第6話 改革と死亡フラグ
本邸を出て馬車に乗り込んでも三成は、不機嫌さを無理やり抑え込んだ渋面のままである。
帰りの馬車でも憮然としたまま黙り込んでいた。そして別邸に到着し、アナリーゼの部屋に入ったところで遂に爆発する。
「度し難し! 度し難し! なんだあの男は!! ふざけているのか!!」
とんでもない大音量。予めアナリーゼが防音の魔法をかけていなければ、今頃ヘンリーがすっ飛んできただろう。
「ど、どうしたの? ちゃんとお父様から全権を貰えて大成功だったじゃない」
「そういう問題ではない! なんだあの無責任さは!? 会ったばかりの俺に、白紙の全権委任状を渡すだと!? 怠惰にも限度がある!! 下種の所業、暗愚に過ぎる!!」
「お、落ち着いてって。三成さん。ほら見方を変えれば、優秀な家臣に任せることができたってことじゃない?」
「…………」
「漢王朝を開いた劉邦だって、人の意見をよく聞いたから皇帝になれたんでしょう? お父様もそういうタイプなのよ! メイビー!」
本人の能力は大したことがなくとも、度量があって優秀な人材に仕事を任せることができるのがリーダーの器とかそういうやつだ。アナリーゼは前世で似たような主張を何度も目にしたことがある。
だがアナリーゼの付け焼刃の知識で三成は止まらない。
「漢の高祖は家臣の進言を何も考えずただ聞いたのではない! 多くの意見を其々よく吟味し、自分でも考え、そして自らの責任において決断してきたからこそ項羽を破り天下をとったのだ!!」
三成といえば文官というイメージだったが、彼も武士なのだろう。怒りをあらわにする姿には、武将らしい殺気に満ち満ちていた。
石田三成を味方だと信じ切っているアナリーゼでなければ、怯えてしまっていたかもしれない。
「ひるがえってあの男はどうであったか! 俺の説明をよく吟味せず、それどころか考えるのを面倒臭がって、責任を放り出した! これが公爵! これが天下第一の貴族だと!」
「そ、それは三成さんの説明が上手だったからじゃないかしら?」
「俺が詐欺師の類で『税を倍にすれば景気がよくなる』ともっともらしく説明したら奴はどうしたと思う!? きっと同じように白紙の委任状を差し出したぞ!!」
(どうしよう。まったく反論できないわ!)
頭の中で悪い詐欺師にまんまと騙される父親の光景がありありと浮かんでしまった。
「奴は劉邦ではなく胡亥の類だ。巧言令色に騙された挙句、信任すべき者ではない者を信任し、やがて己も己の国も滅ぼす。そして自分が滅びる原因すら最期まで分からん男だ」
「三成さんの激怒っぷりに、ゲームのアナリーゼがマストダイな理由が分かったわ」
「アナリーゼ。お前は知識もなにも足りていないが、知らぬことを知ろうとする努力には見所がある。これからも他人の意見を決して鵜呑みにはせず、自分でもよく吟味することだ」
「わ、分かったわ!」
「本当に分かっているのか? お前は歴史で石田三成を忠義者として学んだのかもしれんが、歴史書は常に真実のみを記すものではない。ここにいる生身の俺が、実は利己的な佞臣であればどうする? 俺の発言も疑え」
「ごめん、それは無理」
「え?」
きっぱりと断言するアナリーゼに三成は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。
だが三成になんと言われようと、ここだけは譲ることができなかった。
「私、精神そんなに太くないのよ。無条件で信頼できる人間が、この世に一人もいないなんて耐えきれないわ」
「………………そうか」
戸惑っていたがなにかを察してくれたらしく三成は頷いた。
気を取り直す。三成は激怒していたが、よくよく思い返せば当初の目標はこれ以上ないほど大成功だったのだ。
「もうお父様のことは考えても仕方ないし、これからのことを考えましょう! フューチャーよ! 政治なんてぜーんぜん分からないんだけど、どこからどう手をつければいいの?」
「実務のできる官僚の登用、検地、商業の活性、治安回復、軍隊が傭兵任せの現状の脱却……やることが、多い」
「し、四面楚歌!?」
「だが悪いことばかりではない。あの戯けた公爵と怠けた家臣団の怠惰のせいでこの有様だが、アガレス領そのものは悪くないのだ。土地は肥沃で王都とも距離が近く、大きな港町もある。太閤殿下なら『天下を伺える土地だ』と大喜びなさるだろう」
「国一番の大貴族の領地だものね。なのにどうしてこうなった」
「起きた問題に真摯に向き合わずその場しのぎの対処しかしてこなかった。加えて六年前に戦争が一先ず終わったのに、税率が戦時下のまま」
「更にゲームだとこれから私が本格的に悪役令嬢ムーブをかましていくのよね」
これでは革命が起きて処刑されるのも、残念でもないし当然である。
兎にも角にも領主である父より全権代理を任せられた以上、今日からはアナリーゼがアガレス領の実質領主だ。やることをやらねばならない。
そうしてアナリーゼと三成は諸々の機構を本邸から別邸へ移して、アガレス領の政治を取り仕切ることになった。
「先ずは手足となる人事からだ。怠惰な官吏には仕事をさせ、言ってもどうしようもない連中は追放し、性質が悪い者は処断し、言われたことを言われた通りにできるようにするところから始めねばならん」
「そ、そうね! ブラックすぎるのも駄目だけど、仕事しなさすぎも駄目よね! めりはり大事!」
漸く始まったアガレス領再生計画。だがその出鼻をくじくように急報が齎される。
ノックもせず慌てた様子で部屋に入ってきたのは、銀髪に豊満な胸を揺らす女性。護衛役兼メイドのアスール・ジャンであった。
「お嬢様。たった今、急報が届きました! 領内のエカテリンブルク村を中心とした農民が決起し一揆を起こしたとのことです!」
「うっそーん。まだ一日もたってないのに」
これから改革を始めようというところで、これまでの政治に不満を持つ層が一揆とは、タイミングが最悪すぎる。
今更言っても仕方ないがせめてあと三か月待っていて欲しかった。
「エカテリンブルク村だって!? 本当か、それは!」
「え、ええ。間違いなくそのように聞きましたが」
どういうわけか顔面を蒼白にしたヘンリーが、執事としての仕事も忘れてアスールに詰め寄った。ヘンリー・バトラーという少年執事は、若いなりに執事としての仕事を十全にこなしているプロだ。それが我を忘れるなど尋常なことではない。
「どうしたのヘンリー? その村になにかあるの? もしかして故郷とか?」
「い、いえ。故郷ではないんですが、幼馴染の女が今はそこに住んでまして」
「――――――!?」
今度はアナリーゼが顔面を蒼白にする番だった。
察した三成がヘンリーやアスールの耳に入らぬよう小声で聞いてくる。
「どうしたアナリーゼ?」
「不味いわ……たぶんこれ……私の後々の死亡フラグの一つよ……」
途端に三成の表情が険しくなった。
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