第60話 革命思想とボッチ
ヴォーティガンはケイ・バレンタインの自殺についての報告をするために、副校長室へ来ていた。部屋は人の心を映す鏡というが、カリス・ダスクフェザーが副校長になってからは部屋には必要最低限の物しか置かれていない。壁にかけられた軍の勲章だけが部屋の主の人柄を現していた。やたら豪華な調度品やら絵画やらが飾られていた前校長時代とは大違いである。
「まさかあのバレンタイン先生が自殺とはな」
常に気丈な副校長にしては珍しく疲れ切った表情をしていた。
ヴォーティガンはバレンタインが革命論を刷って生徒に渡していたことを副校長には話していない。副校長に革命論のことを話せば、政府が介入する大事になってしまうためである。そのため副校長からしたらバレンタインの自殺は、まったくもって唐突で意味不明のことでしかないのである。
「報告は分かった。下がっていい」
「はい」
ヴォーティガンは一礼して副校長室を出ていく。そして扉が閉まった瞬間、ダスクフェザーは怒鳴り声をあげた。
「まったくバレンタイン教諭はなにを考えているのだ! 新年始まってすぐの忙しい時に自殺なんてしてくれて、授業はどうする気だ! 死ぬなら、せめて辞表を出して死ね!」
無茶な愚痴を言うダスクフェザーだが、突如いなくなった前校長の仕事の引継ぎに加えて、学園の信頼回復に、カシム・エリゴスを盟主とする軍事クーデター派とのあれやこれやで激務が続いていることに加えての教員自殺である。八つ当たりの一つでもしなければ気が済まなかった。
「はぁ、でも愚痴っていてばかりでも仕方ないわね。早く新任を探さないと」
シリウス王立学園の教員は誰にでもなれるわけではない。バエル王国のトップエリートや王侯貴族を教えることが出来るのは実績豊富なトップエリートだけである。学生と変わらぬ年齢で教師をやれているロウィーナは色々例外なのだ。
「ま、考えを変えればこれは幸いだ。新しい教師にはエリゴス派の人間を入れて、歴史の授業を通して、生徒にこの国を変える意識を芽生えさせよう!」
そうしてダスクフェザーが選んだのはレオン・ジュストという元軍人だった。軍大学で戦史研究をしていた男だが、前王に才能を見込まれて将軍となるも、戦争終結と同時に左遷され退役した経験を持つ男である。言うまでもなくダスクフェザーと共にエリゴス派に属する一人だった。
「というわけで歴史教師として教鞭をとってもらいつつ、疑われない程度にそれとなく生徒達に我々エリゴス派の思想を啓蒙して欲しいの。やってくれるかしら」
「構いません。僕を抜擢して頂いた先王陛下のため、そして良き上官であり戦友だったイスマイル元帥のためにも粉骨砕身いたします」
細身だが引き締まった体つきをした、眼鏡をかけた男――レオン・ジュストは力強く頷いてみせた。
「それじゃあ早速来週からお願いね。ああ一応言っておくけど授業第一、啓蒙第二よ」
「承知しています。本分を疎かにすることはイスマイル元帥が最も嫌われることでしたから」
副校長室から退室してレオン・ジュストは自分に宛がわれた歴史教諭の部屋へ入る。以前ケイ・バレンタインが使っていた時は、ありとあらゆる歴史書が碌に整理もされずに山積みになっていたが、彼の死に伴い全て片付けられてしまっていて、やたらと多い本棚だけが旧主の残滓であった。
「バレンタインが自殺することになったのは惜しいが、僕が彼の代わりに歴史教諭に収まることが出来たのは不幸中の幸いだったな」
レオンは鞄から一冊の本を取り出す。その本のタイトルはバレンタインが学園内に広めたものと同じ――革命論とあった。
バレンタインの死から三日が経った。
漸く心の整理もついてきたアナリーゼは、ヴォーティガンを訪ねることにした。
「委員長。例の本はあれからどうですか?」
「芳しくないな。証拠をもっていたバレンタイン先生が自殺してしまったせいで、どの生徒にあの本を渡したのかが分からなくなってしまった。先生の執務室に手掛かりがないか風紀委員総がかりで調べてみたがなにも見つけられなかったよ」
「そうですか……」
「それに本を押収したとしても、記憶まで奪えるわけではないからな。あの本の思想に共感した者が、本の内容を親しい誰かに伝えることを防ぐことは難しい。容疑者を全員二十四時間監視する権限は風紀委員にはないし、そんな人手もないからな」
「委員長や風紀委員の人たちも、私たちと同じで革命論を読んだんですよね。どう思いましたか?」
革命論を読んでリアクションをしたヴェロニカにしてもセシルにしてもバジルにしても、生まれは上流階級の人間ばかりだった。三成にしたって戦国時代の地侍の三男坊出身で、庶民の生まれではない。だがヴォーティガンは正真正銘の平民の生まれである。前世の自分には極々当たり前の思想を、この世界の平民である彼はどう感じるのかアナリーゼは興味があった。
「……余り大きな声では言えないがな。頷ける内容が多かったのも事実だ。自由平等、それに義務。美しいとも感じた。だが革命を行えば、夥しい血が流れるだろうな」
「私は、死にたくありません」
アナリーゼの脳裏にこの世界に転生して何度も想像した、自分が断頭台にかけられるイメージがフラッシュバックした。
「君は大丈夫じゃないか? だって君は農民一揆に対してさえ、血を一滴も流さず穏便に解決してみせたじゃないか。縁起でもないことだが例えそういうことが起きたとしても、君は狙われないだろう……と、思う」
「ほ、本当ですか! 私、捕まって市中引き回しの上、ギロチンで公開処刑とかそういうことになりませんか!?」
「や、やけに具体的だな。だいたいそんなものが起きると決まったわけじゃないだろう。根拠でもあるのかい?」
前世のゲームをプレイしたネタバレ糞レビューアーの知識です、などとは言えないのでアナリーゼは適当に理路整然と誤魔化す。
「え、えーと王政が腐敗してわちゃわちゃしてて、地方は大変なことになってるから、きっと私が卒業する時くらいまでになにか大事件が起きると思うのよ! きっと革命を企てる秘密組織的なものも暗躍してるわ! レボリューション!」
訂正、適当にやたらめったらと誤魔化す。
「卒業までってあと二年以内で? それに秘密組織だって? とんでもない発想をするな君は」
ヴォーティガンはアナリーゼの荒唐無稽な説明に唖然としていた。
「ちなみに君の言う通りもし二年以内に大事件が起きて、最悪の展開……革命が起きたとして君はどうするんだい? 王位継承権第五位にしてバエル王国筆頭アガレス公爵家の次期当主としては」
「私が生き延びること、これは第一よ。そして……」
「そして?」
「――そんな革命後の立ち回りなんて私に分かるわけないでしょ! 助けて三成さん! プリーズヘルプミー! アイアムプア!」
アナリーゼが助けを求めると、控えていた三成が嘆息しながら口を開いた。
「革命と一口に言っても、その時の状況によってどう対処するか変わる。甲には甲の対処、乙には乙の、丙には丙だ」
「そんな真剣にならないでも、もっと大雑把な考えでいいさ」
「俺はアナリーゼの望みに従うだけだ。アナリーゼが自己の安寧のみを願うなら、俺もアナリーゼの安寧だけを考える。有り得ぬことだが天下に覇をなしたいというのならば、俺もその覇業を助けるために全霊を尽くすだろう。だが俺の勝手な予想だが、アナリーゼは自己の生命だけではなく、自分と親しい者の生命を失うまいとするはずだ。ならば三成はそのようにするまでのこと」
「そうか、よく分かったよ。ありがとう。じゃあ仕事があるから俺はこれで」
去っていくヴォーティガンを見送る。革命論はこの世界の貴族からしたら単なる危険思想なのかもしれないが、平民で先進的な考えのあるヴォーティガンには理解できる思想なのだろう。そのことが知れただけで収穫はあった。
「ア~ナ♪」
「わっ!」
急に肩をポンと叩かれたので驚いて振り向くと、ニコニコ顔のディアーヌがいた。
「でぃ、ディアーヌじゃない? どうしたの?」
「どうもしませんよ。単にアナと三成さんを発見したんで声をかけただけです。そういえば生徒会長としての仕事は順調ですか?」
「順調……なんて言えないわよ。バレンタイン先生があんなことになっちゃったし」
「人一人が死ぬくらいよくあることじゃないですか。別にアナのせいじゃありませんし、気にしたって仕方ないですよ」
なんでもないことのようにあっけからんと言うディアーヌ。外見に騙されてはいけない。可愛らしい顔をしているが、ディアーヌは権謀術数蠢くベリアル王国の王太女で数々の謀略を潜り抜けてきた人物なのだ。アナリーゼも関わった王弟クーデター未遂事件は記憶にも新しい。
「そう……よくある世界観なのよねぇ。あの日あの時、もっと普通の平和な学園ラブコメディー物を買ってさえいれば今頃……」
「学園ラブ? もしかして学園に気になる異性か同性でもいるんですか? ちなみに私はアナは友達と思ってますが、アナなら……そういう関係もありと思ってますよ? 私はヴェロニカが好きで、三成さんも好きで、アナのことも好きですし。どんとこいです!」
「た、タイム! 私はそういう気はないの、ごめんなさい! あとちょっと節操なさすぎるわよ!」
「節操がないんじゃありません! 私は恋に自由なんです! 恋多き女なんです! 沢山の人に目移りしてるんじゃなくて、沢山の人に恋をしてるんです!」
「に、肉食女子!?」
それも前世のアナリーゼが知る肉食系女子の範疇に留まらない。男女両方いける上にハーレム思考の超絶肉食系女子である。こんな人物を乙女ゲーのキャラに採用したスタッフは一体なにを考えているのだろうか。
「ベリアル王国から魔法至上主義と等級制を撤廃し、ヴェロニカ、三成さん、アナで家庭を作る。そんな日が訪れたらいいですね」
「こないわよ!」
余談だが翌日生徒会室で、
「ディアーヌ殿下は昔からああだったのか?」
と三成がヴェロニカに質問したところ、
「前から恋愛観に関しては千年先の未来に生きてたわね」
という返答が返ってきた。それを聞いてヴェロニカに変態を惹きつけるカリスマ性があるのは事実なのかもしれないと、アナリーゼは失礼なことを考えた。
ボッチ、それはクラスで友達のいない者を差す言葉である。
アナリーゼのいるA組は比較的クラスメイトの仲は良いほうであるが、そんなクラスにも一人だけ"ボッチ"がいた。それは誰かというと、
「私は伯爵令嬢のミランダ・ラウムだぞぉ!」
で、お馴染みのミランダである。
原作ゲームの『ホロスコープ・クロニクル』では悪役令嬢アナリーゼの取り巻き筆頭という立ち位置にいたミランダ。だがこの世界のアナリーゼは現代JKをインストールしてしまっているため、悪役令嬢からザリガニ令嬢へ転職してしまい、当然原作のような取り巻きを作ることもなかった。そのため本来入るべきグループを失ってしまったのだ。
友達がいないことを内心寂しく思うミランダ。しかし伯爵令嬢で首席入学という二重のプライドをもつ彼女は素直に友達になろうなんて言えない。
「友達? 私と友達になりたい奴がいるならなってやってもいいよ。ただしラウム伯爵家に釣り合う相応の身分の奴のな」
これが入学してからの一貫した彼女の主張である。
普通ならこれだけでアウトな言動だが、シリウス王立学園に限っては、それだけで彼女がボッチになることはなかった。何故なら学年首席で伯爵令嬢というのは、媚を売る対象としては美味しい相手であり、本来なら彼女の周囲には彼女に媚を売る取り巻きがそこそこ集まる筈だったのだ。だがよりにもよって同じクラスにはバエル王国第三王子のヴィクトリス、ベリアル王国王太女ディアーヌに二大公爵家のアナリーゼとヴェロニカというVIPが揃っている。これだけ媚び諂う対象がいるのに、これらを無視してたかが伯爵令嬢のミランダに媚を売る必要がないのだ。
こうして友達も作れず、取り巻きも作れないミランダは三年間ボッチ確定――といいたいところであるが、世の中にはお節介焼きが好きな奇特な人間がいて、そんな人物は彼女を見捨てられなかった。
そしてそのお節介焼きな人間が誰かと言えば他ならぬアナリーゼである。
「だから考えたんだけど貴女がやたらめったらヴェロニカにつっかかるのは、本当はヴェロニカと友達になりたいからじゃないかって思うの!? 名推理!」
「はぁぁぁぁぁ!? なに訳の分からないことを言ってるんだ! 違うし!」
お節介の焼き方が余りにもど真ん中ストレート過ぎではあったが。
「分かるわ、私には分かる! 仲良くしたい気持ちがある一方で、対抗心とかも本物でせめぎ合ってるのよね!」
「お前に私の何が分かるんだ!?」
「なんとなくよ! なんとなくなんとなくなことがなんとなく分かるわ!」
「なんとなく多すぎて分からねえよ!」
「ミランダ。ツンデレキャラはルートに入らないと、ただのツンツンした刺々しい人で終わるのよ。ねえ三成さん?」
「ん、でれ? 将棋における詰んでると似た意味か?」
「わ、私の学園生活が……つ、詰んでるだと!?」
「ではミランダっちのデレ期移行とヴェロニカ友達化計画の作戦会議をしましょう。発言者は挙手をお願いします。はいマルグリット!」
馬鹿丁寧に手を挙げたマルグリットをアナリーゼがノリノリで指名する。
「はい。お友達になるならやはりザリガニ釣りでしょう。私と殿下の仲を取り持ってくれたザリガニなら、きっとお二人の仲をとりもってくれます!」
マルグリットは自分の成功体験から自信満々に断言した。
「やはり全てはザリガニに通じるのね。その手でいきましょう。今度の校外学習は閣下にお願いして、来年のザリガニ釣り大会の練習にしてもらうわ!」
「だがどうやってヴェロニカとミランダを組ませるんだ?」
三成の疑問に「恐れながら」とヴィクトリスの従者のテレーゼが発言を求めてきた。ヴィクトリスが「構わん」と言うと、
「では失礼して。このクラスの生徒数は偶数です。ならクラスメイトに根回しして、ミス・ウァレフォルとミス・ラウムを余らせるようにすれば、二人がペアを組まざるを得なくなるのでは?」
「さっすが殿下をぎりぎり王子らしく取り繕ってるテレーゼさん! ナイスアイディア! 採用! ジーニアス!」
「何を勝手に話を進めてるんだよ!」
苦情を言うミランダ。しかし所詮は伯爵令嬢のミランダにアガレス公爵令嬢に加えて王子であるヴィクトリスまでもが賛同した計画を拒絶できるはずがない。
こうしてミランダのボッチ解消作戦が始まってしまったのだった。




