第59話 新生徒会長と革命の足音
正式に生徒会長に就任したアナリーゼは久しぶりに半年間過ごした生徒会室への帰還を果たした。
「生徒会室よ、私は帰ってきた!」
これも様式美ということで、生徒会室に入るや否や叫ぶアナリーゼ。ヴェロニカは「なんでそんなにテンション高いの?」と困惑していた。
取り敢えずアナリーゼは前期までトーマスが座っていた椅子に座ると、三成、アナリーゼ、セシルが各々好き勝手に着席する。バジル、ヘンリー、アスールの従者たちは座らず主の側に控えた。アナリーゼとしては一緒に座ればいいのに、と思わなくもないが従者からすれば変な気遣いはありがた迷惑だろうから口には出さなかった。
全員が着席すると三成が開口一番に切り出す。
「アナリーゼ。生徒会長として最初の仕事だ。役員人事を決めろ」
「人事かぁ。政治の世界では前例が大事って(テレビドラマの)政治家が言っていたのを聞いたことがあるわ!」
とんでもない大天才なら『俺が前例となるのだ』というノリで自分の思うがままにやればいいのかもしれない。しかしアナリーゼは自分がそういう天才であるというような烏滸がまし過ぎる勘違いはしていなかった。凡人は凡人らしく、前例に倣うのが一番丸いだろう。
「というわけで人事の基準とかないの、セシルちゃん!」
「書記とか会計とか庶務は役職名が違うだけだけど、副会長は自分の後継者にしたいと思う人間を選ぶ傾向にあるな。前期のトーマス前会長がカシムを副会長にしたのなんて好例さ」
「なるほど。生徒会長の任期は一年だが、そうやって後継者に権力を引き継いでいくことで影響力を維持し続けられるわけだな」
「過去にはそうやって十何年も学園に影響力を持ち続けた奴もいたそうですよ」
セシルの説明に納得した様子の三成にヘンリーが補足する。
「じゃあ私も後継者を選べばいいの?」
「アンタはまだ一年生だし、後継者とかは考えなくていいんじゃない? どうせ来季も出馬するんでしょ?」
「えーと、そうなるのかしら?」
兎に角、人が死ぬのを防ぐという動機で生徒会長になったので、ヴェロニカに言われるまで来年も生徒会長をやることなど想像もしていなかった。ただ一年生で生徒会長になった者は次の年も引き続き生徒会長を務める事が基本らしいので、来年も出馬するのは生徒会長となった者の義務かもしれない。
「じゃあ仮に来年も私が生徒会長をやると仮定したら、副会長はどうしたらいいの?」
「シンプルにアナリーゼが一番信頼する奴に任せればいいんじゃないか?」
セシルが一般論を唱える。
それならば簡単だ。アナリーゼが一番信頼する人間など決まっている。
「じゃあ副会長は三成さん、お願いね!」
「待て。副会長はヴェロニカにするべきだ」
だが三成はアナリーゼの就任要請を即座に却下した。
「私は別に役職なんてなんでもいいけど?」
「部外者だが俺も三成に同意だ」
頓着しないヴェロニカに代わってバジルが発言する。
「ナンバーツーの副会長にうちのヴェロニカが任命されねぇと、選挙協力したのに蔑ろにされたって怒りだす奴が出るだろうしな。俺はともかくヴェロニカの家臣にゃ狂信的な奴や気位の高い奴もいるし」
「マイロードこそが副会長たる器! 俺に異論はないぜ!」
バジルの発言にセシルが同意を示した。
確かに政治的なあれやこれやを考えたら、アナリーゼが生徒会長になれた最大の功労者であるヴェロニカに副会長の職を用意しないのは、無用な誤解を与えるかもしれなかった。それにバジルの言うようにヴェロニカは職に頓着しなくても、ヴェロニカの家臣までそうではないのである。ここは三成とバジルに従っておくこととした。
「じゃあ副会長はヴェロニカで、前期でヴェロニカがやってた会計を三成さん、書記はセシルちゃんで。残りの庶務は……来年の一年生のためにとっておこうと思うんだけどいいかしら?」
特に異論は出なかったので新体制の生徒会の陣容が決まった。
すると生徒会室のドアをこんこんと規則正しくノックする音が響く。どうぞ、と言うと入ってきたのはヴォーティガンだった。ニンファという風紀委員の少女を連れている。
「やあアナリーゼ。生徒会長当選と新生徒会発足おめでとう」
「あ、ヴォーティガン委員長!」
「お祝いにケーキをお持ちしました。どうか皆さんで召し上がってください」
ニンファはそう言ってケーキをテーブルに置く。結構なサイズのイチゴのショートケーキだった。アナリーゼたちだけで食べるにはやや多い。
「やけに用意がいいな? 生徒会選挙があったのは今日のことだぞ」
「俺が会長になったら皆で祝いに食べようと思って買っておいたのさ。負けたのにお祝いするわけにもいかないから、君達で食べてくれ」
バジルの問いにヴォーティガンが苦笑しながら答えた。
そういうことならばヴォーティガンの好意を遠慮なく受け取っておくべきだろう。
「ありがとう委員長! 良かったら一緒にどうですか?」
「いただきます」
ヴォーティガンが答えるより早くニンファが答えてしまった。どうやら彼女は中々の食いしん坊らしい。
「そんで腹黒風紀委員長がまさかケーキを持ってきただけってことはねえだろ。なにが目的だ?」
セシルが探る様に言った。
「腹黒? なんのことかな?」
「メリル元先生のことだよ。あの人の淫行の証拠。去年……いや今はもう新年だから二年前にはもう掴んでただろ? けど逮捕を一年生の授業初日に遅らせることで、全体の三分の一の票を握る新一年生に自分の存在をアピールした。生徒会選挙の票稼ぎのためにな。違うか?」
「ふっ。もしそうだったとしたら俺のその計画は失敗したことになる。生徒会長の椅子に座っているのは俺ではなく、彼女だからな」
「ふぇ?」
既にケーキを全員分に切り分けて、舌鼓をうっていたアナリーゼは急に皆の視線が自分に向いてドキッとした。
「もう学園から追放されて逮捕された人のことはどうでもいいわ。で、本題は? あるんならちゃっちゃと答えなさいよ」
ヴェロニカに言われると、ヴォーティガンは笑みを消して深刻な顔をする。シリアスな気配を察してアナリーゼもケーキを食べる手をなくなく止めて耳を傾けた。
「……実は最近、ある本が一部の生徒に流行っているようでな」
「もしかして漫画!?」
「それも流行っているが、これはそういう類の娯楽本ではない。思想書だ。それも『危険』と前につくな」
「百聞は一見に如かずといいますし、風紀委員が押収した現物をご覧ください」
そうしてニンファは鞄から取り出した本をテーブルに置いた。本の表紙を見ると、そのタイトルを『革命論』といった。
全員の視線が『革命論』に集中する中、代表してアナリーゼがページを捲る。
・人は生まれながらにして自由である。
・人は生まれながらに平等である。
・人は生まれながらに権利と義務を持っている
革命論は先ずこの三つの文章から始まっていた。
そしてその続きにはアナリーゼにとっては『極々当たり前で常識的なこと』ばかりが、熱をこめて綴られていた。
「ふーん。ヴォーティガン委員長が深刻ぶって渡すから何かと思えば、こんなの学校の教科書にでも――――」
書いてあるような普通のことじゃない、という感想をアナリーゼは言い切ることができなかった。アナリーゼ以外の全員が驚愕の声をあげたからである。
「な、なんじゃこりゃ!? こりゃ一歩間違えば、王国に対する反逆行為に認定されてもおかしくないもんだぞ!」
「ロックなことを書く奴がいたもんね」
「馬鹿な……! なんだこれは!?」
「あるぇ~」
明らかな温度差に、遅れて現代日本の常識が、この異世界(と戦国時代)では非常識であることを思い出す。現代の日本人が当たり前に享受している自由や平等や基本的人権なんていうのは、人類史全体で見れば生まれたばかりの概念だ。そんなものが存在しない時代と地域の方がずっと多かったのである。それは封建的な中世世界であるこの異世界にも同じことが言えた。
「ご覧の通りかなりの危険思想本だ。著者の名前はマクシミリアン・イジドールと書かれているが、これがどういう人物かは不明だ。本名なのか、あくまでペンネームで本名は別にあるのかもな」
「我々風紀委員がこの本の存在に気付いたのは去年の12月のことです」
「ならなんで去年のうちに言わなかったんだ?」
「丁度生徒会選挙が本格化する時期だったからね。今の生徒会ではなく新生徒会に話せばいいと思っていた。余り大勢に話すことでもないからな」
バジルの問いにヴォーティガンは理路整然と答える。確かに終了間近の生徒会に重要案件を持ち込むより、新発足した生徒会に持ち込むほうが合理的であるだろう。
「漫画はともかく、風紀委員としては王家のお膝元であるシリウス王立学園でこんな危険思想本が蔓延ることは看過できない。本を刷っている人間を特定し、止めさせるか排除するかしなければならん。そこで新生徒会に協力を仰ぎたい」
「それこそ生徒会や風紀委員ではなく、教師や警察に任せるべきではないか? 淫行教師追放劇の手際からして、憲兵にも伝手があるのだろう?」
三成が鋭い指摘をする。
「正論だな。だがもし公権力がこの件に出張るようなことがあれば、流通させている犯人は元より、その本を密読していた者も退学処分では済まん。最悪の場合は全員処刑……ということもありえる。それは避けたいのだ」
「しょ、処刑!? 駄目よそれは! 人死になんて、出すわけにはいかないわ! 絶対にNOよ!」
思わずアナリーゼは立ち上がってしまった。人死にを防ぐために生徒会長になったアナリーゼである。謂わばそれはアナリーゼだけが知るマニフェストのようなものだ。なら自分が生徒会長になった以上、死人を出すわけにはいかなかった。
「で、犯人は誰だか分かってるの?」
興奮するアナリーゼに対して、ヴェロニカが冷静に尋ねる。
「分かってたなら生徒会室に来ないで、自分たちだけで処理しているさ」
「なら目ぼしは?」
「12月から俺たちも手をこまねいていたわけではない。犯人候補を2人にまで絞ることに成功した」
「二人にまで絞れているなら、後はふん縛って密室で拷問でもすれば吐くんじゃないの?」
「風紀委員を秘密警察かなにかと勘違いしてないか? だいたい風紀委員は新入りのアルガ・マリーナを除けば、身分の高い者が少ないからそんな強権は使えないよ。こっちの首のほうが先に飛ぶ」
平民と下級貴族が多い風紀委員の世知辛い事情を零すヴォーティガン。ニンファがヴォーティガンに代わって続きを言う。
「それにその二人の人物はどちらも迂闊に手を出せない人物なんですよ。具体的に言うと侯爵家出身の三年生の推薦組と、もう一人は歴史教師のケイ・バレンタイン先生なんです」
「バレンタイン先生が!?」
まさかの顔見知りが犯人候補だと知らされてアナリーゼは仰天する。だが言われてみれば歴史についても独自解釈が多いケイ・バレンタインは、そういう危険思想にのめり込む要素は揃っているので納得でもあった。
もう一人の犯人候補のプロフィールもざっと流し見すると、どうやら侯爵家出身でありながら平民出身者とばかり仲良くしている変わり者ということであった。
「確認するけど他に犯人候補はいないのよね?」
「いない、と断言はできんが自信はある」
ヴェロニカの問いにヴォーティガンは力強く答えた。
そうと分かれば話は早い。餅は餅屋、捜査は探偵である。そしてアナリーゼの知っている人間にそういうものの専門家は一人しかいない。
「調査といえばノアっちよね! 三成さん、アガレス領に手紙を送るわ! ノアっちを呼ぶわよ!」
「そう来ると思った」
こうして急遽アガレス領で諜報奉行として働いているノアが、アナリーゼのもとへと呼び出されることとなった。
そうして呼び出されたノアは、開口一番に、
「内容は把握しました。では調査まで一週間下さい」
「一週間!? それっぽっちの調査時間で分かるのか! 相手はシリウス学園の教師と侯爵令嬢だぞ!」
ヴォーティガンが驚愕した。ヴォーティガンはどんな腕利きの探偵でも、最低一カ月はかかるだろうと考えていたのである。けれどノアはなんでもないかのように答える。
「ええ。一人に三日、二人で六日、予備日に一日ですな」
「アガレスの諜報も中々やるようね。諜報王国って呼ばれるアスモデウス王国並みなんじゃないの?」
「いや、それほどでもないですよ。謙遜ではなくて」
一見すると涼やかに答えたノアだが、内心では悔しさを滲みださせないよう必死だった。アスモデウス王国に侵入した際、あっさり見つかって逮捕され、雇い主に尻を拭かせる羽目になったことはノアにとって拭いきれぬ屈辱の記憶だったのである。
そうして約束の一週間が経つと、ノアが再び生徒会室に現れ報告した。
「犯人が分かりました。ケイ・バレンタイン教諭です。彼の自宅地下に刷ったばかりの大量の革命論を確認しました」
「ほ、本当に一週間でやるとは恐れ入った」
「ふふん。私の探偵は凄いでしょヴォーティガン委員長。三成さんが雇ったのよ?」
ノアを称賛されて主のアナリーゼも鼻高々であった。それは三成も同じでアナリーゼのように口には出さなかったが、密かにドヤ顔をしていた。
「ちなみにもう一人の侯爵令嬢はどうだったの? 実は二人とも犯人だったって可能性も考えていたんだけど」
「ああ。容疑者のマリア・ロノウェ嬢は単に仲の良い友人が平民ばかりだったというだけでした。特に危険な思想は持ってませんでしたよ」
ヴェロニカの問いにノアはあっさりと答える。
そういうことならばマリア・ロノウェのことはもう考えなくていいだろう。
「では早速、バレンタイン教諭を問い詰めに――――」
「い、委員長! 大変だ!」
ノックもせず生徒会室に飛び込んできたのは、風紀委員のカールだった。蒼白になった顔面が相当の緊急事態であることを告げている。
「どうした? 何があった?」
「ケイ・バレンタイン教諭が、自身の研究室で服毒自殺した!!」
「な、なんだと!?」
「っ!」
このシリウス王立学園内で、顔見知りの先生が死んだ。数瞬遅れてその事実を飲み込んだアナリーゼは、急に自分が無重力空間に投げ出されたような感覚を味わった。
「どう……して……?」
「……秘密を守るためだろう。恐らく自分に捜査の手が及んでいることを察したのだ。そしてこれはバレンタイン教諭には死んでも隠さねばならぬ背後があったということだ」
つまり黒幕は別にいるということだな、とヴォーティガンは言ったがそんなことはアナリーゼには届かない。誰も死なせない事を目指したのに人を死なせてしまったという悔しさと、その切っ掛けが自分がノアに依頼したことであるという罪悪感が頭の中をぐるぐると回り続けていた。
「外部に黒幕がいるとすれば、やっぱり執筆者のマクシミリアン・イジドールが臭いわね。ノアは分からない? このマクシミリアンって奴の正体?」
ヴェロニカが質問すると、ノアは眉間に皺を寄せながら頷いた。彼からしてみればケイ・バレンタインの死は、彼が調査していることを気付かれた失態によるもの。アナリーゼ以上に悔しさと責任感を感じていたのだ。
「……マクシミリアン・イジドールというのはペンネームです。本名はフランソワ・ロベスピエール。二十年ほど前にシリウス王立学園で歴史学の教諭を務めていた人物です。そしてケイ・バレンタインの恩師でもありました」
「教師……それも歴史の教師は、自分の思想を他者に植え付けるにはうってつけの職だ。それでフランソワなる者が今どうしているかは分かるか?」
「フランソワはケイ・バレンタインが卒業した翌年に突然学園を退職して、消息を絶っています。その後の動向は不明です。生きているのか、死んでいるのかさえ」
三成の質問にノアは淡々と調査結果を答える。誰が犯人かに加えて、調査対象の経歴まで調べ上げているノアは流石に優秀であった。
「な、なんか恐くなってきたぞ……なにがどうなってんだ?」
話についていけないセシルが冷や汗を流しながら言う。
「ともかく供給源は断った。既にばら撒かれてしまった本については俺たち風紀委員で回収して焚書しよう」
「――――革命論、ね」
ヴェロニカはヴォーティガンが持ってきた革命論にもう一度視線を落とした。固定観念というものが一切存在しない天才であるヴェロニカは、革命論で書かれている内容にまったく拒否感はない。面白いとさえ思った。だが、
(もしあれに書かれてた内容をこの国で実践しようとしたら)
そこでバレンタイン教諭の死から未だに立ち直れていないアナリーゼに視線を向けた。
(ま、あいつにとっては良くないことになるでしょうね)
そうしてヴェロニカは革命論を頭の中から削除することに決めた。




