第61話 ツンデレとバカチン
天気は快晴で、気温も程よく絶賛の釣り日和の今日。アナリーゼたちは校外学習で王都シリアスの近くにある田んぼに来ていた。
「今日の校外学習はクラス委員長のリュシエルの強い希望でザリガニ釣りです」
ロウィーナが言うとイベント好きな生徒達から歓声が上がる。いつものように一番大盛り上がりしてテンションを上げていたのはアナリーゼだった。特に今回はただのザリガニ釣りではなく『計画』のこともあるのでそういう意味でも今日にかけた思いは強い。
「けどクラス委員長になってから特になにもしてこなかったリュシエルがいきなり提案なんて、なにかあったんですか?」
ロウィーナはそう言って人形のように白い肌をした黒髪の少女に聞いた。クラス委員長で風紀委員に所属しているリュシエル・ウィンドラスである。ヴォーティガンという例外を除いて基本的に生徒のことは姓で呼ぶロウィーナが彼女を名前で呼ぶのは、リュシエルがロウィーナと同じ孤児院出身の後輩だからだ。
「ふふふ。私は特になにもないさ先輩。いいや学園では先生閣下のほうがいいかな?」
「だから閣下はやめてくださいって」
苦情を言うロウィーナだが、彼女にとって悲しいことに先生閣下という渾名は既に学園全体に広がって定着してしまっていた。
「ありがとうリュシエル。クラス委員長の貴女に協力してもらえなかったら、この作戦は成り立たなかったわ」
「なにお安い御用さ。かわりにロウィーナ先輩……もとい閣下をヴォーティガンとくっつける手伝いは頼んだぞ」
「それは手伝うとして、なぜお前があの二人の仲を取り持とうとする?」
三成が聞くとリュシエルは悪戯心に満ちたなんとも小悪魔的な笑みを浮かべた。
「お互いの為を思ってさ。ヴォーティガンが先輩に溺れてしまう展開もそれはそれでありだと思うんだ」
意味深に微笑むリュシエル。だがネタバレ糞レビューアーのネタバレを全て見ていないアナリーゼはヴォーティガンとロウィーナが実は生き別れの兄妹であるという設定を知らなかったので、その真意を推し量ることは出来なかった。
「さ。それじゃあ以前のザリガニ釣り大会と同じように好きにペアを組んでください! ペアですよ? 余っちゃう生徒が出るので三人一組とかは認めませんからね! 先生はそういうこと厳しいですよ! いいですね!?」
やけに念押しするロウィーナ。学生時代に二人組作ってでなにかトラウマになるような経験をしたのが丸分かりだった。アナリーゼ含む生徒達は一瞬で視線を交差させて、
『このことは触れないでおこう』
暗黙のままそういう結論に達した。
世の中には弄ってもいい過去と、弄ってはいけない過去があるのだ。
それはともかくザリガニ釣りである。アナリーゼは素早くヴェロニカ以外のクラスメイトとアイコンタクトをした。
「さーて、誰とペアを組もうかしら。ヴィクトリス殿下とマルグリットは相変わらずだし、ディア~~~。ペアくまない?」
ターゲットであるヴェロニカが動いた。声をかけたのはディアーヌ。
「ごめんなさい。私、今日はアナとペアを組む約束をしてるんです」
「ふっふっふっふっふっ。そういうわけよヴェロニカ」
だが当然ディアーヌはこちら側である。アナリーゼはこれ見よがしにディアーヌと腕を組んでペアが成立済みであることをアピールする。するとヴェロニカが訝し気にアナリーゼを睨んできた。
「アンタ、なんかアホなこと考えてない?」
「な、ななななんにも考えてないわよ! 私はフツーにディアとペア組みたかっただけで……」
「ふーん。じゃあ三成、あいつとペア組んでないなら私と組まない?」
「俺はエドムンドと組む」
「すみませんが石田さんは私と先約があるので、諦めて下さい」
エドムンドは申し訳なさそうに言った。アナリーゼの味方である三成は言うまでもないとして、エドムンドも計画に引き入れてある。抜かりはなかった。
「じゃあリュシエルは―――――」
「私もペアは決めてしまったんだ、すまないね」
それからもヴェロニカは他のクラスメイトに声をかけるが、無駄である。この計画を確実に成功させるために、事前にヴェロニカ以外の全てのクラスメイトに対する根回しは済んでいる。この校外学習が始まる前からヴェロニカとミランダ以外の全てのペアは決定済みだ。
(ふふふ、ヴェロニカ。戦いっていうのは始まる前から決着しているものなのよ)
アナリーゼはアニメの悪役軍師みたいな知的で邪悪な笑みを浮かべた。
「全員駄目となると残るは……」
誰からもペアを断られたヴェロニカは、自分と同じように余りになっているミランダを見た。
「なんだよ文句あんのかっ!」
ヴェロニカは恥ずかしそうに顔を赤くするミランダと、邪悪な笑みを浮かべているアナリーゼと、気まずそうに顔を背けるクラスメイト達を観察して嘆息した。
「成程。そういうことか。…………さてはアンタの仕込みね」
全てを察した様子のヴェロニカはジト目をアナリーゼへ向けた。
「な、なぁんのことかしらぁ? 私にはずぇーんずぇーん分からなーい。アイドントノー! アイドントノー!」
「いいわよ。お節介焼のアンタのことだから、ミランダと私を友達にしてくっつけようとしてたんでしょ」
「うぐっ!」
アナリーゼの計画はあっさりとヴェロニカに看破されてしまった。原作主人公の強さを思い知らされたアナリーゼはガクッと膝をついた。だがミランダの方は素直に負けを認めず食ってかかった。
「な、なに言ってやがる! 私はべ、別にお前と友達になんてなりたくないんだからな! こいつらが無理やりやれっていうから、し、仕方なくだよ仕方なく!」
「だと思ったわよ。じゃあ作戦はばれたんだし、もう終わりでいいでしょ」
こうして完全に露見したことで計画が失敗という空気になりかけた時、空気の読めない男が動いた。言うまでもなく三成である。
三成はミランダの前に立つと問い詰めるように言う。
「待て、ヴェロニカ。ミランダは嘘を吐いている」
「う、嘘だと!? 私がいつ嘘を吐いたっていうんだ!」
「無理やりやれと言われたから仕方なくというのが嘘だ。本当に嫌なら、お前は例えヴィクトリス殿下が計画に乗り気であろうと意固地になってでも絶対に拒否するだろう。そうしなかったということは、嫌々やらされている風を装って、作戦に乗っていたからだ」
「んなっ!?」
「白状しろ!! もうお前の心中は見えているのだ! お前はヴェロニカと本当は友達になりたかった!! 友達が欲しかったのだ!! 認めろ、認めてしまえ!!」
「うわああああああああああああああああん!」
殺人鬼に自白を迫る鬼刑事のような尋問を受けて、ミランダは涙声になってしまった。クラスメイト全員がミランダに居た堪れない視線を注ぐ。
完全にハートをブレイクされたミランダはぽつぽつと自白を始めた。
「ち、違うんだ……首席入学で伯爵令嬢の私は……友達にも相応しい者を選びなさいって……お父様が……言ってて……だからヴェロニカが……私に相応しいと思ったのに………全然私に構わないし……ゲロ吐かせるし……うぅ……うわああああん!」
「よし、やったぞアナリーゼ」
「三成さん、このばかちん!! なにをやっちゃってるの!?」
一仕事終えたと満足そうにドヤ顔をする三成にアナリーゼはツッコんだ。もし手元にハリセンがあったら思いっきりひっ叩いていただろう。
「友達になる一番の近道は本音で語り合うことだと、マルグリットの漫画に描いてあった。実践してみた。どうだ?」
「三成さんのは語り合ったというより、語ることを強いたというほうが正しいのでは?」
作者本人から指摘が飛んできた。
ヴェロニカは頭をかきながら、少しだけ頬を赤くして言う。
「あー、アンタに私に悪意がなかったのは分かったわ。うん」
「………………なる」
ミランダは消えてしまいそうなほど小さな声で、だけどはっきりとそう言った。
「ほらみろ、一件落着だ」
「これで落着でいいのか?」
ドヤ顔をする三成にリュシエルがツッコんだ。
「学校で……初めて……一人だけだけど、友達ができた」
「それは違いますよ、ミランダさん」
「え?」
ミランダの前に現れたエドムンドが言う。すると事態を伺っていた他のクラスメイトたちも同意するように頷いた。
「発案者であるアナリーゼさんを始め、貴女とヴェロニカさんを友達にするため、クラスメイト全員が一丸となったのです。これが友達と言わずなんと言いましょう。貴女は既に大勢の友達を持っていたのです」
「そ、そうだったのか……私にはこんな沢山の友達が……」
感動するミランダを見て、クラスメイト全員がどこか温かい気持ちになる。だがミランダは誇らしげにうんうんと頷く三成を見ると、
「けど三成、お前は除く!」
「……何故だ?」
ミランダに思いっきり断言されて困惑する三成。残念でもないし当然であった。




