第57話 平民王子と選挙結果
下ネタのマシンガンを喰らって硬直していたアナリーゼは、十秒ほど経ってからどうにか現実へ帰還を果たした。兎にも角にも彼女のような彼を自分の味方として引き入れなければならない。
「で、話を戻すけど、なんでミス・アガレスは俺のところに来たんだ? 俺はお天道様に顔向けできないことをした覚えはないぜ」
外見に似合わぬ男口調で喋るセシルだったが、女声のせいでオレっ娘な美少女にしか見えなかった。
「……公衆の面前で女装は?」
「三成さん。戦国時代から五百年くらいたった現代ではLGBTへの理解が進んでるのよ。だから恥ずかしいことじゃないの」
「……?」
三成は完全にクエスチョンマークを浮かべていた。戦国武将に現代のジェンダー云々について説明しても意味不明だろう。ただ中世の日本でも女人禁制の寺院で少年を女装させて楽しんでいたという話があるので、三成からしたら男の女装=そういう目的のものと思ってしまうのも無理もないことかもしれなかった。
「いや女装まではともかく、公衆の面前で××××だの×××だの臆面もなく言うことは恥ずべきことでしょ」
一方でヴェロニカは冷静に指摘した。すると何故かヘンリーが強く同調する。
「そうです! そういう破廉恥な行いは、誰にも邪魔されない密室で一人静かに……」
「お! 下ネタか?」
ワクワクしたようにセシルが食いついてきた。外見は美少女で口調は男口調で、中身は下ネタ好きの男子中学生らしい。本当にあらゆる全てがアンバランスな先輩であった。
「……本題に入ろう。俺達は下の話をするために貴方を訪ねたのではない」
三成が思いっきり脱線しかかっている話を元に戻す。
「へえ、じゃあなんで俺なんかのところへ?」
「私たちは貴女を生徒会選挙の協力者としてスカウトしにきたの」
変に前置きしても仕方ないので、アナリーゼはストレートに本題を告げた。するとセシルは驚いたように目を見開いた。
「お、俺を? アルカディア家って伯爵家っていっても『七十二家』には含まれない新興貴族だぜ? なんで俺?」
「カシムは学年三位、ヴォーティガンは学年首席。なら俺たちが選挙に勝つには、学年二位の上級生を味方にするのが手っ取り早い。と、珍しくアナリーゼが珍しく真っ当な良案を提案したのでな」
珍しくは余計だ、とアナリーゼは心の中でツッコむ。だがセシルは三成の説明に納得がいったようだった。セシルは肩を竦めながら口を開く。
「……随分と過大評価されたもんだな。ヴォーティガンは入学して以来、オール満点以外の点数をとったことがない天才で、カシムは生徒会副会長と騎士部副部長を兼任する激務をやりつつ、片手間の勉強で学年三位を維持してる奴だぞ。必死こいて勉強して、どうにか次席に食らいついてる俺とは違うよ。俺は所詮は秀才、あいつらは本物の天才だ」
そう言うセシルから感じられるのは悔しさというよりも諦観だった。あの二人は自分とは違うと、既に己に見切りをつけてしまっているのだろう。しかしそんなセシルに喝を入れるようにヴェロニカが言った。
「確かに天才性ならあの二人には勝てないでしょう。でも自信をもって。貴方の変態性に関しては、あの二人どころか私が見てきた人間でもTOP3に入るわ!」
「え? これに匹敵する変態がほかに二人もいるんです?」
ヘンリーの素朴な疑問にヴェロニカは「まあね」とだけ答えた。一体どんな変態なのかこの場で問い詰めたかったが、今はセシルの勧誘中なのでアナリーゼは泣く泣く自重する。
一方でセシルはといえばヴェロニカの一言に、まるで雷が落ちてきたかのような衝撃を受けているようであった。
「変態性……! そうか俺はあの二人を超えるものを、とっくに持っていたのか!」
「なにを天啓を得たような面をしているのだ?」
三成のツッコミもセシルの耳には入っていない。セシルはキリストと巡り合った聖ペテロのようにヴェロニカを仰ぎ見ている。
これならいけるかもしれないとアナリーゼは勝負に出ることにした。
「お願い! その突き抜けた個性を、私に貸して! 私には貴方が必要なの!」
「……ヴェロニカ・ウァレフォル。貴女は彼女に?」
「協力してるわ。友達としてね」
ヴェロニカがあっさりと答える。友達という表現を使ったのは自分がアナリーゼの風下に立っているわけではないという意思表明か、本当に友情を感じている故のものか。アナリーゼは後者であればいいなと思った。
「そうか。かつて創世神ソロモンはただ一言『光あれ』と言って、この世に光を創造されたという。つまり俺に変態性という光を示してくれた貴女こそ俺の神! おおマイロード!」
「え?」
変態の突然のラブコールにヴェロニカがあぜんとするが、変態は止まらない。
「マイ・ロードのためなら勉強の時間を削らない範囲で協力は惜しまないぜ! マイロードの友達であるミス・アガレスのために働こうじゃないか!」
そう言ってセシルはアナリーゼとがっちり握手をする。動機はともかくヴェロニカのお陰でセシルを仲間にする目標は果たせたようだ。これにはヴェロニカに苦手意識を持つ三成も素直に称賛する。
「変態をこうも容易く味方にするとは。家康似ながら天晴と言わざるを得ない」
「さっすがヴェロニカ! 変態特効カリスマランクA!」
「それだと俺まで変態みてぇじゃねえかよ、やめてくれ」
三成に続いてアナリーゼもヴェロニカを称賛すると、同じ変態と思われたくないバジルが抗議の声をあげた。
「ともあれこれで二年生の先輩が陣営に加わってくれて、厚みが増したわね!」
「かつての友達の九割は俺がこの趣味に開眼して去っていったが、俺には新しく仲良くなった大きな友達たちがいる! 任せときな! あと生徒会長になった暁には、学園内での女装を合法化してくれよ!」
「合法化って、そもそも違法だったの?」
ヴェロニカが聞くとセシルは苦々しく頷いた。
「女装に限定されてるわけじゃねえけど、学園生活に不適切な格好を禁ずるって校則があって、俺のこの格好はそれに該当するって謂れのない誹謗を受けてるんだよ。まあ今の風紀委員はお目こぼししてるから、問題になってないけど」
「ええ、分かったわ! 女装男子の文化は私が守護ってみせる! 私の友達だったオタク女子のためにも!」
前世のクラスメイトの顔の殆どがぼやけてしまった中、まだ鮮明に思い出せるのは仲の良い友達たちだ。その中の一人に美少年の女装が主食の友達もいた。もしここに彼女がいたらアナリーゼにこう告げるだろう。質のいい女装は文化遺産だ、死守せよと。
久々に前世の懐かしい記憶を強く思い出させてくれたセシルのためにも、アナリーゼは生徒会選挙に勝たなければならないと気を引き締め直した。
生徒会選挙に向けて陣容も整ってきたことで、アナリーゼは三成と従者だけを連れて学校の中庭を散歩していた。ずっと部屋であれこれ考えていても気が滅入るので気分転換である。
「セシルちゃんも味方になってくれたし、選挙戦も光明が見えてきたわね」
「……アナリーゼ、止まれ」
「へ?」
「お下がりを、お嬢様」
だが急に三成とアスールが警戒して身構え始める。なにがあったのかと尋ねれば、アスールが物陰に視線を向けた。
そこでアナリーゼも気づく。誰かがこちらの様子を伺っている。もしかしたら犯人Xが自分を殺しに来たのでは、とアナリーゼが警戒したその時、物陰に潜んでいた人物が姿を現した。
「いや、ただ選挙戦を争うライバルに話しかけに来ただけで、なんで悪の大魔王とエンカウントしたみたいに警戒されてるんだ?」
物陰にいたのはヴォーティガンだった。ヴォーティガンはそれはもう困惑しきった表情で無防備に姿を見せる。これにはアスールも毒気を抜かれて警戒を解いた。
「あ、委員長! え、えーとごめんなさい。刺客が私にダイレクトアタックしにきたのかもって警戒しちゃって」
「そうか。確かに君は公爵令嬢という立場もあるし、警戒するにこしたことはないな。前例もある」
(あるんだ)
前世でも選挙中に候補者が暗殺される事件はあった。だがそれは政治家を選ぶための選挙中のことで、流石に生徒会選挙に勝つために候補者を暗殺した事件というのは(実際にあったかどうかは知らないが)アナリーゼは聞いたことがない。シリウス王立学園の生徒会長職がどれほど重要かが分かるというものである。
「しかし意外だったよ。君はてっきりカシムの応援をすると思っていたから、まさか自分で立候補するなんてね。きっとカシムの奴はもっと驚いただろうな。友人としてその顔を見てみたかった」
「ヴォーティガン委員長は、カシム先輩のことをどれだけ知っているんですか?」
言外にカシムがクーデターを企てていることを知っているのかというニュアンスを込めて尋ねる。
「カシムとは学園に入学してからの友人だよ。あいつのことなら大抵は知っている。例えば……」
「た、例えば?」
「知ってるかい? あいつはトマトが大の苦手で、学食でも絶対にトマトは神経質にどかすんだ! 生徒会副会長で騎士部副部長がだぞ?」
(あ。これ聞かされてなさそう)
ヴォーティガンはなにが可笑しいのか大爆笑していた。しかしあのカシムがトマトが苦手とは、確かに意外ではある。勝手に食べ物はなんでも好き嫌いせず食べるタイプだと思っていた。
折角ヴォーティガンとこうして話す機会を得たのに、カシムの苦手な食べ物だけ聞いて終わりというのは勿体ない。折角なのでアナリーゼは突っ込んだことを聞いてみることにした。
「委員長は生徒会長になってやりたいことって、なんなんですか?」
「俺のやりたいこと、か」
ヴォーティガンは少しだけ考える仕草をした後、
「アナリーゼ。知っての通り学園中の平民出身者が、俺のことを応援している。考えれば馬鹿馬鹿しいとは思わないか?」
「どういうことですか?」
「貴族が貴族という理由で貴族の候補者を贔屓して応援することと、平民が平民だから平民の候補者を贔屓して応援することの一体どこに違いがある?」
「それは……」
アナリーゼは返す言葉もなかった。ヴォーティガンの言うことはもっともだと思ったからである。
「俺は生徒会選挙は貴族だの平民だの関係なく、この学園をより良くしてくれると思う者は誰か考えて、の人物に投票するべき……と、思う。そのためには本当の意味で貴族と平民の垣根をとっぱらわないといけない。まあ……生徒会長の任期一年間で出来るとは思えないが、とっかかりくらいは掴めるかもしれないだろう」
「ヴォーティガン委員長……」
カシムの生徒会長を目指す動機を聞いた時にも圧倒されるような気持ちを抱いたが、ヴォーティガンはそれ以上だ。なによりヴォーティガンの語っていることは、転生した現代人であるアナリーゼだからこそ強く共感できるものだった。
「俺からも質問していいかい? アナリーゼは、生徒会長になってなにをやりたいんだ?」
「私は第一には血の流れず平和であること。それと……セシルちゃんと約束した女装合法化ですね!」
「そ、そうか」
苦笑するヴォーティガン。もしかしたら変態的な同級生には苦労させられていたのかもしれない。
「俺の見る限り俺、カシム、君の支持率はだいたい三分の一ずつ互角。どちらが勝っても負けても恨みっこなし。正々堂々と勝負しようじゃないか。ま、最後には必ず俺が勝ってみせるがね」
自信というより確信めいたものすら漂わせながらヴォーティガンが言った。
「私も、命がかかってるから負けませんよ! 絶対に勝ちます!」
ヴォーティガンの信念はリスペクトするが、かといってアナリーゼにも負けられない理由があるのできっちり宣戦布告する。それはそれとして、アナリーゼはもう一つの気になることを尋ねることにした。
「ところで先生閣下との仲は進展しましたか!? キッスは、キッスはしたんですか!!」
「するか!」
怒ったように言うとヴォーティガンは逃げるように立ち去った。だがその途中、ひょっこり話題のロウィーナが現れるとニコニコと嬉しそうにヴォーティガンに話しかける。
「あ、ヴォーティガンくん、素敵で可憐な先生と学食で一緒にご飯どうです? っと、ああ! 実は今日お弁当を作り過ぎてしまってたんですよ! もし先生と一緒にご飯食べたらサービスでおかずのお裾分けありますよ! どうでしょうか? ……いらない?」
「食べます!」
ロウィーナの上目遣いに食いつくように飛びついて、そのまま食堂へ一緒に行くヴォーティガン。その様子は教師と生徒ではなく、ただの仲の良いカップルにしか見えなかった。
そしてその日からアナリーゼの本格的な選挙戦が始まった。最も警戒すべき暗殺対策に隙が生じやすいトイレは常に友達と同行である。
「ヴェロニカ! ディア! マルグリット! トイレに行きましょう! トイレット!」
「なぜ一緒なんだ?」
「殿下。女子は大いなる時も小さな時も、すべからくトイレは群れていくものと決まっているんです」
ヴィクトリスの疑問にアナリーゼは口調だけは優雅に答えた。中身はただの下ネタである。
「へぇ。バエル王国には面白い法律があるんですね!」
「ねぇよんな法律。あったらクーデター起こすわ」
関心した様子のディアーヌにミランダがツッコんだ。
そして夜。トイレと同じく隙が生じやすい寝込みは、騎当千の豪傑であるアスールを抱き枕にして就寝である。
「むにゃ……むにゅ……やわらか……」
「Zzz……」
余談だがアスールの抱き心地は最高品質の抱き枕よりも極上であったと、後にアナリーゼは述懐している。これにヘンリーなどはむっつりスケベらしく妙な妄想を働かせていたが、
「くっ! お嬢様とメイドが同じベッドで同衾だって!? なんと羨まけしからん!」
「羨ましい……? 言っておくが俺はお前と寝るつもりはないぞ。やめてくれ。困る」
「誰が寝るか!」
三成の全力の困惑を受けて轟沈した。
そして運命の生徒会選挙当日。
アナリーゼ・アガレス 143票
カシム・エリゴス 129票
ヴォーティガン・リドル 79票
なんとあっさりアナリーゼが最多数の票を集めて勝利してしまった。
「う、嘘!? や、やったーー!」
だが何はともあれ大勢の人たちの死亡フラグを回避できた喜びに、アナリーゼは思いっきりガッツポーズをした。




