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悪役令嬢と石田三成  作者: 孔明
学園編
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第48話  兄と妹

 無理やり教室から引っ張り出された三成は憮然とした様子で口を開く。


「アナリーゼ、そろそろ話せ。いきなり訳の分からんことを言い出して、どういうつもりだ?」


「三成さんが一番警戒してるのは、ヴェロニカが危ない思想に染まることよね? それを回避するチョベリグなアイディアを思いついたの!」


「ちょ、ちょべりぐ……?」


「イエス! つまりはヴィクトリス殿下とマルグリットや、幼馴染と良い感じなヘンリーみたく攻略キャラが全員、ヴェロニカ以外とラブラブなカップルになっちゃえばいいのよ!」


「らぶ、らぶ? いえ……いえやす?」


「私はこのオペレーションをお見合い大作戦と名付けたわ!!」


「おぺ、れんしょん?」


「計画の対象は主にカシム副会長とヴォーティガン委員長! まず最初に先生が脈ありそうなヴォーティガン委員長をターゲットにするわ!」


「…………」


「ずばり一言で言い表すと先生閣下とヴォーティガン委員長を恋仲にしてしまうのよ!」


「……結論だけは、分かった」


 横文字はまだまだな三成はアナリーゼのマシンガンのような提案に困惑しきっていたが、どうにか最後に内容を理解したようだった。


「三成さん。ヴォーティガン委員長と閣下をくっつけるにはどうしたらいいかしら? あ、でも三成さんも恋愛は専門外よね……」


 石田三成は有能な官僚であって、ユリウス・カエサルのように浮名を流したエピソードは存在しない。三成は性格も難があるし、恋愛に関しては全然駄目だったのかもしれない。アナリーゼは失礼な懸念を抱いたのだが、三成の返事は意外なものだった。


「色恋なら任せておけ。なぜなら俺は昔から女にモテるからな」


「そうだったの!?」


 まさかの歴史的事実であった。

 そう言われて改めて三成をまじまじと見つめると、中々の美男であったので意外でもないかもしれない。


「ああ。だが俺が仲良くなりたいと思った男には、嫌われた。何故だろう?」


「奥さんが三成さんを好きになっちゃって、それに嫉妬したとかが真相だったりして?」


「そんな真説は嫌だ」


 そういえば三成と特に仲が悪かった大名の一人である細川忠興は、愛妻家が過ぎて控え目に言ってメンヘラのヤンデレだった。もし細川忠興の妻が三成に対して好意的な態度をほんのちょっとでも見せていたとしたら。

 アナリーゼの中にドロドロとした妄想ストーリーが凄い勢いで組み立てられていった。


「ともかく色恋ならば、任せておけ」


 三成の一言で我に返る。

 今は石田三成と細川忠興の本当にあったかもしれない妄想ストーリーを考えている場合ではない。ヴォーティガンとロウィーナを結びつける作戦を遂行する時だ。


「男女をくっつけるなら、当人に会わなければ始まらん。ともかく敵の本丸に切り込むぞ。風紀委員の根城はどこだ?」


「風紀委員は確か……えーと、ヘンリー!」


 名を呼ぶと素早くヘンリーが現れる。

 必要な時以外は一切喋らず、主が呼んだら直ぐに姿を見せる。このシリウス王立学園に同行する従者の基本スキルであった。ヴェロニカの従者として学園に来ているバジルのような例外もいるが。


「学生組織でも生徒会、風紀委員、騎士部の三組織は、歴史と権限からして特別なんで、通常の部活棟ではなく本校舎に専用の部屋を与えられてます。風紀委員室は4Fの真ん中ですよ」


「ありがとうヘンリー! さあ行くわよ三成さん! 敵は本能寺にありよ!」


「縁起の悪いことを言うな」


 そうしてアナリーゼは風紀委員室に向かう。

 ヘンリーの言う通り最上階である4Fに風紀委員室はあった。ノックをしてから入ると、そこでは十人ほどの風紀委員たちが働いていた。その中の一人である実直そうな男子生徒がアナリーゼのところへやって来る。


「おや君は生徒会書記のアナリーゼ・アガレスくんと、庶務の石田三成くんではないか! 風紀委員室になんの用かな? 風紀を乱す存在の通報かね? それとも落とし物かい?」


「風紀委員長のヴォーティガンに会いに来た。いるか?」


 三成がともすれば冷淡に受け取られそうなほど単刀直入に用件を言うと、実直そうな風紀委員は特に気にした様子もなくヴォーティガンを呼び出した。


「委員長への客か! ヴォーティガン委員長! 君に客人だぞ!」


「はいはい。そう大声出さなくても聞こえるよ。二人とも今日はどうしたんだい?」


 ヴォーティガンが相変わらず涼やかな笑顔で言う。

 風紀委員は仕事で忙しそうなので、アナリーゼも三成に倣い手短に用件を伝えることにした。


「ヴォーティガン委員長! 委員長は好きな人とかお付き合いしている女性っています?」


「いや、いないが……」


「生徒会で決まったザリガニ釣り大会に、風紀委員はどう動く? なにをするのだ?」


「頼まれたら手伝いはするが、今のところそういう話はないし、普通に参加することになると思うが」


「ふむふむ。彼女なし、好きな子なし、ザリガニ釣り当日はフリーと」


 アナリーゼと三成の詰問にヴォーティガンはなにやら察したようだった。

 にやりと笑うと、


「ふっ、読めたぞ。つまりアガレス嬢……貴女は俺をザリガニ釣りのペアとして誘いにきたというわけか」


「え、全然違うけど」


「」


 自信満々に言ったヴォーティガンは、アナリーゼの無慈悲な返答で即座に撃墜された。ヴォーティガン自身、自分のルックスには自信があるからこその盛大な自爆であった。

 様子を伺っていた風紀委員たちも珍しい上司の微笑ましい醜態に笑いをかみ殺している。

 十秒ほど停止していたヴォーティガンはどうにか復活すると、こめかみを押さえながら口を開く。


「俺を誘いに来たんじゃなかったら、なんでザリガニ釣り大会の俺の予定を聞いたんだ?」


「それなんですけどヴォーティガン委員長。委員長って先生閣下と仲いいんですか?」


「閣下? ああ一年生の間でロウィーナ先生をそう呼ぶのが流行ってるらしいね。上級生にも広がってすっかり定着していたよ。けどなんで?」


「ふっふっふっ。他の人の目は誤魔化せても、シャーロック・ホームズを愛読していたコナンくんを愛読していた私の目は誤魔化せませんよ。あのメリル元先生追放事件の時、閣下はヴォーティガン委員長のことをリドルくんじゃなくてヴォーティガンくんって言ってたんですよ」


「そこじゃなくて、ロウィーナ先生の話が出てきたことを疑問に思ったんだが」


「これはヴォーティガン委員長が閣下と親しい間柄にあるという証拠! 初歩的なことだよワトソンくん」


「ワトソンって誰だ?」


「知らん」


 話についていけないヴォーティガンが三成に尋ねたが、三成はそっけなく返した。戦国武将の石田三成がシャーロック・ホームズを読んだことがあるはずがない。


「だがアナリーゼの推理もまるで的外れというわけではあるまい。ロウィーナ先生閣下とはどういう関係なのだ?」


「…………………………」


 ロウィーナとの関係を問い詰められたヴォーティガンは、唇を噛んだまま固まってしまった。その表情は遥かな昔に思いを馳せているかのようだった。

 それからどれほどの時間が過ぎただろうか。一瞬のようでもあったし、一分は沈黙していたような気もした。ヴォーティガンは重々しく口を開いた。


「親しい間柄、っていうほどではないよ。ただ教師と生徒という立場の違いはあれど、同じ年にこの王立学園の門を潜った同い年同士だからね。先生も年配の同僚よりかは、俺のほうが話しやすかったんだろう」


 語られた内容は沈黙の長さと比べれば、随分とあっさりとした内容だった。


「あとここだけの話、彼女は俺のいた孤児院の先輩なんだよ。俺が入った時は既に彼女は、プロキオン魔法学園に特待生で飛び級で入学していたから面識はないんだがね」


 プロキオン魔法学園というのは、バエル王国内の王立魔法学校である。バエル王国内では最高峰の魔法学園でもある。


「こ、孤児院、ですか」


「ああ。王国中からなにか際立った才能を持つ孤児が集められる特別な孤児院さ。そこで過ごした俺はリドル家に引き取られ、今はヴォーティガン・リドルとしてそれなりに幸せに過ごさせてもらってるわけさ」


(孤児院が同じもの同士、同じ時期に学園に入り、しかも同い年! こ、これは……運命よ!)


 勝算ありと見たアナリーゼはぎゅっと拳を握り締め、本題を切り出した。


「ここだけの話、先生閣下ってザリガニ釣りのペアに悩んでるみたいなんです」


「あれか。妙な噂が流れてしまったし、同僚の教諭とペアを組むのも躊躇われてしまうからな。まあ大方同性とペアを組んでお茶を濁すだろう」


「いや先生閣下は彼氏がいないことを相当気にしている様子だった。見てくれは整っているし、性格も俺には兎も角、他の生徒には人気のようだ。このままだと適当な馬の骨に誘われたらほいほい了承してしまうのではないか?」


「…………なに?」


 さっきまで穏やかに話していたヴォーティガンが一瞬にして鬼に変わった。

 憤怒すら滲ませながらヴォーティガンは詰め寄る。


「アナリーゼ! 三成! それは本当か!?」


 ヴォーティガンが放つ余りの凄味に、アナリーゼは圧されながら言った。


「え、ええ。三成さんの言い方はちょっとオーバー気味だけど、六割くらいは本当よ」


「カール! 留守を頼む! 俺は急用ができた!」


「お、青春か? ははははは、頑張ってきたまえ!」


 実直そうな風紀委員にそう告げるや否や、ヴォーティガンは物凄い勢いで風紀委員室を飛び出して行ってしまった。

 余りのことに思考停止していたが、我に返ったアナリーゼも三成と一緒に後を追った。

 果たしてヴォーティガンは2Fのアナリーゼ達の教室にいた。


「ロウィーナ先生! アナリーゼと三成から聞きましたよ! ザリガニ釣りのため無節操に男漁りをしているというのは本当ですか!?」


「なっ!? 男漁りなんて生々しい言い方はやめてください! 私はプラトニックにザリガニ釣りを一緒に楽しめそうな異性とペアを組むにはどうしたらいいか途方に暮れてただけで」


「そうよ! 閣下は途方にくれてただけよ! 面白い通り越してちょっとイラッとするくらい全然行動にうつろうとしなかったわ!」


「イラっとしてたんですか!?」


 ヴェロニカのフォローになっているのかなってないのか分からないフォローを受け、ロウィーナが涙目で叫んだ。


「そんなことはどうでもよろしい!!」


 だがロウィーナの文句は、ヴォーティガンの鬼気迫る一喝に吹っ飛ばされた。

 するとヴォーティガンはロウィーナと視線を合わせると、心配しきった声色で話し始める。


「いいですか。先生は才媛である以上に、自然と場を明るくさせてくれる優しい性格をしていて、外見も可愛らしいのです。話を聞いたのがアナリーゼと三成だったから良かったものの、この話が学園中に広まれば、邪で貴女を欲望の対象にしか見ないような男共が群がってくるでしょう。先生はもう少し自覚をもってください!」


「明るくて可愛いなんて本当のことを直球で言い過ぎですよ」


 ヴォーティガンからの説教を喰らったロウィーナは満更でもない様子でにまにましていた。あんな風に心配されたら誰だってそうなるので無理もない。

 取り敢えず勝利を確信したアナリーゼはヴェロニカとアイコンタクトしてヴォーティガンの退路を塞いでおくことにした。


「ふぅ。言いたいことはあらかた言い終えたので、俺はこのへんで」


「まぁまぁ。ちょっと待ってくださいよ風紀委員長」


「あれだけ熱いことを言って、サヨウナラはないんじゃない?」


「な!?」


 アナリーゼとヴェロニカに囲まれたヴォーティガンは絶句したが、既に遅い。ヴォーティガンは袋のネズミだった。


「他の人とは行くなって言ったんです。とーぜんヴォーティガンくんには責任がありますよ? 責任をとって明るく可愛い先生とペアを組んでもらいます」


「いや、俺は……」


 周囲を見渡したヴォーティガンは逃げ場がないと悟ったのだろう。


「……………分かりました。今回だけですよ」


 観念したように言うヴォーティガンに、作戦成功を確信したアナリーゼはガッツポーズしてロウィーナとハイタッチした。


(けどまさか先生閣下のピンチにあんな必死になるなんて、相当先生閣下のことが大好きだったのね。……でも先生閣下のことが好きなのに、なんでゲームじゃ攻略キャラの一人やってたのかしら? まさか悪役令嬢アナリーゼの被害者じゃないわよね……)


 気になる異性とペアが組めてはしゃぐロウィーナを眺めながら、アナリーゼはぼんやりとそんなことを思った。




 結論から言えばアナリーゼの考えは、まったくの見当違いである。

 ヴォーティガン・リドルはロウィーナのことを異性として恋愛感情を持っているわけではない。

 だが一方でヴォーティガン・リドルがロウィーナのことを恐らく世界中の誰よりも深く愛していることは間違いない。

 その理由がなんなのかを証明するために、ネタバレ糞レビューアーのレビューから引用しよう。


『学園編じゃ基本的にそのキャラと会って、キャラに気に入られることで好感度が上がっていきますが、ある特定キャラの好感度を下げると、自動的に別のキャラの好感度が物凄い勢いで下がって、普通にそのキャラと会うだけじゃ攻略できなくなることがあります。

 それが誰かと言うと魔法実技のロウィーナ先生ですね。彼女の好感度を滅茶苦茶下げて嫌悪までいくと、何故か攻略対象であるヴォーティガン・リドルの好感度も嫌悪になって、普通より上がらなくなるんですね。安心して下さい。それはバグではなく仕様です。何故ならば――――』


"ヴォーティガンとロウィーナは生き別れになった実の兄妹なんですよ"


 その強烈なネタバレを、アナリーゼの前世の女子高生は読んではいなかった。


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― 新着の感想 ―
似非ルー語を操る公爵令嬢! 三成さん戸惑っております。
石田三成はモテモテだった割にあの時代には珍しく側室持たなかったんだよ 愛妻家だったのか単に面倒だったのかは分からない
最年少の先生とは聞いてましたが、なるほど妹でしたか 先生閣下の良いところを躊躇せずサラリと言ってのけたり、悪い虫がつかないよう即行動したりとこの話だけでも大分重度のシスコンですね 名前にリドル入ってま…
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