第7話 お嬢様と執事
アナリーゼと三成は二人だけでアナリーゼの私室にいた。
これから乙女ゲームや前世のことも交えた話をするためだ。万が一にも盗み聞きされたら大事なので防音の魔法を張っている。
「『しぼうふらぐ』……お前が死ぬ要因だったか。今回のことがそうだと?」
「ええ。確証はないけどたぶんそうだと思う」
「詳しく聞かせろ」
「私が前世で見たネタバレ糞レビューアーのレビューにこんなことが書いてあったのよ」
不本意ながらこの世界における命綱の一つであるネタバレ糞レビューアーのレビューを思い起こす。
『糞悪役令嬢の執事の癖して、初期からやたら好感度が高いことで評判のヘンリーですが、実はこいつの死んだ幼馴染と主人公は声がそっくりって設定があるんですよね。主人公と敵対陣営なのに、ナチュラル内通者ムーブかますのも主人公に死んだ幼馴染の面影を見てるからです。いや声だけだから声影www』
文章に大量に『www』なんてつけてたものだから、苛々したのを覚えている。
「あの糞レビューアー! 物語の中で知るから盛り上がる情報までばんばんとネタバレしてくれやがってからにファック! でもお陰で助かってるわよサンキュー! もっと見とけば良かった!」
「お前はそのネタバレ糞レビューアーを恨んでいるのか感謝してるのかどっちなのだ?」
「恨み7割、感謝3割くらいよ!」
だがよく考えてみるとアナリーゼがゲームを買おうと決意したのはネタバレ糞レビューアーのレビューを見てしまったことがきっかけである。ゲームを買いに行かなければ当然事故死することもなかったわけで、やはり恨み9割くらいかもしれない。
「と、ともかくゲームでのヘンリーの幼馴染は死んじゃってるところから主人公と出会うわけだから、たぶんこの一揆で死んじゃうんじゃないかって思うのよ!」
「お前にしては良い着眼点だ」
お前にしては、は余計だとアナリーゼは心の中で突っ込んだ。
「別にヘンリーとゲーム主人公のヴェロニカに恋愛フラグがたつことはいいのよ。一緒に私の死亡フラグまでたたなければ、素直に応援してもいいのに、なんでゲームの私はマストダイなの!?」
「知らん。だが……もしかしたらこの一揆、ただ幼馴染が死ぬだけではないのかもしれんぞ」
「どういうこと?」
「『げーむ』でのアナリーゼがこの一揆になんらかの関わりをもって、そのせいでヘンリーの幼馴染が死んだとしたらどうだ? ヘンリーにとってアナリーゼは幼馴染の仇ということになる。仇討ちの理由としては十分だな」
「!」
死んだ幼馴染と声がそっくりということを切っ掛けに、悪役令嬢の執事というポジションでありながら主人公と交流を深めるヘンリー。話が進むと実はその幼馴染の仇が仕えている悪役令嬢であることが発覚し、幼馴染の仇討ちのためにも主人公側に寝返る。そういう乙女ゲームのプロットがアナリーゼにはありありと想像ができた。
「復讐からのデッドエンド! や、ヤバいじゃない! あ、そうだ。逆になにもしなければいいんじゃない? そうしたらヘンリーから余計な恨みを買わずに済むわ!」
「ついこの間までならそれもありだっただろう」
「ど、どういうこと?」
「忘れたのか。あの公爵から白紙の委任状を渡されたばかりだろう。一揆を収める責任は他の誰でもなくお前にある。もし何もせず見過ごした結果、幼馴染が死ねば、それはそれで恨みを買うぞ」
「退路、ないじゃない」
「ない。生きたければ、働け。乱世において何もしない者に待つのは死だ」
「うぅ……なんで女子高生が、一揆の解決に頭を悩ませないといけないのよぉ……ベリーハードだわ……」
きっとこんな女子高生はこの世界に自分だけだろう、と思ったところで自分にとっての”この世界”は日本ではなくこの異世界であるという現実に気付く。
転生しなければあのまま交通事故で死んで終わりだったのでそのことに文句はない。だがどうせゲームの世界に転生するならもっと平和な日常系のゲームが良かったと思わずにいられないアナリーゼだった。
「ともかく先ずは一揆の情報を調べるぞ。ヘンリー・バトラー……あの男を扱き使うとしよう。自分の幼馴染の命がかかっているならば、必死で働くだろう」
「そうね。ヘンリー!」
早速ヘンリーを呼んだ。入室してきたヘンリーは表情がいつもより強張っている。よっぽど幼馴染が心配なのだろう。
三成がヘンリーに指示をすると、
「つまり俺は一揆側の情報を調べて来ればいいのですね?」
「ああ。お前の幼馴染が一揆の起きた村出身なら伝手くらいあるだろう? やれ」
「承知いたしました」
ヘンリー・バトラーは石田三成のことを嫌っている。
けれどヘンリーにとっては、三成への嫌悪より幼馴染の命のほうが遥かに大事なのだろう。なので三成の指示にも一切躊躇わずに従った。
アナリーゼはヘンリーの背を見送りながら顔も知らないヘンリーの幼馴染の無事を祈った。




