第63話 ハラキリとヤバい妹
ザリガニ釣り大会当日。
ナディアは友達になったクラスメイトと共に、万全の準備を整えて臨んでいた。
「生徒会入りのため、絶対にこの大会で優勝してみせますよ! 妥協に妥協を重ねて優勝できなくてもアナリーゼ会長は絶対に超えます!」
筋金入りのブラコンのナディアにとって、兄からの頼まれ事は全てに優先される。比喩ではなくナディアはこの大会に命を懸けていた。
「このザリガニ釣りにはソロモン大陸の未来と、私の生命とが賭かっています。頑張りましょうローズ」
「なんか凄いものが両肩に伸し掛かってきた!?」
いきなり大陸の未来と友達の命を懸けられた一般生徒のローズは哀れにも衝撃を受けていた。
だがそんなナディアの様子を眺める兄カシムはといえば、
「ナディアの奴……やけに気合入ってるな? そんなに楽しみにしてたのか、ザリガニ釣り」
まさか自分の妹が軽い気持ちの頼みに命懸けでいることなど知らないので、そんな風に勘違いをしていた。これにカシムの横にいる少女が曖昧に返事をする。
「妹様も初めての学園生活で、少々はっちゃけたくなっているのではないでしょうか?」
彼女は騎士部副部長のリュミナ・ローウェンである。二年生だがアナリーゼとはクラスが違うので面識はない。現在は学園内におけるカシムの側近のような立場にあった。
「それなら、うん。良いことだ。あいつも父が死んでからずっと肩ひじ張ってきたからな。学園生活を楽しめているならそれが一番だ。しかしあいつは学業も実技もともに優秀なんだが、たまに思い込みが激しくて猪突猛進気味なところがあるからそこが心配だ」
「でもそれも部長を思うが故ですよ。羨ましいです」
「ああ。自慢の妹さ」
そして二年生のアナリーゼのクラスにも動きがあった。最初に動いたのはミランダである。ミランダはいつものように高飛車に、けれど少し緊張しながらヴェロニカに声をかけに行った。
「おーいヴェロニカ。今年はと、『友達』の私が、お前と組んでやってもいいぜ?」
以前アナリーゼがたてた作戦の甲斐あってクラスメイトと打ち解けたミランダだったが、ツンデレ気味なところは相変わらずであった。
「ああ、ミランダ。それなんだけど――――」
「何言ってるんです! 私の両手の右側はヴェロニカの指定席なんです! ちなみに左側は三成さんで膝の上がアナです!」
ヴェロニカの返答を待たずに凄い勢いでディアーヌが間に入ってきた。
「まったくもう。別にディアのハーレムに加わるつもりはないけど、最初に約束してあったのはディアなの。だからごめんなさい」
「そ、そんなぁ……」
いくら先約があったからとはいえ、勇気を出して誘ったのに断られてしまったショックにミランダは項垂れる。しかしそんなミランダの背中をヴェロニカはポンと叩いた。
「そんな落ち込まないでよ。大体ね、アンタの友達は私だけじゃないでしょ?」
「え?」
するとエドムンドがミランダに駆け寄り、恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをしてから言った。
「ミランダさん。もし宜しければ、私とペアを組んでいただけませんか?」
瞬間、ミランダの表情がぱぁと明るくなる。
「そ、そんなに私と組みたいのか? な、なら組んでやっても……い、いいぜ!」
「はい、お願いします」
こうしてアナリーゼのクラスは一人の例外もなく、無事にペアを組めた。
そしてアナリーゼはといえば、ミランダとエドムンドの間に友情とは違う感情の芽生えの予感を感じ取りながらも、一旦それは置いておいて邪悪っぽい笑みを浮かべる。
「ふふふ。なんだかよく分からないけど真剣勝負を挑まれた以上、今年はアーチャーの真似とかいうボケはしないで、全力全開よ! フルスロットル!」
「ああ。生徒会権限で大会の下見に来た際、ぎりぎりまで稽古を重ねた。前回のように遅れはとらん」
アナリーゼと三成の目には闘志の炎が燃え盛っていた。命懸けのナディアと違い、アナリーゼにとってザリガニ釣り大会は単なるゲームでありお遊びである。なのにどうしてここまで本気なのかと問われればアナリーゼは、
「そのほうが楽しいからよ!」
と、いうように返すだろう。挑まれた勝負に、本気でやらずに適当にやるほうが相手に失礼だし、なにより面白くない。遊びだからこそ本気でやる、それがアナリーゼの人生哲学であった。
そしてアナリーゼと三成ペアは百匹のザリガニを釣り上げて、見事第二回大会で優勝を果たした。
大会終了後。ナディアは沈痛な面持ちで生徒会室に現れた。
「おみそれ致しました、会長。優勝までされるなんて完敗です」
命懸けでザリガニ釣りに挑んだナディアは個人成績ならアナリーゼと三成のどちらも凌駕するザリガニを釣り上げていた。しかしザリガニ釣り大会はペア勝負であり、ナディアの相方であるローズは頑張ってはいたが、そこまで量を釣ることはできず結果は九六匹であった。
「完敗って惜敗じゃないの? 初挑戦で九六匹なら半分くらい優勝してるようなものよ」
「負けは負けです。会長、これを」
そう言ってナディアが机に置いたのは短刀であった。
「覚悟は、できております」
「いらないわよ、そんな覚悟!?」
「最近の若い者は覚悟決まってんなぁ」
「二歳しか違わないでしょ」
ヴェロニカがセシルに冷静なツッコミを入れた。
「私は生徒会庶務の地位を得るため、自分の命を賭けた決闘を挑み、それに負けたのです。ならこの命を渡さなければなりません」
このナディアの言動に三成は感じ入る様に頷いた。
「女だてらに見事な胆力だ。確かこの国では女も武士になれるのだったな。よし、腹を斬れ。介錯は俺がしてやる」
「三成さんものらないで!」
洒落の利かない三成に任せていたら、本当にナディアを切腹させてしまいそうなのでアナリーゼは全力で押し留めた。
「じゃ、じゃあこうしましょう! 私に命を渡すっていうなら、約束して! 自殺とか自爆とか、とにかく安易に死んだりしないって!」
「し、しかしそれでは……」
「納得がいかないならお願いもう一つ追加! アディショナル! 生徒会は今現在、庶務が欠けて大変なの! だから優秀な一年生に手伝ってほしいなって思ってたんだけど、お願いできるかしら?」
「な!」
ナディアが驚く。なにせそれはナディアが勝利した場合の条件をアナリーゼが受け入れるということであったからだ。
「異議なーし」
「いいんじゃないの?」
「任せる」
セシル、ヴェロニカ、三成も其々アナリーゼに同意する。そもそもこの場にいる全員がナディアを普通に生徒会に受け入れるつもりだったというのに、色々勘違いしたナディアが勝手に勝負という条件を出しただけだったのだ。反対する理由は元々ありはしない。
「どうやら本当に完敗のようですね。生徒会庶務、謹んで拝命いたします」
そう言ってナディアは入学して初めて心から微笑んでみせた。こうして無事にナディア・エリゴスが生徒会のメンバーとして加わったのである。
じゃあ歓迎会をしよう、と生徒会メンバーが盛り上がる中、ナディアはおずおずとアナリーゼに小声で尋ねる。
「(と、ところで会長。お兄様とのことを応援してくださるというのは……今も有効ですか?)」
「っ! もちろんよ!」
そしてアナリーゼは他には聞こえないよう三成に小声で相談する。
「(チャンスよ三成さん! ヘンリーはユメリア、ヴォーティガン委員長は閣下、ヴィクトリス殿下にはマルグリット、ここでカシム先輩がナディアとくっつけば、バジル以外の全攻略キャラのルート封鎖が完了するわ!)」
「(最後が実妹とは……最難関だな)」
三成の時代でも腹違いでもない実の肉親同士は禁忌であったので、それを成立させる難易度に冷や汗をかく。
実のところヴォーティガンとロウィーナも実の兄妹なのだが、当然アナリーゼも三成もそのことを知らない。知るのはヴォーティガンのみである。
「恋愛のプロフェッショナルの三成さん! いい作戦はある?」
「そもそもの前提だが、ナディアのほうは相手が実兄だろうと構わんのだろうが、カシムの方はどうなのだ? 実妹のお前を恋愛対象としてみているのか?」
「ちょっと、分からないですね」
「ではそこを確認しなければならんな。俺に考えがある。もっとも――――」
三成はちらりとナディア歓迎会の準備をテキパキ進めるヴェロニカとセシルへ視線を向ける。
「それは明日のことだ。今は宴を楽しむといい」
三成はまだ仲がこじれる前に幼馴染と囲んだ宴を思い出しながら、しみじみと言った。
そして翌日。三成はカシムが中庭で読書をしているという情報を掴むと、直ぐにそこへ向かった。アナリーゼとナディアも離れたところから三成の様子を伺うため付いてきている。
「カシム、今いいだろうか」
「君一人か? 珍しいな、いつもはアナリーゼと一緒なのに。どうしたんだ?」
「アナリーゼが好きだった小説に『俺の妹がこ〇なに可愛いわけがない。』というものがあった。略称は俺妹。題名通り兄と妹の恋愛小説らしい」
「ぶーーっ!」
思わず離れた位置に隠れていたアナリーゼが吹き出してしまった。
いきなりそんな事を言われたカシムはといえば完全に困惑していた。
「そ、そうなのか。それがどうしたんだ?」
「話は変わるが実妹を恋愛対象にすることについてお前はどう思う?」
「い、いきなり何なんだ!?」
「お前は実妹に欲情した経験があるか聞いているのだ!」
オブラートに包むだとか、さり気なくだとか、そういう気遣いの一切ないど真ん中ストレートに、それを見守るナディアは固まってしまっていた。
好きな小説の話題から、それとなく妹物の小説の話をして、そこから自然と妹との恋愛に話を発展させるようにというアナリーゼの指示はまったく役に立っていなかった。
カシムは暫く固まっていたが、
「そりゃあんな可愛い妹をもって羨ましいな、なんてクラスメイトには言われるが、ナディアはあくまで妹。そういう感情は未だかつて一度として抱いたことはないし、今後とも抱かないよ」
「そうか。つまりお前はナディアのことを妹としては愛しているが、恋愛対象としてはまったく眼中にないということだな?」
「あるわけないだろ、妹だぞ」
カシムの余りにも常識的な発言は、様子を伺っているナディアには致命傷だった。
「ぐはっ!」
(ナディアちゃぁぁぁあああああああああああああああん!)
アナリーゼは泡を吹いたナディアを揺らすが、再起不能だった。一方でカシムの話はなおも続く。
「もしかして三成。お前……ナディアに気があるのか?」
恋愛的にはまったく眼中になくとも、カシムにとってのナディアはこの世界で誰よりも大切な妹である。その可能性に思い至ったカシムは恐る恐るといった様子で三成に尋ねる。
「まったくない。俺の趣味ではないな」
だが三成の返答はこれだった。カシムの中で血管がプチっと切れた音がした。
「おい! なんだその言い草は! ナディアのどこが不満だ!」
「用件は済んだ。ではなカシム」
「くっ……なんだったんだ、一体……」
一方的に話を打ち切ると、三成はそのまま退散していった。
そして生徒会室に戻った三成は開口一番に言った。
「結論が出たぞ。脈は皆無だ、諦めろ」
「ぐふっ!」
それがナディアへのとどめとなった。ナディアは血反吐を吐いたようなリアクションをすると机に突っ伏してしまう。
「三成さん。もうちょっとこう、手心を……」
「な、なにか手はないんですか!?」
不屈の意思で復活したナディアが言うと、
「諦めて挑戦すれば可能性が開けるならそうするよう勧めるが、今回は諦めず挑戦しても無駄骨だ。諦めろ」
三成に容赦なく追い打ちをかけられた。再び「ごはっ!」と断末魔をあげたナディアが机に突っ伏してしまう。
「ほ、ほら! 人類の半分は男性なんだから、中にはきっとカシム先輩並みに素敵な人もいるわよ」
「お兄様より素敵な男性なんて、この宇宙には存在しません! どうして私はお兄様の妹として生まれてしまったの……妹として生まれなければ……ああ、でもそうしたら私はお兄様の妹である私を失ってしまう……私は、両方欲しいの、に……………あ!」
「ど、どうしたのナディアちゃん?」
「妹じゃ結婚できない、なら…………妹じゃなくなれば……」
「ナディアちゃーん、もしもーし」
ぶつぶつと呟いていたナディアは、急に明るい笑顔でアナリーゼへ振り返ると花のように笑ってみせた。
「ありがとうございます、会長、三成さん。お陰でナディアは進むべき道が分かりました!」
「そ、そうなの? なら良かったわ……」
この時、アナリーゼも三成もナディアは兄への感情に折り合いをつけ、前を向いて生きていくことにしたのだろうとしか思っていなかった。だがナディアの思考回路はアナリーゼと三成の想像もしない結論に達していたのだった。
(いずれかのタイミングで死を偽装することでナディア・エリゴスを殺し、整形魔法で顔を変えて別人としてお兄様の前に現れればいい。そうすれば私はお兄様の妹であった過去を失わずに、お兄様の恋人になることができる)
ナディアは密かに信用できる腕のいい整形魔法の使い手を探し始めた。




