第65話 終わりと始り
オルバートの葬儀が終わると、直ぐに年が明けて、生徒会選挙のシーズンとなった。一年生で生徒会長になった者は次の年も立候補するのが通例なことと、別の人が生徒会長になって暗殺されるようなことになれば後悔してもし足りないという理由から、アナリーゼは二年連続で生徒会選挙に立候補することになった。そして、
「他に立候補する人がいなかったから、信任投票だけであっさりと決まっちゃったわね」
「それはそうよ。新一年生にアンタ並みのスターはいないし、去年対抗馬だったカシムとヴォーティガンの二人は三年生だしね」
「……まあヴェロニカ先輩が出馬したら話は別だったと思いますけど」
ナディアの言うように王族のヴィクトリスは例外として、アガレス家のアナリーゼの対抗馬となりうるのはヴェロニカしかいない。そのヴェロニカがアナリーゼ支持に回っているのだから、態々派手に玉砕するために立候補する物好きなどいるはずもない。
「んー。うちの家臣の中には出馬を勧めてくるのもいたけどね。別に生徒会長になってやりたいことなんてなかったし」
ヴェロニカは人材マニアで有名だ。アナリーゼは常に側にいるバジルしか知らないが、ウァレフォル公爵家には優秀な人材が綺羅星のようにいて、その中にはアナリーゼを良く思わない者もいるのだろう。
「ま! なにはともあれ無事に生徒会長に再任できたことだし、メンバーはまた一年宜しくね!」
「おいおい、他はともかく俺は駄目だぜ。俺は今年で卒業だからな」
「あ」
そう言われてセシルだけは三年生であったことを思い出した。そして別れがもう目の前まで迫っていることも。
「セシルちゃんが卒業ってことは、ヴォーティガン委員長やカシム先輩とももう直ぐお別れなのよね。なんだか寂しくなるわ」
「ヴォーティガンは内務省、カシムは軍大学。文武の違いはあれどっちも出世コースの最前線だ。生まれながらに最前線のアナリーゼならいずれ会うこともあるさ。ところで俺の後の新メンバーはどうするんだ? 誰かあてはあるのか?」
「うーん。仲の良い友達はそこそこいるけど、生徒会の仕事に興味あるかどうかは分からないわね」
「別に無理して入れないでも、去年みたく次の一年生のためにとっておけば?」
「私は会長の判断に任せます」
「加えるなら男にしてくれ」
ヴェロニカ、ナディア、三成が其々意見を言う。特に(一応)男性のセシルがいなくなると、男が自分だけになってしまう三成の言葉には切実なものがあった。
「じゃあセシルちゃんの書記はナディアちゃんが代わって、庶務は新一年生のためにとっておきましょう!」
異論は出なかった。
それから生徒会長になったアナリーゼが暗殺者に襲われるような事もなく、平穏に日々が過ぎていき、早いものでシリウス王立学園は卒業式の日を迎える事になった。
「はぁ~~~~~~はぁ~~~~~はぁ~~~~~」
そんなおめでたい日に態々アナリーゼ達の教室に転がり込んできて、溜息ばかりをついて、幸せを凄まじい勢いで逃がしていっているのはロウィーナである。
「溜息が五月蠅ぇよ閣下!」
「幸せが逃げちゃいますよ」
あまりにも溜息を聞かされて苛々したミランダと、うんざりしたアナリーゼが揃って言った。するとロウィーナは涙目になりながら叫んだ。
「その幸せがこれから卒業していっちゃうから溜息をついてるんじゃないですか! まったく学園にはなんで卒業なんてシステムがあるんです? ずっと学生のまま学生生活をしてればいいじゃないですか!」
「無茶言わないでよ」
ヴェロニカが呆れたように言った。アナリーゼは内心でロウィーナと違う意味で同意してしまったのは内緒である。
その時だった。教室の扉が開いて、風紀委員のニンファが入ってきた。
「失礼します。ロウィーナ先生閣下はいますか?」
真面目なニンファにもロウィーナは安定の閣下呼びだった。
「なんですか? 私はロンリーブルーなんです。魔法の質問ならせめて卒業式の後で……」
「ヴォーティガン委員長が呼んでいます。話したいことがあるそうです」
「え!?」
「やったじゃないの閣下! これは間違いなく告白よ!」
「ええ、卒業して教師と生徒の関係じゃなくなるから遠慮なくって流れね。ヴォーティガンってばやるじゃない」
アナリーゼとヴェロニカが言うと、先ほどまでのブルーな態度はどこへやら。ロウィーナの表情がどんどん明るいものになっていく。
「ヴぉ、ヴォーティガンくんはどこにいるんです!?」
「こちらです、案内します」
「頑張ってねー閣下!」
ニンファに連れられて行くロウィーナに声援を送る。本当なら告白の瞬間を尾行しているところであったが、もう直ぐ卒業式なのでアナリーゼは泣く泣く諦めた。
そうしてロウィーナはヴォーティガンと誰もいない教室で二人っきりになっていた。ロウィーナは心臓のドキドキ音がヴォーティガンに聞かれてしまわれないだろうか心配しながら、ヴォーティガンの言葉を待つ。
「お呼びだてしてすみません。どうしても二人っきりで話したいことがあったので」
ヴォーティガンは安心させるような穏やかな笑みを浮かべながら言った。ロウィーナは教師のプライドから、大人の余裕の表情を取り繕い、完全に大失敗したにやけ顔で答える。
「ええ、ええ構いませんよ! さぁヴォーティガンくん。先生に話とはなんですか!?」
どん、という音をロウィーナを聞いた。その発生源が自分のお腹のあたりで、ヴォーティガンに無言の腹パンをされたのだと遅れて気付いた。
「かふっ…………え?」
力を失い倒れる足。その様子をヴォーティガンは冷徹な目で見降ろしていた。
(あれ……なんで……わたし……倒れ……)
「全身全霊で愛している、だから、さようなら」
(愛し……て…………)
最後にそんな言葉を聞いてロウィーナの意識は、深い暗闇へと落ちていった。
ヴォーティガンがロウィーナを気絶させるという形で引導を渡したのを確認すると、風紀委員のメンバー達――――否、同志達が姿を現す。
ロウィーナをここまで案内してきたニンファ・クラレンスに、カール・ミストラルに、アナリーゼが立候補したことで選挙から降ろされたアルガ・マリーナ・ナベリウス、アナリーゼのクラスメイトであるリュシエル・ウィンドラスもいた。
「やはりこうなったか。君が人間らしい幸せを手に入れてくれるかもと期待していたんだがね」
と、リュシエルが言うと、
「……閣下は私が保健室に運んでおきますね」
と、ニンファが言って、
「まったく侯爵家の子息だった僕が革命に加わることになるなんてねぇ」
と、アルガ・マリーナが皮肉気に言った。
「ヴォーティガン……いいや同志ヴォーティガン。時間だ」
最後にカールが言うと、ヴォーティガンは力強く頷く。
「ああ、行こう」
そしてヴォーティガン・リドルは漆黒のステージ衣装に着替えると、卒業式という名のステージに上がる。
この世界は乙女ゲームの世界である。
主人公がいて、ライバルの悪役令嬢がいて、友達がいて、なにより五人の攻略対象達がいる。
そう、乙女ゲームなのだ。
アナリーゼは共通ルートたる学園編の終わりを、自分とヴェロニカが卒業する年だと思い込んでいた。しかし例え戦争が起きようと人が死のうと乙女ゲーである以上、共通ルートの時点で攻略対象が卒業していなくなってしまうなんてことは有り得ないのである。
つまりヴォーティガンとカシム。二人の先輩が学園を卒業する今日この時が共通ルートの終わりであり、動乱編の始まりなのだ。
アナリーゼはまだ、そのことに気付けない。
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