第62話 爆弾娘とカンニング
それから時は過ぎて七月、シリウス王立学園は卒業式を迎えた。
この日だけは名目上の校長に過ぎないオリヴァント四世も、国王としてではなくシリウス学園校長として出席する。これはバエル王国の王立学園でもシリウス王立学園だけのことで、最高学府の証でもあった。
シリウス王立学園卒業式への出席は国王としての大事な仕事ではあるが、当のオリヴァント四世はといえば、
「面倒臭いなぁ。こんなことに出席するくらいなら、風景画でも書いていたいよ」
という調子であった。
「今日のほんの数時間だけ我慢してください陛下。そのかわり料理長に陛下がお好きなケーキを山のように用意しておりますので」
宰相のドラコリスが面倒くさがる王をどうにか宥める。周囲から佞臣と蔑まれるドラコリスだが、肝心の王の暗愚っぶりが度が過ぎているせいで、権力を欲しいままにする快楽より気苦労の方が圧倒的に多く、寝不足の瞼にはクマが出来ていた。
だが今回卒業式に出席するのは国王だけではない。第二王子にして王太子のルパートも卒業式に出席することになっていた。シリウス王立学園の卒業式に校長として出席することは、王だけの役割。その国王に同行することで自分こそが次の王であると内外に示すためのものである。無論これもドラコリスの考えだ。王と王子にそのようなことに考えを巡らせる知能はない。
「やぁヴィクトリス。学業はてんで駄目だそうだけど、スポーツじゃ随分な活躍らしいじゃないか」
久々に母校へ帰ってきたルパートは、弟であるヴィクトリスにフランクに話しかける。頭の出来は揃って宜しくない二人であるが、兄弟仲は良好だった。
「兄上……ええ来年のクリスマスボウルこそトロフィーを持ち帰って見せますよ!」
「ヴィクトリスは凄いなぁ。僕は運動もてんで駄目だからね。二年後はヴィクトリスも卒業式だろう? その日は国中を休みにして、盛大に祝おう! 臣民全員にご馳走とワインを振る舞ってパーティーだ! いいだろうドラコリス!」
「素晴らしいお考えです、殿下」
そう恭しく答えるドラコリスだが、
(そんな金あるわけないだろう馬鹿王子がっ! 馬鹿殿になるよう育てたのは私だが、ここまで馬鹿になるのは想定外だ!)
などと心の中では唾を吐き捨てていた。
そうして始まる卒業式。卒業式では生徒会長であるトーマスが代表して挨拶をして卒業証書を校長(国王)から受け取る。
「代表に卒業証書を渡したんだし、最低限の務めは果たしたでしょ。余は寝てるから終わったら起こしてね」
本当に最低限の仕事を終えた国王は、副校長にバトンタッチし他の生徒の卒業証書は副校長が渡した。
「……陛下が、また卒業式で寝てやがる。結局これで三年連続だな」
聞こえないよう小声でトーマスが言うと、隣に座るカシムが小さく頷く。
「なんの期待もしていないと、怒りすら湧かなくなるものなんですね」
「まったく国王直々に卒業証書を手渡されるっていうシリウス卒業生最高の名誉が、今はボロキレに思えるぜ」
その後、副校長のきびきびとした運営により卒業式は万事つつがなく終了した。
それからトーマス・ディーンは高級軍人となるべく、軍大学へと進学した。
卒業式から夏休みを挟んで一か月半後。
アナリーゼとヴェロニカは二年生に、そしてカシムとヴォーティガンは三年生へ進級を果たす。
今期の新入生の目玉はカシムの妹であるナディア・エリゴスである。公爵家出身なので入試は受けていない推薦組であるが、もし入試を受けていれば首席は間違いなかったといわれる才媛だ。
そしてナディアは兄カシムより一つの指示を受けていた。
「俺と現生徒会の間には隙間風ができてしまったが、アナリーゼもヴェロニカも、無視するには大きすぎる存在だ。出来たらで構わん。お前には生徒会に入り、俺たちとのパイプ役になって欲しい。頼めるか?」
「お任せください、お兄様」
敬愛してやまない兄の頼みに、ナディアは即答した。
そうして入学式で新入生代表を完璧にこなしたナディアは、生徒会長として在校生代表の挨拶をするアナリーゼの一挙手一投足を観察する。
「えーと、新入生の皆さん入学おめでとうございますっ! 生徒会長をしているアナリーゼ・アガレスです!」
公爵令嬢で一年の頃から生徒会長を務める人物だから、さぞや気品溢れる完璧な令嬢なのだろうと思っていたナディアの想像は裏切られた。確かに見た目は高価なビスクドールのように美しいが、新入生に向かって話している姿からは気品よりも溌剌とした元気さが溢れている。
「へぇ、あれが生徒会長のアナリーゼ様ね」
「想像していたのとは違うけど、親しみやすそうな御人だわ」
同級生達もナディアと同じ感想だが、好意的な意見が多いようだった。
続けてナディアがアナリーゼの挨拶に耳を澄ませていると、入学して最初のイベントの話になると言葉の熱が上がったのを感じ取った。
「ええと、入学してから最初に全校生徒参加で行うイベントは、去年から始まったザリガニ釣り大会です! 優勝者には賞品も用意していますので、ぜひぜひ頑張ってください!」
(ザリガニ釣り大会、か)
ナディアは目を細め、それに狙いを絞ることにした。
学期末試験もどうにか百位以内に入ったアナリーゼは無事に二年生への進級を果たした。そして生徒会長の最初の大仕事である入学式を終えると、アナリーゼは生徒会室で思いっきり机に突っ伏して体力回復を行っていた。
そこへ急な来客が現れる。ナディア・エリゴスである。
「生徒会長。私、カシム・エリゴスの妹のナディア・エリゴスと申します。初めまして」
「カシム先輩の妹さん!? えーと」
重要人物のいきなりの来訪に、疲れた体に鞭を打って脳細胞を覚醒させると、ナディア・エリゴスという人物を前世のデータベースに照合させる。すると前世で見たネタバレ糞レビューアーのレビューにヒットする内容があった。
『乙女ゲーといったら攻略キャラを取り合う噛ませヒロインの存在ですよね。安心してください。このゲームも勿論存在します、噛ませヒロイン。あらゆるルートでうざったいムーブをかましてくるヘンリールートじゃ悪役令嬢+噛ませヒロインとしてそりゃもううざったいムーブをしてきます。
ではヴォーティガンルートやカシムルートではどうかというと、アナリーゼとは違う噛ませヒロインが登場して、ヴェロニカに立ち塞がります。それがヴォーティガンルートのロウィーナ先生でありカシムルートでのナディア・エリゴスですね。ヴォーティガンルートのロウィーナ先生は、ぶっちゃけ無視して構いませんが、カシムルートへ行く場合はナディアには気を付けましょう。実の兄のカシムの上着を一時間くらい抱きしめちゃう重度のブラコンのナディア。カシムと並行してナディアの好感度をあげないと…………なんと自爆します。遺書を残して、敵陣に特攻してそりゃもう派手に自爆します。その後、妹を自爆させるほど追い詰めたことに自己嫌悪したカシムはヴェロニカとも破局してバッドエンドです。
あとこのナディア。敵対するルートでも、追い詰めると自爆して自軍の味方をキャラロストしてくる恐るべき女なので、ナディアを討ち取るのは捨てキャラか、バジルかヴィクトリスにやらせましょう。ぶっちゃけ敵としても味方としても、ナディアはこのゲーム最難関の一つです』
かなり途轍もない内容であったのでアナリーゼは正確に記憶していた。
可愛い顔をした破壊神を見ると、アナリーゼはその手をぎゅっと握って渾身の笑顔を浮かべた。
「……カシム先輩と区別するために名前で呼ばせてもらうわナディアちゃん!」
「え、あ、はい!」
「私はカシム先輩を略奪愛しないし、ナディアちゃんの恋を応援するわよ! 人生、幸せに長生きして! ライフイズビューティフル!」
「……な、なんのことでしょう?」
「カシムを略奪愛だと? まさか実の兄に懸想しているのか? 腹違いなら敏達天皇と推古天皇の事例はあるが、同父同母の実兄は、不味いんじゃないか?」
ナディアが動揺する一方で、三成が冷静にコメントをしていた。確かに三成の言う事は常識論であるが、そんな常識には死亡フラグ回避のためには黙っていて貰うが吉だ。
「恋愛っていうのは自由が一番ってディアも言ってたでしょ! 恋はいつでもハリケーンって私の前世で有名な女帝が言ってたわ!」
「どこの国の女帝だ?」
三成がツッコむ。ア〇ゾン・リリーの海賊女帝である。
「わ、私の秘めた思いをあっさり見抜くなんて……どんな魔法を使ったんですか!?」
「えーと魔法というかカンニングというか……」
ナディアの問いにしどろもどろになって答えるアナリーゼ。
「なるほど。アガレスには優秀な諜報員がいると聞きます。私のことも調査済みというわけですか。なら私がお兄様の指示で生徒会に入ろうとしていることもご存じなのでしょうね」
「生徒会希望なの! そう、今年は希望者もでなかったし歓――――」
「勝負です! 貴女の得意のザリガニ釣りで私が勝てば、生徒会入りを認めて下さい! アナリーゼ会長! いいえザリガニ令嬢アナリーゼ! そのかわり私が負けたら、貴女の望むことをなんだってします! 退学しろでも死ねでも!」
「し、死ぬゥ!? 別にそんなことしなくても生徒会になら……」
「次に会う時は決戦ですね。おさらばです」
そうして気付けば生徒会入りを賭けてアナリーゼは、ナディアと戦うことになってしまっていた。




