しちゃったせいで結局カシムの決起に巻き込まれて、今はアルデバラン市にいるのよね」
「まぁ不幸中の幸いではあるでしょう。バエル共和国を名乗る軍事独裁政権にベリアル王国王太女を殺す理由はありません」
シェパードの言う通りバエル共和国がディアーヌを処刑しても、ベリアル王国から要らぬ恨みを買うだけなのでなんの意味もない。これでディアーヌの身柄を押さえたのが革命軍だったらベリアル王国に対しての人質にされたり、最悪処刑も有り得たので取り敢えずは安心である。
「ちなみにベリアル王国での革命思想の浸透はどうなの? あのヴォーティガンのことだから、バエル王国以外にも革命論をばら撒いていたんでしょ?」
「事前にディアーヌ殿下主導で等級制度撤廃に着手していたので、一部に熱狂的なファンはいますが革命が起きる程ではありません」
シェパードが淡々と答える。
「だとよ。どうすんだヴェロニカ?」
現在の情勢を聞き終えたヴェロニカに、バジルが意思確認のために聞く。
「二か月前にさ。ザリガニ令嬢と老いた亀成の最新刊が出て、そりゃもうゲラゲラ笑ったわ。何度も読み返して、何度も笑った。でも今はどれだけ読んでも全然笑えないの。続きがもう読めないから? それとも……」
大事な友達が、死んでしまったからか。
「それともの方だろうさ」
「――よし、腹は決まったわ」
一度決断すれば行動が迅速なのがヴェロニカである。ヴェロニカの指示のもとで、ウァレフォル公爵家はにわかに慌ただしくなり始めた。
一方でアガレス公爵領。
妙な悪寒のしたアナリーゼは朝食も食べずに、自分の部屋に閉じこもっていた。
誰も入らないで欲しいと言い含めてあったのだが、三回のノックにもアナリーゼが反応を返さないのを確認するや、遠慮なくドアが開かれる。
公爵家でこんな遠慮のない事が出来るのは一人しかいない。
三成だ。
「ノアの部下から報告があった。アルヘナ平原の戦いの顛末と、その後の顛末についてな」
「……聞きたく、ないわ」
「心して聞け、話すぞ」
「い、嫌! 三成さん、凄い恐い顔をしてる!」
「アルヘナ平原にて革命軍の迎撃に出たヴィクトリス殿下を、不義卑劣の輩たるユージーン・バエルが攻撃し、王軍側は混乱! その状況で革命軍と遭遇し、ヴィクトリス殿下は壮絶なる戦死を遂げられた!」
「やめてっ!」
悲鳴をあげるが三成は止まらない。
「匹夫たるユージーンは殿下を盾に王都へ撤退! 王都ではカシム・エリゴス率いる軍部がクーデターを起こし王宮を掌握するもユージーンと王女エミリーは逃亡し其々の後援貴族のもとで王に即位! カシム率いる軍事政権はアルデバラン市に遷都! 王都は革命軍により陥落! ヴォーティガンはイジドール自由連邦建国を宣言した!」
そして三成は自分自身でも気持ちを整理するように一拍置いてから、
「そしてハルファス伯爵令嬢マルグリットは……ヴィクトリス殿下の後を追い、自害なされた」
絞り出すように言った。
「あ、ああ、ああ、あ……」
最悪の可能性を想像してしまい、逃げるように部屋に引きこもったアナリーゼ。しかし三成から齎された報告は、アナリーゼの想像を超えていて、最悪に底なんてないことを思い知らされた。
「う、ああああああああああああああああああああああ!」
吐き出された激情と共にアナリーゼの魔力が暴走して、周囲のものを手当たり次第に破壊していく。廊下で様子を伺っていたアスールが慌てて三成の手を掴んだ。
「三成様! お嬢様の魔力が暴走しておられます! 一度お逃げを! ご自分のせいで貴方を傷つけてしまったら、お嬢様の苦しみがもっと深くなってしまいます!」
「いらん」
「ですが!」
「アスール、ここは三成殿に任せるんだ」
アスールと同じように様子を見守っていたヘンリーがアスールを制すると、部屋を出ていく。
それを確認してから三成はアナリーゼのもとへ近づいていった。相変わらずアナリーゼは魔力の暴走で周囲のものを手当たり次第に破壊しているが、三成には傷一つつかない。例えどんなに激情に駆られようとアナリーゼは八つ当たりで人に暴力を振るう女ではないと、三成は確信していた。
「私のせいよ……私が死亡フラグを回避しようと……いらないことをしたから……ヴィクトリス殿下を……マルグリット殿下とくっつけたのも……私が、全部……私が、なにもしてなければ……こんなことには……」
「傲慢だな、アナリーゼ。お前は神仏にでもなったつもりか? 信長公も家康も、そして太閤殿下すらも。未来を全て見通し、どんな状況でも常に最善の選択肢を選んできたわけではない。その場においての最善が後になって最悪に化けたこともある。この三成も……生涯において何度誤り続けたことか。忍城攻め、家康暗殺の進言を却下、そして関ヶ原。失敗ばかりの人生であった」
「失敗は誰にでもあることだから仕方ない、失敗は次に活かせばいい。お母さんからよくそう言われたわ」
「ならば……」
「でも! 命の失敗は……取り戻せない。ヴィクトリス殿下もマルグリットも……取り返せない……」
どれだけ後悔しても、強く願っても死んだ人間は蘇ることはないのだ。バジル・フェニックスの超魔法のように、生まれ持った奇跡を身に宿してでもいない限りは。
「だから次を生かせ」
「つ、ぎ……?」
「ヴィクトリス殿下とマルグリット・ハルファスは死んだ。もう取り戻せない。しかしお前が死なせたくないと思う者たちは二人だけではないだろう?」
「死なせたくない、人達……」
三成が真っ先に浮かび、ヘンリー、アスールなどのアガレス家の群臣達。それにヴェロニカ達などの学園の友達達の顔が浮かぶ。その中にはクーデターを起こしたカシムや、革命を引き起こしたヴォーティガンの顔もあった。
敵も味方もない。善も悪もない。
アナリーゼは思い浮かんだ全員に、死んで欲しくなかった。
「ねぇ三成さん」
「なんだ?」
「私はヴェロニカたちクラスメイトは勿論、革命を起こしたヴォーティガン先輩やクーデターを起こしたカシム先輩にも死んでほしくないの」
「それをやるにはお前はこの世界で太閤殿下に等しい力を持たねばならない。だがそれは王としては誤ったことだ。私事で権力を用いる悪しき行いだ」
「悪者でいいわ……だって私は『悪役令嬢』だもの」
英雄が救えるのは、自分の味方した正義だけだ。反対の正義を掲げる者達は悪として打倒しなければならない。だったらアナリーゼは、自分の味方も敵である悪すら救うために、主人公をも踏み躙る悪役となる。
「どれだけの人の怒りも憎しみも正義も想いも無視して、私は身勝手な我儘を押し通すわ。悪役令嬢も極めれば天下人よ」
「天下人か。お前には無理だ。だが……」
アナリーゼの前に立った三成が、アナリーゼの手を握る。アナリーゼにとって久々に感じる暖かい温度だった。
「『悪役令嬢と石田三成』ならば、或いは」
アナリーゼは覚悟が決まった。アナリーゼは石田三成が味方でいてくれるという事実だけで、無限に勇気が湧いてくるのだ。
「ええ、そうね。我儘放題の悪役令嬢でも石田三成がいれば天下取りだってできるわ」
「ああ。俺が嘗て太閤殿下の隣で見た景色を、お前に見せてやる」
「ええ、じゃあ始めましょうか、私たちの天下取り」
それは決して歴史書にも記されない舞台裏の一幕。
けれどこの時、少女がした一つの決意は、世界の歴史を変えることになるのだ。
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