第56話 作戦変更と性別不明
アナリーゼ・アガレス生徒会選挙に出馬す。
この大ニュースは風のような速度でシリウス王立学園中に伝わり、激震を走らせた。アガレス家はバエル王国序列一位の大貴族でアナリーゼ自身も王族に次ぐ第五位の王位継承権の持ち主である。しかもアガレス家に唯一匹敵する大貴族であるウァレフォル公爵家の次期当主であるヴェロニカが、アナリーゼの応援に回ったという事実がこれに加わった。
貴族派の見栄から適当に擁立されたアルガ・マリーナ・ナベリウスとは比べ物にならない。カシム、ヴォーティガンに匹敵する強力な第三極の誕生の瞬間であった。
「アナリーゼ嬢が出馬されるなら、アルガ・マリーナはないな」
「うちの家はアガレス家とは距離を置いているが、ウァレフォル家とは代々親しくしている。ヴェロニカがアナリーゼを応援するなら、うちもアナリーゼに票を入れよう」
「アルガ・マリーナに投票して、二大公爵家に睨まれたらバエル王国の貴族社会じゃ生きていけない」
「取り敢えずアルガ・マリーナには出馬を辞退させなければ」
こうしてアルガ・マリーナを自分たちの都合で擁立した貴族派の生徒達は、自分たちの都合でアルガ・マリーナに出馬辞退を迫った。アルガ・マリーナも自分を擁立した生徒達全てにそっぽを向かれた以上、出馬辞退以外の選択肢などあるはずがない。
しかしこれがアルガ・マリーナの反骨精神に火をつけた。勝手に会長候補として擁立しておいて、アナリーゼが立候補するや否や出馬を辞退するよう強いられたのである。
「ふざけるなっ! 僕はナベリウス侯爵家の次期当主なんだぞ! 二大公爵家に爵位は劣るが、七十二家の一角を担う旧家なんだ! それをこんな風に扱うなんて、許せるものかよ!」
当然のように激怒した。アルガ・マリーナは爵位に相応しい強烈な自尊心の持ち主であり、貴族派は彼の逆鱗に触れてしまったのである。そして激怒したアルガ・マリーナは自分を使い捨てた貴族派に最もダメージを与えられる派閥へ鞍替えすることにした。即ち平民と下級貴族から人気のあるヴォーティガンの派閥である。
「おい、ヴォーティガン! 僕は風紀委員に入るぞ! ついでにお前の選挙の応援にも回ってやる! その代わりにお前が生徒会長になった暁には、僕を役員に加えろ!」
ごりごりの敵対派閥だった人間からいきなりそんな事を要求されたヴォーティガンは、珍しく目を丸くした。
「……お前が平民の俺の下につくことを良しとするとは、どういう風の吹き回しだ?」
「五月蠅い! 爵位が高ければいいのか! 爵位が上の奴が立候補したら、下の奴は出馬を辞退しなきゃいけないのか! そうじゃないだろ!」
「委員長。ついこの前まで爵位でマウントとってたナベリウス先輩が、こんな崇高な志に目覚めるなんて! 私たちの選挙公約が届いたんですね!」
風紀委員の一人であるニンファ・クラレンスが感動しながら言うと、
「そうかね? 僕には単にヤケクソになってるようにしか見えないが」
同じく風紀委員のカールが冷静なコメントをした。
「おい、どうなんだヴォーティガン! 答えはYesなのかNoなのか!?」
「一つ言っておくが、アナリーゼやヴェロニカがお前に勝るものが爵位だけというのは間違いだ。人望・実力・実績・名声。その全てにおいて彼女たち二人はお前以上だ。まあ成績ならヴェロニカは兎も角、アナリーゼは圧倒的に凌駕しているが。先ずはそれを認めろ」
「……!」
冷然と言い放たれた事実にアルガ・マリーナは顔を強張らせた。ニンファが慌てて仲裁に入る。
「委員長! 言い方!」
「事実は事実だ」
だがヴォーティガンはまったく取り合わない。ヴォーティガンは試すようにアルガ・マリーナを見ると、彼は悔しさを滲ませながら壁を殴りつけた。
「くそっ! そんなことは分かってる! でも僕にだってプライドがあるんだよ!」
そのリアクションを見て、にやりとヴォーティガンが笑った。
「そうか、そうか」
「なにが可笑しい!」
「二人に劣っている事実を認めずにプライドだけで言ってきたなら、俺はお前の要求を断っていただろう。だが自分が劣るのを弁えた上で認められないというなら、それは正当な怒りだ。切っ掛けとしては、悪くない。いいだろう。俺はお前を同志候補として受け入れよう」
「候補かよ!」
「まだ腹を割って話せるほど親しくもないからな。親友、恋人、妻、そして生徒会長。なんでも最初から候補から始まるものさ」
そうしてヴォーティガンが手を差し伸べると、アルガ・マリーナは苛々しながらその手をとって握手をした。カールは「友情の始まりだな」と笑顔になり、ニンファは「同志となる第一歩です!」と感極まっているようだった。
(しかしアナリーゼが会長に立候補か。これは……)
そんな彼らを見ながらヴォーティガンは一人、生徒会選挙で自分がとるべき戦術に思いをはせていた。
一方でアナリーゼの側も、アルガ・マリーナがよりにもよってヴォーティガン派に鞍替えしたというニュースを驚きをもって受け止めていた。
「ワカメ先輩がまさかまさかのヴォーティガン委員長側についちゃうなんてね」
「人間、長い物には巻かれるものだけではない。もしもそういう人間ばかりなら、俺は関ヶ原を起こせなかった」
「セキガハラっていうのは知らないけど、まあ大勢には影響ないでしょ。アルガ・マリーナ・ナベリウスがよりにもよってヴォーティガン派に入ったことで、貴族派とアルガ・マリーナは切り離されたも同然だしね」
アルガ・マリーナ本人とナベリウス家と特別親しい数人の票はヴォーティガンに流れてしまうが、逆に言えばその程度である。下手すれば数人の票すらないかもしれない。なにせヴォーティガンの支持層は平民と下級貴族であって、貴族派とは水と油なのだ。
そういう意味でアルガ・マリーナがカシムの側に流れなかったのは不幸中の幸いである。軍部と武門が主な支持層のカシムは、貴族派とも距離が近い。
「そうね。ワカメ先輩は残念だけど、これでワカメ先輩が生徒会長になる線は消えて一安心だし味方作りをしましょう」
選挙の必勝法は有力者を味方につけることである。取り敢えずアナリーゼは面識のある学園の有力者に声をかけまくった。手始めにヴィクトリスである。
「選挙協力? もちろんいい――――」
「駄目です。殿下は会長就任を辞退なさった瞬間に、もう選挙に関わってはならない立場となられたのです」
ヴィクトリスは良い返事をくれそうだったのだが、外付け頭脳のテレーゼによって却下されてしまった。
「協力したいのはやまやまですが、今は漫画に命を賭けたいので」
「清き一票をアナに投票するのはともかく、本格的選挙協力は王太女としてはNOですねぇ」
「先生はヴォーティガンくん派だからごめんなさい。無理です」
他にマルグリット、ディアーヌ、ロウィーナに声をかけまくったのだが、見事なまでに全員からNOを突き付けられてしまった。
「まさかの全滅……私の人望、低すぎ……!?」
「いやまぁ、閣下以外はわりと妥当な理由でしょ。しょうがないわよ、切り替えていきましょう」
すると従者故にこれまで一切口を挟むことのなかったヘンリーが、おずおずと挙手をあげて発言の許しを求めてきた。
「どうしたのヘンリー? まさかなにかナイスなアイディアがあるとか!? あるなら言っちゃって!」
「では恐れながら。味方っていうなら、素人意見ですが味方が一年生ばかりですし、上級生がいたほうがいいのでは?」
「確かにヘンリーの言う通りね」
立候補したアナリーゼ自身が一年生なら、選挙協力してくれている三成もヴェロニカも一年生である。一年生オンリーの生徒会では、今年卒業の三年生は兎も角、二年生からの支持は得られなくなる恐れがあるだろう。
「あ、それなら二年生の次席の人に頼んでみましょう!」
二年生ではヴォーティガンが入学以降オール満点のぶっちぎり首席で、カシムが第三位だ。そのヴォーティガンとカシムの間に挟まれている次席の人物も、きっと大物に違いないというアナリーゼの直感である。
「二年生の次席っていうと、確かセシル・アルカディアって名前の男子だったわ……ただ……」
「どうしたのヴェロニカ? まさかもうヴォーティガン委員長か、カシム元副会長の側とか?」
「そうじゃないわ。けど……変わり者って噂を聞いていたから……」
「次席な上に変わり者ですって!」
アナリーゼは思わずガッツポーズした。成績優秀だがトップではなく変わり者というのは、漫画やゲームでは有能な奇才だと相場が決まっているのだ。そしてこの世界は乙女ゲームである。
アナリーゼはセシル・アルカディアに狙いをつけ、早速会いに行ってみることにした。
そうして二年の教室に来たアナリーゼは、こほんと咳払いをしてから教室全体に聞こえるよう声を張り上げる。
「すみません、一年のアナリーゼ・アガレスです。セシル・アルカディア先輩はいますかー?」
「おう、セシル・アルカディアは俺だ! なんの用だ? えーと、ミス・アガレス」
すると直ぐに可愛らしい声で返事が返ってきた。
姿を見せたのは可憐なドレスに身を包み、ふんわりした髪型をした小柄な人物だった。
「間違えました、ごめんなさい」
そう、彼は明らかに男子生徒ではなく女子生徒であった。
だが帰ろうとするアナリーゼをアスールが引き留める。
「お嬢様。間違いではありません。骨格を見てください、彼は男性です」
「常人は骨格で男女を判別できん」
三成が余りにもごもっともなツッコミを入れた。
「って……う、嘘でしょう!? ほ、本当に男の人なの!?」
アナリーゼはよく目を凝らして下から上まで凝視するが、何度見ても途轍もない美少女にしか見えなかった。
「ああ、ちゃんとついてるぜ。なんならそっちの男、トイレで確認させてやってもいいぜ。ちゃんとついてるから」
「……遠慮する。俺はそういう趣味はない」
指名された三成が丁重に辞退していた。戦国大名といえば衆道だが、主君の秀吉と同じで三成はそっちの趣味はなかったらしい。
「な、なんで女の子の格好してるの? 滅茶苦茶似合ってるし」
ヴェロニカが質問すると、セシルは特に気にした様子もなく答えた。
「勉強のストレスから彼女が欲しくなったけど、告白する勇気がなかったから、なんともなしに女装した自分を鏡に映しながら××××したら×××が×××しちゃってな。今じゃ女装が癖になっちまったんだ」
可愛らしい少女の見た目をした男の娘から放たれる下ネタのマシンガンに、その場にいた全ての人間が硬直した。




